地理6〜7月レポート
2012年6月
地図の向きについて

「朝日」投稿欄 6月掲載の地図の向きについての2本の意見について、高校1年生に意見を書いてもらいました。
私の見解はまったく述べていません。また、地理の授業で地図について比較的詳しく扱っていますが、こうした内容については、今年は現時点では触れていません。その分、生徒の生の考えが出ているものと思います。
結果は予想どおり、Bを支持する意見が圧倒的でした。その理由も体験に根ざしたもの、理屈から述べたものなど多様です。理由付けに注目してご覧になってください。

同じような内容がありますが、締め切り日(7月8日)になって公開したので、他の生徒の意見を参考にして書いたわけではありません。念のため。
A 「地図の上は北」の徹底を  2012年6月12日掲載
B 北が上でない地図あってよい 2012年6月25日掲載
番号は便宜的なものです。
番号の次のA、Bはどちらを支持するかを示しています。Cはその他です。
日付は、受理した日です。
提出したのに、掲載されていないという人がいたら、至急連絡してください。
1組  2組  3組  4組  5組
1組
1 B       7/8
地図はわかりやすさを優先すべきである。
さまざまな手法による地図ができた経緯、理由からもそれは明らかだ。
佐々木氏は「北が南側にある地図は読みにくい」と述べているが、はたしてそうだろうか。
位置関係を知りたいときや説明したいときに方位はたしかに役立つ
しかし、それはあくまでどの向きが北かという認識があるからであって、路マップのような地図を利用する人々が知りたいのは、方角ではなく方向(道)なのではないか。
道案内をするとき多くの人は方角で説明しようとはせず、相手が向いている方向を基準として説明するはずだ。
もちろん、地図を作るうえで方位を全く気にしなくていいとは思わない。
例えばインターネット上に掲載するような不特定多数の人が見る地図には、一定の規則性がなければ見ている人に混乱を招きかねない
地図帳や教科書は、そういったことを考慮して上を北に統一しているのだろう。
ネット上に掲載する街路マップもそのままの向きではなく、上が北になるよう修正を加えたものを掲載すべきだ。
見やすい、わかりやすい地図に必ずしも統一性が必要とは限らない。
原則としては北を上にすべきだろうが、状況に応じて「適切に」変化させるのは構わないのではないか。
2 B       7/7
 僕はこの2つの記事を読んで、ふと家族でよく行くオリエンテーリングについて思い出した。もちろん、オリエンテーリングでの地図は北が上である。ポストを探しに行くのにいろんな道を通るので、地図を持ちかえながら歩く必要がある。しかし、時には道に迷い、そのときに方位磁針を使うのだが、無意識に上を北だとして使っている(もちろんおかしなことではない)。ここで北が違うところにあるとまず、そこに合わせることから始めなければならない。これが何回も続くと、非常に面倒である。だから、北が上であることを徹底すると手間も少なくなりスッキリする。
 ではチラシなどに載っている地図はどうなのだろうか。オリエンテーリングの地図とチラシの地図では用途も縮尺も違うので、片方に合わせるわけには行かない。チラシの地図は方位磁針など要らず、多くは道を案内するために用いられる。例えば、駅からの道を知らせるためには分かりやすいよう、チラシを持ったときに駅が手前にあると分かりやすいだろう。北が上であることを徹底してしまうと、駅がとんでもないところにあり、目的に叶っていないことになるかもしれない。
 地図の北が上であることは基本だが、目的に応じて変えるのがベストであると思う。
3 B       7/7
 A・Bを両方とも読んだが、どちらも一理ある、と思った。自分が共感できると思ったのはBのほうである。
 自分が地図を使うとき思うのは、目的地まで行くために使う地図はシンプルでわかりやすいほうがいい、ということである。
 Aの文章に「地理で習う教科書は〜北が上として記載されている。」とあるが、地理の教科書は無論、学習用に作られたものであるから、多くの生徒が地理を学習する以上、そこに統一性は必要である。こっちの生徒の教科書では北半球が上であっちは逆、となれば、生徒同士は勿論、その教師も苦労する。したがって、地理の教科書においては、すべて北が上のほうが適切であると思う。「本屋で売っているような各種地図」も同じように考えられる。同じ地域を地図に描く以上、そこに統一性がなければこの地図、あの地図で、とてもややこしい。
 しかし、街角にある地図は必ずしもそうではない。なぜなら、それらの地図の用途は主に、自分が今どこにいるか、自分の行きたい場所はどこで、どうやって行けばよいのかを知ることであるからだ。その地図を使って学習するわけでも、遠出するためにルートを決めるわけでもない。したがって必ずしも北を上にして書く必要はないのだ。
 たしかにA氏のようないつも地図を見ている職業の方にとっては、北が上のほうが「見やすい」だろう。しかし実際初めて来る場所で地図を使う者にとっては、そうでないほうが「わかりやすい」のである。
4 B    7/5
 私はBの意見を支持する。
そもそも『良い地図』とはなんだろうか。それは、『見やすくてわかりやすい地図』である。そこで、Aの発言者の意見を見てみると「自分の立ち位置の通りの方位になっているほうが理解しやすい場合もある」とある。Aの発言者でさえもその理解のしやすさは認めざるを得ないのである。
一番わかりやすい例は車のナビで、“車が違う方位に動く度に地図が変わっていく”というのが特長である。しかし、これがもしも動かなかったらどうだろうか。おそらく人は首をひねったりして無理やり自分が進んでいる方向を上に見てしまうだろう。
 つまり、人々がよく使うであろう実用的な地図とは、(よい地図と考えられるのは)自分に合わせて方位を変えてくれるものである。
調べてみると、北が地図上の上になった理由として動かない北極星を目印としていること、また、今の世界の考え方・文化が北半球にある、いわゆる“南北問題”が絡んでくるという。
 (現代のように技術が進歩していない)地図をつくり始めたころならば、北極星を目印にする考え方はかなり有効である。しかし、現在、少なくても日本で北極星を目印にしている人は果たしているのであろうか。つまり、見やすくてわかりやすい地図に「北が必ずしも上」という考え方はもうナンセンスなのである。
5 A       7/8
「北が上でない地図があってもよい」を読んで疑問が浮かんだ。
  「街路マップで必要なのは現在地と目的地の位置関係」との記述がそのひとつである。街路マップを見ている人の目的地はひとそれぞれなのにどのように方位を決めればよいのだろうか。
  もうひとつ疑問がある。そもそも、地図の方位と目の前に広がる景色とのずれを修正するのはそこまで困難なことだろうか。モンゴルの大草原に住んでいるというなら判らないでもないが、周りの建物や目印になるものを地図に描いておけば方位の修正は難しくは無いはずだ。
  「進行方向と上になる方位が一致していたほうが目的地まで容易にたどり着けるはずだ」という考えの下で作られた地図を、上が北だと考えているひとが見たらどうなるだろうか。言うまでもなく、そのひとは目的地にたどり着けない。そればかりでなくその地図に対する怒りがこみ上げ、挙げ句の果てにはその地図を製作した者にも怒りを覚えるだろう。(こじつけ)
  ここまで暴論を述べてきたが、私が言いたいのはこういうことである。「人間誰しも楽をすれば衰える」。地図の方位を頭の中で修正することすらできない人間にはならないで欲しい。
6 B   6/30
 全ての地図が北が上となっていたら、自分と目的地の関係を北の方角を基準に考えないといけない。この時代方位磁針をいつも持っている人なんてそうそういないだろう。また、太陽や北極星を基準にして北を探す人もいないだろう。方角を探すにはやはり大きな建物などとの位置関係によってだろう
つまり、結局は北ということよりも、現在地と目的地との位置関係とその間にある基準となる建物が重要なのだ。そう考えると、回すことのできる地図なら方角がどうであれ位置関係がわかりやすくなるが、街路マップなどは固定されているので、目の前の交差点が南東側で地図の上が北となると、どれを基準にしていいかかなり迷って、しばらく地図と格闘してやっとわかるという風になってしまう。それならば最初から交差点を上にした方がわかりやすい。また、これは僕の話になってしまうのだが、住んでいるところが東京の北側なので、自転車でどこかに行くときほとんど、南に向かう。その時、地図の上が北だと、実際には前に進んでいるのに、地図上では下に進んでいて、地図に慣れていない僕には、かなり違和感がある。
 このように使用用途によっては、北でなくてもいい、のではなく北ではいけない時もあると思う。
7 B      7/8
 地図は「北が上」という考えは世界地図や日本地図などの広範囲を表す地図において考えだと思う。

つまり、地球規模でそれぞれの国や地域同士の緯度・経度の差を比べる時や位置関係を知りたい時に「北が上」という方位の統一をすることでそれらの違いを見やすく分かりやすくしているということで、狭い範囲を示す時においてはこの考えは適用されるべきではないと思う。

 そもそもBの意見は北が上でない地図が「あってよい」という意見で、北が上であってもいいが時と場合によってはそうする必要性がない場合もあるということだ。

 確かに世界地図などでは北が上ではなかったら見にくいとは思う。

 しかし街路マップなどで方位の向きを統一したところで、方位を重視する人など果たしているのだろうか。目的地などへの道のりが知りたい時や目的地の位置が知りたい時に方位自体が意味を成さないと思う。

 そもそもこの時大事なのは「見やすさ」や「分かりやすさ」で、それなら進行方向が上の地図の方が進む向きに対してどの方向になにがあるか分かって使い勝手もいいはずだ。

 地図には様々な使用目的があると思うが、日頃使う地図などでは方位の統一よりも利便性を優先すべきだと思う。
 

B     7/6
 今まで、国土地理院発行の地図はもちろん、世界地図だって「北を上にして」描かれてきた。だが、確かに街路マップやテーマパークの地図などは必ずしも北が上として描かれているわけではない。
 しかし、地図が必ず北を上にして描かれなければいけない理由は果たしてあるのだろうか。
 実際に市街やテーマパークを歩くとき、方位磁針を持ち歩く人はめったにいない。どうやら「北」というのは必ずしも街を歩く上でそれほど重要ではないようだ。
 むしろ街を歩く時、僕たちは自分の体を中心とした右や左という感覚で進んでいるではないだろうか。ならば、やはり「北」のことは無視した地図のほうが見やすい場合もある。駅を出て左ということをわかりやすくするために方角を無視して、駅を下に描いた地図の方が断然見やすくなる。
 そうでなければ僕たちはいつも方位を気にして歩かなければいけなくなる。地図はその土地のことがわかればいいのだから、わかりやすくするためなら「北」を上にする必用はないと考える。
 実際、地図は昔からわかりやすくなるように、試行錯誤を繰り返して様々な図法が生まれてきた。見やすい地図のためなら、今までの常識なども特に気にする必要もないのではないだろうか。
9 B        7/8
 「地図の上は北」の徹底を主張している人は、「地図の上が北でなければ見づらい」と言っていたが、本当にそうだろうか。
  地図で道順を確認する時は、僕の場合は、建物や店などを目印にしたり、「何個目の角を曲がって…」などと覚えている。「まず西へ行って、次の角を北で…」と覚えることはまずない。なぜなら、普段の生活のなかで、自分のいるところからの任意の方向の方位を知ることはあまり容易でないからである。
 それが見知らぬ場所であるなら、自分の進んでいる方向の方位を把握するのはさらに難しい。太陽の出ていない日や室内だったら、方位を把握する手段はほとんどないといえる。そのような中で、すべての地図の上が北に統一されたところで、特に大した意味はないだろう。むしろ見づらくなる地図が増えるだけである。
  方位のような統一された絶対的な基準よりも、自分を中心とした主観的な基準のほうが地図は見やすいはずである。よって、全ての地図の上を北とする必要はないと思う。
10 A    7/4
 僕は地図はいつも北を上にして描かれるべきだと思う。つまりAに賛成だ。
 理由は、大きく分けて2つある。
 第一に、多くの地図が北が上だということだ。国土地理院発行の地図も、文部科学省の教科書検定を通過した地図帳もほとんどが北が上だ。そもそも、我々自身、小学生の時に「地図は北が上」と教わったのである。実際問題、僕は地図が北が上でなくて困ったことはあまり記憶にない。昔からの習慣・自分が当然だと思っていた前提を崩せば混乱も発生するだろう。特に行政が発行元の地図では、絶対に地図の上は北であるべきだ、と強く言いたい。
 第二に、北が上でない地図は、その形状を把握しにくいことである。
 僕は以前、日本・韓国・中国・ロシアが描かれている南が上の地図を目にした。その際、どこが陸地部分でどこが海上か見分けるのに5分かかってしまった。いわば地図での「ゲシュタルト崩壊」を起こしたのだ。
 我々は地図を見て、世界の地形を把握しているのだ。その多くは北が上であるので、その状態で描かれた地図を我々は世界地図と認識しているのではないか?
 南向きに描かれても結局頭の中で移動回転させるのだから、北が上である方が良いと思う。
 以上より、自分はAに賛成だ。
11 B   7/6
 自分は「北が上でない地図があってよい」と思う。
 "上が北の地図は見やすい地図"という意見述べているが、必ずしもそうだとは限らない。確かに、多くの人が、地図を見る際、南や西が上の地図よりかは北が上の地図の方が見やすいだろう。しかし、そう思える人は地図を見慣れている人や、頭の中で地図を動かせる人。方向音痴の人や頭の中で地図を動かせない人にとっては常に北が上の地図は見にくいと感じるだろう。
自分にはある方向音痴の友人がいる。彼は長年住んでる家の近所でさえも迷う程の方向音痴だ。しかし、そんな彼があるときから迷うことがなくなった。理由を聞いてみると、iPhoneを購入し、「動く地図」を手に入れたからだという。動く地図というのは、持ち主に合わせて方向を変えてくれる地図だ。つまり南や西、東が上の"北が上でない地図"になる。これはその時々に都合のよい、目的地に行くのに最適な地図になる。
 頭の中で地図を動かせる人は北が上でない地図でも読めるはずだ。しかし、それが出来ない人にとっては、見にくく、地図を見ることができないということもあるかもしれない。「見やすい」という話題からそれてしまうかもしれないが、北が上でない地図があることで「見ることができない」という人が減るのではないか。
12 B        7/8

 お店のチラシやウェブの地図を見る場合、そこまで方位が重要だとは思えない。方位を考えて、というより周りにある目印となる建物などを見て目的地へ行こうとする人が多いだろう。その場合、自分が向いている方向と地図において上になっている方向とが一致しているほうが明らかにわかりやすい。また、出発点が駅などになっていることは多い。よって、使いにくい人もいるかもしれないが、北が上になっていない地図の方が使いやすいという人の方が多いだろう。
 だが、もちろん地図の使い方によっては、上が北となっていることが分かりやすさにつながることもあるだろう。例えば、複数の地図を比較したいときは北が上になっているとわかりやすいこともある。
 しかし地図の使い方によって、方位の統一による全体としての見やすさや、方位を統一しないことで得られる地図一つ一つの見やすさなど、必要なものは違ってくるのも確かだ。地図の上を北に統一する、ということは必ずしも地図を使いやすくするものではないだろう。地図の使い方は一つではない。地図は色々な使い方ができるものである。北が上というのを統一するのはあまりにも視野が狭すぎるのではないのだろうか。

13 B        6/29
 チラシなどに掲載されていたり、街中に掲示されていたりする地図というものは、多くの場合、目的地がどこにあるか知る時に使用する。
 ここで、ある目的地の場所が分からず、地図を使用しながらその場所へ向かう状況を想定してみる。するとこの時、多くの人は方位よりも、周囲の建物などを地図と照合させながら進むのではないだろうか。まさか、方位磁針を持ちながら向かう人はあるまい。従って、目的地に対して、駅や繁華街などの比較的目立つ施設、建造物がより分かりやすい方角、位置関係で描かれていた方が、目的地を探し当てる身としては楽である。なので、敢えて北を上に統一する必要はないのではないだろうか。
 勿論、地理的な学習あるいは統計等においては、北を上にする方がメリットが多いかも知れない。しかし、世間では、地図が「場所を知るもの」として使われることが一番多い。また、「地図」としてだけでなく、デザイン的な面から見ると、北を上に統一することによって、地図を作成する側の表現の幅が狭まり、読み手に意図が伝わりにくくなる可能性が出てくることも考慮しなければならない。
 上記より、必ずしも北が上でない方が、「地図」としてより良い効果を発揮する場合があるのではないかと僕は考える。
14 A    7/5
 北は固定すべきであると考える。小さい頃から方位に触れてきた我々は直感的に上が北という感覚を持っている。それは公的な地図、及び学校で習う地図はその多くが北を上にしていることに起因するのではないだろうか。駅などを目印として動こうとした際、〜東口前など方位を使用して場所を示すことは少なくない。同じ場所の地図でも、方位がその度にずれていると違うものを見ているようで、なかなかそこの地理として情報を一致させられないのではないか。動員客の多い商店街などが見やすい場所に置かれるよう方位をずらすのもいいが、地図はあくまでそこの地形を忠実に正確に示すことが重要だと思う。携帯端末の普及に輪をかけて、「優しい」地図が普及しては人々の方向感覚はさらに廃れるのではないだろうか。北を上に徹底してもらいたい。
15 B        7/8
2つの記事を読んで自分なりに考えてみて結論を出すと、僕はBの意見を支持したい。
まず僕は方向音痴なので、上が北で統一されている場合だと、常に自分の向いている方向や方角を把握していなければいけないためとても面倒だ。
持ち運べるタイプの地図は、手で回しながら見られるので上が北でいいと思うが、街路マップに関してはBで書かれている意見が最もだと思う。
地図にはいろいろな目的があると思うが、一高校生の意見として言わせてもらうと、地図に求めるのは「使いやすさ」や「見やすさ」だ。「使いやすさ」と「見やすさ」を両方達成するには自分が向いている方向が上のほうが良いと思う。目的によって上が示す方角を変えることで、僕たちがもっと使いやすくなる地図が増えるんじゃないかと思う。
16 B       7/8
 Bの意見を支持する。
 二つの記事を読み比べて、Bの記事の方が、断然説得力があると思った。
確かに、教科書や市販の地図が、北を上にして描かれているのは事実である。そのような地図が頭の中に入っている人にとっては、北が上でない地図は見づらく感じてしまうだろう。しかし、全ての地図が頭に入っている人など、ほとんどいたいはずである。したがって、北が上である地図イコール「見やすい地図」と考える人もほとんどいないだろう。つまり、地図が北が上である必要はない、ということである。
 例えば、初めて来た場所で道に迷い、街路マップを見たとする。そのマップが北を上にして描かれていて、実際に立っている向きと方角が異なっていたら、余計迷ってしまうだろう。Bの記事のいう通りである。
 どんな地図を作るにあたっても、「誰が見ても分かりやすい」ということを、第一に考えてほしい。
17 B    7/6
 「『地図の上は北』の徹底を」と「北が上でない地図あってよい」の二つの投稿を読み、地図の方位について考えた。地図の上は常に北でなければいけないのか、これは難しい問題ではあるが、自分は、常に上が北である必要性はないと考えた。それにはいくつかの理由がある。
 第一に、「『地図の上は北』の徹底を」における主張があまり適切ではないと思うからである。その投稿のなかには、「歩道上に建ててある町の街路マップは、自分の立ち位置の通りの方位になっている」、「北が南側に書いてある地図は読みにくい」、とあるが果たして本当にそうだろうか。普通は自分の周りの方角を気にしながら歩いている人はいないだろう。また、コンパスを常備して町を歩く人はまずいないだろう。その場合、地図の方角は自分の立ち位置どおりであるほうが見やすいのではないか。
 第二に、地図の上が常に北だと考えると、世界地図レベルの縮尺になったときに物事の考え方に偏りが生じないだろうか。例えば、南北問題について考えるときに出てくる南北反対の世界地図などは僕らに新しい世界観を与えてくれる。また、中国が下、日本が上とした90度傾いた地図は中国が太平洋に出ようとするとき、いかに日本の存在が邪魔かがよくわかり、これもまた、日中問題に新しい考え方を教えてくれるのではないか。つまり、上が常に北の地図を傾けることで新しい国際情勢についてに考え方を得ることができると考えた。
 これらの理由から地図の上が常に北である必要はまったくないと考えた。
18 B        7/11
私は地図は必ずしも北が上である必要は無いと考える。
ある時私は某TV番組で地図についての特集を見た。
その番組の内容はこうだった。「女性はなぜ地図に弱いのか」
それによると、北が上である地図では多くの女性が目的地にたどり着くことができず迷子になり、その理由として、単純に女性が頭の中で自分が歩いている方向と、地図の向きをあわせたり、変換する作業が苦手だからだそうだ。つまり、北が上の地図を不便とする考えは決して少数派ではないということが言える。
もちろん広い目で見れば、世界地図などは北が上の地図に慣れているので、そのままで良いのだろう。しかし狭い範囲に地図を作るのであれば、常に北が上でなければならない、という考えを少し和らげ、地図を使う人が見やすいように、使う目的によってそれぞれ違う地図が出来上がってもいいのではないかと思う。
19 B       7/8
私が支持するのは断然Bの主張だ。
地図といっても用途はそれぞれである。世界地図や日本全体の地図などの小縮尺の地図は国と国、または県と県の相対的な位置関係を示すためにも北が上という基準をもうけたほうが見やすいだろう。また、ある程度の範囲が書かれた地図、例えば区や市ぐらいの範囲をまるごとあらわしている地図などは北が上であった方が都合がいいだろう。理由は単純だが北を上にしないことに利点がないからである。
地図を逆さまににしたり、まわしたりしたこと、あるいはしている人を見たことがあるだろうか。
この行為は自分の位置を知り、なおかつ、どの方向を向いていて、このまま進めば何があるのか、ということを理解するために非常に分かりやすい地図にするために行う行為ではないだろうか。つまり人は自分の位置からまず地図でいう真上に進むように配置した地図のほうが理解しやすいのである。しかし、上にあげたある程度の範囲をしめす地図は人によって目的地が違う場合が多い。つまりある方角を上にしたほうが万人に分かりやすいというのがないのである。なので形式的に北を上にしているだけなのだろう。
そういった地図が手に持つことができる紙媒体なら地図をまわせば先にあげた分かりやすい地図の完成だが、そうはいかない地図もある。掲示されている広告についている地図などである。広告を見て行きたいと思った人がいざ行こうという時に地図が北をむいている、頭の中でその人は自分の位置と地図のしめす方向を重ね合わせて…あぁめんどい!その人は諦めて帰ってしまった(笑)これでは広告としては致命的である。
また、もともと設置された遊園地の入り口などにある大きめの地図は見ている人がどちらをむいているかが確定する。それならば向いている方向を上にしたほうがわかりやすいだろう。
このようなことからAのように全ての地図の上を北に徹底せよというのはいささか浅薄な考えだといわざるおえない。Bの主張はその点用途による地図の特性の違いがよく分かる。よって私はBの主張を支持する。
20 B        7/8
地図の向きにおいて、「地図の見やすさ」とは、はたしてどのような条件を満たすものなのだろうか、という事を考えてみた。
見やすさなんていうものは、おそらく同一の人間でも時間や状況に応じてかわっていくものだろう。つまり、人が地図を手にするその時、その状況にあった地図が見やすい地図となる。では、人はいつ地図を見るのか。色々な場合が考えられるが、日常生活の中では自分がいる場所から目的地までの道のりを知ろうとする時が多い。ここで、まさにその状況にある人はどのような地図を求めるのだろうか。上が北を示す世界地図や地図帳の地図は、見る場所や目的が定められていないから、全ての人間に通じる向きの基準として東西南北と上下左右をリンクさせている。しかし、先ほどのような状況では、見る人がその場所にいて、ある地点を目指しているという状況に限定されている。つまり、現在地と目的地という、その地図を使う人全てに通じる基準が存在するのだ。よって、日常で使う地図としては、地図を見る向きが上である地図であるものの方が使いやすいと思う
21 B       7/7
 僕はBの意見を支持する。
 例えば、初めて来る街で道に迷い、目的地までの道のりを知りたい場合を考える。その場合、自分の周囲にあるものの位置関係を地図上に縮小された位置関係を照らし合わせることで自分の現在地が容易に把握できるようになる。そこで、仮に全ての地図が北を向いているとすると地図から読み取れる自分の周囲にあるべきものの位置関係と、自分が今見ているものの位置関係に毎回ズレが生じる。そのズレを直す作業を必要とし、位置関係を把握しづらくなる。 次に、遠足で行ったことのないところへ行く前に地図で自分が行くルートを事前に調べる場合を考える。その場合、遠足をシュミレートするために地図から位置関係などの情報を読み取ることで頭の中で自分が行くルートを想像しなければならない。この時、地図は設計図のような役割を果たす。設計図は組み立てやすいように大きさや向きなどの基準を統一しておく必要がある。すると、北が上の地図の方が向きが統一されていて容易にルートを想像できる。
 このように、その時その時の用途に合わせて適切な地図を選び、使用していくことが大切だと思う。
22 B      7/8
 僕は地図の一番の目的は目的地に着くこと、着きやすいことだと思う。目的地に着くことを考えたとき、僕は地図の上が北である必要は無いと思う。なぜなら、Bの記事にも書いてあるが街路マップを見るときに常に北を向いているとは限らない。向いている方向と地図の上の方向が違うと方位のずれを考えなければいけない。だから地図の上が北である必要は無いと思う。それどころか街路マップでは地図の上は向いている方向であるべきだと思う。
 さらに、Aの意見の否定をしたいと思う。Aの記事では、Webで地図を見たときについて書いてある。方位がバラバラだからWebの地図は見ずらいと書いてあるがこの記事には見ずらいという根拠がほとんど書かれていない。なのでその根拠を考えてみたが、方位がバラバラのせいではないと思う。単純にWebだから実際の風景がわからないからだと思う。Aの意見での根拠はこれと北が上でない地図でNマークが書いてあってもよみにくい。というものだった。これにも何の根拠もない。Aの記事の筆者が読みにくいといっただけである。つまり、Aの筆者の意見には何の根拠もない。
 だから僕は地図の上が北である必要は無いと思う。
23 B      7/7
 私はBの意見を支持する。
 「見やすい地図」の基準は、「地図を読むのが得意でない人にでも読める」ということであると思う。
 苦手な人が地図を読むときには通常、自分の現在地から見た方向になるよう地図を持ち替える。そうした方が目的地と現在地との位置関係、目的地までの道の伸び方がわかりやすいからだ。教科書や本屋で売っている地図はそれができるからいいだろうが、歩道上に立ててある街路マップはそうはいかない。例えば南を背にしてマップが立っている場合、上が南の方が見やすい。それは、持ち替え作業が初めから終わっている地図といえるからだ。これが「上は北」で固定されている地図であったら、「北を向いたときにこの道をこう進むから私の向きだと…」などと考えているうちに大抵は頭がこんがらがってしまう。
 このように、苦手な人の目線で考えると北が上でなければいけないとは思えない。おそらく、街路マップは苦手な人のことも考えて「上は北」に統一されていないのであろう。苦手な人だったら使えない地図を置いても仕方がない。使える人の範囲をできるだけ広げようと考えて、街中の地図は作られているのではないだろうか。
24 B       7/8
Bを支持する。人は自分が見やすいように地図を動かすものであると私は思う。地図の上は北、と統一したとしても、動かせる紙の地図であれば自分の立ち位置・現在地・目的地の関係から見やすくて自分にわかりやすい位置に地図をまわすだろう。車のカーナビが良い例だ。車(自分)が常に上方に進んでいるように地図が回転する。地図を固定せず自分にあわせた方が見やすいという考えによるものだ。
Bの記事に書いてあるように、全ての街路マップが北を上にしていたならば、地図・方位のずれによる混乱が生じる。少しでも人々が利用する時の視点を考えた上で、上にする方位を決めた方が、方位のずれが起こることは減り、分かりやすく使いやすくなるだろう。
Aの記事に「北が南側に書いてある地図は読みにくい」とあるが、私にはなぜ読みにくいのかの理由を読み取ることができなかった。なにも考えず北にすると地図と方位のずれがよく起こって混乱しやすいと思う。
普段私たちは、どちらが北で、今進んでいるのはどの方角か、を考えて街を歩いているのだろうか。方角を意識をしない中、方位の統一を徹底しても見やすくはならないと思う。
以上のように利用者の見やすさなどから、Bの記事の意見に支持する。
25 B       7/7
 私はBの意見を支持する。
 Aの主張をみると、"北が南側に書いてある地図は読みにくい"ということをいっている。しかし、街路マップなどに置いては特に、自分の進みたい方向が南だった場合、もし標識が北を上に書いてあったとしたら、逆方向に考えて進まなければならなくなる。だからよほど自分が方位を考えなければならない場合以外は、読みにくいということはないと思うし、方角通り北が上に書いてあったからといって必ずしも見やすいわけではないと私は思う。
 またBの主張にある通り、一律に北を上にしてしまったら自分の進みたい方向によって地図との向きがずれ、混乱してしまうと思う。実際、地図をみて進むとき方向によって回しながら道を探さなくてはいけないこともあり、行きたいところに中々行けないということもある。さらに、お店などの場所を表す時などは特によりわかりやすく場所を示すために、他の建物との位置関係も重要になってくるだろうから、進行方向の地図ならば目印がわかりやすくなると思う。
 以上から、目的や場所に応じてわかりやすくかえるために北が上でなくても良いと思う。
26 B       7/8
  私は、Bの記事を支持する。
  私たちが地図を利用するのは目的地に正確に辿り着きたい場合、つまり街路マップがほとんどである。地図を使って歩くとき、私たちは何かわかりやすい建物などを目印として進む。この時、地図が自分の立ち位置のとおりになっていれば、今どこに立っているのかがわからなくなったり、地図をぐるぐる回して考え込む必要がほとんどなくなる。では、Aのようにすべての地図が北を向いていたらどうなるか。地図と自分の進む方向のズレを自ら修正しなくてはならないし、時間がかかる。ほとんどの人が、地域の人や交番に道を聞いた経験があるだろう。 なにより、私たちは常にコンパスを携帯して北がどっちかを意識しているわけではない。地図が北を向いていなくても、何の支障もない。Aの投稿者のように普段から地図に慣れている人にとっては一律して北が上になっている方が見やすいかもしれない。しかし普段地図に慣れていない私たちからすると、必ずしも北が上の方が見やすいとは限らないのである。
  このことから、私は北が上でない地図があってもよいと思う。
27

