.理想の教師像

 私にとって、理想の教師像は生徒だけでなく、自分の周りの人の気持ちに耳を傾け、理解しようとする人である。理想の教師像について考える時にいつも手にとって読む本があるのだが、その本を読む度に教師の理想像が膨らむ。

その本から膨らんだ理想の教師像について2点述べる。

 まず1点目に、どんな時でも、生徒との時間を大切にして丁寧に生きる教師像である。

本に『一回性』という言葉が書かれている。『一回性』とは、一度起きた出来事がまた再び起きたとしても、それは類似した出来事であるだけで、二度と全く同じ時を過ごすことは出来ないという事である。つまり、私達の人生には「また次」がある様で、実は一瞬一瞬が人生の内の最初で最後の出来事であるという事だ。私達はこの現代社会の中で時間に追われ、やるべき事を達成させる事に精一杯で『丁寧に生きる』事など考える機会は少ないと思う。私自身もどこかで大切な物を落としてきてしまったのではないか、心の中で考える事は何度もあった。

忙しくて心が不安定になった時にこの本を読み返すたび、人の気持ちになって考える心のゆとりと自己だけでなく周囲に目を向けて1つ1つ丁寧に物事を行う大切さに気付かされる。

この言葉は教師にとってとても重要な事であると私は思う。忙しくて子どもの異変に気付かず、周囲に対して関心がない様では、まず教師と生徒の良い関係は築けない。

教師が丁寧に日々を積み重ねず、乱暴に生きていては生徒たちも不満に思い、教師に対して信頼や安心を感じる事はないと思う。

私は怠ける心を持たず、毎日生徒との時間を丁寧に生きる教師は生徒の心を理解しようと考える気持ちを持っているのではないかと感じる。私にとっての理想の教師像は、どんな大変な事にも「大変だ」と考えるのではなく、「大変な事だからこそ頑張って向き合おう」と考える強さを持った教師である。丁寧な日々の教師生活の中で子ども達との大切な時間を育み、生徒が悩み苦しむ時は共に考える様な教師は、知識を持つ教師やどんな事にも厳しい教師よりもはるかに輝いていると思う。

 2点目は、どんな相手であったとしても主体的に向き合い考える教師像である。

 本の内容の中で生活して行く中で、自分とは価値観が異なる人や感じ方の異なる人と関わる時があると書かれている。そんな時、どんなに自分とは考え方が異なり合わない相手であっても、その人を卑下し過小評価するのではなく、その人もまた誰かにとっての大切な人であるのだと考える事が重要なのだと思う。しかしながら、人の心は脳内で受け入れようと考えていてもなかなか受け入れられない事もある。人の気持ちを理解するにはそういった気持ちを無視する事無く、事実として受け入れて、その上でどう関わっていくべきか自分自身でより良い関係が築ける様に考えていく必要があるのではないだろうか。

教師は様々な人との出会いと関わりがあってこそ教師の役目を全うできるのだから、人と向き合う事はとても重要であり、向き合う気持ちを持っている教師は子ども達も同様に教師と向き合おうとすると思う。

2点について述べ、改めて自分の学校生活の中で理想と感じた先生の姿を思い出した。中学・高校時代、校長先生は毎日校舎の入口の前に立たれ、生徒全員にご挨拶をされていた。私がいつも一緒にいる友達と共に登校しなかった日、校長先生から「今日は○○とは一緒じゃないのか?」と聞かれた。私はその時、先生はただご挨拶されている訳ではなく、1人1人の生徒と挨拶を通して向き合っていらっしゃったのだと感じた。

この事は今でもとても嬉しかった思い出として残っている。

先生はご病気になられてからもこの習慣をとても大切になさっていた。

どんな時でも生徒と向き合う事を大切にされていて、私にとっての理想の教師像の方である。

 また、私が小学校までお世話になった恩師もまた、大きな事故にあわれて長い間ご入院された時に、ご自分のお体よりも先に生徒たちの思いを大切にされていた。

相手と向き合い、相手の気持ちになって考える事が教師の理想像と最初に述べたが、この理想像には教師の重みがある様に感じる。言葉では簡単に言えたとしても、行動に移す事が難しい。

これらを踏まえ、もう一度理想の教師像について考えてみると、自分自身の事でいっぱいになり、周囲の事を考えられなくなる私に対し、先生方は自分自身を大切にしながらも、生徒を自分以上に大切にしているのではないかと思う。

「やらなければいけないから」と考えると形式的に教師の職務を行っているだけであるが、私が考える理想の教師像は温かい心を持って本当に相手を理解したいと思い、自ら向き合う人である。

生徒と向き合い、信頼関係を築ける様な理想の教師像は、自然と温かい心をもって接する事の出来る人であると思う。

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