ベデカーの展望図
2020年7月
横山厚夫『東京から見える山見えた山』
ベデカーについての説明

ムッシュKの日々の便り

旅行案内書「ベデカー」より(一部)

「ベデカー」はその名の通り、ドイツの作家で編集者のカール・ ベデカー(Karl Baedeker、1801-1859)旅行案内書「ベデカー」_d0238372_1181596.jpgが創刊したもので、第二次世界大戦までは、ヨーロッパでもっとも利用された旅行案内書だった。カール・ベデカーは最初、イギリスのジョン・マレーが出版した『大陸案内』をドイツ語に翻訳し出版していたが、やがて独自の方法で案内書をつくることにした。その最初が『ライン川案内』(1836年)であった。
 その後ベデカーはヨーロッパの主な地域の旅行案内書を、ドイツ語、フランス語、英語で次々に刊行した。ある書誌研究家の調査によれば、1842年から1944年の間の出版件数は、ドイツ語版447冊、フランス語版226冊、英語版266冊に上るという。
 創業者のカール・ベデカーが1859年に亡くなると、事業は三男のフリッツに引き継がれ、所在地もコブレンツからライプツィヒに移された。それでも持ち運びに便利な旅行案内として、コートのポケットに入るサイズ(8折り判、縦16・0×横11・5cm)や赤色の表紙、天、地、小口をマーブル模様に染めた形態は終始変わらなかった。
 「ベデカー」はいち早く日本にも輸入されて、洋行する人たちに重宝された。1900年(明治33)、文部省給費生としてロンドンに留学した夏目漱石、1913年(大正2)年に恋愛事件から逃れるようにパリへ渡った島崎藤村、1921年(大正10)精神医学を学ぶためにベルリンへ出かけた齋藤茂吉などは、滞在する都市の「ベデカー」を携えていた。漱石は渡欧してくる友人茨木清次郎に宛てた手紙(1901年12月18日付け)で、旅装や下宿の探し方を箇条書きにしてアドバイスしているが、そのなかに「ベデカーの倫敦案内は是非一部御持参の事」と書いている。彼らはみなベデカーの旅行案内を片手に、見知らぬ街を歩きまわったのである。
旅行ガイドブック より
地域別にシリーズ化された近代的な旅行ガイドブックは、ドイツ人のカール・ベデカーが『ベデカー』(Baedeker)として『ライン川案内』を1828年(1835年、1839年説もあり[注 1])に出版、イギリス人のジョン・マレーが1836年に『マレー』(Murray)として『大陸案内』を出版。この2つが始祖とされる。

1900年に入ると英語圏では『ベデカー』がシェアを伸ばした。フランスではアシェット社の『ギド・ブルー』、ミシュラン社の『ギド・ミシュラン』(ミシュラン・ガイド、Michelin Guide)などがある。『ギド・ミシュラン』は1900年に旅行の活発化によりミシュラン製の自動車タイヤの拡販を目論んで、無料で配られた観光パンフレットであった。一切の広告を排除してホテルやレストランの星数による格付けがなされたホテル・レストランガイドブックになった。通称赤ミシュランと呼ばれる。赤ミシュランの格付けは、今日においてもヨーロッパで最も権威ある評価の1つとされる。

第一次世界大戦後は、旅行ガイドブックの様相も変化した。まず『マレー』・『ベデカー』が衰退した。イギリスでは『ベデカー』の英語版の執筆・編集に携わっていたジェームズ・ミューアヘッド(James F Muirhead)を中心にイギリスで『ブルーガイド』が1918年に刊行し、シリーズ化。以後英語圏を中心に人気を博した。
日本の古本屋メールマガジン(平成22年3月)

「ニッポン洋行御支度史」ガイドブック1

ベデカーは当時、非常に重宝された旅行ガイドブックのシリーズ。ガイドブックの代名詞として英和辞典にその名が記されるほど、一世を風靡した。洋行する日本人はトランクに必ずこれを入れたと言われ、漱石も一九〇〇年に渡英した際にベデカー片手に市中を歩き回ったという。

ベデカーは十九世紀前半、ドイツ人のカール・ベデカーによって創始された。英国のマレー社発行のガイドブックと並び、最初の本格的なトラベルガイドとして旅行者の必携品となった。ヨーロッパ諸国や中東といった各地域を対象に、英独仏などの言語で刊行されたが、その記述の細かさと正確さが日本人の心を捉えた。 大正年間に日本で刊行された「世界通」という本がある。編集顧問には、海外団体パック旅行のはしりである朝日新聞の「世界一周会」を引率したジャーナリスト杉村楚人冠、同じくジャーナリストでシベリアで非業の死を遂げたとされる大庭柯公、作家の巌谷小波らが名を連ね、旅行の心構えから旅程の立て方、アフリカを含めた世界各地の情報を満載している。

(略)

そんな一時代を画したベデカーも徐々に衰退し、ミシュラン、ブルー・ガイド、さらに「地球の歩き方」誕生にヒントを与えたアーサー・フロンマーの1日○ドルの旅、ロンリー・プラネットなど、それぞれの時代に対応した新たなガイドブックが次々と登場してくる。ベデカーは現在もドイツで出版されているが、よほどのガイドブック好き以外、知る人は少ないだろう。
フランス語版  1913年  藤本一美氏所蔵
英語版  1905年  藤本一美氏所蔵
英語版はご覧のようにカラーになっている。
しかし、1913年版(田代所蔵)では、モノクロになっている。一部を示す。
(参考)実写とCG  こちらより(同じ画像)
2019年7月27日
CGはALOSデータ(30mメッシュ)を使用しカシミール3Dで描画。35oで作成し手作業で繋いだもの。山名情報は、スイス地理院のウェブサイトより取得。
田代博のホームページ