自分が普段目にする「見やすい地図」とは何だろうかと考えたときに浮かんだのは、カーナビや携帯のような自分の立ち位置の通りの方位に表示されている地図でした。しかし、今まで学校や受験勉強の中で目にしてきた紙の地図は基本的に、いや、絶対に上は北を示していました。

 そこで、Aを主張する佐々木さんの言うように、上が北の地図は本当に見やすいかというと、100パーセントイエスと私は言いきれません。なぜなら私は地図を回して見る、いわゆる地図の読めない人であり、GPS機能のついた携帯の地図にお世話になったりする人だからです。しかし、街路マップや教科書の地図のように公の場で、様々な目的をもった多くの人々の目にふれる地図は上が北、と徹底すべきだと思います。なぜなら義務教育の場で教わってきた知識は社会の一般常識であり最近の社会の変化にともなってコロコロと変わるべきでないと考えるからです。

 ABを主張する2人はともに「街路マップ」を例に挙げて持論を繰り広げていますが、それを見るのは様々な目的をもった多くの人々であり、必ずしも駅前に立っていて、「駅を出た人」だけが見るものではありません。しかし、自分が駅から出たとき、携帯の地図には自分の立ち位置の通りの方位に合わせて表示してもらいたい、と思います。Bを支持しているのに…と矛盾は生じるかもしれませんが、これが私の意見です。

28 B         7/8
私は断然Bを支持する。
Aは、北が上でない地図は読みにくいと言っている。
確かに、Aのように地図に詳しく毎日触れている人にとっては、地図は上が北でないと違和感があり、読みにくいのかもしれない。だが、私のように地図の知識があまりなく、たまに目的地への行き方を見るのに使うだけの者にとっては違和感などまるでない。
例えば、私は、地図を持って歩くとき、曲がるたびに地図を回転させ、地図の道と歩いている道の方向を合わせる。
その方が歩きやすいからだ。
地図は何のためのものか、人々に目的地への行き方を分かりやすく示すためのものだろう。
ならば、看板など回転させられないものに描く地図をはじめから進行方向と地図の道の方向とが一致したものにするというのは、理にかなっているのでは…。
Aは、地図は上が北であるという概念に固執し、本来の地図の役割を忘れてしまっているようだ。専門家も自分にとって読み易いかどうかではなく、使用者にとっての読み易さを考えたら、Bのような考えに至るであろう。
29 B         7/8
私は、Bの。「北が上でない地図があってよい」という考え方を支持する。
地図を使用する目的は、人や時によって大きく異なる。方向音痴な私の場合、遠足などの道のりを決めるとき。友達と待ち合わせする時などがあげられる。
2つの場合を考え比べてみる。遠足の道を決めるときは、方位が分からないと遭難してしまう危険がある。その上で、「北が上」という常識の地図だと、すぐに見ることが出来るので非常に便利である。
しかし、もう一方で、待ち合わせのとき。例えば、よくある駅の改札にある地上の地図。もしあれが「北が上」という常識にとらわれていたらどうなるどろう?地下鉄の駅は、地下にあるので、太陽の出ている方向は見られないので、大層不便である。だからこの場合、地図をみる人の向きに向かって書いてある方が便利でよい。
2つの事例のように、地図に時と場合によって、便利なときもそうでない時もある。そのため、「必ず北が上でなければならない」という必要はない。
その人の使い方や好みによって大きく変わる地図において、「北が上」という固定概念はむしろあってはならないものだとも言えるのではないだろうか?
よって私はBの、「北が上の地図があってよい」という考えを支持する。
30 B       7/8
私はBの意見に賛成します。その理由は新聞に書いてある通り、必ずしも地図を見るときいつも方角が必要というわけではないからです。それぞれの地図が示したい一番大切な場所が方角を重視している事によって行き方が分かりづらいのではその地図の意味がありません。駅からの行き方など表現は様々ですがいかに利用者にとってわかりやすいものにするかが大切なのではないでしょうか。私は父の運転する車で助手席に座りカーナビを見ながら進行方向を確認していました。そのカーナビに使われている地図は『北が上』な地図だったのですが、車は前に進んでいる(当たり前ですか)のに進ん
でいる方向が南なのでカーナビの表示は後ろに進んでいくのです。当然ですがその場合曲がる方向は実際と画面上では真逆になります。そのため道がとてもわかりづらく父に伝え間違えてしまった事もありました。この事のように『北が上』という表示方法が必ず見やすくわかりやすいというわけではないのです。しかし、北が上の地図を否定しているわけではありません。方角が明確に解った方が使いやすい地図は北を上にすればよいのです。だから『必ず』『徹底』などの言葉をわずにその用途に応じて変更すればよいと私は思いました。
31 B    7/5
 Bの投稿にも書いてある通り、地図は上が北、と統一される必要はないと思う。
 「見やすい地図」の基準は人によって違うと思うが、Aの投稿で挙げられている、歩道上に立ててある街路マップは、多くの人は自分がこれからどの方向へ進めばいいか知るために利用するだろう。そのような人にとっては、東西南北が統一された地図よりも、自分が今立っている向きに合わせた地図の方が使いやすいはずである。
 また、立っている地図でなくても、手に地図を持ちながら歩くとき、自分が道を曲がるときに、同時に地図をぐるぐる回しながら進む人もいるだろう。
 そのような人にとっても、自分が立っている向きと同じ向きに地図が立っている方が断然わかりやすいだろう。
 Aの投稿者は、毎日地図を見る職業の人なので、地図の向きと自分の立っている向きが違っても、頭の中ですぐに変換することができるかもしれない。しかし、多くの人にとっては見ている景色のままに地図がある方がわかりやすいのではないかと私は思う。
 また、地図には、カルトグラムのように、地図自体を変形させて、それ自体に意味を持たせるものもある。
 そのような地図は地図として認められているのだから、方位を統一する必要はないと思う。
 地図は、目的に応じて使いやすければいいと思うので、北が上、と統一する必要はないと思う。
32 B      7/8
AもBもどちらも一理あると思った。だが、私はどちらかというとBを支持する。
私がBに共感したのは、利用目的にあった地図を使った方がいいと述べていたからだ。
確かに一律上を北にしていたら、登山など方位磁石を持っていた場合わかりやすいかもしれない。だが、そうでない場合の方が私は多い。
少し違うかもしれないが、以前初めての場所に模試を受けにいったことがある。その時に地図の上が北になっていて、会場になかなかたどり着けなくてとても困った。その時、私は北が上の地図よりも駅から出た後にどのように進むかという視点で地図を作って欲しいと心から思った。
その方が、駅と建物の位置関係を把握して地図と方位のずれを頭の中で変換するという骨のある作業をやらずに済む。
以上の点から、利用目的にあった地図を使ったり作ったりした方が使いやすい。なので私はBの「地図の上は必ずしもきたでなくてよい」という意見に賛成だ。
33 B         7/8
私は「北が上でない地図あってよい(B)」という主張を支持する。なぜなら、必ずしも北が上の地図が見やすいわけではなく、また、利用目的に合わせて柔軟に地図を工夫する必要があると思うからだ。
 私は方向音痴である。初めて行く場所では必ず迷う。高校受験当日に道に迷い、遅刻しそうになったことさえある。そんな私とって街路マップは欠かせないものである。しかし、地図を簡単に読めたら、苦労はしない。地図が読めないから道に迷うのだ。
 道に迷ってしまった時に重要なのは現在位置である。自分がどこにいるのかが分からないと更に迷ってしまうからだ。ただし、その地図が自分の立ち位置の通りの方位に合っていないと辿り着くことが一気に難しくなる。地図1の場合、私は地図で見たとおりに進めばよいが、地図2の場合は頭を傾けて考えねばならず、このままだと私は道を間違ってしまうだろう。街路マップなどの道案内は自分の立ち位置の通りの方位である方が分かりやすいと思う。
 ところで、佐々木氏の言う「見やすい地図」とはどのような地図なのだろうか。私にとっての「見やすい地図」とは現在地を基準とした地図である。だが、佐々木氏はその様な地図は読みにくいと言っている。なぜか。それは佐々木氏が不動産業に携わっていて地図をデータとして扱っているためだろう。私と佐々木氏は地図の利用目的が違う。だから「見やすい地図」の考え方が違うのも当然だ。
 使う人にとっての分かりやすさを優先するためには、地図の方角に関係なく様々な種類の地図があってよいと思う。
34 B      7/4
 私は、必ずしも地図は北が上でなくてもいいと思う。Bの記事にもあるように、地図の利用目的は様々であるため、それぞれの地図で、見やすいものであればよいのだと思う。地図は何のためにあるのかを考えた時、それは、見る人に、地図から必要な情報をきちんと正確に伝えることである。このため、地図は見やすければ見やすいほど私たち利用者は使いやすく、いち早く情報を得ることができる。
 ここで、二つの場合を比べてみる。
 まず、公園や駅、チラシなどにある地図についてだ。これらは、比較的狭い範囲を示していて、どれにも共通して言えることは、利用者が何らかの目的地や目印となるものを求めているということだ。現在地が明記されていて、そこから目的地に向かおうという時、いちいち北を上にした地図にしていたら、まず方位を確かめるところから始めなければならず、時間がかかる。このような場合は、北が上でないほうがよいこともあるといえる。
 次に、関東地方、世界地図などの、地図帳に記載されている地図についてだ。これらの地図は、ほぼすべて北が上で書かれている。このように、広い範囲を表す地図は、北が上であるほうが断然見やすい。それは、前者のように、利用者が到達点を求めていないから、全体的に見たときの見やすさを考慮しているのだ。
これらの理由から、地図は北を上に徹底するのではなく、利用目的に応じて変えていくべきだと考える。
35 B     7/4
 地図は、必ずしも北が上に位置する必要はないと思う。地図はその「もの」の位置を探す時に使用する。つまり、その目的を果たすためには、見る側が最も分かりやすく位置を確認できることが大切なのだ。そう考えると、分かりやすい建物を目印にした向きにしたり、自分の立っている位置そのままの方向からの案内があった方が良いのではないかと思う。実際、駅のロータリーなどの案内板が北を上にして表示してあったらどうだろうか。その場所に経っていることが前提のその地図で、わざわざ北を上にしてかく必要性はないと私は考える。これがまだ、手にとって持ち歩ける地図であるならば、統一性を持たせて北を上にするということもあるだろう。しかし、人々が地図を正しい方向に合わせるために、常に方位磁針を持っているとは思えない。しかも、その代わりに周りの目印になりそうな建物を見つけて地図を合わせるようでは、北を上にする統一性は意味をなさなくなってしまう。以上から、私は地図は北を上にすることにあまり必要性を感じない。
36 B       7/7
 地図は必ずしも北が上でなくて良いと思う。
 佐々木角栄氏が北が上であるべきだと考えるのは、氏が書いているように「仕事柄、毎日地図帳を見ている」からではないか。地図の扱いに体も頭も慣れているのだと考えることができる。
 統計的なことを知りたいときは、遠目から観れる客観的な地図の扱いが必要だ。それだと北が上という一定の基準を持つ地図の方が見易いと思う。
だが普段歩くときは、野中氏が言うように、自分が中心の主観的な地図の扱いが必要だ。
 目的が異なってくるのだし、普段の生活で佐々木さんのように地図に慣れている人はそう多くはない。そうなると街頭の設置地図でも優先されてしまうのは自分の場所と目的地の位置関係で、北が上でないのは仕方の無いことではないだろうか。
37 B   7/5
 私達が地図を使う目的は、目的地までの到達、土地利用や地形を知ることなど様々である。街路マップならば、目的は行きたいところを見つけ、そこにたどり着くことである。私達はこの場合、実際の建造物や道路、標識などと地図を照らし合わせて進む。この時、方位を頼りにすることはあまりないし、自分の向いている方角が分かることはなかなかない。
だから、私は目印となるものを下にした地図の方が分かりやすくて良いと思う。
 しかし、私は北の方角が上でなければならない地図もあると思う。例えば、公的な地図などは、統一されていないと扱いが面倒になる。それは、Aの人のとおりだと思う。
 私は、Bに賛成するが、一つ一つの地図には最適な目的があると考える。目的に応じた地図を私たちは取捨選択すべきだ。
38 C       7/7
地図は使う時の状況によって使いやすさというものが変わるので、民間に設置する地図において全ての人が便利さを感じる物というのは難しいと思う。
Aの記事のように、普段から方位を意識して地図を見る人にとっては北が上の地図が1番だと思うし、そこを初めて訪れる人にとっては目印となる建物がすぐわかる方がわかりやすいと思う。また、地図記号や方位を知らない子どもや日本語を知らない外国人など、細かく分類すればするほどキリがないように思える。
 だから、Aの人が述べているような地図はたまたま方位以外のことが優先された地図だったのであって、場所によっては北が上の地図を使用している地域があるかもしれない。
 万人が納得いく地図は存在しないからこそ、あえて統一せず、何を優先とした表記の仕方にするのか、場面によって使い分けるべきだと思う。そして、利用する我々もあらゆる地図に対応できるよう、地図を読み取る力を鍛えていく必要があると思う。そのためにも、日頃から地図によく触れて地図に慣れ親しむことが大切だと思った
39 B      7/7
 私はすごい方向オンチで、初めていく場所には地図が必須だ。たいていパソコンで地図を出しているのだが、パソコンの地図は北が上のことが多く、駅から出てもどう行けばいいのかわからなくて、自分が進むべき方向にするため一人駅前でたたずんで地図をくるくる回していることがよくある。そんなわけで、北が上だという暗黙のルールに忠実だと都合が悪いことが結構多い。日本地図のように地名を知るだけ、距離を知るだけならいいかもしれないが、生き方を知るには駅から出たあとにどう進むか、または目的地を基準にどう進むか、など用途に合わせて工夫してくれた方が便利だ。
 例えば近くのお店に行くまで、池袋のYAMAHAの位置を母が地図として描いてくれた時は、地図は北が上ではなかったが、行きやすいように方向が工夫してあったのでとても使いやすく、すぐ辿り着けた。パソコンで出さない地図というのは、ちょくちょくみんな使っていると思うが、明らかにその方が見易い。なぜなら、その人の行きたい方向に合わせて人が地図を描くからだ。全ての地図を北を上に
してくれと言っているのではない。用途に合わせて方角を決めた方が、柔軟でメリットがあると私は思うのだ。
40 B       7/7
 私が支持するのはBです。
 地図の方位を統一すると、全体からしたら分かりやすくなるかもしれません。しかし時と場合によっては方位を変えることが必要だと思います。例えば初めての駅などで自分が今何通りにいて、どこに行きたい所があるのか?というとき、【Bにも書いてあるが、】自分が向いている方向に対して地図が書かれていると北向きに統一されていて自分の前にある通りが一目見て分からないより断然見やすいと思います。またAの場合だと、今自分がいるところにおいて、方位を把握しなくてはなりません。なので常に方位磁石が必要というのと同じことです。私のような方向音痴な人にとっては北に統一されているということはとつも、つらいことだと思います。地図に関してですが、地図が読める人が中心より読めない人が分かるという地図のほうが絶対に支持率も上がると思います。なぜなら幅広い人に人気があると考えるからです。
 Aの考えについてですが普通の人から見てなぜわざわざ地図を複雑にする必要があるのだろうか?と考えてしまいます。地図には目的があるから作られてそれはきっと時と場合によるが、駅前などにおいてある地図は目的地までの位置関係をより早く分かるためのものであり、地図帳などは地球全体と、照らし合わせるために北という方位を決めてそれぞれを比較するためであると考えます。よってわざわざ地図を複雑にするより一目で分かる地図のほうが使い勝手がよいと思います。私はこれらのことからBを支持します。
41 B   6/30

 私は北が必ずしも上である必要はないと思う。もちろん日本地図や世界地図のような小縮尺の地図は北が上の方が断然見やすい。だが、実際に地図を見て歩いたり、車を運転していたら進行方向が上になっている地図の方が便利である。
 私も方向音痴なので、地図を見て歩くときはいつも地図を回している。また、昔は車の助手席で地図を見ている人が多かったが、自動車は速度が速く、しばしば曲がるべき所を過ぎてしまうこともあったようだ。だから、目標地点へ辿り着くという用途での地図は進行方向が上の方が使いやすいと言えるだろう。カーナビの普及率の高さや、ナビのアプリの利用が増えていることからも、多くの人が北が上でない地図を必要としていることが裏付けられているのではないだろうか。
 
使う人や用途によって地図の見やすさや、使いやすさは変わってくる。方向感覚の良い人にとっては、地図は上が北であるべきなのかもしれない。だが、上が北でない地図が見やすいという人もいるし、万人に見やすい地図を、という意図で上が北でない地図が作られている、ということも知っておいてほしい。

42 B    7/5
 私がBを指示する理由は、自分が北が上の地図を使っていて、不便だと思うことがあるからだ。私は方向音痴なので、知らない場所を歩いていると、自分がどこにいるのかすぐに分からなくなってしまう。道に迷った時に、歩道上に現在地の示された地図の付いた掲示板が立っているとする。この時、どう考えても現在地に対して、その方位が合わせられている方が分かりやすい。もし、この地図の北が上なら、変な方向に進んでしまったりして、余計迷ってしまうだけである。個人的な意見だが、地図に詳しい人、方向感覚の優れた人は北が上の地図を好み、そうでない私のような方向音痴の人は、北が上でなく、自分の立ち位置通りに合わせられた地図を好むのではないか。地図に詳しくて道に迷わない人にとっては、北が上の地図の方が良いのかもしれないが、世の中にはそうでない人の方が多い。だから、世間はそうでない方の人に合わせるべきだと思う。北が上の地図を徹底する必要なんてないはずだ。そんなことをしたら、大部分の人にとっては迷惑だろう。こんな言い方をすると少し大げさかもしれないが、一部の人の利益を求めるあまり、大勢の人の被害を被ることになってしまっては、本末転倒である。
2組
1 B       7/8
僕は、無理に「地図の上は北」と徹底する必要は無いと思います。目的によって「上が北で理解しやすい地図」「人それぞれで理解しやすさが違う地図」「上が北で理解しにくい地図」と、さまざまあると思うからです。
  一つ目の、上が北で理解しやすい地図は基本的に向きをかえる必要のない世界地図などです。逆に向きをかえてしまうと、一般の地図とは違うため、見にくいと感じてしまいます。
  二つ目の、人それぞれで理解しやすさが違う地図は、街路マップやお店のチラシの地図などです。僕は最初、これらは全て上を北にすると見にくいに決まっていると思っていました。しかし、親にこのことを話してみると、上が北ということが頭で固定されていて、進みたい方向に頭の中で自動変換してしまう、だからわざわざ向きがかわっていると逆に見にくいと言っていました。そのため、これらはどちらがいいとは簡単には言えないと思います。
  三つ目の、上が北で理解しにくい地図は、カーナビなど持ち主が実際に動きながら見る地図などです。これらは二つ目は上が北の方が見やすいと言った親も見にくいと言っていました。
  このように(北が上の)地図を見た回数や頻度、単純な好き嫌いなども含め、
使う人によってどちらが見やすいか違うため、僕はBを支持します。
2 B       7/8
 私は、固定されない地図は北を上にすべきで、固定される地図は必ずしも北を上にせず、見ている方向を上にすべきだと思う。
仮に、世界地図のような小縮尺の地図が(例えば)西が上で、道路上の避難所マップが全て北が上だとどうなるだろう。
前者の場合、メルカトル図法やミラー図法なら居住地帯が大きく引き延ばされたり、それ以外の図法でも時差が分かりづらくなったりさまざまな弊害が考えられる。
 また、後者の場合、避難時にとっさに見ている方向と方角のずれを変換できず、避難の遅れにつながりかねない。
さらに、地図の一番よく使われる目的である目的地までの経路を調べることを中心に考えても、道路上などに固定される地図は目的地の方向と曲がる方向が分かりやすい、見ている方向が上の地図が最適で、固定されない地図は、目的地の見つけやすさと、地図を回転させる行為が可能であることを踏まえ、北が上である地図が適していると言える。
 よって、いくら美しいからといって三つ峠を下にした富士山の地図を作ることは避けるべきだと思う。ハイカーを混乱させるのみだ。やはり北が上、御殿場が下の正統派の地図の中で工夫を凝らすべきである。
3 C       7/8
ただ「地図」と言っても,目的地までの行き方を知るために使うものや,ある範囲の地形を調べるために使うものなど様々だろう。用途が違っていれば形式も変わってくるのは極当たり前のことであり,それを無理に統一しようとする考え方自体がナンセンスではないかと思う。
  Aの主張をもう一度確認すると,「地図は北を上にするべきではあるが,街路マップなど北が上でない方が良い場合もある。」と述べている。その一方Bは,題に「北が上でない地図あってよい」と書いているのを見ると,「(原則として地図の上は北であるべきだが,)北が上でない地図もあってよい」という風にもとらえられるのである。
  つまり,この2つの主張は,完全に対立しているのではなく,Aが「例外はあれど,全ての地図はこうあるべきだ」と言ったのに対して,Bが「もう少し選択の余地を残してもいいのではないか」と言っているだけなのだ。BはAの補足とでも言うべきであり,繰り返すが,この2つの主張を同一平面上の対立要素としてとらえることはできない。従って,どちらか一方を支持することは不可能だという判断を下した。
4 A       7/8
私は、全ての地図が北を上にすることはとても重要であると思う。つまり、Aに賛成する。
 理由としてあげられるものの一つは、その実用性のなさだ。特に見知らぬ土地で地図を使うときには、辺りに何があるかはほとんどわからない、つまり方位を頼りに地図を読む必要が出てくる場合だ。私は地図を読む時、地図の向きを変えずに読む。その方が自分がどう曲がったのか、何があるのかなどの情報を把握しやすいからだ。そして、見知らぬ土地ではとくにお世話になるのが町の所々に設置してある地図だが、その地図が手持ちの地図と違う方向を向いていたらどうだろうか。パッと視覚的にとらえたときに全く違う二つの地図を見たような感覚に捕らわれ、それまで得てきたその土地の情報との食い違いに混乱してしまう可能性がある。これでは地図の目的からすれば本末転倒ではないのか。
もう一つは、意識の問題だ。現代社会で行政の発行する地図は、全て北を上にしている。そして私たちの多くはそれが当たり前という意識を持っている。そんな中、作り手の一存で地図の方位を変えてしまうのは地図としての見易さとともに公平性をも欠いていると言えるのではないか。
このような理由から、私は全ての地図が北を上にすることはとても重要であり、必要不可欠であると思う。
5 B       7/8
 私は地図は必ずしも上が北である必要はないと思う(Bを支持)。
 そもそもなぜ少なくとも日本では大半が地図は上が北であるという考えを持っているのか。それは日本が北半球に位置し、日本中心の世界全図で表現すると、必然的に上が北である方が一般的な用途であれば利便性が高いからであろう。そしてその世界地図の概念をもとにして様々な地図が作成されるわけなので、世間に「地図は上が北である」という風潮をもたらしているといえる。確かに不動産業のように地形や立地条件を比較したりする際には、なるべく同じ条件下で地図を見たいであろう。すると地図の上を北に統一すべきだという意見が提案される根拠も明白である。
 しかしながら、上が北でない地図が世の中に広く普及しているのもまた利便性の観点からなのである。例えば、あなたが今から現在地の南にある富士山の登山口を目指すとする。しかしことがあろうに道に迷ってしまった。そのときにもし上が北の地図を利用すると、あなたは地図上の向きと逆方向に進路を取らなくてはならない。それはあまりにも理不尽なことではないか。本来進路をわかりやすくするために地図が存在するのに、頭の中で地図上の進路を転換しなければならないのだ。そしてもし地図の上が北に統一されると、そのような場面が日常的に現れる。確実に上を北にした地図がその効用を発揮する場面よりも多いだろう。
 このことから、私は「地図の上は北」を徹底する必要はないと考える。
6 B       7/8

 僕はBの意見を支持します。
 僕個人の意見としては、僕が遠くに出かけるとき、だいたい地図を持っていきません。なのでいつも街路マップを頼りにしています。もしも現在進んでいる方向が南西で街路マップの上が北だとすると、いちいち方位を変換させなければなりません。そんな芸当は僕にはできません。それに地図を持っている人にとっては、地図は回転させることができますが街路マップはどれだけ頑張っても回転させることができません。電車から降りてきて疲れているのに街路マップをみるためわざわざ頭を傾けるなんて、僕はいやです。
 また、Bの記事には一律に北を上にすると何故読みにくいか書かれている一方で、Aの記事には「北が南側に書いてある地図は読みにくい」と書いてありますが何故読みにくいかは書かれていません。ここでもAの記事よりBの記事のほうが勝っていると考えられます。不動産家では見にくいかもしれませんが、公共の福祉からして考えてみると、北が上でない地図のほうがより良いと思います。
 しかし、地図の上は北であることにも大きなメリットはあると僕は思います。結局、目的の用途に合った地図選びが必要だと思います。

