信州大学教育学部2020年入試問題
地理Bの問題と正答への疑念
2020年8月30日 以降適宜微修正など
田代博
読売新聞長野版2020年8月28日に信州大学の入試問題についての記事が掲載された。問題も、正答も、そして掲載してある地図自体にも問題がある。奇をてらったものではなく基本的な内容であるにも関わらず、どうしてこのような誤りが生じたのか、地図に関わる者としてとても看過できない。個々の内容について体験を踏まえて実際に地図を使いながら詳しく説明する。
■読売新聞長野版(2020年8月28日)の報道
(暫定掲載)
読売新聞オンラインは2020年8月29日

■入試問題  
 正答ともに、大学のウェブサイトで閲覧できる。

■正答
■誤りの箇所−(3)
(3)は、図5 − 1 つまりメルカトル図法に関する問である。ア〜オの主題図を作成する際に、メルカトル図法を用いることが適さないものをすべて選べというものである。正答は、エのみである。それ以外は、メルカトル図法を使うことが適しているということになる。
以下、具体的にみていく。

ア 
いわゆるドットマップである。ドットマップには正積図法を用いるのが常識であり地図学習の基本の基である。ベースになる地図が正積図法でないと分布状況(密度)の理解に誤解を生じるからである。面積のひずみが大きいメルカトル図法の世界地図を用いるのは論外である。適さないので、正答になる。
大学側は「飼育頭数を示したもの」であり、密度や分布を例示しているのではないから、問題ないという見解のようである。つまり、ドットの数という絶対値が示されるので、ベースマップは関係ないということである。
このことを典型的なドットマップで考えてみよう。図を『新詳高等地図』(帝国書院)から紹介する(右端が切れている。悪しからず)。
豚の飼育頭数を数えて読み取りを行えというのだろうか。ドットマップはドットの数を数えて事象を把握するのではなく、点の分布や密度で事象に関わる情報を判断するのである。このことはもちろん大学側も承知しているはずだが、ドットを打つのはあくまでも分布や密度を知るために行うのである。ドットから数の読み取りをさせるなら、地図にすることはなく、統計表を示して読ませればすむことである。ドットマップがどのような地図であるかということに対する認識が欠如していると言わざるをえない。
※高校教員時代、この種の地図はよく使ったが、ドットを数えさせたことは一度もなかった。羊の飼育頭数のドットマップ(イスラーム教徒の分布と重ねる地図が有名)で、羊が何頭いるか数えさせると、生徒は寝てしまったかもしれない。逆におきるのかな? ちなみに、「ドットマップは精密感のある地図である。これを作成するには大変な労力がかかる。ドット疲れるからドットマップと言うんだよ」などという低レベルのギャグは多分言わなかったと思う。

※政春尋志『地図投影法』(朝倉書店)より
事象の分布を表現するような主題図では、一般に面積比率を正しく表現することが重要なので正積図法が望ましい。とくに広域になるほど正積図法以外の投影法では面積のひずみが大きくなるので正積図法を用いるべきである。世界地図で、気候や植生のように緯度との関連が強い主題を表現する際には、正積図法でかつ緯線が赤道と平行になる擬円筒図法を用いるのがよい。例えばモルワイデ図法や、エッケルト第4・6図法、グード図法などである。
高校教科書の記載 8月31日加筆 
東京書籍『地理B』p15 (人口分布のドットマップを並べて説明)
図7のメルカトル図法の地図は面積が正しく表現されておらず、高緯度ほど拡大して描かれる特徴がある。そのため、高緯度地域では実際よりも低い密度で分布しているように誤った印象を与えてしまう。
 分布を表現したい場合には、図8のホモロサイン(グード)図法のような正積図法を用いるのが適切である。(太字:引用者)

二宮書店『新編詳解地理B改訂版』p.11
分布図を作成するには,正積図法で描かれた地図を利用するとよい。面積を正しくあらわせない地図で分布図をつくると,面積が拡大されて描かれている地域が強調されることになり,誤った印象を与えてしまうからである。(太字:引用者)