7 A      7/8
僕はAに賛成である。なぜなら僕は見やすい地図とは見たときにいかに理解しやすいかで決まり、現代人の感覚では地図では北が上というイメージが強く刷り込まれていると思うからです。いままで僕たちが習ってきた地図ではほぼすべてのものは北が上のものでした。おそらく小学校や中学校の社会の授業の中で北が上でない地図を扱った人はほとんどいないと思います。よってすべての国の形、島の形などは北が上のかたちのものとして意識されています。よってそのような意識を持った状態にある僕たちが北が上にない地図で国や島の形を見たときにそれを判別することができるでしょうか。
Bでは「自分の進みたい方向と描かれた地図との方位のずれを頭の中で変換せねばならず混乱も生じるだろう」と書いてある。しかしこの問題は地図を回してみてみるなどのことをすることによって簡単に解決できるのではないだろうか。そしてぼくは、このような問題より自分の記憶の中にある形と地図上の形が違うことのほうがその地図を理解することを難しくすると思う。ぼくはこれから作られる地図は見やすいため北を上にすることを徹底してほしい。
8 B       7/8
授業などで扱う地図は、実際にそこにいるわけではないのだから、上が北になっていなければ見づらい。
そういう場面で使う地図においてはAの意見もわかる。
しかし、実際に現地にある街路マップを使う場合、上が北だと決まっていたら方位磁針でも持っていない限り、方角がわからないのでその街路マップは意味をなさない。さらに、上が北だと自分のあたまの中で上下左右を変えながら考えながら歩かなければいけなくなり少し大変。
やっぱり街路マップだったら、マップの上に見えるその場所が自分の位置の前に見えるのが理想的である。
カーナビで例えてみたらどうでしょう。
もしも、カーナビのマップの上下が前に見える景色と同じではなく、東西南北にあわせたものだったら、運転にも集中しなきゃいけないし、カーナビの地図も前の景色に合わせて、頭の中で向きを変えなければいけない。
少し間違がえれば目的地に到着できなくなるし、二つの事を同時にするのできわめて危ないドライブになってしまう
結論は「持ち出せて上下左右の向きを自由に変えられる紙の地図」は上を北にすることで見やすくなり、「行ったその場所に設置されていて上下左右の向きを変えることのできない街路マップ」は、自分の立ち位置の通りの方位に合わせた方向にして、前を見た方向が上に描かれているようにするのが見やすい。
9 B    7/5
 2つの記事を読んだが、個人的には『北が上でない地図あってよい』の意見に賛成だ。
 まず、Aの記事を読んで思った感想だが、北が上でない地図が読みにくい理由がかかれてない。『多分、〜ではないか。』などと、個人的な意見が目立ち、Bと比べ納得できるような理由が見られない。
 Bの記事に書かれている理由は納得でき、かつ合理的だと思った。
個人的な意見として、書店などで手に入る持ち運べる地図は北が上と統一したほうが良いとは思う。持ち運べるということは、その分使用目的が多々あり、目的地も様々だということである。どのように使うかはその人次第なため、きちんと『北が上』と統一すべきである。しかし、駅前に立ててあるようなものは動かせない地図である。動かせないということは、見る人の位置、向きが固定されるということである。たまたま北向きの看板ならよいが、そうでない場合、いちいち方位のズレを考えなければならないのに、北を上にする意味はない。
 地図は使うもの、利用するものであり、便利さを優先させるため、必ずしも北が上向きの必要はないのではないか。
10 B       7/8
 僕はBの記事を支持する。その理由として、A「地図の上は北」の記事を見ると、下段に、「北が南側に書いてある地図は読みにくい」と述べられている。僕はまずこの一文に反対したいと思う。そもそも、北を上にして考えるということは誰が、どのようなことを意図して考えたのだろうか。確かに、北極点といえば中心というイメージが強く、上にあるということも一般的に考えられるかもしれない。けれどそれは、人間の本能であり、下に置かれていても読みにくいと考えるのは、ただの思い込みにしか過ぎないのではないのかと思う。
 「地図の上は北」というルールを定めることは、全ての子どもたち。全ての日本人。全ての世界の人たちとの共通理解を得られるということに関して、すごく便利なことだとは思う。しかし、そのルールが必ずしも良い方向へと道標を指すとも限らないだろう。これは、Bの記事の中でも述べられているように、用途に合った地図(自分の立ち位置と目的地を基準としたものなど)を作ろうとしたときは、他の方位が上部にあったほうが便利なこともある。
 このような理由から僕は「ルールのない地図があってよい」というBの記事を支持する。
11 B       7/7
 地図の上が北というのは、起源を調べてみると、日本人からしてみれば、輸入したものにすぎないものである。事実、江戸時代には北西が上のものが多かったりと様々だったが、西洋の北が上の地図が末期に多く輸入され、それで影響を受けてきたのだ。そして、西洋の地図の上が北というのも、大航海時代において、磁石や北極星と地図を対比させる際に便利だったという説があるように航海で便利だったり、あるいは当時の北半球の文明の発達といった、歴史的要素が強いのだ。
 つまり、今日、北が上となる地図は昔の欧米の名残であって、かつ、あくまでも統一された基準にすぎない。それゆえに、当時のヨーロッパのように北を上とする現実的な実用性もないのではないのだろうか。
 僕はこの、情報化された現代社会ではむしろ、様々な目的にあった様々な方向を上とする地図があっても良いと思う。かつての大航海時代の地図が北であったのも目的があったわけだし、TO地図も地上の楽園がある方向である東を上としていて、意図があるのが わかる。それぞれ、目的にあった地図を使っているのだ。その時のたまたま、航海図のような地図が出回っていまでも名残が残っているにすぎないのではないか。だとすれば、また、違う方向を上とするきちんとした目的がある地図がたくさんあってもいいのではないか。
参考文献
http://mapfreak.sakura.ne.jp/column/northup.html
http://www.j-real.com/honmakaina/R12.html

12 B   6/30
 今の時代、スマートフォンの普及により、地図を利用する機会が増え、従来地図が統計などに使われていたために「場所の位置関係を正確に把握する」ことが大事であったのが、今は「今自分のいる場所から目的の場所へ行くにはどう行けばいいのかを知る」ことが大事である傾向になりつつあると思う。そのように考えると、目的地へ向かう場合、方角を基準に考えることは少なくなっていると感じる。実際歩行者に道を聞けば「北の方向に50m行って、そうしたら西の方向に曲がって100m進む」という表現ではなく「〜通りの○○という建物がある道を左に曲がって・・・」という表現が一般的であろう。視覚的に見てわかりやすいというのが現代一番重要視されるのであり、自分が見ている方向が地図上で上の方向であることが当たり前になってきている。例えば、駅前の地図を例にとってみよう。自分が向いている方向が真南で、地図の上が北を示していたら、当然、地図を見るときには、地図が固定されているわけだから体を逆さまにして見なくてはいけない。これは大変不便である。
 このように、現代における地図の目的が変わってきているのならば、それに配慮した地図の形にしていくのが当然なのではないのか。
13 B
 二つの記事を読んで、私はBの意見を支持する。
 そもそも、地図で北を上として書かれるのはなぜか。中世以前では、とくに北を上にして書くというきまりはなかった。諸説あるが、地図で北を上として書くようになったのは、中世末期から、海図を書くときに北を上として書くようになったとされる。北極星と磁石、地図の方位を対比するのに際して便利だったからだとされる。要するに、中世末期から、地図を使いやすいように北を上にしたということだ。
 では、現代における使いやすい地図はどんなものだろうか。地図を使う目的は、目的地にたどり着くことだ。都会で地図を使う際に、北が上の地図を持っていても、方位磁針を持っていない限り、基準とする北の方角が分からない。重要なのは、目印となるものがきちんと書かれていることである。しかしだからと言って、地図上の方位がまったくいらないというわけではない。目印の少ない田舎や、山の中などでは、方位があった方が目的地にたどりつきやすいことがあるからである
 地図は北を上に書いた方が分かりやすい場合もあると思うが、用途によって使い分けた方がより便利だと思う。
14 B      7/8
 まず、僕は、人が地図を見たいと思うときに、その経緯が大きく分けて2つあると思う。まず、位置関係を知る必要がある場合。
 これは、対象となるものが、どこかの場所に対してどこの方向にあるのか、を知りたい場合である。もう一つは、対象となるものへ行きたい場合。特に歩きで。
前者の場合、そのための用途の地図の北を上に統一することで、わかりやすくなる。右にあれば東、下にあれば南!だとすぐにわかる。
 そして後者の場合。この場合は方位などはまっったく関係なく、ただ現在地もしくはスタート地点からどこの「方向」にすすめばいいのかだけしか知る必要がない。この場合北を上に統一する必要はない。
 よって、地図を使う用途によって地図の北を上に統一する必要性があるもの、ないものに分けられる。よって僕はBだと思う。
15 B     7/6
 私はBの意見に賛成である。私がBに賛成した理由は、私の経験にある。とある試験を受けるために、まだ行ったことがない駅にある試験会場に行かなければならない時があった。頼りとなるものは、受験票に付属している、駅と道しか表されていない上が北の地図である。そこで駅に着いてから困ったことがおきた。受験票に付属している簡略な地図は駅の出口はおろかどこにどんな建物があるかなど表されておらず、ただ道しか表されてないため自分が今、駅にむかってどっちの方角を向いているのかが分からないのである。そのため、正しい道がどこにあるのかが分からずに右往左往してしまった。このとき、私は思ったのである。駅からでた視覚が上であったら良かったな、と。こうしたことは一概に私だけではないと思う。よく地 図を片手に交番で道を聞いている人を見掛けることもあり、みな地図というのには慣れがあまりないのである。世の中にいる人が全員、地図が完璧に読める人であればそれはもうAの意見通り地図の上は北であるべきであったほうが便利であろう。しかし世の中そういうものではないと思う。こうしたことから私は地図の上は北でなくてもいいと考える。
16 C     7/7
 私はどちらがいいとは判断できない。理由にまず、Aの記事が主張している「いつも上が北という地図」は普段の生活の中で実用性がないからである。例えば、無名の駅を降りて現在地の地図を見たとき、ある程度地理的感覚がある人を除いて普通の人々はどこが北なのかまず判断しないといけない。その時この地図に頼ったら今向いている方向がどこの方角を指しているのかを考えるのに時間がかかって混乱する。今こうして文字を打っているだけでも混乱する。つまり実用性がない。しかし学校の授業などでは、地理的感覚を得るため「いつも上が北の地図」を用いた方がよいと考えられる。一方、Bが主張している地図では方角にあまりこだわらず、わかりやすさを重視していて実用性がある。確かに自分の立ち位置通りに合わせた地図の方が、どんな人でも直ぐに目的地と今の現在地の関係が分かってくると思うし実用的である。しかしこの地図に頼っていると方向感覚が失われると考えられる。まとめるとどちらも長所と短所があってどちらが正しいとは一概には言えない。上が北の地図は学校等で用い、実用性のある方角にあまりとらわれない地図は街の案内等で使うべきだと思う。話はそれるが今はスマートフォンの普及とともに地図をそれで見る人も多くなっていると思うのでそんなにA、Bの地図にこだわらなくても変わらないと思う。
17 B       7/7
 僕はBの意見を支持する。
 地図は、僕が思うに「目的地に正確に早く着くこと」が第一の用途であると考えている。Aが言うように、地図の上を北にしてしまうと、Bで言ってるように進みたい方向と地図での方向でズレが生じてしまい、頭の中で変換しないといけない。すると間違えて進んでしまう人も増え、重要である「目的地に正確に早く着くこと」が行われてしまう可能性がふえてしまう。そんなことが起きてしまうのであれば、地図を北にするより、まず使う人にとってのわかりやすさを優先にした地図の方が本来の地図の用途に適していると思う。上が北でない地図は、例えば正距方位図法なんてそうじゃないだろうか。この図法の地図だと地域によって上が北で下が南ではないことがあると思う。もし、Aが主張するように上を北にしようとすると、多分形が変になるし、この図法が表す中心からの距離が正しく、また方角も正しいという性質の方角が正しいという部分がなくなってしまうのではないかと思う。確かに、北が上だとわかりやすくなることも多いだろうが、僕は使う人や用途によって分かりやすさ大切にした上が北じゃない地図もあっていいと思う。
18 B        7/8
私はBの記事を支持します。
なぜなら、今までの人生で私の友人や私を含め北を意識して地図を見ている人を見たことがないからである。都会で地図を使用する場合、私たちが気にするのは目標地点の近くに何が建設されているのか、近くには何通りがあるかなどである。どこが北であろうと関係ないのである。そもそも、地図を見ている場所から見て目標地点がどの方角にあるのかなんて例え地図上で分かったとしても方位磁石をいつも持参していない限り、実際にはよく分からないと思う。ようするに、都会の地図には方角を載せる必要はあまりないのである。
しかし全ての地図に方角を載せる必要がないかというと、そんなこともないと思う。田舎で地図を使用する場 合都会と違って、目安となる建物が少なくなるため方角が載ってるほうが目標地点にたどり着きやすい可能性があるからである。
北が上である地図の方が分かりやすい場合もあると思うが、必ずしも北が上である必要はないと思う。
19 B       7/8
 Bを支持する。そこに記されてあるように「地図」というのは様々な利用目的がある。高校生という立場から日常で一番よく使う地図といえば、現在地と目的地のマップだ。駅前などで目的地にたどり着くためのツールとして使うのだが、この時に地図が一律で北が上だったとすれば、いちいち自分から見て北がどの方向にあるのかから確認しなければならない。これはとても面倒なことだ。日頃から北がこっちで南がこっちというように自分から見た方位を意識しながら生活している人は少ないだろう。例えば晴れの日ならば太陽の方角から予測
できないこともないが、雨の日などは方位磁石でも持っていない限り方位の特定は困難である。よって、自分の立ち位置通りの方位が使いやすい。ただ、このような地図の場合、ピクニックなどの長い距離を歩くときの使用には適さないと考えられる。なぜなら歩いてい途中で自分がどちらを向いているかわからなくなるからだ。このような場合は北が上の地図の方が使いやすいと考えられる。よってある場所に常に置いてある地図は自分の立ち位置どおり、持ち運んで使う地図は北が上というように、使う場面や用途によって使い分けることでより便利な道具として使うことができると思う。
20 B      7/8
 地図が目的に応じて形を変えるのは当たり前のことだ。街路マップに限らずお店の地図などにおいても駅が下になっているのは必然の結果といえる。多くの人が使用する駅を下にすることによって客がより店を見つけやすくなり、店の利益も上がるだろう。よって、それは店の利益向上のための工夫だといえるだろう。地図には色々な役割があるが特定の場所に到達することを目的とする場合、必ずしも北が上でなくてもいいことは明らかである。いわば地図は道具であり地図の方位を変えることはその道具を使いやすいように改良することと同じことだ。
 地理で習う教科書などの地図が北を上にしているのはそれらの用途が街路マップなどと大きく異なるからである。「地図の上は北」を徹底することは結果的に地図の進歩、そして制作サイドの利益の妨げとなりうる。もはや、地図は地図全体で規則を定めるのではなく、同じ目的をもつ地図同士で規則を統一するべきだ。
21 B        7/8
 街中にある地図で北が上かそうでないかについて、自分は「自分の立ち位置通りの方位に合わせた地図」の方が見やすいと思う。
 実際に使ってみた感想が一番分かりやすいと思うが、何でもかんでも北を上にした地図はビル街の十字路などで見た際、とてつもなく分かりづらい。どの方向も同じような建物が立ち並ぶところで、今立っているところから見た方向と違った(つまり北が上の)地図を見ても実際の方向がどちらなのかを判断するのに時間がかかる、もしくは分からずに迷ってしまうだろう。
 そういう意味で地図は北が上でなくてもよいと思う。それとは別に、見やすい地図には現在位置が大きく載っている、建物の名前が見やすい、距離が分かりやすいなどといろいろとあると思う。見やすい地図にはこれからも様々な改良が必要なのは言うまでもない。
22 B      7/8
 私はBの「北が上でない地図あってよい」を支持する。なぜならば、利用目的に合わせてわかりやすい地図であるべきだと思うからだ。
  確かに、地理の教科書や本屋で売っている各種地図は北が上のものが多い。
だから、北が上の地図は扱い慣れていると言えるだろう。
 しかし、必ずしも北が上の地図がわかりやすいとは言えないのではないか。
 例えば、遊園地に行って地図を広げるとき、現在地とまわりの風景を合わせることがあるだろう。しかし、方位を気にして合わせることがあるのだろうか。
 街路マップはそのような紙の地図と違って固定されているので、自由に動かすことはできない。だから、現在地と目的地との位置関係が把握しやすい方角に合わせておく方がわかりやすくなるのではないか。
  利用目的にあっている、というわかりやすさを求めるならば、必ずしも北が上である必要はないと私は思う。だから、私はBを支持する。
23 B       7/7
 私は、Bの意見に賛成である。
 地図を見る目的の一つとして、その場所がよく分からなくて、どちらに行けば目的地に到着するのか、今どこにいるのかを知ることがある。そんな時、北が上の地図がその場にある場合、現在地を知るのには方位磁石を使うか、周りの建物から推測するという必要がある。普段、方位磁石を常備している人は、どのくらいいるのだろうか。
 そして、もう一つの選択肢、周りの建物から推測するというのは、わからない場所でも可能だろうか。目印となるマクドナルドや、コンビニエンスストアがあるなら、わかりやすいが、知らない建物ばかりのところであれば、地図だけでは現在地は分からないだろう。どちらに行けば分からなくて困っている時に北を意識する余裕があるだろうか。地理の時間に、地図をみて、右に行くなどというのは小学生の言うことかもしれないが、実際は右へ2ブロックというような見方ができた方がよいのではないか。
 現在地や駅を始点とする地図は、自分を中心として進行方向を定められるため、目的地を捉えやすい。カーナビゲーションがまさにその代表例である。
地図を見るもう一つの目的に、不動産業などで、建物や窓の方角を知ることがある。その際には、もちろん北が上の地図が便利なのは、明らかである。
こ のように、北が上に統一するのではその時その時にあわせて地図を取捨選択できるようにすべきだと思う。
24 B        7/8
地図は必ずしも北が上である必要はないと思う。
地図は色々な場面で使うが、その時々によって必要な事柄も変わってくるので一元に北が上のほうが良いとは言えない。日頃からよく使う地図はそこまで縮尺は小さくはなく、北が上になくても大丈夫なように思える。店のチラシの地図や本屋で売っている地図などは地図の向きを変えれば済む話だが、歩道上にある街路マップはそうはできない。初めてやってきた所などで、もし、地図の上に北があり、自分が地図を見ているとき北以外の方向を向いているとどうしても見にくくなってしまう。自分自身も頭の中で方向を変換するときに混乱してしまい、道に迷ってしまうことが何度もあった。大体、地図は主に目的地を見つけるための道具として使うことが多いので、見やすさや分かりやすさなどのほうを重要視すべきだと思う。
また、Aの記事を読んでいると北が南側に書いてある地図が読みにくいのはなぜかという理由が明確に書かれていないように思われ、あまり納得することができなかった。
そういうことから考えても地図の上が北である必要はない。
25 B       7/7
 私は地図は必ずしも北が上である必要はないと思う。多くの人は、地図を頼りに歩く時は、現在地を下に、進行方向を上にして見るのが一番分かりやすいだろう。その為にはその地図において北が上である必要はない。むしろ分かりづらくなる場合もあるだろう。
 例えば、駅からある店までのアクセスマップを考えてみることにする。駅が真下にある場合と、それ以外の場合であれば明らかに前者の方が使いやすい。そうなれば、店が広告等に用いる地図は必ずしも北が上である必要はない。
もちろん、小縮尺の地形図が、地図によって北が上だったり、横だったりと定まっていなければ問題だ。それでは人々に混乱が生じる。そのような地図は、特別な意図がない限り北が上に統一すべきであると思う。
 それ以外の地図であれば、作者の意図や目的に応じて、北以外を上にすることも良いことだと思う。その結果、意図や目的を読み取る楽しさを感じられるような興味深い地図、目的地までの行き方が分かりやすい地図など、地図にもバリエーションがうまれ、地図は私たちの生活にもより役立つものとなると思う。
26 B   7/1
 普段私たちが地図を利用すると言ったら、お店やチラシのマップのことだろう。そのような地図を利用する時に大切なことは、見やすいか、分かりやすいか、ということだ。
 「地図は北が上」の徹底を、という記事では、方位がバラバラで北が上でないから見ずらい、と書いてある。とにかくそう主張してばかりいるが、その根拠ははっきりと書かれていない。この記事をかいたのは不動産業に従事している人であるから、そういう人たちにとっては北が上の地図が当たり前であろうし、仕事上そうでないといけないことが多いのだろう。
 確かに地理の教科書や本屋で売っている地図、地形図が北で上でなかったら勉強しにくいし不便だ。地域や県、地方など大きな範囲を見るときは、北が上の方がいいだろう。
 しかし私たちがよく利用する多くの地図で北を上にする必要はあるのだろうか。お店やチラシのマップを見やすくするためには、自分の立ち位置や方向にあわせたものがよいだろう。そうすることで、地図で見たものが実際のものにそのまま反映できるので混乱が少ない。
世の中にはたくさんの種類の地図がある。地図をつくるときには、いつ誰がどのような目的で使用するのかということを考え、そして、どのような地図が適切か判断しなければならない。多くの人に分かりやすく説明する地図もあるのだから、わたしは、必ずしも地図は北を上にする必要はないと思う。
27 B             7/8
私はBの「地図は必ずしも北が上でなくてもよい」という意見に賛同する。そもそも、利用者の利用目的によって使いやすさはそれぞれだと思う。お店のチラシの場合、駅などの大きな目印から目的地へのルート、その他の大きい建物との位置関係が分かればそれ以外の情報が無くてもたどり着くができる。また、街路マップで必要なのは、現在地、自分がどの方位を向いているか、この二点に絞られるとおもう。この二点さえ分かれば目的地に到達できると思う。このように考えた場合、お店のチラシと街路マップを使用する際、「地図の上は北」という情報にとらわれてしまうと先ほど述べたような必要な条件がわかりにくくなってしまうのではないかと思う。一方で世界地図などの縮尺の小さな地図、正式な地図の場合では「上が北」というのは必要になるだろう。そうでない簡略な地図の場合、「地図は必ずしも北が上でなくてもよい」という意見に賛同する。
28 B            7/8
私は地図は北が上ではなくて、様々な種類があった方がいいと思います。
 確かに、北が上だと決めつけてしまえば、世界中の地図が統一されます。しかも、方位を気にせずに地図を見ることができます。北が上だと決められているのですから。
 しかし、現代の世界での地図の役割とは、目的地へ到達するためのサポートの道具にしかすぎないと、一般では認識されています。ほとんどの人が、そのようにしか地図を使わないでしょう。言わば、目的地へ到達する為に、方位は関係ないのです。方位を徹底しても、ほとんどの人は得しないということです。
 そのようなことから、大勢の人が必要としている地図…方位が定められてなく、見やすいそれぞれの地図を作るべきだと思います。
 ただ、そこにも懸念すべき問題があると思います。それは、地図の使用目的が道案内のみになり、地図の多様性を人々が忘れてしまうことです。
 例えば、地図は北極海は地中海だといったような発見もさせてくれます。さらにタイムマシンという異名を持つ通りに時の移り変わりを示してくれます。
 地図の方位の徹底よりも、私はこちらの問題の方を重視すべきような気がします。
29 B    7/1
 まず、普段地図を使う時はどんな場合か。それは目的地へ着くためだと思う。では地図を見ながら目的地へたどり着こうとする場合、何を見るか。ほとんどの人が目印になるものを見るだろう。そうなると目印となる建物がより分かりやすい方角、位置関係で書かれていた方が見やすい。
 例えば駅からある目的地に行く場合、駅からその目的地が南東にあり、地図が北を上に書いてあるとする。そうするとほとんどの人は地図を動かして目的地を上に向けるのではないだろうか。もし、目的地がもとから上に書いてあればわざわざ動かす事をする必要はない。
 実際、遊園地や街中に建ててある街路マップは自分の現在地を中心として地図の方位が決められている。私はよく迷子になるがこの街路マップにかなり助けられている。これが北を上にして書かれてあったら私はさらに迷った事だろう。
 このように、分かりやすい地図というのは必ずしも上が北の地図ではない。自分の現在地や目的地によって変化する地図こそ本当の分かりやすい地図だと言えると思う。
30 B   7/6
 私は地図の上は必ず北と決めず、他の方位が上にあっても良いと思う。確かに北が上と決まっていたなら「どこから見て、どの方向に、何がある」、などとすぐにわかるかもしれない。しかし、自分の使用目的等に沿って地図の向きを変えたりできるほうが私は便利だと思う。もし私が地図を書くことになったら多分上にくる方位に注意して書くのではなく、これから書く地形を見て決めると思う。余談ではあるが、書いた時の気分等によってもその地図は少し変化を伴うと思う。Bの本文にも書いてあるように、お店への道筋を示したい時はそこを上にして見やすくするすることが可能になるし、なにか強調したい建物や場所があった場合にもそれを上手く引き立たせることが可能になる。このように、使う人、時、場所に合わせて向きを変えたほうが地図は見やすく、また便利になると思う。しかし、きちんと方位の記入はしたほうが良いとは思う。 もし、地図の上は北、と決めつけた見方しか持っていない場合では良い地図も書けないし上が北ではない地図に出会った時にうまく読み取りができないと思う。よって私はBを支持する。
31 B       7/8
 地図を使うときは、どのような場合のときだろうか。それは、人それぞれ目的によって違うと思うが、小縮尺である世界地図を使ったり、行き先の場所を調べるために大縮尺である地図を利用したりする。たしかに、世界地図を利用するときは、北が上でない地図であると分かりにくい。しかし、行き先を調べるなどといった身近なことを知るときに、必ず北が上の地図であると、どういったことが起きるだろうか。道を曲がる度に方位が変わってしまうのだから、その都度頭の中で地図を回転させて考えなければならない。実際に地図を回したほうが分かりやすいが、毎回そのようにしてたら面倒くさい。必ずしも北が上の地図ではなく、使う用途にあった北が上でない地図である方がはるかに見やすくなる上に、道を間違えたりすることも少なくなると思う。また、Aの「地図の上は北」の徹底を を書いた佐々木さんの記事は一方的な意見であり、なぜ北が上の地図がよいのかという問いに対して読者が納得できるような理由が掲示されていないように感じた。このような理由から、Bの北が上でない地図があってよい の意見を支持する。
32 B      7/8
 私はBの意見を支持する。
 そもそも地図は目的地に行くために使うことが多い。
 もし、Aの意見のように「地図の上は北」を徹底したらどうなるのだろうか?
確かにすぐに方位はわかるが、いちいち方位を確認する必要性が生じるので、おそらく自分の現在地と目的地の位置関係がわからなくなってしまい、目的地に着くのに時間がかかってしまったり道に迷ってしまったりするだろう。
また、Aの意見は「北が南側に書いてある地図は「読みにくい」」と断言してしまっていて、万人の人の意見とは言えない。
  道に迷ってしまった時、まず地図を見て目的地を確認し、それからその目的地の周りの建物を目印にして目的地にたどり着く人が多いだろう。その場合、方位が北であることにこだわるよりも、大通りなど目印にしやすい場所が多いところが中心になっていた方がわかりやすい。
 よって私は必ずしも「地図の上が北」である必要はないと思う。
 ただ、教科書などに載っている地図の上が北であるように、地図は時と目的に応じて使う人自身が選ぶ必要がある。
33 B   7/5
 私は、この二つの記事をよんでBの『北が上でない地図があってよい』という考えのほうを支持します。それぞれの地図によって使用用途は違い、北が上のほうがいい地図とそうでない地図があるのではないでしょうか。
 Aにも書いてあるとおり、教科書や売られているものなどは北が上にきています。それらを読み取るのに、現在の自分の立ち位置、向いている方位が必要ではないものがほとんどだと思います。例えば、世界地図のような大縮尺の地図をみているときに、今現在自分からみてどの方向かというよりは、全体的な位置関係のほうを読み取ります。よくある2万5千分の1の地形をよみとる地図もどの位置がどのような土地なのか、建物があるのか、を読みとります。これらは、北が上と基準がきまっていないと確かにわかりにくいと思います。
 ここで言われている街頭マップなど、目的地までのこまかい道のりを知りたいとき、現在の自分の立ち位置、むいている方角がわかっていないといけません。しかし普段歩いているとき、どちらが北なのかとくに意識していません。だったら、例にでているようにどの方向にあるのか知られている駅などが基準のほうが断然わかりやすいと思います。北が上にきていたら見ている方向をいちいち考えるのは大変です。
 地図は使うひとが読みとりやすく、目的を果たしやすいということが第一にあると思います。
34 B   7/1
 私は、必ずしも地図は北が上でなくてもよいと思う。地図は、自分の目的に合った地図を利用し活用すればよいと思うので、北が上である必要の時もそうでない時もあると思う。
 縮小が大きい地図、たとえば商店街の店舗の案内などは、通りが上下にとおっていて描いてあるほうが見やすいと思う。自分と道との関係が、地図ではななめ方向だったりもしくは、進んでいる方向が下から上と地図に記されていたりすれば、自分なりに整理して考えなくてはならないため、わかりやすいわけではない。しかし、もっと大きい範囲の地図を見るとき、たとえば関東地方や日本の地図では、北が上のほうが見慣れているので把握しやすいと思う。 
 家族と遊園地に車で行ったときに、私は地図を見ながら方向を確認するように頼まれた。その時、道が地図の途中で切れていて違うページを開いてみなくてはいけなかったときにすべての地図は北が上に書いてあったため、すぐに居場所が分かった。しかし、遊園地内の地図は、入り口が下にあり地図の上は東をさしてあった。それは遊園地内の地図は、位置関係しか知る必要がないからであると今回思った。
 是より、わかりやすいと感じる地図は自分がいる時と場所によって違うため、使い分ける必要があると思う。
35
b

北が上でない地図があってもよいと思う。確かに北が上というのはたとえば縮尺の大きい地図だったり山だったり上が北でなければ分かりにくいという場合があるだろう。しかしそれと同じように、必ずしも北が上だと読み取りにくい地図もある。新聞の投稿にもある通り特定の場所に行くときなどそこに行く道をわざわざ地図を頭の中で回転させたりして、面倒くさい作業が生まれてくる場合もある。そんな時は目的に合わせた地図のほうがわかりやすくて重宝されるとおもう。 実際、登山など以外の普通の市街地などでコンパスを持って方位を見ながら目的地に行く人を少なくとも私は見たことがない。ふつう、建物やいろんな目印をたどりながら目的地へ行くのが一般的だと思う。「歩道に建ててある街路マップは、自分の立ち位置の通りの方位になっていることが多い」とAにあるがそれははっきり言ってほとんどの場合、北がどちらの方向なのか、その地図を利用する人にとってどうでもいいことだからである。
自分の家を説明するときは「駅を出て○○の横を左」とか「○○を右手に見ながら道なり」とか方位はあまり出てこない。
要するに目的に合わせた使いやすい地図なら必ずしも北が上にある必要はない。

36
 私はBの「北が上でない地図があってよい」を支持する。
 書店で売られている地図や、スマートフォンの地図アプリで出てくる地図のほとんどは北が上であることが前提になっている。これらのように、自分で自分の進行方向にくるくると回せる地図なら方向音痴の人にもわかりやすいが、もしこれが駅前においてある地図にも適用されたらどうなるだろうか。
現に駅が自分の真後ろにあるというのに、北が上であるがために進行方向が横向きになっていたり、ましてや斜めになっていたりしたらとても見にくい。
幸いにして私は地図で道案内をすることが多いので何とか把握できるが、方向音痴の人にはとてもわからないだろう。
 問題に出される地図などとは違い、不動産屋や駅前の地図は、地形を見たり方角を確認するためのものではなく、あくまで使う人がきちんと目的地に辿り着くためのものである。だから、駅が真後ろにあるところにおいている地図ならば駅を下に置いても良いし、駅を右手側に見る場所にある地図ならば駅を右側に置いてもいいはずである。
 よって、私はBの「北が上でない地図があってよい」を支持する。
37 B   7/1
 確かに北を上にするというのが地図の基本である。また、中学受験をした直後などに、北が上ではない地図をどう読み取ればいいのか分からなくなり、その場で右往左往した経験もある。
 しかし、新聞記事にも書いてあった通り、それぞれの地図は目的に合わせて向きを決めているのである。それを今考えると、断然そっちのほうが地図として使いやすいのではないか。新聞記事から例をとるとすると、チラシの地図等で駅からでたらどう進むかが書かれているものだとする。その時北を上に書かれている地図だったらどうか。まずどっちが北かを探し、それから目印の建物を探し・・・、とかなり見づらく使いづらい地図となるであろう。そこで駅から出た方向のまま書かれている地図だったらどうなのか。その地図を見て、それから駅の外を見る。まったく同じとまではいかなくてもほぼ同じ構造をしていてすごく分かりやすいのですぐに目的地まで辿り着くことが出来る。
 このように、必ずしも上が北ではなく、目的にあった向きにしたほうが使いやすい、と私は思う。
38 B   7/2
 必ずしも北が上の地図が見やすい、とは言い切れないと思う。
地図の用途は様々で、例えば、目的地の位置情報を知りたいのか、現在地から目的地までのルートを知りたいのか、の二つでも地図の使い方は変わってくる。
私たちが普段見ている、教科書に掲載されている地図や国土地理院が作成している地図は、どれも北が上になっている。それ故、地図を見ると北が上、と無意識に考えてしまう。
 しかしながら、私は目的地までのルートを知りたいとき、街路マップなど見ていても北が上の地図かどうかなど気にしない。現在地から目的地までのルートを知りたい時には方位など知らなくともどの道を行き、どこで曲がるかさえ分かっていれば良い。地図の上がどの方位だろうと、あまり関係ないのだ。より見やすい地図の方が有難い。最近は、方位磁石を持ち歩く時代でもないので、自分の向いている方位、現在地から目的地の方位等の情報など必要ない、そう思う。
北が上の地図は確かに世界全土の地図など大縮尺の地図では見やすいかもしれない。しかし、小縮尺の地図であれば見やすいとは限らないだろう。
 用途によって、使う人によって、見やすいと感じる地図の方位の向きは違うと思われるし、より多くの人の用途に対応する、見やすい地図が良い。より、北が上の地図に統一しなくてもよいと私は考える。
39 B       7/8
 私は大の方向音痴である。しかもかなり重症だ。お店の出口から家の方向と逆に歩きかけるのは日常茶飯事、一番ひどかったのはこの学校の入試の日で、迷いに迷って、挙句の果てに某女子校についてしまった。
 しかし、思えばこの日、そういえば地図を持っていた。ネットから打ち出した地図だったので、今回話題に上がった「北が上」のものだ。いくら地図とにらめっこしても全然今自分がどこにいるのかわからなかったので、途中であてにするのをあきらめ、目の前の小学生(男子)についていくことにしたのが失敗だった、と後悔した記憶がある。
 それは置いといて、あの日のことは、もちろん下見に一度しか行っていなかったことも、自分の方向音痴も原因なのだろうが、同じくらい「地図が分かりにくかった」こともその一因ではないだろうか。もし、大の方向音痴の私でもわかりやすい地図があったならば事態は違っていたかもしれない。
 Aの佐々木さんの考えも、よくわかる。ただ、今回の件だけは、野中さんの言うとおり、どんなに方向音痴な人にも「わかりやすい」地図が必要だと思う。むしろ、そのような人にこそ、地図は必要な存在だ。
 以上のことより、私は「北が上でない地図あってよい」と思う。
40 B      7/7

 二つの記事を通しどちらにも理があると思うが、私はBの意見を支持する。

私たちが普段地図を使う時、方角を考えながら見るだろうか。自分のいる場所、方向を常に把握しておける人はあまりいないだろう。もちろん全ての地図の方向が統一されていると分かりやすい、というのもある。Aの投稿者の方は不動産関係の方だった。不動産関係の仕事の場合、地図は欠かせず常に見るものだそうだ。だが私たち一般人は常に地図片手に生活し慣れているわけではない私たちが参考にするのは方角ではなくあくまでも目立つ建築物等である。また、普段方角を考えて使用していないため方角で言われてもいったいどちらの方面がどの方向なのかわからない。

もし観光地へ行き、掲示板の地図を見ると目的地は南にあるのに地図は北向きであったらどうなるだろうか。手持ちの地図とは違い進む方向へ地図を回す事も出来ず、北向きの地図では右に曲がるから南へ行く時は左へ曲がる・・・実にわかりにくく迷子が続出することになりそうだ。

Aの投稿者のように仕事で使う場合には、全て来た向きが望ましいのかもしれない。ただ、日本人として地図に慣れていない人が圧倒的に多いのも事実。やはりわかりやすく混乱しないような地図が好ましいのではないのだろうか。

よって私は地図は必ずしも北が上でなくてもよいと思う。

41 B    6/30

 私はよく迷子になる。行動範囲はそう広くないはずなのに、知らない土地どころか、よく通う塾の周辺でさえ、駅の出口を一つ間違えば、瞬く間に迷子になれる。要するに、極度の方向音痴というわけだ。目的地までの地図を片手に出かけても、地図を逆さに持っていて逆方面に歩き出すなんて朝飯前、というわけである。こういう、立っている場所、つまり現在地と、目的地までの方位すらちんぷんかんぷんな人間にとっては、はっきり言って地図上の方位なんて何の役にも立たない。むしろ、「駅西口から50m北上した交差点を左に」なんて書いてあったら、それこそ迷子の原因になる。
 東西南北があいまいな私にとって、外出先で最も助けになる情報とは何か。それは、端的に言って、現在地と目的地を結ぶ道路がどれなのか、そして目的地周辺には何が目印としてあるのか。これだけなのである、むしろこれさえあれば、地図にほかの情報が載っていなくとも、私は方向を間違えずに到着できるのである。現在地を方位的に把握して道順を進む人も、いるかもしれないが、少なくとも最低レベルの方向音痴に与えてくれる地図ならば、北を上にした地図なんていらない、と言いたい。

3組
1 B         7/9
私はBを支持する。
というのも、地図には、そのままでは見にくいものを見やすくするために存在するという根本の性質があるためだ。
Aの意見ではルールを決めようとするばかりに、本質である見易さが損なわれ、本末転倒である。Aの著者の場合は特別だが、基本的に地図は一つで使用するものである。それにもかかわらず、複数使用することを前提とした
ルールを定める必要ないと思われる。
例えば、山の中で、地図を見ながら進む時、向きを帰るたびに地図も方向を変えていると思う。地図は見る場所、状況によって方向を変え得るものでなくては困るはずだ。普段の生活でも同じことが言えよう。見知らぬ街についいた時、市街図を見ることがあるだろう。そんな時、その地図が自分の位置を無視した表示だった場合、頭の中で整理するという一手間が増えてしまう。その一手間とは、何を隠そう、方位を方向に変える作業である。
人々が日常で地図を使う時かんがえるのは「北」ではなく「前」である。
地図が複数あれば比べるために共通の基準が必要になり、地図の上を北にするのも手の一つだと思う。ただ、繰り返すが、そんな状況は生活の中で必ずしも多くない。
以上が根拠である。
2 B       7/7
 僕は、北が上でない地図があってもよいというBの記事の意見に賛成します。
Aの記事の6行目からある『縦横のバランスが悪く、目標物が適切に入ってこない』と書いてありますが、それはあくまでも不動産業などといった仕事から見ればそうだとは思いますが、交差点を歩いて道を分からない人などにとっては違うと思います。ここで例を挙げます。交差点を歩いて、目標物(目標場所)に行きたい時、街路図マップを使うことがあると思います。その時にそのマップを見ている人が求めている事は、『ここからどの経路を辿って行くか』や『目標物の近くにある建物は何か』を重点に置きます。しかし、もしもそのマップの上が北として出ていたら、マップを見ている人は困ると思います。当然、上が北のマップで行きたい向きも北である時はとても読み取りやすく、『良い地図』と捉えることが出来ますが、自分の行きたい方向が南東や南西であると、読み取るのに時間が掛かってしまい、最悪の場合には迷子にもなりかねないので、『悪い地図』と為してしまいます。
 このように、勿論、上が北である地図を使うこともありますが、時と場合に応じては、北が上ではない地図が便利になってくることもあると思います。
3 C       7/7
 私はCを選びました。正確に書くと、判断できない、ではなく、判断しないという判断です。
 地図の北を上にした方がいいかというのは、その地図が「出発点を持った」地図かどうかと「その地図を動かせるか」という視点で考えるべきだと思います。たとえば、駅の中にある大きな地図は動かせませんが、駅という明確な出発点があります。そんなとき、方位は正しくても、見たときに進む方向と実際の方向が違うと「地図上で下だから実際は左で……」とややこしくなってしまいます。「別に、そんなことで迷わないよ」という人も多いかもしれませんが、地図が人間に使われる限り、人間が見やすい方が良いに決まっているので、この場合は駅を出た時の方向が上になっている方がいいと思います
 しかし、持ち歩けるタイプの地図となると勝手が違います。そもそも市販の地図帳には「出発点」も「目的地」も載っていません。また、お店の広告チラシにはお店という「目的地」は載っていますが、出発点はありません。この場合は人通りの多さなどで安易に向きをいじらずに、北を上に向けた方が良いと思います。なぜなら、お客さんが来る方向はひとつではなく、場合によっては地図と頭の両方を動かさねばならないことがあるからです。これらのことから、動かせる地図の向きは変えない方が良いと思います。
よって、私にはどちらがいいとはいえません。
4 B        7/8
 僕はBの記事「北が上でない地図があってもよい」という意見に賛成、というよりAの意見に疑念を抱きました。地図の上を北にするということは、その地図を見ている人は現在地、目的地とともに方位も見ていることになります。しかし、その方位を確かめるもの、「コンパス」を持ち歩きながら、道を歩くなんて人は僕はほとんど見たことがありません。そもそも、地図とコンパス(方位)をセットにして移動するという考えは長い距離を移動する時でこそ便利ですが、鉄道やバスが細部まで行き通っていて長距離移動の交通手段がある今の時代には、とても古い時代の考えに聞こえます。
 また、オーストラリアなどの南半球に行けば、その地域 の人に見やすい南を上にした地図がある。ということから、地図の方位を一つに決めることよりも、より多くの人がそれぞれの目的に合う見やすい地図をいろんな人に提供するというのが、この時代にあう地図の役目なのだと思います。
5 C        7/9
地図の存在意義とは何であろうか。地図は 文化の総合的産物とも言われ 「文字よりも古いコミュニケーション手段」 と称されるように、表現手法として人間に重宝されているのである。そもそも、地図の上が北であるようになった理由は 「コンパスを使用した結果、方位を合わせやすくするために上になった」というのが有力である。これは中世末期の時代の話でつまりは、現代の世界で地図の上を北にさせる直接的な原因 はない。挙げられる問題として、社会の現状として「地図の上は北」という考えはやはり世間一般の共有事項であろう。それに抗うのはやはり混乱を招いてしまう。しかし昔の習わしにただただ無抵抗に従い、今のニーズをないがしろにしてしまうのは勿体無い。ということは、北が上でない地図があってもよいという結論に至るか。必ずしもそうではないだろう。統一がなく、地図の上の方位はそれぞれの地図によってばらばらというのも、混乱を招くだろうし、現にそのような状況である。どちらにせよ混乱を招いてしまうために単にどちらかの意見を支持するか決めること
は容易には出来ないと判断する。
6 B       7/7

  僕は地図の上が必ずしも北である必要はないと思う。

 佐々木氏は「地図の北は上」が徹底されていないため地図が見づらい場合がある、という主張をしている。しかしそのように感じるのは彼が毎日、北が上になっている地図を見るような環境にあるからだと思う。国語科の教師が縦書きの文章を読みやすく感じることと同じように、普段見られているものを見やすく感じているのである。地図が彼らのような人々だけに使われているなら「地図の北は上」を徹底したほうが良いだろう。

 しかし、全ての人間が北が上になっている地図を見慣れているわけではないおそらく地図を使う人々の大多数はどこに北があるかなんて気にしてはないのではないのだろうか。特に高齢者は現在地と目的地の位置関係が分かれば十分だと感じていると思う。北が上になっている地図では一度見やすいよう傾ける必要があるため、高齢者にとってはわかりづらく、混乱してしまう原因になる。
 Aを支持している人で、「頭のなかで回転させればよい」だとか、「傾けるだけだ」などといった主張をしている人は一度高齢者の立場にたって考えてもらいたい。

7 B       7/7
 僕はBに賛成する。というかAに反対する。
 そもそも地図と言ってもさまざまだということがいろいろ調べてみてわかった。
確かに日本地図や世界地図ではすべて北が上につくられている。また、他の人の意見にもあるように「北の向きがバラバラだとわからない」というのも頷ける。しかしそれは国や都道府県を形として捉えているからではないだろうか。
例としては不適切かもしれないが、別にアイスランドの地図で北がどこであろうとなんとも思わないだろう。
 また、佐々木さんが「見づらい地図」として身近な地図を挙げていたが、
僕は昔道に迷い、街中に地図があったが駅が北の方向ということしかわからず「北ってどっちだよ。」と思ったことがある。
身近な地図に必要な情報は方角ではなく目印なのだ。
佐々木さんが「見づらい」と思ったのはおそらく目印がないからだろう。
お店側が目印を出せないのはなんか権利の問題とかがあるとかなんとかだろう。
 このような理由で、佐々木さんの意見はあまり筋が通っていないと思う。
よって、僕自身も北が上でない地図があってよいと思うし、むしろ北が上でない地図があるべきであると思う。
 よって、僕はBの意見を支持する。
8
 2つの意見を読んで思うに、地図の「分かりやすさ」なんてものは人によって違う。だからこの場合も佐々木氏は北が上と統一する方が分かりやすいと考え、野中氏はそうではないと考える、というようなことが起こるのだ。
 ここで議論されているのは地形図の類ではなく、立ち位置と目的地がはっきりしている地図なので、私もそれに従って話を進めることにする。そうでない地図は基本的に北が上の方が好ましい。
 さて、多数の人が見やすい地図について考えてみると、@回せる紙の地図 A回せない設置型の案内図 の2種類に分ける必要がある、と思う。
 @の場合、回して見る人も多いので、せめて初期状態は東西または南北関係がわかりやすくなるように北が上にしてあるほうがいい。それに対してAの場合は、好きな向きで読むことが出来ないので、野中氏の主張するように最初から自分の立ち位置の通りの方位に合わせてある地図のほうが分かりやすい。
 つまり、全ての地図について北が上である必要は当然無いし、だからといって全ての地図の方位がバラバラなのは好ましくない。私としては、Aに合致する地図のみ(といっても多数を占めるのだが)北以外の方位を上とすることを勧め、それ以外の地図に関しては基本的に北が上であるべきだと考える。
9 A    7/5
 Bで「北が上でない地図あってよい」も至極もっともだがただ「あってよい」だけである。おそらく方向感覚が皆無でしっかりした地図を見るのも面倒くさいなんて人にはありがたい手法なのだろうが。ところでなぜ地図の上は北が良いかと言うと、現在地と自分が向いている方向と目的地の3点において地図をただその条件通りに傾けるだけで、単純明快なものになるからである。AもBも差はたったそれだけの違いだが、順応性そして柔軟性の面から考えると、Aが優勢なのではないかと思われる。Bは配っているその場所から、また駅周辺など人通りが盛んと思われる場所からの場合に分かりやすいが、Aは先に述べたように傾けるだけだ。それだけでBと同じになる。そこで少し気になるBの主張に「自分の進みたい方向と、描かれた地図との方位のずれを頭のなかで変換させねばならず、混乱も生じるだろう。」とある。この危惧通りに、地図を傾けることもできずに混乱する人々は本当にいるのだろうか。少なくとも自分は、このような事で混乱するような大人にはなりたくない。
10 B        7/8
 現在使われている多くの地図において、「見やすさ・わかりやすさ」こそ本義である。
 そこで、「見やすさ・わかりやすさ」という目的のもとに、北が上である意味はあるのだろうか。
 そもそも、何故「地図の上は北」なのだろうかと考えた。
 それは、コンパスを使った航海の結果、方位を合わせやすくするために北が上になったと考えられている。
 現代社会において、「北はどこか」または「現在自分がどの方角に進んでいるか」を考えながら、もしくはコンパスを常備して生活している人はほとんどいない。
 したがって、「地図の上は北」の徹底をする必要性はほぼ無に等しい。
寧ろ、街路マップでは、実際そのマップを見た時の方位と、マップの方位との一致を徹底するべきである。
 例えば、カーナビでは、地図が人に合わせてくれる。これにもし「地図の上は北」の徹底を強いたとしたら、人が地図に合わせなければならない。
 確かに、地理で習う教科書は北が上であるが、実用的な地図としては、その地図を見ている時自分が向いている方角に合わせてくれるのが好ましい。
 つまり、地図の「見やすさ・わかりやすさ」において重要なのは、地図を見ている世界と地図との、方角の整合性である。
11 B       7/8
僕はBを支持する。
確かにAで言われているように、地理で習う教科書や本屋でうられている教科書は全て北が上として記載されている。これはそもそも昔コンパスを使用した結果、方位を合わせやすいように北を上にしたといわれている(らしい)。だがこれは、多くの人が普段からコンパスを持ち歩いていた何年も昔の話である
昔ではなく現代のことを考えてみるとする。たとえば部活の集合場所だ。集合する場所が駅から結構離れた公園で、じぶんはその地域をまるでしらないとする。そんな時、Aで書かれているような北が上の地図を渡されても僕は迷って集合時間に遅効してしまうと思う。なぜなら、その地域の方角を自分はしらないからだ。だが、駅が下になっているBで書かれているような地図を渡されたとする。するとAの地図よりずいぶん早く集合場所まで行けると思う。なぜならその地域の方位を知らなくても自分の通る道がとても分>かりやすいからだ。
このように、普段からコンパスを持っていない現代人にとってはAよりもBのような臨機応変に見やすく対応している地図の方が見やすい場合があるため、Bを支持する。
12
13 B      7/8
 僕はBを支持する。Aの佐々木氏はなぜ北が上でないと見にくい地図なのという説明が全くなされていない。それにくらべてbは自分の意見の具体例を きちんと上げている。そのような論理的な視線から見てもAはおかしい。そして中身だが地図は「なにか」に合わせるものではなく使う人が使いや すければよいと思う。人間は体内に方位磁針を持ってない。地図に方角が書かれていても一般人にはなにもメリットがない。地図は使う人が向く方向を上にすれば分かりやすいと思う。北にこだわる必要性が分からない。方位を見ながら歩くには方位磁針が必要だが一般の人は方位磁針など持ってない。Aではマンションのチラシについてふれているが確かにマンションの地図は情報が少なく他の地図と比べなければわからないことが多く他の地図と比べる時には方位が必要だと思う。不動産屋がもっとよい地図を掲載すればいい  だけの話だと思う。 また、最近は地図のデジタル化が進んでいる。スマートフォンやカーナビなど自動で自分が向いている方向がうえになる地図が増えてきている。歩いたり動いたりするときは自分が向いている方向が上方がはるかに分かりやすいからだ。また今さらすべての地図の北を上にしろと言っても手遅れではないか?以上の事から僕はすべての地図において北が上である必要はないと思う。
14 B     7/6
 僕は、地図は必ずしも北を上にして書かなくても良いと思います。地図はその人の用途にあった形として存在するべきだと思うからです。
不動産会社で働く人からしてみれば、確かに上が北を示していない地図は使いづらいだけかもしれません。しかし、いつでも「上が北の地図」=「使いやすい地図」というわけではないのです。街の案内図であれば、今自分がいる場所からの動きを考える上で、現在地を進行方向と照らし合わせやすい地図の下に置くのは妥当です。それがたとえ北の方角に位置していたとしてもです。というのは、普通の市民は方位磁針を持って移動するわけではないからです。北がどの方向にあるという情報を、例えば観光にくる人が必ず気にするでしょうか?であれば、その人にあった地図を作り、使うべきではないでしょうか?
 他にも北が上でない地図もあります。例えば、富山県が作成した「環日本海諸国図」は南北逆に作られています。これは富山県が進めている環日本海交流拠点作りを国内にPRするとともに、中国、ロシア等の対岸諸国に対し日本の重心が富山県沖の日本海にあることを強調するために作られた地図です(一部富山県のホームページより引用)。このように、北を上に置かないことで何かを強調することもできます。
 これらのことからも分かりますが、「北を上にしないといけない!」という考えが逆に地図の利用者のニーズにあわなかったり、作成者の意図を反映させることの妨げとなることがあります。
 融通をきかせることも大切だと思いませんか?
15 C      7/8
僕の意見はCです。始めに僕はBにしようと思いました。個人的には、自分の使いやすい方角が分かりやすく書かれていた方が良いと思ったからです。そうすることで自分の納得が行く地図を手に入れることができ、様々な作業ができると思いました。確かに大縮尺の地図ではそれでも構わないと思いました。しかし一方で、この地図については小縮尺なので、共通理解が得られるように同じ方角を上に持ってきた方がより良いのかなと感じました。そうすることで地図というものに対して、共通概念が生まれ使いやすくなると感じました。そこで気になるのが、何故北が上にこだわるのかということです。自分自身の意見としてはそこまでこだわらなくても良いのではないか、と考えています。確かに、最初の国際的な地図はイギリスのもので統一されていて、北が上でした。さらに日本が北半球という事もあり、北が上なのを主張する人の意見も分かります。しかし、そうすることのメリットはほとんど無いと思います。以上のような点から僕の意見はAとBどちらが良いとは言えません。また、
この議論は本当に必要なのかとも思いました。地図において北を上にするかどうかはあまり重要では無いのではないかと思いました。それも含め僕の意見はCとします。
16 B      7/7
 僕は北が上でない地図があってもよいと思う。地図とは3次元である立体の様子を、見やすくするために2次元の平面に置き換えたものである。つまり、使いやすさ・見やすさが重視されるわけだ。
 人が紙の地図を持って歩くときは、歩いている方向に合わせて、地図を回転させるということが一般的に行われている。方位磁針を常に持っていない私達にとって、地図の上が北であることは、意味をなさない。カーナビが、常に北が上でなく、進行方向が常に上にきている事からも言えるだろう。
 地下鉄から降りて、駅を出て地図を見るときの事を考えてほしい。紙の地図なら、回転し、見ることが出来る。しかし、看板のように道に固定された地図は、北が上ではなく見たまんまの向きであることが望ましい。もし“北が上”のように、見たままの向きでない地図が固定されていたならば、その向きを合わせるため、二通りの意味で頭をひねらなければいけない。(頭の向きをかえる、と、頭でよく考える、の意)それは面倒なので、必ずしも北が上である必要はない。
 付け加えれば、北が上でない地図の場合、現在地を示すか、どの視点から見た地図なのかを明記すると、さらに良いと思う。
17 B        7/9
私は、Bの意見を支持したい。
地図を見る目的で最も大切なのは、自分の位置と目的地との関係を知ることである。そのためには、方位(北が上であること)よりも、自分の視点にたっていることの方が重要だと思う。そのようなとき、北が上だと、地図をひっくり返して見なければならないかもしれない。それでは、使う人にとって不便だ。だから、地図は、臨機応変に変えてつかえばいいだろう。
ところで、現代は、技術が発達していて、ケータイやスマートフォンで簡単に地図を開けるようになっている。これらを用いれば、北が上の地図と
、そうでない地図と同時に使うも容易だ。用途によって使い分けて地図を利用したいものだ。
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20 B      7/7
 Bの意見で言わんとしていることは、「目的にあわせて地図を作るべきだ」ということであると考えている。これは地図を作る上で重要である。自分の目的にあった地図は分かりやすいと思うはずだ。分かりやすいとはイメージが浮かびやすいということである。
 世界地図の図法でも正~図法というのがたくさんあったが、それらは何かが正しい代わりに他のものの正確性は失われている。目的によって何をとるかは変わってくる。さらには目的のために、正確さを無視して見やすさだけを追求した地図もある。
 ならば駅から自宅への道のりを示す地図などはどうであろう?
 この場合の「目的」は駅からの道のりをイメージしやすくすることである。その時に多くの人には、駅を下にしてそこから上へ上っていくイメージをもつ地図が、頭に浮かぶはずである。つまりそれがわかりやすい地図になる。この場合、上が北というのが満たされていないが、地図としては成り立っていると言えるだろう。また蛇足になるが、道を辿るときには方位よりもむしろ周りの建物を基準にする。この点でも上を北に統一する必要はなさそうである。
 多少強引ではあったが以上のことから地図の上は北である必要はないと考えた。
21 B       7/9
Bを支持します
理由は地図は、学習する時や専門家が使う時くらいで、あとは一般人が極狭い範囲を見るために使うくらいです。よって広い範囲を見る時には、地図の上を北にし、狭い範囲の地図は必ずしも北が上でなくてもよいと思います。また、丸い地図を作り、その地図の真ん中をピンなどで留めて、クルクル回る地図を作れば、一般人が狭い範囲を見る時に目的地を地図の上にできて便利だと思います。そして、その地図の真ん中は、駅などの、目印になり、かつ人がたくさん集まる場所にするべきだと思います。字数が少なくてごめんなさい
22 B    7/4
 私は地図が必ずしも北が上でなくてもよい、という考えのBを支持する。なぜなら、地図は基本的に北が上の物が多いが、実際に日常的な場面において、地図を使用する際には方位を考えて使うことが少ないと思われる。私たちが普段使っている地図のほとんどが街路マップである。街路マップを見る際には、方位を確認して目的地に行くというよりも、なにか目印になる建物や場所、店などを頼りにしているときの方が多いのではないだろうかと考えた。確かに登山などのルートを決める際に目印が少ない場合は、方位を基準とするほうが的確だと考える。しかし、街路マップにおいて北が上と統一し、徹底する必要があるのだろうか。街路マップで求められているのは、北が上の地図に統一し、見慣れた地図に徹底するということよりも、目的地にいくためのルートを地図を読む人に、いかに分かりやすく伝えられるかであると思う。そのためには自分の立ち位置の通りの方位であっても、縦横のバランスが多少悪くても構わないと考える。人の視点から作られた地図の方が、街路マップとして方位を徹底するよりも、はるかに見やすいと思う。地図の需要として街路マップが多いなかで、使う人が見やすいように形を変えていくのもよいと思う。
 このような考えから、Bの北が上でない地図であってよい、という考えを支持する。
23 B      7/7
 私は、Bの意見を支持する。
 地図には様々な用途がある。野中氏が述べているように、広告などに使われている場合、北が上であることによるメリットは少ないと言える。北が上の地図を利用するには、自分からみた東西南北が分かっていないと意味がない。分かっていないと、自分が行きたいところがどちらにあるのかが分からないからだ。私も旅行先で、北が上の地図を利用した時、自分が今どちらを向いているのか推測するしかなかった。
 しかし、最近は方位を示すものが少ないと私は思う。自分で方位磁石を持ち歩いているのならいいだろうが、大体の人は持っていない。そんな人が方位を知るためのものは街中にはそうそうないだろう。そんなときに自分がいるところが中心となっていると、大変分かりやすいと思う。
 また、ただ単にどれぐらいの距離がA地点からB地点まであるのか、この部分の面積は何平方キロメートルなのだろうかなどを知りたいときは、地図の上が北であろうとなかろうと関係ないはずだ。
 もちろん上が北であるほうが見やすい地図もあるだろうが、必ずしもその必要はないのではないと私は考える。
24 B       7/7
 二つの記事を読み、私は「北が上でない地図」というのがあっても良いのではないかと感じた。
 確かに、地理で地形などを学ぶ際には北が上というように統一した方が良いのかもしれない。
 しかし、今日人々が地図を使う主な目的は自分が今いる場所から目的地までどのような道を通ればよいのかを知るためである。
 例えば、道案内をするとき「この先200m先を東へ曲がって下さい。」とは言わない。多くの人は「この先200m先を右に曲がって下さい。」などと言うだろう。
 これはその土地にあまり詳しくない人にとってその土地の方位などわからないからである。そのため、駅の街路マップなどでは方位などを考えずに見れるよう、進行方向が上に描かれているのだと思う。
 このように地図には様々な用途があり、その用途によって地図の見やすさというのは変わってくるのである。
だから、人々に一番わかりやすい地図を描きたいのならば、必ずしも地図は上が北でなくても良いと思った。
25 B      7/7
 私はBの主張を支持する。地図は必ずしも北が上である必要はないと思う。
例えば実際に地図を日常生活で使うのは、目的地までの道のりや、現在地、主な建物などを調べるような場合が多いだろう。もし必ず北が上に書かれていたら、まず自分の立つ方位から確認しなければならない。
 また、実際に進むべき方向と、地図の方向(北)は必ずしも一致するわけでないので、地図の向きを変えて見るか、頭の中で方向を読み替えて見ることもある。これは地図に慣れていない人や、子供には分かりづらいものなのではないか。
なのでBの主張にもあるように、「街路マップ」や「お店のチラシの地図」などの日常的に「分かりやすさを優先させる」場合は北が上である必要は全くないと思う。
 しかし、だからといって地形図の中でそれぞれ上に書かれた方位が異なってしまうと、これは分かりにくいし、混乱を招くこともあると考える。
大事なのは、どの方位を上にする、とひとつに定めるのではなく、用途に応じた地図を使っていくことなのではないか。そういう意味でも「地図の上は北を徹底」するのでなく、「北が上でない地図『あってよい』」だと思う。
26 B       7/7
 Bの意見を支持する。
 教科書や地図帳に載っている地図というのはほとんどのものが、上が北、となっている。これは、地球儀の向きを上が北としている事と似ていると思う。また、例えば地図帳の地図の方角の向きが全て同じであるという事にも大きな意味を感じる。地球単位で見たとき、多くの人は自然と上が北と思っているところはある気がする。
 では、地図の向きを気にしていない地図はどんなものがあるかと言えば、筆者の言う通り、地域単位での地図である。この場合、目的地への道のりを分かり易くすることが大切であって、実際、方角を気にして考える人は少ないだろう。
 このように、地図には作られる目的があり、その役割を果たすためには、上が北、という決まりは必要ない、むしろ役に立たないのではないかと思う。地図は、目的に合わせて作られれば良いと思う。
27 C   7/1