帝国書院『新詳地理B』p.13
正積図は,分布図の基図として利用されるなど,世界全図として最も一般的な図法といえる。
資料提供をしてくださった各位に御礼申し上げます。

高校教科書(特に東京書籍や二宮書店)で真面目に勉強した生徒は、間違いなく正答の一つとしてアを選ぶだろう。しかしそれでは×になってしまうのである。こんな不合理があってよいのだろうか。

設問が曖昧である。どの程度の長さを前提にしているのか。風向のように各点での方向が必要な場合と考えると(設問には「海流の方向」とわざわざ断ってある)、メルカトル図法による表現が相応しい例と言うことはできる。ただ、海流を示す地図の多くはメルカトル図法を用いていない。一応正答とはしないが微妙である。
気象庁の世界の海流を示す地図は正性質をもたないロビンソン図法である。


いわゆる図形表現図(この場合は円)で国別の統計量を示すものなので、ベースマップに何を用いてもあまり問題にはならない。メルカトル図法による表現が不適切と言い切ることはできない。ただし、できればア同様、正積図法の方が好ましいことは事実である。そうでないとその円と国の大きさとの関係で、絶対値の理解に誤解を生じる恐れがあるからである。一応正答とはしないが微妙である。
設問通りの地図が以下である。標準緯線を30度とする正距円筒図法である。メルカトル図法にしていないのは見識である。
GRIPS SDGs 地図集」の「二酸化炭素排出量

メルカトル図法上で、任意の地点間の長さに関する操作は原則として行ってはならない。不適当である。ただし、選択肢の「世界の主要都市間を結ぶ航空路線の所要時間を線分の長さで示した」主題図とはどんな地図だろうか。にわかには想像できない。「日本と、世界の主要都市を結ぶ」なら可能である。いわゆるカルトグラムである(事象を面積や距離で表現する主題図)。そうだとするとそもそも図法とは関係なくなってしまう。
大学側は「誤文の作り方に工夫が足りない部分は否めません」とはしているが、このような地図は作り得ないのだから、「工夫」以前の問題である。本来なら、選択肢の内容に誤りがあったとしてこの選択肢自体を削除すべきであった。小文の表題に「問題と正答の誤り」としているゆえんである。削除すると、大学側の「正答」がなくなるのではあるが・・・。正答にはするが問題自体がナンセンス。
※高校に勤務していた時、夏休みに主題図の作成を課していた。何人かは必ずカルトグラムを作成していた。たまたま上記に関連した作品があったので紹介する(このクラスの作品はこちら参照)。

広がりに関する事象を扱っているのであるから、ア同様、ベースになる地図は正積図法(あるいは面積歪みの小さい地図)でないとならない。メルカトル図法を用いるのは不適切である。正答
環境省の砂漠化に関するサイトの地図(「砂漠化の影響を受けやすい乾燥地域の分布」)を紹介する。
エケルト第3図法である(正積の第4図法と大きな差はない)。メルカトル図法は用いられていない。

■正答 ア、エ、オ
 説明でもわかるように、全部を正解という判断もあり得る。旺文社は、ア、ウ、エ、オ としている。


■設問形式への疑問
設問の形式が受験生を惑わすものになっている。「ア〜オからすべて選び」とあるが正答は一つだけである。論理的に間違いではないとは言え、誠に嫌らしいと言わざるをえない。入学試験における設問のあり方としては大いに疑問である。


■世界地図にある不都合な点
もう一度問題の世界地図を見て頂きたい。
朝鮮半島が統一されている!
南スーダンがない!
右側の赤枠は重複部分である。メルカトル図法でこのような地図を見たことはない。重複が必要な場合はあるが、今回は全く不要である。
どのような地図ソフトを用いてこの地図を作成したのだろうか。
今回の事態の再検証がなされているが、その際に、地図作成過程についてもしっかり行っていただきたい。

数多くの問題があることをご理解いただけただろう。
真面目に勉強してきた今年の受験生に不利益が生じないことを心から願うのみである。

※私は現在入院中で、上記は病室でまとめたものである。思い違いなどあれば、病人に免じてご容赦願いたい。
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