私は広い範囲を示す地図の場合は北が上、狭い範囲を示し、分かりやすい目印が描かれている地図は進行方向を上にして書かれていると良いと思う。
 今まで地理で扱われた地図は北が上のものだけなので、広い範囲の情報を得るときに北が上でないとどうなるだろう。
 例えば、上が東の世界地図を見せられたら私は北が上に来るように回転させるだろう。しかし世界地図にはどうしても歪みが出てしまう。東が上の地図と北が上の地図は歪みの出方が違う。そう考えると世界の地図の捉え方が分からなくなりそうだ。
 しかし一方で、実際、駅からの行き方などを地図で見るときに確認するのは方位ではなく、目印の場所と自分の現在地であり、私は地図とその目印を確認しながら目的地を探す。このように狭い範囲の地図に必要なのは方位ではなく、いかに簡単に目印を見つけられるか、だと思う。進行方向が上であれば目印は見つけやすい。
 よって私はその地図の使い道によっては北を上にすべきだが、北が上でなくても良い時もある思う。

28 B     7/8
 私は地図は必ずしも北の方位を上にして書く必要はないと思う。店のチラシによく載っている地図を例にとってみる。その地図の目的はできるだけ多くの客に店に来てもらうために店の位置を客に知らせることである。地図の作成者は、地図を見ている人にとって現在地からできるだけ速く目的地である店に辿りつくために理解しやすい地図になっていることに一番の重点を置き、気を遣って作っているはずである。店のチラシの地図の場合ほとんどが基準である出発点を最寄り駅としている。そもそもこの地図を参考にしている人はおそらくそこに行くのが初めてで、地図が無ければ店へ辿りつけない人だ。その人にとって大事なのは、今自分がいる最寄り駅からどこをどちらに曲がってどこで横断歩道を渡るのかなど、また目印となる建物などである。だから、利用者からの目線から見て一番いいのは現在地を地図の下側にした地図である。これを北の方位を上にした地図上で描き、出発地点が地図の横や上や斜めに来たりしたときなど、頭の中で地図の向きと自分の進む方向を揃えなければならないため、道順を間違うもとであり、時間のロスにも繋がる。よってこの場合、北を上にしたほうがいいとは限らないことは明白であると思う。
もちろん、地図の種類によって北を上にした地図が見やすい場合はたくさんある。しかし、作成者の意図や、利用者の視点から地図をみて、地図の上側が北であると逆にみにくくなってしまう場合も少なくないと思う。
29 B             7/8
私は「北が上でない地図があっても良い」というBの主張を支持する。
 一言で地図と言っても、実際の地形を詳細に表したものから必要な情報だけを選んで簡略化したものまで、様々な形式の地図がある。それらはそれぞれの用途に合わせて描かれたものであるから、使う人にとって読みやすいことが最も大切である。
 書店で売っているような地図は主に持ち歩いて使うことが多く、見る人によって向いている方角や目的地が違ってくる。そのため、見慣れている「上が北」の地図が多いのではないのだろうか。
 一方、道に設置されている地図やテーマパークの地図は、現在地からの視点や出発点を中心として描かれたものが多い。それは、前者と異なり、使う人のほぼ全員がその地図を見る時に同じ方向を向いているのでそれに合わせて描いた方が読みやすいだろうと考えられて作られたからではないかと思う。使う人の多くが同じ状況であるなら、それに合わせた方が使う人にとって見やすくなるのは明らかである
 「見やすい地図」というのは、その地図を必要としている人にとって見やすいということが重要であると思うので、必ずしも北が上である必要は無いと思う。
30 A        7/8
私はAの意見を支持する。
私達が教育の過程で目にしてきた地図はほとんど全て「北が上」である。
Aを支持する理由の一つとして、その「北が上」というのが直感的に植えつけられてしまっている事が挙げられる。
二つ目は、方位が固定されていないと歩く際に出くわすいくつかの街頭図の情報を一致させにくいという事にある。これは経験上からも言えることだが、方位がその度にずれていると自分の中にあった目的地までのルートが急になくなったような、そんな違和感を感じてしまう。
よって地図は「北が上」と徹底して欲しい。
そしてもう一つ。ここで述べたいのは地図の便宜性ではなく地図のあり方である。
Bの方が「分かりやすい・目的地に辿り着きやすい」というのは自分も方向感覚がない為よく分かる。
しかし私は、携帯のアプリや車のカーナビなど、曲がる度に機械的にぐるぐる回転する「誰にでも分かる地図」には疑問を感じる。
切羽詰まった状況下においてはそんな流暢な事は言ってられないだろうが、そんなに楽をしていいのだろうか。
それに自分の向いている方向が上でなくても、最初に作られた「北が上の地図」を変えるほどの混乱は生じないはずだ。
上が北になるよう地図を固定し、自分が進んでいるルートを指先でなぞらえながら”多少の苦”を伴って歩くのも意外に良いものだという事を言いたい。
31 C  6/29
 「『地図の上は北』の徹底を」と「北が上でない地図あってよい」を読み、見やすい地図について考えたが、どちらの意見も的を射ていると思う。
  佐々木氏が主張するように、にぎやかな駅前を下にしてわかりづらくなっている地図を見ることは少なくない。しかしながら、野中氏が主張するように、多くの利用者にとって見やすい向きで地図を作った方が良いという考え方もある。
  私は、どちらにも反対できるし、どちらにも賛成できる。ここで私はその地図で表されている場所によって、北を上にすべきかそうではないかを決めるべきだと思う。もしその場所が東京の原宿や渋谷など、ほとんどの利用者が駅から目的地に行く場合、駅を下にした方が万人に使いやすいだろうし、もしその場所が地元の人しか出入りしないようなところであるなら、駅からその場所に行く人が多数を占めているわけではなく、皆色々なところから来るのであるから、北が上になっていてなるべく正確な地図を用いるべきであろうと思う。
  このことから、表す場所によっては北を上にすべきであるが、必ずしもその必要はないと、私は思う。
32 BかC    6/30
(Cの基準が明確でなかったのでこうしてます) 
 地図の上を北にするかどうか。 正直に言うとどちらでも良いと思う。地図には様々な用途があり、それにあわせて方位を変えるべきである。ただ、街路マップや店の案内図の場合は上を北にするより立ち位置通りの方位に向けた方が賢いと思う。街行く人が慣れているのはおそらく立ち位置通りの方位だからだ。
 最近のカーナビは車の進行方向が常に上になるように設定されている。無論北を上にする設定もできる。ただその場合、右折するところが地図上では左に進んでいるように見えることがある。南下しているときなどがそうだ。知らない道では曲がり角が重要になるが、猛スピードで進んでいるときに脳内で向きを変換する余裕が無いことが多い。だからカーナビにおいて進行方向を上にする方が支持されている。
 カーナビだけでなく、最近はスマートフォンの地図アプリもこうなっているらしい。つまり、多くの人々が進行方向が上の地図に慣れてしまっているのである。そういう人に北が上の地図を見せても、たぶんとっさには反応できないだろう。方向変換をめんどうがって道順を確認しないかもしれない。その点、店に客を招き入れようとするのであれば立ち位置通りの方位にした方が賢明である。
33 B       7/8
 私は、Bの意見を支持する。理由は二つある。
  ひとつめは、単純に、利用しやすいからである。私はバレー部で、他校で練習試合をする時、駅から学校までの行き方を知るために地図を利用することが多々ある。iPhoneのマップか、駅の近くにある地図を使う。iPhoneの中でも北を上に向けた見方では、自分のいる場所は分かっても、自分が今どこを向いているのか、少し考えないとわからなくなる。しかし、駅の地図だったりiPhoneの中でも自分が向いているままに表示される地図では、理解がはやく、目的とする学校まで簡単に到着できる。
  ふたつめは、北半球が中心という常識が頭にあると世界に目を向けられないからだ。調べてみると、そもそも北半球の人々が北極星を基準として方角を知ったから北が上の地図が多いそうだ。日本をはじめとする先進国の多くが、北半球に存在する。これは、北半球を中心として世界が動いていることの象徴である。私は、南にも目を向けるべきであると思った。
 実用性と、国力で物事を統一してはいけないという考えから、私は北は必ずしも上でなくてもいいと考える。
参考文献http://mapfreak.sakura.ne.jp/column/northup.html
34 C       7/8
はっきり言って北以外が上の地図は大抵の場合不便だと私は思う。
しかし、観光マップなどにおいてはその例に漏れる。
だからどちらとも言えないというのが私の正直な意見である。
また、最近は地図もデジタル化が進んでおり、パソコンではもちろん、タブレット端末やスマートフォンなどで気軽に地図を見ることができるようになっている。
また、それらにはGPS機能などもついており、自分のいる位置が確認できたりするが、私がそれらの地図で一番便利だと思うのが地図の向きを変えられることである。
なぜ地図の向きが議論されてるかというと、紙の地図ではいくら逆さまにして見ても文字の向きはそのままで大変見づらいからであると私は考 $($k!#
もちろんデジタル化を手放しでいいことだと言っているわけではない。
しかし私は人それぞれどちらが見やすいかは異なると思うので、どんな人にも使いやすいものと考えると、作る人の都合で決めてしまうのはあまりユーザーフレンドリーでないのではと思った。
地図に限ったことではないが、使う人の自由の制限を最小限に抑えたモノ、これこそがこれからの社会で必要とされるものではないだろうか。
35 B       7/7
 私はBを支持する。
 私が、実際に地図を使う時のことを考えてみると、山や高原にハイキングに行く時や、慣れていない土地でお店を探す時などが思い当たる。
 前者の場合は、北が上の方が良い。理由は、山では目立った目印がないため、道に迷わないように、地図の上にコンパスをのせて北を基準にしながら進むからだ。
 後者の場合は、北を上にせずに、進行方向が上になっているケータイのマップを使っている。また、私以外の人はどのようにしているのか知るために、父に尋ねた。
父は「不慣れな街で車を運転する時はカーナビを使うよ。北を上に設定することも出来るけれど、あえて進行方向を上にして使っているよ。」と答えた。
 なぜ、私と父は、進行方向が上になっている地図を選ぶのか。その理由は2つある。1つは、自分が進む方向と地図の上が一致している方が分かりやすいからだ。もう1つは、街中にはいろいろな建物や標識など目印になるものがたくさんあるから、わざわざ北を頼りに進む必要はないと思うからだ。このようなことから、北が上でない地図は必要だと考えらる。
 私自身の地図の使い方から考えてみると、Aの意見のように地図の上を北に徹底してしまうと、不便になる場合がある。地図の上を北に徹底しない方が、多くの場所で使いやすくなると、私は思う。
36 B       7/8
「地図の上は北」というのは、一見もっともに思える主張だ。
座標軸は統一された方が分かりやすい、基準をしっかりすべきだ、という意見には筋の通ったものを感じる部分もある。
 しかし、全ての地図に適用すべき原則かというと、そこまでのものではないだろう。方位を意識しなくても目的地に着くためには別の手がかりだけで十分な場合も多い。特に身近な街中の地図の場合はそうである。どちらが北かを意識して歩いている人の方が少ないだろう。
見やすさ、見にくさは地図のレイアウトによるところが大きいが、これは方位だけの問題ではなく、必要な目標の取り込み方や街路の位置の設定の仕方によるところが大きい。
 このような観点で工夫をすることの方が重要である。
37 B      7/8
 私は野中氏の、北が上でない地図があってもよい、という主張に賛成です。
私は長期休みの際、家族とよく遠出するのですが、行く先々に観光マップがあります。私達観光客がその土地の特徴が分かりやすい、と感じられるような地図が多く、私の経験上北が上となっているわけではないように感じます。北が上ではない地図は既に沢山あります。まずその事を確認しておきたいです。
では、そもそも何故北が上の地図が一般的には利用されているのか。国土地理院のホームページによると、北をさす方位磁石を使って測量を行うようになったから、だそうです。しかし、このような説得力が弱い理由で北が上の地図を徹底する必要はないと思います。
 私は今まで、北が上ではない地図の方が分かりやすい場合があるという抽象的な言葉で説明してきましたが、彼はこれを、自分の立ち位置の通りの方位に合わせた地図の方が断然わかりやすい、としています。大いに賛成です。観光地の人々はこのように考えて北が上でない地図を作ったのでしょう。
 北が上でない地図には多くの利点があり、また既に存在しており、人々から分かりやすい地図の姿だと認められています。なので、あってもよいと考えます。
38 B        7/7
 これらの記事を書いたのは全く違う立場の人である。Aは地図を仕事柄よく使う不動産業の人でBは中学校の教員だった。Aでは北でなければならない一番の理由として「方位がバラバラである」ことを述べている。地図は確かに北が下にあったり斜めにあったり、しているのを私もよく見かけた。しかしよく考えてみよう。歩道上に建ててある地図をパッと見たときに、街中で行きたい場所に行こうとしたときに、果たして地図上で北を探すのであろうか。方位に合わせた地図よりも、自分のいる位置に合わせた地図の方が圧倒的に見やすいというのは多くの人が同意するはずである。山に行って方位を確かめるときなどには北が上であった方が使いやすいとは思う。が、それは日常的な使い方ではない。
 「地図とは何のために使われるのか?」ということを考えてみよう。普通地図を使う、というとどこか行きたい場所があって、でもその場所は知らない。そんな時に地図というものは使われるのではないだろうか。ある一部の人に読みやすくても一般の人が読みやすい地図でなければ地図はその役割を果たせていない。その点に関してBにもあるように、使いやすい地図をつくるときに、最善の策をとって結果的に方位がバラバラであったならば北でない地図を認めてもいいのではないかと私は考えた。
39 B            7/8
私は、地図の上を北と決めないほうが良いと思う。
なぜなら、決めてしまわないほうが、地図の用途や使う場面に合わせた地図を作ることができると思うからだ。
 登山や航海など、単純にその方角に向かって進んでいけば良いような場面では、北が上のほうが使いやすいかもしれないが、私たちが普段地図を使う場面の多くは、建築物が多くある場所である。
そのような場所では、何か大きな目印となるようなものを中心にしたり、大通りの方向を上下にしたりするほうが、地図を歩く方向に合わせられるので、わかりやすいと思う。
実際に私は観光などで地図を使ったりするが、その時に気にしたのは、近くの目印となる建築物に対して、どちらの方向を向いているかどうかということであり、方角は全く気にしなかった。 
また、地図の中心にしたいものによっては、北が上の必要がない地図もあると思う。
以前、地理の授業でも取り上げられたが、南半球の南寄りの国々が自国を中心とした世界地図を作るためには、南が上となるほうがわかりやすく、このような場合でも、「北が上でない地図」が必要になってくるのだ。 
地図の上が北でないといけないとなると、多くの不便な点も生じてくるだろう。
だから、地図の上の方角を決める必要はないと思う。
40 C       7/8
 地図の上は北の方が良いかそうでないかは、判断しなくて良いと考える。
  たしかに、私たちが小学生の頃に見た地図は北が上であり、そこから様々なことを学んできた。それに、地図の上を北にすることで統一性が生まれる。しかし、一つの基準に従わせることで地図が見やすくなるのだろうか。そうとは限らないと私は思う。北が上になることで見づらくなる地図もあるだろう。
  一方Bは、個が強調されている。利用者の目的により地図の方位が変わる。これは非常に便利だ。いわゆる、「ユーザー・フレンドリー」である。ユーザー=利用者にわかりやすい地図なのだ。しかし、これでは統一性が皆無である。すべての地図の方位が異なれば問題も生じるであろう。
 そもそも、地図というのはそれぞれに個性や目的がある。上が北の方が見やすい場合もあれば、自分の立ち位置の通りの方位に合わせた方が見やすい時もある。地図は、統一性に重点を置くか、個々に重点を置くかで変わってくるものだと思う。
  以上より、北が上の地図が良いか判断する必要は無いと考える。
41 B       7/7
 私はBを支持します。
 「街路マップで必要なのは現在地と目的地の位置関係だ」という意見に激しく同意します。私は、世界地図より統計地図よりなにより、実生活に結びついて利用するというのがそもそもの地図であり、その便利さを一番に発揮できる場面だと思っています。なので、地図が人に道を案内するにあたっては、人にとって最も都合がよくわかりやすい向きでかかれているのが理想だと思います。だから、地図は必ずしも北が上でなくても良いと思います。
Aの筆者は「南が上だと読みづらい」と述べていますが、それは、私が思うに、北が上の地図に読み慣れた一部の知識人(?)の意見であって、私のような、地図にあまり馴染みのない凡人にはわからない感覚です。
せめてチラシやウェブ上にある、駅から目的地までへの地図を読むときくらいは、どうか知識人さんたちに、私のような凡人レベルに合わせていただきたいです。
 しかも、多分これは国内での話なのだろうということはわかってはいますが、Aの筆者が、地図の上を北にすることを統一するのを全ての地図で求めているのだとしたら、オーストラリア国内で売られている地図さえも否定していることになります。
 それはさておき、とにかく、地図は必ずしも北が上でなくていいと思います!対象となるものを中心に考えてかかれた地図のほうが、私にとってはわかりやすいです。
4組
1 B       8/31
AとBについてそれぞれのメリットを確認したい。
方角を固定するAは北の方角が分かれば必ず目的地までの方向が分かり、だいたいの位置が分かる。
またBは、地図をその土地にあったように分かりやすく表示があるため、ポイントなどを目印にして目的地を目指す。
僕は地図の活用する状態によって使用する地図が変わってくると思う。
例えばAの地図は常に北を目印にしているからポイントの少ない広い平原や山などでは大いに役立つだろう。
しかし、都会ではどうだろうか。
入り組んだ細い道が多い都会では地図と目の当たりにしている光景で合致しづらいのではないだろうか。
そういう時はBが役立つだろう。
地図というのは利用する場所、状態によって、大きく価値が変わってくる。
だから一概にどちらが良いとは言えないが、ポイントや分かりやすいものを目印に臨機応変に対応できるBの方が使い勝手がいいと思う。
2 C        7/8

 まず、地図の利用方法は大きく分けて目的地までの道を知ることと、その地域周辺の地形や建物の配置を知ることの2種類ある。しかし、専門的に地図を活用する以外は前者の方が多い。現在地と目的地の位置関係を知りたい時に、自分の立ち位置の通りの方位に合わせた地図の方が断然わかりやすい。レジャー目的での利用の場合ならなおさらだ。駅などの起点となる位置からどう進むかという視点で作られる方がはるかに見やすく、地図と自分の進みたい方向との方位のずれによる混乱もない。しかし、それはある程度の決まった狭い範囲での話であり、レジャー目的であったとしてもある程度広い範囲もしくは起点がない場合は逆に見にくくなってしまう。また、複数の地図を持っていた時に北を上にしたものとしてないもの(こちらの方が大縮尺とする)を一緒に使う場合には、描かれ方が違うので多少の混乱が生じるであろう。このようなことが起こらないためにも、地図の上は北にするべきとも言える。この問題は場合によってどちらも使いやすい方になることができるので、どちらが正しいと判断することはできない。

3 B        7/8
    「声」欄の佐々木、野中氏の意見を読み、私はBの意見に賛成だと思った。
     確かに北が上の方が便利で、分かりやすい場合もある。それは普段見慣れているからである。
     しかし、私がそう思わなかった理由は二つある。まず第一に野中氏も述べている、日常的に不便な場合が発生するからということ。例えば、固定の案内用の地図では地図が向かって上にあるのが便利で、北を上とすると分かりにくくなる。
   二つ目は、多くの見方ができるから。これは、主に広範囲の地図においてだが、確かに普段は見慣れない地図なので不便や分かりにくいと思われるかもしれない。だが恐らくそれよりも新鮮な気持ちを持てると思う。また、市街図などの範囲の狭い地図でも駅やタワーなどの目立つ建物を入れて工夫することもできる。
     逆に言えば、北が上のみに地図を限定したら、多くの見方はできないだろう。例えば観光マップの鳥瞰図では最も目立つ山などを中央におくと、この場合一通りにしか表せない。
   そもそも完璧な地図は存在しなく、それゆえに地図は自由なものだと私は思う。よって工夫をして分かりやすい地図を作ることが大切だと私は思った。
4 A      7/8
基本的に、学校で習う時には地図の上は北である。
しかし、最近は上が北ではなく賑わっている場所(駅周辺等)を見やすい位置にもってきて、上が北では無くなっている地図も見かける。
確かに、賑わっている場所から目的地までを見やすくするように作られている地図は分かりやすい。
だが、この時の「分かりやすい」というのは賑わっている場所と現在地が近い時に限ると思う。
実際に最近起こった話だが、知らない土地へ為に地図を持っていったが、その地図は上が北ではなく北と南の地形が似ていた為に途中まで真逆の方向へ行ってしまったのである。
このように人に分かりやすいように、と作られていても、かえって分かりにくくなってしまう場合もあるので、僕は「地図の上は北」で統一した方が良いと思う。
5 B    7/3
 私は、地図の上は北でなくてもいいと思うが、上を北に統一すべきものは統一すべきだと思う。まず、一般図は上が北で統一すべきだと思う。基本的に今私たちの身の回りに出回っている地図の上は北である。むしろ上が南の地図を見ると違和感を感じるくらいだ。もし、何か問題について考えるときに上が南である地図を突然出されてしまうと、慣れてないので一瞬理解が追いつかなくなってしまう。その例を挙げると、中学の時に地理の授業で、よく見慣れている日本の白地図が上下反対にされて配られ、そこに県名をいれていくという作業をした。その結果、沖縄と鹿児島を埋めたところで手が止まってしまい、すべて埋めることは出来たものの普通の地図の時と比べてはるかに時間がかかってしまった。実際に不便だったのである。次に、利用目的が限られている主題図ではどちらにしてもいいと思う。例えば、スーパーの店舗の分布状況などを示した地図を描くとする。もしそれが南北に広く分布していたら縦長な地図になってしまい、チラシに乗せても見栄えがよくなくなってしまう。その時は上に北の方向を表すマークを描いて、横長の地図にすればよい。こっちは統一しないほうが便利である。
6 B       7/7
 どちらが見やすいか、ということは最終的には個人の問題であるものの、上が北の地図は必ずしも徹底されるべきでない。特に狭い範囲しか示していない地図においてはなおさらである。全ての地図の上が北ならば不便を被ることはむしろ多くなることだろう。
 しかし、全ての地図の上を北にせよ、という主張もわからないでもない。見てきた地図のうち多くのものが北であった人にはいくら便利だからといっても南が上の地図などはただただ見づらいとしか感じないであろうから。そのような人もいる、ということも考慮すると、やはり最低限地図には方位を明記すべきであるといえる。ただそのような人は地図の上は北という固定観念にとらわれずにもっと自由な視点で地図というものの本質に迫って欲しい。そうすれば便利な地図ということと上が北である地図は本質的には結びつかないということがわかるであろうから。
 以上のような結論により、でちらかといえばBを支持する。
7 C       7/4

 率直に言うと、地図の上は「東西南北」どれでも良いと思う。今現在、私たちが地図を目にするのは主に「道案内」だろう。そして、私たちがその地図に求めているもの、それは「分かり易さ」である。実際に地図を見る場合、方位を目安にしている人は少ないのではないのだろうか。
 
そうした場合、地図の中に特徴のある建物などが描かれている方が私たちはその地図を「良い地図・分かり易い地図」だと感じるであろう。そういうことを言っていると地図に方位が本当に必要なのかが問われてしまう。
 しかし、これらは詳しい地図「主題図」に限っての話になる。一方、「主題図」とは対照的な「一般図」の場合、方位と言うものが必要になってくると思う。その理由としては、「一般図」の中には特徴のあるものがあまり描かれていないからである。方位の描かれていない「一般図」を見ると、私たちはその地図を「良くない地図・分かり難い地図」だと感じるであろう。つまり、「一般図」に方位を入れることは、何か目安になるものを作るということになる。この場合、その方位はあくまで目安になれば良いので、北ではなくても良い、つまり「東西南北」どれでも良いということになる。

8 B   7/4
 まず思ったのは、Aの意見もBの意見もどちらも人によって正しいと判断できるということだ。おそらく、地図を生きていく中で度々読む機会がある人は北の方角を基準にするであろうからAのような意見を持つだろうが、地図をあまり読まず、地図を頭の中で回転させるのが難しい人は、今自分が向いている方角を基準にした方がいいと思い、Bのような意見を持つと思う。自分は地図を読むのが苦手なので、街路マップを見た時や地図を見た時、自分が向いている方向に地図でいう上の方向になっている方が全然見やすいと思う。また、一つ思ったのは、Aの意見で「『Nマーク』が入っていたとしても北が南側に書いてある地図は読みにくい。」というものがあったが、Nマークが南側に書いてある場合、地図を読む時どのように困るのかが理解し難い。Aの意見で一番始めに「仕事柄、」とあるので、おそらくこの人はただわからない道を地図で調べるのではなく、仕事のために建造物の位置関係や、向き等が知りたいのだと思う。やはり、こういう点でも自分とは地図を使う理由が違うとしてAには賛成できない。
 以上の点より、自分はBを支持します。
9 B         7/8
 私は常に地図の上が北である必要は無いと思う。普段生活している中で地図をみる際には決まった目的がある。それは、「目的地までの道を知りたい」「現在地を知りたい」などさまざまだが、その上で方位を知る必要がある場合はまず無い。生活していていつも方位を把握している人はほとんどいないだろう。また、例えば、駅から友達の家に行くとき、駅にある周辺地図で得たい情報は、駅の位置、友達の家の位置、それに加えて目印などだ。これらから考えるルートで方位を考える必要があるだろうか。どの出口から出て、何がある場所で曲がり、何処まで行くか。これが分かれば方位を考慮しなくても地図は立派にその役割わ果たしたと言って欲しいいいだろう。それゆえに地図を見るときだけに方位が必要な情報になるわけがない。目的にあった情報が最優先で地図に組み込まれるべきだと思う。不動産などで使う地図は日当たりなどの必要性から北が上であって良いと思う。しかし、この話は日常における地図に対するものである。外で見かける設置された地図ならばこうするべきだが持ち歩く地図ならば北が上でも良い。むしろ地図帳のように決まった目的がある地図をまとめるのらばわかりやすく統一して北を上にするべきである。これはわかりやすさが目的であるのかもしれない。
10 B       7/8
 僕はBの意見を支持する。
 僕はただ単純に「東西南北の方位を知らない時に、地図の上が北でなんのメリットがあるのだろうか?」と思った。例えば、見知らぬ街に行き、地図を見るときに方位も知らないのに地図の上が北だからといって助かる事など無く、普通は何か目印になる様な物を見つけ、それを地図に重ね合わせ、進行方向が上になるようにして地図を持ち、道を曲がるごとに地図を回していく。そして、最終的には地図の上についたNのマークは意味を持たないのである。だから、街中で使う地図は必ずしも北が上である必要など無いと思う。
 ただ、世界地図や日本地図のように世間で理解が得られているものが急に変わってしまうと、あらゆる面で支障をきたす恐れがあるので、それは良くない。が、もしも何百年も前から世界地図の上が南であったのなら、それは南であるべきだと思う。
 よって、場合によるが地図の上が必ずしも北である必要は無い。
11 C       7/8
 Aの人とBの人の話を聞いていると、それぞれ正しい部分はあると思う。
 地図を北が上で統一すると、普段北が上で統一された地図を見慣れた人にとっては見やすいが、見慣れない一般の人が見るとわかりにくい。逆にそれぞれの状況によって上の方角をあわせた地図は一般人が見ると見やすくなるが、普段北が上で統一されている地図を見る人にとっては、わかりにくい。
 つまり、これは万物に共通することだが、何か選択肢をひとつに絞るときは、必ず利点と欠点が出てくるのである。そこで私はまず選択肢を両方選ぶという「選択肢」を選んでみる。すなわち、二種類の地図を両方載せるということだ。そうすれば、いつも北を上にして見ている人と一般人の両方が助かる。
 ただし、これにも欠点がある。コストがかかるということだ。予算におさまらないときは、もう仕方ないので、地図作成者の感覚に従うしかない…。「それじゃ議論した意味ないじゃないか!」だって?いやわたしは新たなことに気づいた。
 この問題に正しい答えはどこにもない。だから、地図はどうすればいいか決めらっれっこないのである。そして私は新たに提案する。それは地図が変化するのではなく、自分自身が変化し、どんな地図であっても適応することだ。いつもそうして適応するようにできれば、またしようとすれば、それなりに地図を見る力がつくし、便利である。いつも自分にとってっ有利な状況とは限らないのだ。
12 B        7/8

Bを支持します。僕は、Bの「北が上でない地図あってよい」に賛成です。
まず、自分は地図をどういう時に利用するかを考えてみた。だいたい2つの場合があることに気付いた。
一つは、知らない地域の目的地に行く時に、地図を見る。その時は、まず方位磁石などは持っていない。知らない地域なので、方角もわからない。その場合、何が手掛かりになるかというと、近くの駅だったり、大きな道路や建物や店だったりする。それらの位置関係がわかりやすく描かれていたら、これらの目印を一つ一つ確認しながら進んで行ける。その場合、目印の道路や建物の位置関係がわかりやすく描かれているのが良いと思う。もし、北が上ということにこだわった地図だと道路や建物の目印が、斜めに印されたりする可能性が高く、とても見にくいと思う。
この場合、北が上の地図にこだわる利点は何もない。
 地図を見る場合のもう一つは、世界地図、日本地図などの大きな視点の中で場所を確認する場合だ。この場合の地図は、世界や日本共通で「地図の上は北」で統一してないと、いろいろな地図が出現し見る人は混乱してしまうだろう。
 この2点より「地図の上は北」と「北が上でない地図」の両方があってよく、必ずしも徹底する必要はないと思う。ゆえに、Bに賛成です。

13 B       7/8
 地図の上は北であるべきか、という議論について疑問がある。まず、いったい誰が、「上は北、北は上」と決めたのか。
  このことについて少々調べてみると、面白いことがわかった。 第一に、古代の地図(地理的事実ではなく、宗教観での世界全図ではあるが)では、必ずしも地図の上は北になっていなかったが、しかし、トレミーの時代になり、地理的に意味をなす地図が作られ、トレミーの作った地図が円錐図法だったため、左右対称になるために北を上にした、という話がある。当然トレミーは北半球の人なので、これならまだ説明のつく話ではある。だが、もうひとつ、興味深い話がある。
  次に、聖書を繙いてみると、ヨブ記に、「神は虚空の上に北を位置させた」と読み取れる箇所がある。福音派の立場をとれば、この記述が原因で、結果、世界的に北が上になったととれるが、リベラル的見方をすると、むしろ、世界として北方が中心だったために、聖書がそう書き換えられたのでは、と見ることもできる。
  以上を踏まえて考えたのだが、北を上に置くのは、要するに、古来より、北半球中心、というよりも、南半球に注意が向けられていないことによるもので、惰性でそれを常識とする、北側の傲慢ではないか。北側中心の世界観に異をとなえ、豪州が、上が南の地図を作ったのは有名な話である。こんなところにも、南北問題の影が潜んでいるように思われる。北風が冷たく、太陽は「南中」するものだという常識は、もう終わるべきであるように思われる。 
 
14 C     7/6
 そもそも一口に『地図』と言っても、世界地図や街路マップ、ハザードマップや地球儀など様々な種類がある。そして、それらにはそれぞれ適した利用方法がある。例えば現在地と目的地の位置関係を知るためには街路マップを使用する。まさか自分の位置を確認するために地球儀を取り出す人はいまい。だから、地図の上にはどの方角を置くべきかと言っても、それには適材適所というものがあると思う。
 地球儀の上が北なのは、地球が地軸を中心に回っているということと、大陸の大半が北半球にあることが理由だと思う。南半球に住んでいる人ならまだしも、南半球を地球儀で確認する人は少ない(対蹠点を確認するという事もあるだろうが、それにしたってまずは自分の位置から確認する)。世界地図は、その地図が一体どの国で使われるのかが重要だ。世界地図とは、自らの位置をグローバルな視線で知るためにあるもので、球体で中心が決まっていないとはいえ自国を地図の中心に置かないのはとても見づらい。街路マップは、現在地と目的地の位置を知るために使用する。北西から南東に進む道が多いのに北が上だったりすると不便だ。小さい空間を表す地図は、見やすさをを重視するべきだ。
 このように地図の上の方角は地図によって変わってくる。しかし、地球の北に大陸が集中しているため、北が上に来ることが多い。しかし、地図の本来の存在意義は現在地と周りの環境を知るためにある。なので、地図の上の方角は北であることが多くなるが、それは地図がよく機能するというのならそれでよし、北よりも他の方位を上に置いたほうがいいのなら、そうするべきだと思う。
15 B    7/5
 AB双方の意見を読んで、私は北が上ではない地図があってもよいと結論した。
街中を歩いている人々にとっての地図の存在価値を考える。(寧ろ自分の感覚でもあるが、ごく一般論より)人々にとって、地図は情報を与えてくれるものである。すなわち、より良い、人々にとって存在価値の高い地図とは、人々が最も欲する情報を付帯している地図、そしてそれを人々が読み取りやすいような地図である。
 私が街中の地図を見るのは2つのケースがある。
 まず1つ目は何かお店は近くにないかと探すケース。この場合、地図が北を上としていても大した不便さは感じないかもしれない。近くに何があるかを知りたいだけであるからだ。
 しかし次の場合はどうだろうか。目的地が決まっていてそこまでのルートを知りたいときだ。最もほしい情報はその目的地と私の位置関係、そしてその目印となるものを辿ったルートだ。位置関係にしても道順にしても、もし仮に自分の向いている方向ではなく北を上にしている地図であったとしたら、その情報は得られるかもしれないが、人は見た図を頭のなかで動かす必要が出てくる。あくまで人は自分の進行方向に沿った地図を要する。そのために、無理矢理にも北を上にした地図の存在意義は少なくなるだろう。
 さて、ここまで意見を述べておいてでは詭弁のようだか、今この時代に、北を上にしていない地図を見て違和感を感じる人間はどれ程いるだろうか?
Aの意見の佐々木氏は不動産という仕事上、地図に毎日のように向き合っている。そのような人にとっては確かに北が上ではない地図は見づらいかもしれない。しかし世間一般多くの人は別に違和感を感じはしないのではないだろうか。北を上にするということで統一を目指すことに、一部の人にとって見づらいというだけの理由では賛成しがたいだろう。大衆にとっての利便さを最優先すべきだと考える。
16 B       7/8
『「地図の上は北」の徹底を』と『北が上でない地図あってよい』の二つの記事を読んで自分なりに考えたところ僕は後者の意見に賛成だ。
なぜならば前者の考えでは歩道上の街路マップに対してまで「北が南側に書いてある」から読みにくいと述べているからだ。後者も述べているが、もしこの前者の言うとおりに街路マップまで北を上にしたら読みにくいことはこの上ない事は簡単に想像できる。
確かに地理の教科書や本屋で売っている地図の北が上でになっている。それらの用途は、その場所の「地形」や「土地利用」を理解することであり、地図を二つつなげて考えたりしなければいけないことも多いので方位を統一することは必要だろう。それは分かる。
しかし、大多数の人間が普段目にするのは街路マップや広告の地図であり、知りたいのは「道筋」であり地図をつなげて考える必要はほとんど無い。ならば方位を統一することは全く不要であり最優先すべきは「見やすさ」「使いやすさ」だろう。
だからこそカーナビや携帯・スマートフォンのGPS対応地図が車や使用者に合わせて方位を変えることが見やすく、便利に感じられるのだと思う。
以上のことから僕は『北が上でない地図があってよい』に賛成したい。
17 B     7/6
 僕は二つの記事のうち、Bの「北が上でない地図あってよい」という意見を支持する。その理由は地図の用途とその時の使いやすさを考えたときにBの意見の方が正しいと思ったからである。様々な人が地図を使うが、そのときの用途として最も多いのが、目的地へ到達する為の道筋を知るためだと思う。なので「目的地への道筋を知る」という用途について考えてみたいと思う。この用途において、地図を使う人が知りたいのは「目的地への方向、道筋」なので、それらが最もわかりやすいべきだと思う。その方向や道筋を見る時、自分が現在地から東の方向にある目的地を目指しているとする。そして自分は西を向いているとする。そのときに北が上の地図を見たときには、行く方向、道筋を考える為に地図を頭の中で回転させなければならない。それではやはり少し面倒だと思う。それよりは、元から進行方向(自分の向いている向き)が上になっている地図の方が直感的に向きがわかり、使いやすいと思う。紙の地図などは実際に回転させることができるため、北が上でもいいと思うが、特に案内板のように備え付けのものの場合は進行方向が上になっているべきだと思う。
18 A       7/8

私はAの意見に賛成だ。なぜなら用途に合わせて偏った地図を作ると、詳しくかかれた方向とは逆の方向の地図が見にくくなってしまうからだ。その偏った地図に主に記されている方向に行く人が多いとはいえ、逆の方向に行く人もいると思う。その人たちのことも考えてどこでも等しく知ることができる北が上の地図が良いと思う。ここまで私は北が上の地図がいいと主張した。しかし実際、目的地に急いで行くため、とても便利な地図があるのに使わない人はいないと思う。便利な地図はやはり便利だからだ。そうだとしても私は北が上の地図を使いたいと思う。なぜそんなことを思うの?迷う確率が高くなるだけだ、と思うかもしれない。確かに道に迷う確率は高くなると思うが、あえて迷うのも面白いのではないかと思う。迷って、その土地を実際に歩き回ってみることでわかること、感じることはたくさんあると思う。そんな迷うなんて時間の無駄だ、という人もいるかもしれない。しかし、迷えるくらいの時間の余裕を持つと心にも余裕が持てて良いと思うただ目的地に行って帰ってくるだけに地図を使うのはなんとなく味気ない感じがする。もっと地図を最大限に生かせば、単なる外出も面白いものになるのではないのかなあと思う。

19 A        7/8
僕はA、つまり「地図の上は北」の徹底に賛成である。先日ある駅構内にいくつかの地図があったので見てみたところ、地図が置いてある場所によって地図の上の方位が違っていた。北側に貼られている地図は上が北に、東側に貼られている地図は上が東というように。つまり「この地図の上の方位が、この地図を前で見たときの実際の方角」となっているのである。同じ駅構内にある地図なのに向きが統一されていないのには見づらさを感じた。慣れれば使いやすいのかもしれないが、小さいころから地図は上が北という感覚を持っている僕は混乱してしまった。そのため僕は地図の方位に対しては統一性が必要だと思う。実際に立っている向きと方角が異なっていたら迷ってしまうという人もいるが、上が北でなくても結局頭の中で回転させるのだから北が上でない地図を作る必要はないだろう。
20 B       7/8
地図は北が上の方が良いという意見に対して、自分はそうであるべき理由が良く解らない。
まず、街中で見かける地図において、上が北であるということはあまり優先されるべきではない。優先されるべきは、現在地から目的地までの道のりと、方向を知ることであると思う。つまり、地図向きは地図を見たときの方向が上にあれば、分かりやすいと思う。
次に、街中でどっちが何の方角なのかというのは、分かりにくい。地図が見た方向を上に向けていなければ、どの方向に行けばいいのかが少し分かりにくいだろう。
実際に、初めて行くところなど、地図に頼るしかない時には、地図を回しながら移動する方が、自分にとっては分かりやすい。街中にある北が上でない地図は、自分で地図を回したような向きに設置してあり、北に固定するより分かりやすい。
地図の上は北と言う意見の人が言っていたように教科書や市販の地図などは北が上だが、それは手に持って回したりして使うことが出来るので、北が上で統一されていても問題はない。しかし街中にある地図は、勿論手に持って回すことなど出来ない。街中にある地図はやはり使う人に見やすい地図であるべきで、北が上である必要はないと思う。
21 C     7/8
 用途に合わせて、北を上にするべき地図とそうでない地図とを使い分けるのがいいと思う。
 国土地理院や自治体が発行する地図は、方位を正確に表現する必要があって、実際と同じように北を上にするのが自然だろうと思う。やはり正式な地図だから、北は上に表されるべきではないかと感じる。これらの地図を参考にして土地利用の様子や地形などを考えることは多い。また、地図にする場所が山がちな地形のときも北をを上にすべきだろう。周りが木々で囲まれているなどで周りに特徴的なものがない時、道しるべになるのは方位であり、自然で見やすくするためにも北は上に来るべきである。
 一方、お店のちらしなどの地図などは一点の場所が分かりやすければよいので、概略だけでも十分に表すことが出来るだろう。あくまで位置関係が分かればよく、特徴的な建物が周囲にあれば方位はほぼ必要でない。また、ある場所を強調して表す目的があり、その場合上にその場所を示した方が良い。そのため、かならずしも方位を上にする必要性はなく、むしろ上=北でない方がいい場合もあるだろうと思う。
 なので、場合に応じて使い分ける、今のままでいいと思う。
22 B     7/6
 すべての場合において北を上にしてしまうと、不便なことも出てくると思う。使う場面、用途に応じて、使いやすく分かりやすい地図を選んで使うのが、最も地図を生かせる使い方だと思う。
 Aの「方位がバラバラで見づらい」という主張に関しては、それはその場面にその地図があっていなかっただけで、方位がバラバラだと絶対に見づらくなるというわけではないと感じる。その場面に合わせた方位、様式の地図を用いれば解決されるだろう。むしろ方位を固定してしまうほうが、見づらい場面でも改善の余地がなくなってしまい、不便なのではないか。
 また、Aの意見の中に、「立ち位置通りの方位になっている地図は、北を示すNマークが入っていたとしても北が南側に書いてある地図は読みにくい」という内容があるが、地図は現在地からある場所までの位置関係や道筋を示すためのものであるのだから、立ち位置が基準となっているものが最も読みやすい地図だと思う。地図はすべて北が上ということになったら、常に現在地における方位などを把握できていないと不便な場面もでてきて、地図を利用できる幅が狭まってしまうのではないか。
23 B     7/7
 私はBの意見に賛成だ。
 たしかに、「地図は北が上」というのは基本であり、地図を手にしたとき北が上になかったら違和感を覚えることもあるだろう。南が上の世界地図を見たら私たちは「逆さまだ!」と思うのだ。
 しかし、日常よく目にする街路マップや簡単な道案内などの場合南が上であったとしても「逆さまだ!」とは思わない。なぜなら、ここでは方位よりも優先されるものがあるからだ。現在地と目的地の位置関係を表記する際には東西南北などの方位ではなく、自分の立ち位置からみた前後左右などの方向に焦点をあてることが多い。ここが、世界地図のような北が上である地図との最大の違いだと考える。客観的に地形を見るためなのか、主観的に位置関係を見るためなのか。地図というのは場合場合で用途が異なるものだから、北が上でなければいけないという考え方ではその様々な使い道に対応しきれないと思う。
 地形全体を見る場合には進行方向という、悪く言えば自己中心的な概念を優先させる必要はないため、北が上という基本に従えばいい。しかし、北が上という固定概念を無視した方がより使う人のニーズにこたえる場合が多くあることも忘れてはならないと思う。
24 B   7/5
 私は、ある程度統一されていると便利だと思うが、全ての地図の上が北である必要は無いと思うので、Bの意見を支持する。
 私が思い描く日本地図は、北海道が上で沖縄が下に位置するもの、つまり、上が北になっているものだ。このように、日本地図や世界地図、関東地方、東京都を表す地図は、ほとんどのものの上が北になっており、「それが当たり前」と考えるようになっているほど、現代の地図は、上に北がくるように作られている。
 だが、いま挙げたものはどれも、広い範囲を表すもの、いろいろな目的に応じて利用されるものばかりだ。
 では、狭い範囲を表すもの、目的が定まっているものは、どうだろうか。
 たとえば、駅からの道案内。このとき、必ずしも上が北になっている必要は無いと思う。なぜなら、その場合の地図の利用目的は道のりを知ることであって、他の地図と方位の表記が一致してなくてはいけない、なんてことは無い。たとえば「北に15m行って、東側に見える本屋」というのと「まっすぐ進んで、右に見えてきた本屋」のどちらがわかりやすいだろうか。ここで知りたい情報は、後者の方がわかりやすく伝えられると思う。
 よって、場合により地図の上が北でない方が見やすいことから、利用目的によって、上が北でない地図があってもよいと思う。
25 B       6/30
 わたしも、北が上でない地図があってよいと思う。
 そこで、「北が上でない」方がいい「地図」として、Aの記事にもある、歩道上に建ててある街路マップを例に取り上げてみたい。
これらはあくまで建ててあるものであり、決して動かせるものでないことを前提とする。従って、手元にある地図のように自分の向いている方角と地図中での方角を合わせることができないのだ。
この街路マップは正面からを見ることで私たちは自然に自分の向いている方角と地図中の方角を合わせることができるのだが(これにより一目で目的地へ向かう道がわかる)、もしも全て上が北で統一されていたら、自分の向いている方角と地図中の方角を合わせることから始めなければならない(この場合は動かせないので首を傾けるしかない)。
 そもそも、私たちの普段の生活で北を意識することがあるだろうか。
なにも目印のない山中などでは「北」というのはとても重要な役割を果たす。しかし街中では方角がわからなくても支障がない。
 このように地図の使用する用途に応じて北の位置を決めればいい。
大切なのは地図としての決まり事ではなく、使用するときのわかり易さだと思う。
26 B     6/29
私は地図で最も利用されていて、重要な役割を”道案内”だと思います。 なぜなら、ある場所へ行きたいときなど地図を見るときはたくさんあります。 つまり、日常的に多くの人は、地図を道案内の役割として、使っている のです。
さらに、その道案内の役割は、知らない場所に行ったとき。知らないところ に行くときに必要になります。
すると、そのときに大切なことというのは、目的地にたどり着くこと。つまり、 道をどう進めばいいか、です。
例えば、茗荷谷駅から学校への行き方を説明するとき、『駅でたら左に曲 って、ずっと真っすぐ行って、ファミリーマートの隣の坂を左に曲がって  上っていく・・・・』みたいに説明します。決して、『駅出て西行って、600m 進んだら坂を上がる』というようには言いません。
このように、道案内の役割の地図に求められているのは自分の立ち位置 の通りの方位であることが分かります。
確かに地形を表す地図とか、いつも上になる方位がめちゃめちゃだと、それ も混乱してしまうけど、多くの人に使われている道案内の役割の地図での 分かりやすさを大切にすることも重要だと思います。
なので、私は北が上でない地図も必要だと思いました。
27 B       7/8
 私はBの意見を支持する。
地図は「現在地から目的地までの道のりを分かりやすくするもの」であると思う。駅などでよく見る案内図なんかは北が上でない場合もあり、どう行けば良いのかすぐ分かる。
 仮にその案内図が北を上にして書かれている場合、パッと見て道のりがすぐ分かるとは思えない。
 「ここからでたら、まずこっちに行って・・・あそこの信号を渡って・・・」
というのは、やっぱり地図を見る人に合わせた向きの方がわかりやすいに決まってる。
 方向音痴の人が地図を見ながら進むとき、地図をくるくる回しながら進むのはそのためだと思う。
 自分が進む向きに合わせて地図を回転させてるのだ。そういう人にとっては方角はちっとも関係ない。
 人に分かりやすい地図というのは、人に合わせられている地図だと思う。
 世界全体での米の生産量の違いをみるだとの地図は他の地図と比較し、特徴などを知るため北が上を向いているのはいいと思う。
ただ、人が目的地までの道のりを知るための地図は必ずしも北が上を向いていなくてもいいと思う。
28 B    7/2
  「地図の上は北」というのは、小学校の時教わってから私の中では当たり前のことなので、地図帳や地形図に方位が明記されていない時は当然のように上が北だと思ってしまう。 
   しかし、それと同じように、街中やチラシなどで見る地図の時は自然と自分のいる位置を当てはめて、何も考えず、その地図の向きに合わせて見ている。
  つまり、「どこが北なのか」ということは全く意識していないのである。  
  チラシなどに掲載されている地図は、そもそも「客がその店や会社に正しく着くことが出来るように」載せているのであるから、一番重要なことは「見やすさ」なのである。それを、全ての地図の上を北向きにしてしまうと、見づらくなってしまうということも少なくはないのではないだろうか。
  しかし、逆に地図の上が北であった方が見やすいこともあるであろう。  
  だから、「地図の上は北」としてしまうよりもその地図の用途によって「上が北ではない地図」もあってよいと思う。
29 B    7/1
 私はどちらの地図も必要であると思う。
  野田氏が述べているように私も経験したことがあるが、駅から目的地まで自分が行きたい方向と地図の方位が異なると、地図を横にしたりすると地図に印刷されてある交差点や通りの名前などの文字が逆さになったりしてが読みづらくなってしまい、目的地へ行くまでに余計に時間がかかってしまう事があるからだ。他に考えられることは、だいたい地図を持って歩くのは行ったことのない見知らぬ場所であるから、もし地図の北が上の場合、方位磁針を持っていない限りどっちが北か分からない。方位磁針を常に携帯している人はなかなかいないだろう。
 北が上の地図が必要な理由として、例えば小学生が地図の上が北でない日本地図を初めて見たとき、地図の方位記号がまだ分からないと誤って北海道が南であると考えてしまう恐れがあるからだ。また、逆の場合もある。逆というのは、ほとんだが北が上の地図なので、北が下の地図を見たとき戸惑ってしまうということだ。なので教育面では上を北に統一すべきである。
 よって私は北が上でない地図があってよいと考える。
30 B   7/1
 私は必ずしも地図の上が北である必要はないと思う。
地図の使用目的はだいたいが目的地への道順を知ることである。持ち歩きできる地図なら、どの方位が上であろうと地図を回転させれば読み取れる。だが駅や路上の地図は大体が備え付けてある。つまり自分の行きたい方向に回転させることはできず、自分の脳内で変換しなければならないのだ。そう考えると、目的地の方向に合わせて書かれた地図の方がわかりやすい。
また、ある程度土地鑑のある場所や方位磁石を持ち歩いている場合なら、北が上でも読み取れるが、ちょっと出かける時に方位磁石を持っていく人などそうはいないだろうし、初めて行く場所でどこが北かわかるはずがない。これは私が異国の地で痛感したことだが、その場所の東西南北がわからない限り、北が上の地図は役に立たないのだ。
かといって地形図だったり学習で使う地図は北が上の方がわかりやすい。テストで問題ごとに地図の方位が変わったら混乱してしまう。
つまりどちらの形式の地図が良いかは時と場合によって異なり、臨機応変に判断すべきである。
よって私は地図の上が必ずしも北である必要はないと思う。

31 B   7/3
 私はBを支持します。例えば、地図帳に載っているような世界地図や日本地図は、北を上として方位を統一したほうが見やすいのかもしれません。しかし、私たちが日常において使う地図は、どちらかと言うと、そのようなものではなく、街路マップやお店のチラシ、カーナビに載っている地図ではないでしょうか。そのような地図において方位はあまり重要ではなく、また上が北になっていないからといって、それほど見にくいものでもないと思います。自分の現在地や目的地までの道のりがわかればいいのであって、逆に上を北に統一しても混乱してしまうだけでしょう。事実、私は、町中にある街路マップを使用した際に、何ら困ったことは起こりませんでした。Aの記事では、地図の上を北に統一したら見やすい地図となる、とありますが、これは「見やすい」ことと「美しい」ということを混同してしまっているような気がします。地図の上を北に統一したとしたら、確かに見た目は良くなるかもしれませんが、地図は鑑賞するためのものではないし、地図の使用目的からずれてしまっていると思うのです。
32 B     7/5 
 まず地図といっても種類は様々で世界全図というかなり大きなスケールのものからプリントのBにも例として示されている地元を表現したような規模の小さな地図まである。今では地図に記載が無ければ上が北ということになっているが誰が何のために決めたのだろうか。誰がと言うことははっきりしないが諸説ある中北極星に由来することが有力のようだ。他にもっとふさわしい理由があるにしても昔の人が決めた一般的なルールに今も従う理由があるのか。
 地図はもともと芸術作品等ではなくて昔の人が対象としたもの(世界や日本など様々なスケールのもの)を平面に表すことで自分や他人により簡単に伝えるべきものを表したのが始まりだと私は思う。だから地図の縮尺やこのレポートの本題である方位も地図の描き方全てがその地図の使用者に理解されやすく描かれるべきだ。プリントのBで野中康史氏がお店のチラシの地図が客目線で描かれるために地図の上が北ではなくなるのは地図の本質を考えれば当たり前のことだと思った。
 要するに、私の意見をまとめると地図を使うものが使いやすいようにその場その場に応じた地図であることが地図の使命であると考えるから、私は全ての地図の方位を北に統一する必要は全く無いと思う。
33 B   7/3
 私は、地図は必ずしも北が上でなくてもよいと思う。
 もちろん日本地図などのような縮尺の小さい地図では北を上にすることは必要だが、私達が普段の生活の中で使う地図といったら、街路マップなどの縮尺の大きい地図である。そのような、ある場所に着くことを目的とした地図を使う上では、「地図の見やすさ」より「自分と目的地との位置関係を正確に知る」ことの方が重要視されると私は考える。そして何より、私たちは普段、北がどちらの方向かなどといちいち意識したりしない。
 「自分と目的地との位置関係を正確に知る」ことが重要視されるということは、カーナビやスマートフォンのマップからも言えるだろう。これらは、自分が動いたら地図上に変化が現れ、自分と自分の周りの道などとの位置関係を分かりやすくなるように工夫されている。このようなサービスが普及しているということは、地図とはあまり縁のない人は北が上の地図を必要としていないということになるのではないだろうか。
 以上のことから、私は北が上でなくても自分の目的に合った地図を利用するのが好ましいと思う
34 B     6/29
私は北が必ずしも北が上で無くても良いと思います。
学生としては、学校や入試などで北が上ではない地図というのは面倒なこともあるし、過去にケアレスミスをしてしまったこともあるので昔は「全部北が上なら間違えなかったのに…」と思ったこともありました。
ですが1人間としては、Bの記事にもあったように“目的地まで、駅からどう行けば良いのか”という目的で地図を見るには駅を中心に、すなわち自分を中心として書いてある地図の方が見やすいです。
Aの“縦横のバランスが悪く…”とあるけれど、自分に必要な情報(ここでは目的地への道順)が大きくむしろ、分かりやすく強調して描いてあるので、私には見にくいと思えません。

ここまで2つの異なる自分の視点から意見を言いましたが「どっちが良いか1つを選べ」と言われたら私は多分どちらも選べないと思います。
どちらにもメリット、デメリットがあってどちらを魅力的に、有効的に思うかはあくまで個人の価値観なので何でもひとつに決めるのは、必ずしも良いとは思えません。
そう思うので、私は『必ずしも北が上で無くても良い』のBの意見を支持します。
35 B     7/1
 地図を使う人にとって「見やすい地図」とはどのようなものか考えた。
  そもそも地図は現在地から目的地までが分かる、ということが重要ではないだろうか。それが分からなくては、もはや地図を使う意味さえなくなってしまうと思う。また、なかには方位がどのようになっていてもあまり問題にならないものもある。   何年か前、北が上になっている地図を使って目印である場所から目的地まで行こうと思ったのだが、そのまま使用すると進むべき道が南を指していたらしく、そのことが逆に混乱を起こしてしまい、迷ってしまったことがある。もし、南を上にしていれば、このようなことは起こらなかったはずである。
  また、Aの記事には、「『にぎやかな駅前を下に持ってきたほうが、わかりやすいはず』といった理由」とあるが、その「にぎやか」と「駅前」という言葉は、見る側の立場としては、非常に分かり易い立派な地理的特徴である。それを基準とするのだから、これこそ「見やすい地図」と言えるのではないだろうか。
  確かに、基本的に地図の上は北を指しているべきであろう。しかし、それにばかり固執してしまうと自分で方位をいちいち確認しなくてはならない、という時間と労力の浪費が起こってしまうのではないだろうか。
  それならば、北が上でなくても、位置関係が正確に分かるものの方が「見やすい地図」であると思う。
36 B      7/6
 北に統一すべきとおっしゃっていた方は不動産でした。物件を扱う方は地図に慣れているでしょうし、きっと机の上で扱うことも多いのではないかと思います。
しかし、それを普段の生活に当てはめてもらったら困ります。
 私が小学生一年の頃近くに大きめの公園がありました。そこの地図は不動産の方が希望する通り全て北を上にして描かれていました。その結果、ある十字路では完全に実際のものとは左右対称になってしまい、迷う人が多発しました。慣れている人でさえ、戸惑うことが何回かありました。
 自分の手元でひっくり返せる紙の地図ならまだしも、固定された掲示板で北に統一されると余計にややこしくなってしまうのです。
 『賑やかな駅を‥‥‥』というのは、地図が必要な人間はその場所を知らない人が大多数だからではないでしょうか。自分がいる位置もわからない部外者にとって、駅は分かりやすい基点になると思います。そこを訪れるとき最初にいる場所である確率も高いです。
 事務的に使われる地図と、生活に使われる地図は、またもって動ける地図と掲示板のようかな地図では違いがあります
 よって、私は地図を北に統一すべきではないと思います。
37 B       7/7
 私はBの意見を支持する。
 地図には多くの種類があり、その用途によって形式や表現方法が違う。Aの意見は北を上にするのを徹底とあるが、実生活上では方位を重要視して目的地にたどり着こうとしているのではなく、周りの建物などを目印にして行く場合がほとんどなのではないだろうか。現地にいなくて、ただ漠然とみる地図なら北を上に徹底したら分かりやすいだろうが、具体性を持って使うとき、北と言われても目には見えないし、目で見えるものの方が利用価値があるのだと思う。
また、私には北が上の徹底をする必要性がまったくわからない。北が下に書いてあるほうが読みやすい人だっているだろうし、Aの意見はあまりにも主観的すぎると思う。
 さらにすべての地図を北が上に徹底すると、例えば道路標識はどうなるのだろうか。車を走らせている間に瞬時に判断するのに使うのに、いちいち方位にこだわっていたら、頭が混乱して正しく読めなくなってしまう。
そもそも、地図において基本は北が上という原則があり、あえてそうしていないというのは何らかの意図があってのものであり、わざわざ見やすくわかりやすく変えたものを無理に原則をおしとおす必要性は感じられない。
 地図で重要なのは方位ではなく、目的との位置関係だと思う。
38 B        7/8
 私が見やすいと感じるのは、その時々に応じて上の方位を変える地図だ。
 Bの例で出されたように、街路マップは自分の場所と目的地の位置関係が重要である。基本的に街路マップを見るのは目的地への行き方がわからないときに見るもので、必ずしも方角がわかっているとは限らないし、街中なら方角を知る必要もあまりない。普段から方角を気にして過ごしている人は少ないと思う。
 もしも自分が行きたい方向が地図とずれていたら頭の中で回転させなくてはならず、これは意外と難しいことだ。私は、地図は見やすさを重要とするものだと考えるので、見やすくするためには必ずしも北を上にする必要はないと思う。
 しかし一方で、方角が必要なところでは地図は上を北に統一した方がいいと思う。特に山は常に方角が必要だし、紙の地図ならば地図自体を回転させれば見やすくなる。もし南東などが上になっていたら、それはそれで見づらいと思う。
 このような理由から私は地図の上を北に固定する必要はなく、時によって使い分けるべきだと思う。
39 B        6/30
私はBの意見を支持する。なぜなら、「地図の上は北」である必要性を感じないからだ。
確かに、地図帳など、1冊の本になっているものは全ての地図において、方角を統一した方が見やすい。しかし、お店のチラシやウェブに掲載してある地図の方角を統一する必要がない。また、北を上にするから見やすくなるという事もない。もちろん、北が上であるからといって、問題がある、とかそういう事でない。だが、私たちに必要な物は、より実用的かつより分かりやすい地図なのだ。
私が普段、そのような地図を用いる時、目印となるような場所を探したりはするが、どっちが北でどっちが南なんて事はしたことがない。それは、日常生活の中で方位磁針を使用したり、方角を意識する事がないためだ。
このような時に北を上にするメリットはどこにあるだろうか。例えばカーナビの地図も「上は北」と統一したらどうなるだろうか。場合によってはものすごく見にくいだろう。
地図とは、人が生活する上で、ものすごく便利なツールである。人の役にたたなければ、地図としての存在価値が軽減してしまう。そのため、体重Bの記事にあるように、使う人にとっての分かりやすさを優先させれば良い。
40 B       7/8
 私はBの意見を支持する。
 私たちは新しい場所に行くとき、よく地図の世話になる。地図を片手に、辺りをキョロキョロと見渡しながら目的地を探したというのは、誰もが経験したことがあるだろう。
 さてそのとき、私たちはコンパスをもう片方の手に持っていただろうか。
おそらくほとんどの人がコンパスなんて持ち歩いたことがないだろう。
 地図を使って目的地に行くとき、私は
  ・今自分がどこにいるか
  ・どの方向を向いているのか
という2点を気にする。
 どの方向といっても地図上の上下左右のことであり、東西南北はあまり気にしない。わざわざコンパスで北を見つけなくても地図にある目標物を見つけて地図をくるくる回せば問題はないと思う。
 ただ反対にちゃんと方位を確認し北が書いてある方がわかりやすい人(つまりAを支持する人)がいるので、地図に方位を記したり、北を上にして書くのもいいだろう。
 Bを支持する人にとっては方位が記してあっても北が上でもあまり関係が無いのだから。
 また最近は紙の地図というよりスマートフォンなどで簡単に調べてナビとして使うことも増えていると思う。
 これからどんどん紙の地図が液晶上の地図に変われば北が上であること、自分がどちらの方向を向いているのかなど考えなくてもよくなるかもしれない。
41 B    7/1
 私はBの意見を支持します。なぜなら、地図は自分の欲しい情報、あるいは提供したい情報によって使う目的が違うと思うからです。
 例えば、日本で売られている世界地図だったら、多くの人が大陸や海の位置を理解するためという点では、方角は地図によってバラバラにするより、北に統一した方が見やすいものとなります。
 しかし、住宅地図では、その地図を利用する目的に合わした方が使いやすいため、使う人が利用しやすいように作成した方が、多くの人が理解しやすいものとなります。
 また、もし方角を統一するとなると、既存している地図を利用していた人達から新しい地図が読みづらいという人もでるだろうし「自分用の見やすい地図」を作る人も出てくる等が起きるだろうと思います。
 そして、今世界中に散らばっている「上が北でない地図」の処理方法をどうするのか、統一というだけでは現実的にも難しいと思います。
 よって私は地図の上が北である必要はないと考えます。

5組
授業日の関係で、配布が7月2日になりました。
1 B       7/7
 私はBの意見に賛成する。北が上の方が良い場合と、そうでない場合があると考えたからだ。
 例えば世界地図や日本地図といった縮尺の小さな地図は北が上の方が良いはずだ。何故なら、これらの地図は北が上であることが一般的だからだ。私はオーストラリアで使われている南が上の世界地図を初めて見た時、違和感を覚えた。自分の頭でイメージしたり、異なる視点から地図を見ることも大切だと思うが、やはり地図においては見やすさを追求した方が良いと思う。
今までとは逆に、街路マップのような縮尺の大きな地図は必ずしも北が上でなくて良いと思う。このような大縮尺の地図は、実際に自分が地図上の任意の場所に存在する時に使うことが多いはずだ。その時自分が向いている方角を上とする方が見やすいのは当然のことである。
 以上の点をまとめて、北が上の地図の方が普遍的であり、様々な地図の利用目的に対応しやすいが、利便性などの面で考えると、北が上でない地図の方が良いことも多くあるということだ。
 地図とは自分が使いこなせなくては意味がない。目的に応じて使い分ける為にも、地図は必ずしも北が上でなくて良いと思う。 
2 B       7/8
Aについて、僕がこちらを支持せずBを支持するのには二つ理由がある。
 まず、Aでは地図が見にくい事のある理由をいきなり、街図の方位が一致してない事にあると決めつけている。なぜ「Nマーク」が下の方向にあると解りにくいのか、その理由にはほとんど触れずにいきなり「読みにくい」と言ってしまっている。
 確かに、Aは「地理で習う教科書や本屋で売っている各種地図」を例にとって北が上になっていない地図の解りにくさを伝えようとしているが、これらの地図は比較的小縮尺な地図である事が多く、こういう地図は普段の、道を調べるという用途とは違い、都市や国の位置関係や、地形を確かめる事に用いる事が多く、このような地図の上側が北である事は、大縮尺な街図の上側を北にする事の必然性には繋がらない。
 またAでは「見やすい地図」という物の定義を決めていない。対して、Bでは「地図の利用目的は様々」とした上で、見やすい街図を「現在地と目的地の位置関係」がはっきりしているもの、と定義しそれについて述べている。この点でもBの方がより「見やすい地図」に近い感がある。
 次に、Aでは北が地図の上になっていると解りやすいと述べている。例えば、本当にそうだとしても、北がどっちかをどうやって知るのだろうか。方位磁針と言う物がある事は人間が特定の場所以外では方位を性格に知る事ができない事を表している。もしすべての地図が北を上にしたら、僕達に地図とともに方位磁針を携帯する必要が生まれる。方位磁針が指し示す方位の変わりに、目印となる物や進む方向と一致した道を配置したのが街図である。方位という概念を視覚的に目立つ物で置換した物が街図であるのだから、街図の方位がバラバラなのはある意味必然と言える。
 以上の事から、僕はAを支持する。
3 B       7/8
僕はBの意見を支持する。
Aの意見は、主観的すぎると思う。確かに、複数の地図を使用する時や統計に使用する時など、「地図の上は北」と統一されていたほうが見やすいこともあるだろう。しかし、Bの意見にあるように、「地図の上は北」でないほうがよい場合も少なくないと思う。
北が上に描かれている地図でも、実際にそれを使って移動する時は、回転させるなどして、自分の歩いている方角にあわせて利用することはないだろうか。北を上にしたまま使う人のほうが珍しいと思う。
これはBの意見にあったことにも言えるが、地図を北が上のまま使うのが使いずらいのは、実際に見える光景と、地図に描かれていることが、一致しずらいからではないだろうか。つまり、地図は、使う人が実際に見るものと、地図に描いてあるものが、一致すると見やすいということだ。
地図の上が北で統一されてしまうと、実際と地図との方角の違いに混乱が生じ、両者を対応して見ることが難しくなってしまうのではないだろうか
世界に目を向ければ、もっといろいろな地図がある。南半球には、上下が反転した世界地図があるし、また、両極では、方位は一つしかない。
方位以外でも、図法がいくつもあるなど、地図は様々なものがある。これらの特徴の違う地図は、それぞれ違った用途に使用するために生まれた。
同じように、上を示している方位の違う地図も、違った用途のために作られたものである。地図は、形態を変えるだけで、見やすさがかなり変わるものである。だから、地図は、図法や方位など、用途に応じて上手に使いわけるべきだと思う。
4 B       7/8
 私は、中野氏の「地図の上は、必要に応じて必ずしも、北でなくてもよい。」という意見に賛成します。
 文章から推測するに、佐々木氏は、不動産業に就いていることもあり、かなり地図に強いということが読み取れます。佐々木氏のように地図に強いひとは、方位磁針がなくても、いつでも自分の向いている方角がわかるはずです。なので、そのような人たちにとっては、常に地図の上が北になっている方が見やすく、他の地図と見比べたときもみやすいはずです。
 しかし、世の中には、常に自分がどの方向を向いているのかわからないひともいます。つまり、方向音痴のひとです。私もそうなのでとってもよくわかります。そのような人たちにとって大切なのは、自分の向いている方角よりも、今自分の視界に入っている建物は何なのか、この建物と他との繋がりは?ということです。そのような場合、地図は、自分の向いている方向とは、関係のない常に北が上の地図よりも、自分の向いている方向が上を向いている地図の方がみやすいことが明らかです。
 確かにそのような地図は、他の地図と見比べにくいという大きな欠点があります。しかし、その欠点は地図が得意な人たちにとっては「気持ちの悪い地図だ。」というくらいなものだと思います。だから、そこは地図の得意な人たちには、我慢してもらいたいと思います。
以上より、私は地図の上が北になっていない地図があっても、いいと思います。
5 B       7/8
地図は北が絶対に上である必要は無いと思う。確かに職業上の必要性や地図としての正しさとして北が上であることは大切だと思う。しかしだからといってすべての地図において、北が上である必要はない。その地図に求められていること、伝えたいことによって、地図のある向きを上にしたり、進行方向を上にしたりしてもよいと思う。たとえば、北が上に描かれているが向きとしては違う方角にある周辺案内用の地図や、ずっと北を上のままのカーナビがあったらとても不便だろう。
また、南半球にいる場合によっては北が上の地図よりも南が上にある方がいいだろう。そもそも南極点を中心にした地図と北極点を中心にした地図の場合、全方位が北または南になり北を上にすること自体が不可能な場合もある。
これらのことから地図は時と場合によって、地図を見ている人から見やすい方がよかったり、北を上にできなかったりする。故に、地図の北が必ずしも上であるというのは行きすぎた表現であると思う。
6 B    7/2
 この2つを見た結果を考え、私はBとする。Aの方は少々極端な意見ではないか。ここに示されている例は公的な地図である。こういった地図では(見やすいかではなく)正しくないと文句が市役所などに行ってしまうので仕方がない。また大衆が見る地図である。だからこそ見易さを犠牲にして、一般的な地図にしているのである。
 地図は絶対的なものではない。使い方によって姿を変える相対的なものである。例えば直線の道路が波線省略されているのを見たことはないだろうか。例えばそこまでに通る間の道と目印しか描かれてない地図を見たことはないだろうか。方角を変えるのもこれと同じ類のものではないだろうか。Bで「自分の進みたい方向と、描かれた地図との方位のずれを頭の中で変換させ」るとあるがこんな事七面倒なことやりたい人が居るだろうか。だからこそお店で配られるチラシの地図は高い割合で店から出た時の方向で描かれている。
私は地図は使用者に分かりやすく作られるべきであり、作成者は使う人のことを考えるべきだと考えている。だからこそ方角が変わる事があるのは当然のことだと思うのだ。
7 B       7/8
 自分は地図は必ず上が北である必要はないと思う。
 もちろん、いわゆる「地形図(一般図)」や、統計とか教科書に使われる地図は北が上である必要があるだろう、統一された全体の形のイメージを作る上で、上にくる方位を一つに決定するのは重要である。
 しかしAの意見に出ている「お店のチラシやウェブに掲載されている地図」は、そのような目的に使われているわけではないし、このような地図は、見た人が正確に目的地にたどりつければ「正しい地図」として良いのではないだろうか?
 実際自分も、北が上の地図を使って道を調べたとき、自分の進行方向に回して地図を使った、単純に地図の上が北ではない理由は、こういった手間を省くためというのもあるだろう。
 ウェブなどの地図では、回せないこともあるからなおさらだ。
 また、「縦横のバランスが悪く、目標物が適切に入っていないこともあるが」と書いているが、これは地図の使い方、作り方が悪いだけに思える。
 「地図は必ず北が上だ!」などという考え方は、地図の機能やそのほかの価値をどんどん損なっていくのではないだろうか。
8 B       7/8
場所によると思う。
地図の役目は、場所(駅など)に着いた人があるもの(店など)を探してたどり着くためのものと、そもそも場所にたどり着くためのもの、など本当に様々だ。
例えば前者の場合に使われる地図なら、北を上に書く必要は全くと言っていいほどない。
例のように、駅からとある店を探すのであれば、駅の出口を下、ないし上など端の方に書き、そこから道などをみれば分かりやすいし、角へきたら自分の進行方向に合わせて地図の向きを変えるだろう。
しかし、後者のように、大きなスパンで地図をみるときなどは、前者でいう駅などの目印、すなわち地図の基準となるものがない。
そういう場合、どの向きに地図をみるのかを統一するという意味では北を上に書くというので統一するというのは十分意味があることだと思う。
そもそも何故北を上に書くのだろう?オーストラリアなどでも、実用されている地図は北を上に書いてあるらしいから、北半球だからというわけではないらしい。
そんな、何故北を上に書くのかもわからない僕自身、やはり地図は北を上に書く方が自然な気がしてしまう。慣れとは恐ろしい。
北を上に書く方が使いやすいのか否か。それは最初に書いたカーナビを例にとるとわかりやすいのではないだろうか
カーナビでは、目的地を設する画面では北を上に表示してあり、
いざ走り始めると、常に進行方向が上になるように地図が回転してる。
このように、場合によった柔軟な使い方が最も大事な事だとぼくは思う。
B       7/8
僕は、北が上にない地図があっても良いと思います。
 Aの方に書いてある、本屋で売っている地図や、教科書の地図は統一性を持たせる為に北が上の方が分かりやすいとは思います。ですが、お店のチラシや立て看板の地図は今向いている方向が上になっている方が理解しやすいと思います。何故かというと、誰もが常に方位磁石を持っているわけでも、絶対に北が分かる、というわけでも無いからです。
 もし、Aにあるように立て看板や、お店のチラシの地図の上が北の時、地図と自分の向いている方向が一致せず、一々方角を確認しなければいけないと思います。それには時間がかかってしまうし、少し見間違えてしまうと迷ってしまう、という可能性もでてくると思います。
  一方、使う人にとっての前が上にきている地図だと、右は右、左は左といったように、自分の向いている方向と照らし合わせて見るのが簡単です。
  僕も実際、友達の家に行く時、住所しか分からない時があったのですが、その際近くに地図の立て看板があり、その上が自分が向いている方向で、おかげであまり迷わずに友達の家に行けた、という事がありました。この時の地図がもし北が上だったら、周辺が理解できず、迷っていたかもしれません。
  以上の経験からも、僕は地図は必ずしも、北が上を向いている必要は無いと思います。適材適所があると思います。
10 B       7/8
僕はBを支持します。
なぜならAの主張は不動産の職に就いている人の意見であり、世間一般の見方とは少し違っていると考えられるからです。例えば、不動産の仕事で扱われる物件にとって方位は最も大切な要素の一つであり、それについて常に考える必要があります。そのため、彼らにとっては方位を統一することによって物件の価値を判別したりする機会が多くあります。そのため、全ての地図が北が上を示すことを求めることはごく自然なことなのだと思います。
しかし、地図の利用目的は様々であり、店にとって利益になるような地図を作らなければ作る意味が無いと言えます。だから、客が来やすいような地図を作ることが大切なのであり、決して北が上である必要はないと思います。
11 B       7/8

 僕はBを支持する。地図には、一般図と主題図というものがあり、一般図のように、いかに正確に地球表面を縮尺し表すかというものを大切にしているものもあれば、カルトグラムなどといった変形させた地図などを含む主題図も存在する。いずれも、あらゆるニーズに合わせて作られ、また、必要に合わせて使い分ける必要がある。

Aを投稿した佐々木さんの文章の冒頭には「仕事柄」と書かれている。彼は不動産業であることが、この場合重要になるであろうと考える。不動産業では、土地の売買なども行われる。土地の比較なども行われるであろうし、その場合、一般図では正積図法やメルカトル図法、主題図では土地利用図などがつかわれるだろう。これらの地図の性質を考えたとき、彼の仕事においては、北が上のほうが使いやすいと思われる。そのため、そのような地図に慣れている人にとっては、街路マップは見にくく感じるであろう。だが、これを根拠とすると普遍性に欠けてしまうと思われる。彼の仕事柄の延長線上からの意見は中立的な観点からの主張ではないと言えるからである。

一方、Bの野中さんの主張は、地図を客観的にとらえ、その地図を使う人の立場になって考えており、中立的な観点からの意見だと言える。

もっとも、彼らの論じていることは、地図はわかりやすさや見やすさが大切であるということである。そう考えるときに、Bのほうがより具体性に富み、説得力があると考える。

以上の理由より、僕は、地図は必ずしも北が上である必要はないと考える。

12 B    7/6
 Bの「北が上でない地図あってよい」を僕は支持する。Aにあるように「上は北の徹底」をすると、確かにそれぞれの地図による方位と「上」のズレはなくなり、また、日本地図上、地球上で自分が現在どの県、どこの国の方を向いているのかは一目瞭然になる。がしかし、「歩道上に建ててある街路マップ」を見る人はそもそも北がどの方向かわからない人である上にその人が今知りたいのはそのような超広範囲のことではなく目的地への行き方であり、高々数kmの道のりなのだ。
 当然の事ながら日本地図と街路マップの用途は違う。そのため、仮に用途が違う二種類の地図の上を北に統一したとしても、見やすくなるという事はないのである。
 寧ろ、見知らぬ土地の街路マップを見る際に機械的に 北が上になっている地図だと、他にわかりやすい目印がない場合、方位磁針を持ち歩くか、名探偵コナンのように腕時計の短針を太陽に向けたとき12時と短針のなす角の二等分線がおよその南北方向であるという事実を使って北を割り出し地図上の北と照らし合わせ目的地の方角を確認するなどでもしない限りは思い通りの方向へ行けなくなり途方に暮れかねない。その点、自分から見たガイドマップの方角が地図の上になっていると、方角に関しては何の問題もなく目的地まで進む事ができる。
 このメリットだけでも必ずしも北が上である必要のない十分な理由となると思う。
13 B        7/8
確かに、佐々木氏の言っているように不動産のような条件を一律にしなければ比べにくいものもあるかもしれない。しかし、野中氏の言っているように目的と地図のズレを修正していると、わかりにくい地図になってしまうのではないだろうか。そもそも、佐々木氏の言っている北が上にある教科の地図というのは、街路マップと比べ小縮尺なので例をあげるとするなら地球規模で地図を見るために方位がまちまちだと逆に困る。街路マップのような大縮尺の場合は、方位よりも各目的に重点が置かれているため方位は関係ない。さらに、佐々木氏は「立ち位置通りの地図は理解しやすいが、読みにくい」(1部省略)と言っている。これは、ある意味矛盾してはいないだろうか。読んでから分かる=理解とはならないだろうか。前述の通り、目的地に行くための地図にはこれでじゅうぶんではないだろうか?その例として、カーナビがある。あれは、自分が向いている方向が上にある。そのことによって、自分が何処にいるかを、はあくしやすくするのではないだろうか。逆に、北が上にある地図をそのようなことに使うと、自分が何処にいるかを把握しにくいだろう。また、地図を読むのが苦手な人もいる。なので、目的ごとに向きをかえるような普遍性のある地図が求められている。佐々木氏の言うように、北が上にある地図は、一目見たときは、見やすい。しかし、これは徹底すべきではない。
14 B    7/3
 僕はBの意見に賛成だ。そもそも、投書に出てくる「見やすい地図」とはなんなのだろうか。僕は何を基準に「見やすさ」考えるのか、つまり、だれがどのような視点で地図を見るのかということによって変わってくると思う。
 Aの投書での「見やすい」とは、地図を客観的に遠くから眺めたときの見やすさにすぎないと言える。そういった見やすさも大切である。しかしながらその見やすさが必ずしも実際に地図を使う者のとって本当に「見やすい」なのかは分からない。なかなか客観的に眺めても見やすく、かつまた、使い手にとっても見やすい地図はなかなかないと考える。どちらかの要素を削らなければならない。
 では、どちらを優先させるべきか。それは地図が誰のために存在するかを考える事で答えが得られると思う。地図の美を地図を遠くから眺めることで、見いだすという人のためとも言えるかもしれない。しかしながら、メインは、地図を利用する者だろう。となれば地図を使う者の身になりその視点から「見やすい地図」のあるべき姿であろうと思う。であるから、駅から歩くことを考慮して、店の位置をわかりやすくしようとして北が上でない地図があろうとも、否定する理由は見つからない。
15 B        7/8
僕は、北が上でない地図があってもよいと思う。まず第一に、佐々木氏の言いたいこともよくわかるが、彼の意見は不動産業をしている者ならではの意見であり、一般的な人の意見ではない。第二に、実際日常で街の案内板を利用することがあるが、その時に、上が全て北であった場合、どうだろうか?個人的にはとても見づらいと思う。確かに、手持ちの地図であるならば、自分で地図の向きを変えられるため、全て北を上に統一しても良いと思う。だが、街中にある案内板などにおいては、もしも上が全て北となった場合、見るのがとても大変になると思う。また、全て北を上に統一した場合、地図の方角のズレを頭の中で修正する必要があり、これはいちいち面倒であると思う。このような地図は、北を上にするのではなく、進行方向を上にするのが妥当だと思う。第三に、僕は地図の東西南北は、地図の用途によって変えるべきだであると思う。確かに、不動産業を営む者にとっては、毎日地図を利用するため、北を上に統一した方が使用しやすいと思う。だが、そうなった場合、やはり他の用途
に使用する時に、なんらかの支障がででくると思う。よって、僕はこれらの理由から、北が上ででない地図があってもいいと思う。
16 B    7/2
 Aが主張する北の方がいいと言うのは、彼が不動産業に就いているから、不動産で重要な南の位置、また面積の情報を統一してほしいという事なのではないか。ところでBが主張しているようにお店のチラシには、どこが南でこの建物が何uなのかはどーでもいいのだ。彼が主張しているよう、その地図を作って店に行きやすくならなければならないのに、方角を分かりやすくしてどーすんだ!?店は店に来てほしいのであって、不動産業の為に作っている訳ではない。よってBが主張するよう地図を作る所にとって、利益になるよう作るべきだし、そうしないと作らなくなるだろう。
17 B    7/3
 自分の趣味なのですが、知らない場所を散歩するのが好きなのです。いつもそのときは地図を見ずに、気の向くままに歩みを進めるのですが、結局最後は地図を見ないと帰れなくなります。
 そのときよく使うのが、その地域の地図が示された立看板(Aの方の言う、街路マップ)です。大概、大きな店の名前と道しか書いてないあっさりした地図ですが、迷ってしまったとき、あるいは帰るときにはとても便利です。
そのような地図は、大概現在地点を元に考えられている地図なので、必ずしも上が北とは限りません。
この前もバレー部のマネージャーとして部活の大会の申請に行った際、初めての土地で、事前に家の地図を携帯の写真で撮ったのですが、迷ってしまいました。
そのときも立看板を偶然見つけ、その結果目的地までたどり着くことが出来ました。
 確かに、北が上でないと分かりにくい場合もあります。とくに書店で売っているような日本地図などは、全ての向きを統一しないと遠出をする際などにとても不便です。
 しかし、自分の例のような、すぐに場所を特定しないといけないようなとき、また、現在地点から目的地までどの方向に進めばいいときは、必ずしも北でないといけないわけではないと思います。
 自分の地点から見て真南にある目的地まで北が上の地図を見ながら進むのはどうにも非合理的な話だと思います。
体験談があると本当に強く言えることです。立看板は地図と違って動かせないので、現在地点で向いている方向と逆向きの地図が描かれていると、自分がその場で首を回転させるなど、おかしなことをしてしまうことになります。それもまた変な話です。
「 地図の上は北」と徹底されると、不都合が起きてしまうことが多々あるということです。人には人の考え方があるとは思いますが、用途に合わせた地図が存在すべきだと自分は思います。
 まぁ、迷わないことが一番なんですけどね。
18 B       7/8
新 聞A、Bを読んでみたところ、Aの方は「地図の上は北」というのを主張しているが僕が思うに、それは自分が楽に仕事をできるようにしたいだけなのではないかと思う。もちろん、仕事を楽にするというのは大事だが、地図は見る人が簡単にわかるようにして描くべきものだと思う。つまり、「北が上でない地図」があってもいいという主張を支持する。
 なぜかというと僕は昔カーナビでそのようなことを経験したからだ。 小学5年生のころ、家族で北海道へ旅行したときに移動のため車をレンタルしたことがある。車を借りて、父が車を運転しているときカーナビは常に北を向く設定になっていた。父が指定した場所に行こうと南へ運転していたとき、右折のところを誤って左折してしまったのだ。そして父は進路を間違えたことに気づき、進路変更をしてカーナビの地図を車の進む方向が上になるように設定した。このことを今でも覚えている。そして、北が上の地図はカーナビには適さないと感じた。
 そのため僕はカーナビのように、体の正面が向いている方角が上の地図が見やすいし、目的の場所にも行きやすいと思う。 
 北が上の方が見やすいという方もいると思うが、僕は北が上でなくてもいいと主張する。
19 B        7/8
私は、必ずしも「地図の上は北である」という必要は無いと思う。
つまり記事Bを支持する。(ただAかBかといえば)自分が地図を使う時に自分が進むべき方向と地図の上が一致していなかった事がある。
これは言うまでもなく、地図の上が北になっていたからである。この様な場合、地図を回転させたり頭の中で方位を理解したり、自分で一手間をかけて理解し地図を利用しなければならない。地図の上が北と統一し徹底することによって地図の使いかたが難しくなっている様に感じる。記事Aのような考えは、地図が苦手な人が多い事の一つの原因でもあるだろう。
記事Bの筆者の野中氏や多くの生徒の意見に書かれているように、まず地図において一番重要なことは‘見やすいこと’つまり‘地図利用者にとって使いやすく、行き先までの道が伝わりやすいこと’ではないかと私も考える。
こう考えると、地図利用者が進む方向を上にした方がはるかにわかりやすいし使いやすい。確かに北が上という地図の性質が失われると汎用性がなくなり、大きな‘地図’という点では統一生がなくなり色々使いにくかったりするのかもしれないが、‘人を目的地まで導く’という地図本来の目的に立ち返って見ると記事Bの方が良いと私は感じた。
最後に、AでもBでもないことを少しだけ…
現代社会でのスマートホン・タブレット端末の普及率は恐ろしい勢いで増えている。こういった点で考えると紙の地図は無くなり、方位など関係ない自分の進みたい方向を示してくれる新しい形の地図が生まれ普及していくのでは無いだろうか。地図から方位が消えてしまう未来があるかもしれないと思う。
20 B      7/8
 Bを支持する。
 まずA、B両者の意見として、地図は地図を読む人にわかりやすい必要がある、ということを述べている。
Aの著者は「方位がバラバラだから」見にくい、「北が南側に書いてある地図は読みにくい」と述べているが、街路マップなどの場合、地図の北を気にすることはないと思う。周辺の建物などで目標地点を判断するからだ。無理矢理北を上にしてしまうと地図を斜めに持つ必要があり見にくい。Bの著者が述べているように「そのまま前を見つめる方向を上に描いた方が、はるかに見やすい」、つまり地図を読む人の視点に合わせ、上をその人の「北」にすべきだ。
 しかし山を登る際にはコンパスを使うため北が上の方が見やすい。常に方位を基準にする必要があり、またあまり周辺の建物を気にすることがなく、この場合、北が上の方が使いやすいからだ。
 また、「本屋で売っている各種地図は全て北が上として記載されている」のは地図を読む人がその地図のどこにいるのかわからず、自力で場所を特定してもらう必要があり、この場合は北が上でいい。
 以上のことからAの著者のように必ずしも北を上にする必要はなく、Bの著者が述べているように「使う人の分かりやすさを優先させ」、地図の形を変えてもいいと思う。
21 B       7/8
私はBが正しいと思います
なぜなら私は地図は、目的地を知るためにあるものだと思うからです。
最近私は携帯でよく地図を見ますが、目的地の方向にあわせて地図を回すことは、あたりまえで、もしも北がいつも上にあったら、私は携帯本体を回して見るしかありません。確かに北が上の地図でも目的地にたどり着くことはできます。しかし、その地図が必ずしも見やすいと言えるでしょうか?私はそうは、思いません。
 また、Aの投稿者の佐々木さんは、自分の立ち位置の通りの方位になっている地図を多くの場合理解はしやすいが読みにくい、と述べています。私は、その考え方自体が間違いだと思います。街路マップは、目的地と自分の立ち位置の関係を理解するためにあります。ですので、街路マップにおいては地図を理解出来れば「読む」必要などありません。私は方位すら、必要ないと思います。
地図は、もっと自由であるべきで、方位に束縛されるべきではないと思います。地図は、目的に合わせるべきで、その目的に合っているのなら実際と同じでなくともいいはずです。
 以上の理由より私はAは間違いでありBが正しいと思いました。
22 B       7/7
「地図を使う人にとってのわかりやすさが一番大事」
 私は北が上でない地図があっても良いと思う。なぜなら、使う人のにとっての分かりやすさが、もっとも重要だと思うからだ。
 カーナビを例に挙げて考えてみた。私の家の車に搭載してあるカーナビは車が進んでいる方向を上に表示する。そうすることによって、ドライバーは次どちらに曲がれば良いのか即座に判断できるのである。それが常に北が上の表示だったらどうだろう。南に進む場合、車を表すマークの先端が、下を向くことになる。その際右折するとなると、車自体は普通に右折するが、カーナビに表示されている地図上ではマークは左側に動くという一見難解なことがおきるのである。もちろん、よくよく頭を使って考えればカーナビの表示に間違いはないのだが、運転中でさまざまなことに木を配っているドライバーが瞬時にそれを判断できるかというと少々疑問である。だから、この場合は北が上と決め付けた地図よりも、進行方向を上にした地図の方が便利でかつ見やすいのではないかと思う。
実際私も地図を片手に目的の場所まで歩いていくときには、進行方向を上にして地図をくるくる回しながら道をたどっている。
 カーナビは一例に過ぎないが、街路マップなどでも同じであろう。今自分がたっている場所に対してどちらが北かなんてたいていの人は意識していない。しかし、不動産屋の地図やや授業で使う地図長などは北を上に固定するのが良いと思う。住居を決める際まだ土地勘はない人が多いだろうし、日当たりなどの問題で方位はとても重要だからである。また授業でも北が上に固定されていないと、何十人を一度に相手に話をするのは難しい。
 したがって時と場合に応じ、使う人が困らない地図を使うのが一番良いと思う。
23 B       7/8
小中今までの教育過程において、地図の上は常に北を示していてかつ、方位記号の矢印は常に上を向いている地図帳や教科書を見てきた私達にとって、゛地図の上が北゛であることはもはや一種の固定観念になっている。
実際、私も日常生活の中で様々な地図を目にするが、方位など関係の無い位置関係を示す地図を見る時でさえ、頭の片隅には常に「上が北」という思考が働いている節がある。だが、上で書いたように、位置関係を示す地図において、方位関係を正しく認識することはあまり意味を持たない。何故なら街中で、現在地と目的地との位置関係、つまりは道筋を知りたい人物が方位磁針を持ち合わせていることなど、まず無いからだ。自分の向いている方向の方位が分からない者にとって北がどちらであるかなど最早無意味であり、大事なのは自分の進む方向はどちらなのかということだ。この場合、自分が前を向いている方向を上にしてくれている地図の方が断然親切である。
私がついこの間見た広告看板にいい例があった。駅の南口を降りて、これから真っ直ぐ南に向かう人間の目の前に、北口側に店を構える飲食店の看板広告があり、それに店までの地図が描いてあった。この時、この地図の上が北であったらどうなるだろうか。きっと頭の中で地図の北と南を上下逆に変換しなければ、この店には辿り着けない。
分かり易さが重要な広告において、これは致命的だ。
この事からしても、゛地図の上が必ずしも北でなくてはいい゛ことの重要性が窺える。
24 B        7/8
 Bを支持
 私は、A、Bそれぞれの記事を読み、地図の上は北であるべきなのか考えた。
確かに私は学校で「地図は北を上に書かれている」と教わった記憶があり、自分の中でもいつも地図を見るときは上が北と思いながら見ていたので、地形図やマップなど見る人、その時によって見てる方向が様々な時は統一するために「北を上」にするべきだと思うが、私は全ての地図がそうでなくてもいいと思った。
 地図はいつも専門家や地図に詳しい人だけが見るものではなく、子供からお年寄り、また用途も様々である。
 例えば街路マップでは、目的地までの道のりを確認するために現在地とその周辺の目印となる店を照らし合わせて方向を確認するが、そういった時地図が自分の立ち位置通りだと分かりやすい。
 このように地図は時、利用者、目的などその場その場によっていろいろな使い道があるので地図も用途に合わせていろいろなものがあっても良いと思う。
 なので私は北が上でない地図も必要だと考えた。
25 B        7/8
私はBの意見を支持する。
 なぜなら、現在地から見た方向で描かれている地図がわかりやすいと思うからだ。自分がどの方角を向いているのかわからなくても利用でき、とても便利である。
 道の途中によく地図が立っているが、その中に、古いものでは北が上になっている地図があり、苦労した覚えがある。そのような地図は自分で手にとって回すことができず、進みたい道が複雑だった場合頭の中で対応しきれない。
 しかし、固定されていない地図、例えば看板ではなく紙のようなものであれば、「北が上」で統一しても構わないと思う。各自自分の都合に合わせて地図の向きを変えられるからである。Aのように不動産業をされている方などもいらっしゃるし、縦横の比率と方角が正確な地図も大切である。
 正確な地図が読みにくすぎる、ということはない。たがら、あまりにも手を加え過ぎ、正確さを失った地図よりはシンプルな地図の方が良い。ただ、そのあたりの判断はした上で、誰もがいろいろなことを考え、地図を作っているわけだから、「『地図の上は北』の徹底」は難しい。
 二つの投稿を読んで、地図を利用する人には色々な人がいて、使い方も様々だと知った。利用者が柔軟な対応ができればいいと思う。
26 B        7/8
 私達は「地図離れ」を起こしている。現代では、地図を開かなくとも電子機器のボタンを押すことで現在地や目的地が短時間で確認できる。現代人は、「現在地が見にくい」ことを理由に地図を開かないのだ。
たとえば、街路で地図を必要としている状況に置かれたとしよう。隣には、現在地が「南」という事を示している標識が建っている。いかに早い速度で現在地や目的地が確認できるのであれば、どちらの地図の方が能率的だろうか。
Aの地図の場合、四方位はテンプレート化されており、時間を掛けて現在地を確認しなければならない。その上、地図を回転させながら目的地に難なく到着できるルートを考えなければならない為、時間が掛かってしまうだろう。
しかし、Bの地図は「南」を上にし、現在地を中心としている為、いとも簡単に現在地が確認できる。また地図を回転させなくても良いので、目的地もすぐに分かってしまうのがこちらの地図だ。
 このように比較してみると、Bの地図の方が様々な面においても能率的であると考えられる。利用者本人にとって見やすい地図の方が、私達の「地図離れ」を解消してくれるのではないだろうか。
27 A      7/7

 私は、投稿Aを支持します。
 私は携帯をスマートフォントにしてから、NAVITIMEという地図アプリをよく使うようになりました。ですが、アプリの不都合で目的地にたどり着けないときは、街にある街路マップなどを見ることがたまにあります。個人的には、NAVITIMEか示している道と、街路マップを照らし合わせて見たいのに、NAVITIMEと、街路マップの地図の上の方位が違うことがとても多く、かなり不便です。これからは!スマートフォンや、タブレットなど紙離れしていくと予想されているので、地図の上は、北にする、といった基準が必要だと思います。

28 B       7/8
 私はB「北が上でない地図があってよい」を支持する。
 地図の上は北であるべきだと主張するAの投稿者は、高い上空から地面を見下ろすように地図を解釈する「鳥タイプ」だと推定する。現在地から南東方向に目的地がある場合、地図の上を北にしたまま目的地までの道順をイメージできる。また、鳥タイプは広領域をイメージしているので、行きとは違う道を地図なしで帰ることができると思う。鳥タイプには、北が上という基準がある方が分かりやすいのかもしれない。
 一方、Bの投稿者は、地面(建物)とほぼ同じ高さから進行方向を見つめる「アリタイプ」だと考えられる。どの道をどちらの向きに進み、どの角でどちらに曲がるということが重要である。角を曲がるたびに、地図を回しながら目的地へ向かう。アリタイプには、自分の立ち位置通りの地図の方がはるかに分かりやすい。
 街路マップが現在地からの方位通りに描かれていることや、カーナビの地図が進行方向に合わせて回転することなどから、世の中には圧倒的にアリタイプの方が多いと思われる。私も断然アリタイプである。
 鳥タイプの人がアリタイプに合わせることはできるが、アリタイプの人が鳥タイプに合わせるのはとても難しい。アリタイプに合わせたやさしい地図が使われるべきだと思う。
29 B        7/8
もし地図は上が北だと決めてしまった場合、どうなるだろうか。
 地図の見やすさについてではないが、世界地図などをみた場合確かにだいたいが北極を上として描かれている。しかし中には南を上として描かれたものも存在する。
地図の中には自国を中心とした地図がそれぞれの国にあるように、自国を上にして地図を作成したいという思いがあってもおかしくない。
これがいつも北半球を上として描かれた地図ばかりであったら南半球の人々はとても不愉快に感じることだろう。
 また、みやすい地図というものもiphoneに搭載されている地図アプリが、自分の立っている向きに合わせてマップが向きを変えるという機能を持っているということからも必ずしも上が北とされている地図が便利というわけではないということがわかる。
 地図は地形や昔の様子を知ることに有効的だか、普段の生活で1番地図を身近に感じるのは道に迷った時である。この時必要なのは必ずしも北が上の地図ではないのではないだろうか。
30 B      7/8
  A.Bどちらの意見にも納得させられた。その上で、もし私の生活圏内でどちらが良いかを選ぶならBの意見を支持する
私が地図を使うのは、例えば駅から目的地までの道筋を調べる場合である。これは一定の場所と場所との間の関係を知りたいのであり、広い範囲での位置関係を知りたいのではない。だから‘自分の立ち位置通りの方位’であるととてもわかりやすい。私は地図を見比べたりすることがないため、北が上である必要性はほとんどない。強いて言えば、北が上に統一されてしまうと困る。このような理由から私はBを支持する。
 しかし、Aの不動産業者さんのように、物件を比較するなどという目的で地図を使う場があると思う。このような場合は一手間加えずに見比べられるように‘北が上’で統一された地図であれば便利だろう。
以上のように、この問題は一概にどちらの方がいいとは言いきれないと思う。やはり使用者の目的に合わせた地図を使うのが一番だろうし、地図の方位云々言うよりも前に自分がどの方位の地図でもスムーズに読み取れるよう慣れることが重要だと思う。
31 B      7/8
 私はBの意見を支持する。なぜならば、世界地図でも正積や正距、正角や正方という性質を使い分けるように、どんな地図も利用目的に応じて縮尺や方位を決めるべきだと思うからだ。
 佐々木氏は不動産業という仕事柄、大きな住宅地図と「様々な会社、お店のチラシやウェブに掲載されている」小さな地図とを見比べる、つまり同じ範囲で表現の違う地図を見比べることが多いのであろう。いくつかのものを比較する場合には、比較したい対象以外は同じ条件であるほうが見やすいため、「地図の上は北」を徹底したいのも理解できる。旅行ガイドブックにある地図や地図帳など、見比べることの多い地図は方位が一致している方が見やすいだろう。それに限らずどんな地図も上が北の方が見やすい場合もあるかもしれない。
 しかし地図の一番の役割は、目的地を分かりやすく示すことだと思う。例えば街路マップなら、掲示板と自分との向きが同じであると見やすい。また上記の小さな地図などには目的地までの道のりに必要な範囲だけ載せれば良いので、方位は考えずに用紙のサイズに対応させることも見やすい地図につながるだろう。
 以上の理由より、私は地図の方位の徹底は必要ないと考える。
32 B     7/6
 地図は「わかりやすさ」が重要視されるべきである。それは用途によって違うのかもしれないが、私はここで、自分自身の体験から「現在地から目的地へ」の分かりやすさについてかんがえる。
 極度の方向音痴な私は新しい場所に行って地図を見てもどちらに歩き出せば良いかが怪しい。それは地図が自分に合わせた向きに設定されていないからだ。いくら「地図の上は北」という基準があったとしても、読めない地図は使えない。ところが自分の見た方向と目的地の方向があった地図だったらそのまま歩き出すことができる。「すぐに目的地までたどりつける」というのは大きな強味ではないだろうか。駅においてある街路マップがすべて北が上になってしまったらどうだろうか。ショッピングモールのフロアマップが全て北が上になってしまったらどうだろうか。地図の勉強をした年代はともかく、小さな子供にも分かりづらい物になってしまうし、野中さんも書いてらっしゃるように混乱も生ずるだろう。
上記の理由から、私はすべての地図を北が上にする必要はまったくないとおもう。
33 B       7/8
 Aの記事はすべての地図において北が上であるべきだと断定している書き方をしているが、Bの記事では地図によってどの方角を上にしても良いという書き方をしている。
例えば目的地が北でない場所にあったとしたら、目的地を上にした方が見やすくなる場合があるかもしれない。このような場合も考えた上で、北が上であることが必ずしも良いというわけではないと思う。またこの記事は一人の言い分を書いている個人的意見なので、断定して書いてしまうのはふさわしくない。
Aの記事は題名があたかも『北が上』という決まりができたときのような記事になっているが、一方Bの記事は個人的な意見という感じが出ていて安心して読むことができる。
自分の意見を公の場にさらす時は自分で勝手に決めてそれを断定したり、それを読者におしつけたりすることはしてはいけないと思う。
このような理由から、私はAの記事の書き方よりもBの記事の書き方の方が好きであり、投稿に適していると思った。
34 B       7/8
 一概に地図と言っても様々な種類のものがある。それぞれ用途も違うだろう。そんななかで「地図の上は北」の徹底は不可能ではないだろうか。
この記事でも書かれているように、例えば現在地と目的地の関係を知りたい地図の場合には、北を上にすると逆にわかりにくくなってしまう場合も多々あると思う。このような場合には自分の立っている方向に合わせた地図を表示した方がわかりやすいだろう。
 スーパーの地図や街路マップ…実際毎日様々な地図を目にすると思うが、その地図の全て北が上になっているとするとどうなるだろうか。普段何気なく目にして地図を読んでいると思うが、とてつもなく見にくい、分かりにくい地図がでてきてしまうのであろう。
 例えば街でよく見る街路マップ。自分自身も、現地をよく知らない駅に着くとまず確認するものである。駅を出てまずどちらに行けば目的地につくのだろうか、と思い地図をみると思う。意識して見ていないと思うが、大抵のマップは必ず北が上な訳でなく、その駅を中心に現在見ている光景と同じように地図が書かれていると思う。そのマップと周囲を見て、こちらに行けばよいと読み取ることができるだろう。もしこの全ての街路マップの上が北ならばどうなるだろうか。まず今自分が向いている方角を、その場の地形などから読み取りさらに進む方角なども改めて考え直さなければならない。とても読みにくいし間違った読み方をしてしまうことも少なくないと思う。
 このように考えてみると、どの地図もそれぞれ用途にあった表し方をしていることがわかる。「地図の上が北」ということの徹底よりも、「いかに地図を読む人がわかりやすいように表すか」の方に重点を置いた方が良いと思う。  
35 B       7/8
  私はBの意見に賛成だ。「北が上でない地図」があって良いと思う。
 「北が上の方が見やすい」と、良かれと思い徹底して地図の上を北にすると、逆に見づらい場合もある。
  筑附を例にあげてみよう。
  ある人が今、茗荷谷駅に立っている。
その人が筑小へ行きたければ、上が北の地図が見やすい。
逆にその人が筑中・高へ行きたければ、上が南の地図が必要だ。上が北だと寧ろ見づらい。
  このように、場合によって、「見やすさ」は変わってくる。
 確かに、我々北半球に住む人は、上が北の世界地図の方が見やすい。だから、Aの「北が上のほうが見やすい」という意見も一理あると思う。南が上の日本列島なんて普段見慣れていないから違和感がありすぎる。 
しかし、そもそも違和感を感じる原因は、我々が小学校、あるいはそれ以前から、「地図は北が上」と幼い頃から刷り込まれているからではないか。それによって「北が上の地図」になんの疑問も持たなくなっている。これはある意味洗脳ではないだろうか。
 「上が北でないと読みにくい」はあまりにも自己中心的な考えである。南半球の人達も公の場では北が上の地図を使っているらしいが、正直彼らにとってその地図は見づらいだろう。地図が見づらかったらそれは地図の役割を果たせていない。だから北が上でない地図があってよいと思う。
36 B        7/8
 私は、記事B「北が上でない地図があってもいい」の意見に賛成します。なぜなら、地図は、使う人にとっての使いやすさを追求するものであり、使う人の視点から考えることが大事だと思うからです。地理で習う教科書や本屋で売っている各種地図は、どういう人がどういう目的で使うのか明確ではないが、お店のチラシの地図などは、お客様が駅からお店に来るために利用するなど、目的が明確です。目的が明確でない場合は、「北が上」というルールに従ったほうが万人にわかりやすいが、目的が明確である場合はルールに合わせるよりも使う人の立ち位置などを考慮して上に来る方角を決め、使う人にとっての便利を追求すべきだと思います。

私の経験談にはなってしまうのですが、去年、高校見学に行ったとき、私が持っていた地図は、高校の校門を始点に作ってあったので、駅に立っていた私は、進行方向と地図の向きを合わせるために地図をさかさまに持つ必要があり、目的地を見つけるのに苦労しました。この経験を通して、使う人の立ち位置が考慮されていない地図は、使いにくいということがよくわかりました。

私は、どういう人がどういう目的で使用するか明確でない地図はルールに従って北を上に描くべきだが、使う人や使用目的が明確ならば、立ち位置や進行方向を考慮し、使う人にとってその方が理解しやすいのであれば、必ずしも北が上である必要はないと思います。

 

37 C        7/8
私は場合によって北を上にするべき地図とそうでない地図があると思う。
チラシやウェブに載っている地図については、方位をいちいちバラバラにする必要もないと思う。なぜならこれは誰がどこで、どこからみるのかわからないものであるし、コンパクトなものであればいくらでも回転させて自分が理解しやすい向きにできるからだ。また誰もが共通認識として持っている「北を上」にして統一されていたほうが見ためが良いと思う。
街路マップについては地図に載っている場所が頭の中に入っていて、自分の目的地がどの方角にあるか、自分が今目的地に対してどの位置にいるかがわかる場合は北が上のほうが良いのかもしれない。しかし、これはよく行くところであったり、佐々木さんのように地図をよく見ていて地図に詳しい人にとって、に限る気がする。
行ったことのない場所だと、野中さんが言っているようにまず向きを確認することから始めなくてはいけない。また大きいものは地図自体を回転させてみる、ということができないので地図を頭の中で回転させて考えなければならず、私のようにそこまで地図に慣れていないとすごく混乱する。この場合では見た目よりも分かりやすさ、理解のしやすさを優先してほしい。
必要以上にバラバラな方位で描くと見にくい地図になってしまうとは思うが、だからと言って場合によって使い分けないと沢山の混乱を招くのではないだろうか。
38 B        7/7
 私はBの意見に賛成する。
 理由は大体3つ。
 まず、地図は『見やすい』ことが大切だと思う。『見やすい』基準は人それぞれだが…。
 地図に慣れてる人にとっては上が北でないと違和感を感じたりするかもしれないが、私のような地図に慣れてない人にとって、上に目的地がある方が見やすくなると思うし、目的地にたどり着きやすくなると思う。
実際、私は普段、北がどちらかを気にせずに自分の立ち位置の通りの方位に合わせて地図を見てる。
 次に、地図の利用目的は様々だからこそ上が北でなくてもいいと思う。
確かに、世界地図、日本地図などは上が北と統一する必要があると思うが、街路マップは上がどんな方位でもNマークがあればよい。目的に合わせればよいと思う。
 最後に、Aの記事はBに比べて主観的な内容が多い気がして、賛成しにくい。また、「教科書や本屋で買う地図が全て北が上と記載されてるから」というのは理由になってない気がした。教科書なんて一斉に北が上の地図以外を載せて発行出来ると思ったからだ。
 以上、これらのことからBの意見に賛成する。
39 B       7/8
私は、Bの記事の上が北でない地図もあってよいという意見に賛成です。
  確かに山の中で見る地形図などは、北が上であることによってとても分かりやすくなるでしょう。市街地などでも、土地勘がある地域であれば、上が北なら道のイメージはしやすいと思います。しかし、旅行先などの土地勘のない市街地ではどうでしょうか。大体の人は、自分の向いている方角ではなく、そこから見える景色を地図と照らし合わせると思います。その場合、北が上である地図よりも、駅が下にあったり、主要な道路や線路が垂直または平行である地図の方が利用者としては分かりやすいでしょう。
  もちろん、広域の地図や山林で使う地図は上が北であるべきだと思います。下手に斜めを向いていたらこの上なく使いづらいでしょう。しかし、現代の日本で人々が使う地図で言えば、圧倒的に町のなかの方が頻度が高いのは事実です。そんな中、上が北でない地図の需要があることは、必然ではないでしょうか。
  これらのことから、私は目的に合わせて、上が北である地図、そうでない地図、両方を使い分けることが必要だと思います。
40 C       7/8
 私は、Aの記事もBの記事も共感します。
 私からすると、地図はわかりやすい方がもちろん助かります。
 例えば、目的地まで歩いて行く場合、もし北が上だったとしても、どっちが北で、自分が行く道の方角は何なのかはいちいち考えないし、わからないと思います。その場合は、行きたい方向に向きが変わってくれた方がたしかに便利です。
 しかし、広い範囲、私的には建物の名前が掲載されなくなる位の縮尺の地図からは、当然北が上であるというつもりで地図を見ます。そのため、その場合に北が上でないとわかりにくくなってしまいます。
 つまり、Aに書いてある、「街路マップは、自分の立ち位置の通りの方位になっていることが多いのだ。その方が理解しやすい場合もある」ため、Bに書いてある「使う人にとっての分かりやすさを優先させるなら、地図は必ずしも北が上でなくてもよい」となり、しかし、Aに書いてある「北を示す「Nマーク」が入っていたとしても北が南側に書いてある地図は読みにくい」こともある、と思います。
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 私は必ずしも地図の上が北でなくてもいいと思う。

 Aの佐々木さんのような毎日地図を扱うような専門的な人だったら北が上ですべてが統一されている地図の方が使いやすいと思うし、そうでない地図を見たときには、違和感を覚えるかもしれない。

 しかし、私たち一般人は普段めったに地図は使わない。使うとしても、駅から目標物まで行く道順を調べるくらいだと思う。

だから、Bの野中さんの言う通り、駅から出たところからの視点でかかれた北が上でない地図の方が「北が上」という正規の地図よりはるかに見やすいことが多いと思う。

 私も駅からの道順などは、方位に関係なくそのままの視点でかかれた方が実際にその場所に行ったとき分かりやすいと思うので、北が上、というのではなくその視点からの方位の地図でかいてほしい。

また、カーナビなどでは車の進行方向が上になるようになっている。この場合は、北が上だと、車は前に進んでいるのに、カーナビ上では下向きに進んでいるという場面がたくさん出てくる。しかし、それだと見にくいし、気持ち悪い。運転者にとっても、進行方向とカーナビの動く方向が同じ方がいいだろう。

だから私は、地おもいま図は北が上という規定に縛られず、目的、対象などを考えて、使う人にとって、一番使いやすい臨機応変な地図がいいと思う。

表紙 ウナ