地理の啓発書掲載の世界地図について
2020年4月16日
はじめに
 フェイスブックで好意的評価がされていたので、『リアルな今がわかる 日本と世界の地理』(朝日新聞出版2020年3月)(以下『日本と世界の地理』と表記)を購入した。いわゆる系統地理と地誌をまとめた地理の啓発書である。対象は高校生以上だろう。地理の本なので地図は多用されており、比較的精密に描かれている。この種の本でしばしば見受けられるラフ過ぎる図にはなっていない。
 但し、地図そのものについては、投影法はもちろん、地形図についても一切触れてない。小気味よいほどである。

 著者は地理を専門とする人ではないようだが、なるべく平易な言葉で説明を行おうとしている。地理の魅力を多くの人に知ってもらうために、ユニークな切り口の地理の本が出るのは好ましいことである。ただ、そのためには、学問的正確さが保たれていなけばならないのは言うまでもない。その点、若干の危惧があるように思える。
 
 例えば、日本地誌の「プレートの境目にできた日本の宿命」の項では次のような記載がある。「沈み込んだプレートはマグマをなし、それが上方へ噴き上がって火山となる」(p100)。この表現に問題はないだろうか。
 
 河岸段丘の成因については次のように書かれている。
 「山の谷間に流れ込んだ雨などが集まってできた河川が氾濫を繰り返し、土地を浸食※していくことで形成される」(p189)(引用者:※「浸食」ではなく「侵食」として欲しいところである)
 その河岸段丘は「大地形と小地形の相乗効果で形成される地形」(p188)の例としてあげられている。「大地形と小地形の相乗効果」とは何だろうか。本文を読むと大地形は土地の隆起、小地形は川の侵食を念頭においているようだが、文学的?過ぎて、実態を理解するには適切な表現ではないように思う。
 
 私の地形学の知識はある段階で止まっているので(^_^;)、専門家に尋ねてみた。
 「著者は地形学のことは、きちんとわかっていないと思います。引用していただいた河岸段丘に関する記述を読むだけで、かなり確信できます」という意見をいただいた。
 また、別な方からは内容の指摘以外に「専門的なことを誰でもがわかるように説明するのは大変難しいことで、経験を積んだ専門家にしかできないことかもしれません。初歩的な啓発書だから素人でも書けると思うのは間違いです」という基本に関わる意見もいただいた。

 ほかにも、テーマに対する答えが見あたらなかったり、地名や位置の誤り、模式図や概念図が曖昧でキャプション(説明文)との整合性がとれていないのではないかと思われる箇所も散見される。
 今後、地理(教育)の専門家の意見も聞きながら、正誤訂正などが公開されることを期待する(これは出版社の仕事かもしれないが)。

世界地図の点検
 小文の今回のテーマは実は個々の記述内容や多くの地図の点検ではなく、一点豪華主義!地域区分で用いられている世界地図の検討を中心とする。
図1.該当の地図(『日本と世界の地理』(p16〜17)
 この地図を見てどう思われるだろうか。メルカトル図法による世界地図に思えるが、それにしてはグリーンランドが小さい? その通りである。メルカトル図法を基本としているが、グリーンランドと北極海周辺の島々だけ、ミラー図法で描いているようなのである(形状からの判断)。さらに言えば、グリーンランドの「右下」に来るはずのアイスランドは左ページ(p17)に飛んでいる。
 この地図を、メルカトル図法とミラー図法の合成と仮定し、私は「メルカトミラー図法」と呼ぶことにする。複数の図法を合成して新たな地図ができるのは珍しいことではない。断裂図法として有名なグード図法は、サンソン図法とモルワイデ図法をくっつけた「合成図法」でもあるのだ。
 地図投影法ソフト「ジオスタジオ」で作成してみた(図2)。ユーラシアは北緯約78度、北米は約74度で接合し、グリーンランドは全域をミラー図法とした。
図2.「メルカトミラー図法」
今更その必要もないと思うが、メルカトル図法とミラー図法の地図も、縮小して掲載しておこう(ジオスタジオにより作成)。
図3.メルカトル図法 図4.ミラー図法
念のため図1と図2を画像ソフトを使って重ねてみた。2ページにまたがっているので、1ページ毎に分割して重ねる操作も行ってみた。しかし、十分には一致しない。特にニュージーランドのズレは顕著である。東に寄りすぎている。一応「メルカトミラー図法」としておくが、いささか不安を覚える結果になった。
図5.合成
 ではこうした合成図法、「メルカトミラー図法」(であるとして)に意味はあるのだろうか。
 結論から言えば否である!
 こんな面倒なことをせずとも、ミラー図法を使えば済む話ではないか。そもそも、こうした地域区分のベースマップにメルカトル図法(が中心の地図)を使うこと自体が不適切である。面積の歪みが大きくなるこの図法を、事象の面的な分布を示す主題図に使うことは極力避けなければならない(ウェブ地図でメルカトル図法が主流となっている現在、このことを強く自覚する必要がある)。
 「エリア分け」にふさわしい世界地図にはどのような投影法を用いるのがよいのか、真摯な検討をお願いしたいと思う。

新たな事実とお詫び
 ここまで書いてお詫びをしなければならない。実は『日本と世界の地理』掲載のこの地図はオリジナルではなく流用だったようだ。本書を見た後で、同じ出版社の『地理×文化×雑学で今が見える世界の国々』(2019年11月発行)(以下『世界の国々』と表記)を確認した。同様の地図があったのである。基本的に同じと言ってよい。
図6.『世界の国々』の該当の地図(p6、7)
図7.合成
 時系列的に考えれば、後で出版された『日本と世界の地理』の地域区分に、こちらの地図を使ったのだろう。意図的に作ったものではなかったかもしれない。それでも使用した事の責任は免れないと思うが・・・。 
 「世界地図の点検」の項の最後に記した数行はそっくり『世界の国々』に対する批判としたい。

 ところで、『世界の国々』では、この地図をベースに主題図が4点作成されている。その内2点を掲載する。
図8.地図で見る世界
 この主題図(ベースマップ)には実はもう一つ問題がある。アイスランドの位置である。『日本と世界の地理』では左ページに飛ばしたと述べたが、こちらはグリーンランドの東岸よりも「内側」に治まっているのである。左の拡大図をご覧願いたい。右のミラー図法と比較すると違いがよくわかる。
図9.アイスランドの位置
 但し、この地図は「メルカトミラー図法」なので、アイスランドはメルカトル図法に準じている可能性もあり、「正しい」位置の検討をすることに意味はなさそうである。いずれにせよ、アイスランドはヨーロッパではなくアメリカ側によっていることは明らかである。
 何故このようなことになったのだろうか。『世界の国々』の作成者に尋ねてみないとわからないが、もし収まりがよいので移動したのだとしたら、ささいなことのように思えるかもしれないが、位置の勝手な移動であり、許されない改竄である(日本のある省庁の文化になりつつあるとはいえ)。地図作成上絶対に行ってはならない禁じ手である。地図作成上の何らかの単純ミスであることを願うのみである(これまた本来許されることではないが)。

 
改めて「メルカトミラー図法」について
 ところで改めて図5を見ていただきたい。図5の上の説明でズレの大きさについて記している。そこで記したニュージーランド以外に、グリーンランドやオーストラリアのズレも大きい。私の画像ソフトの操作技術が未熟であるからかもしれないが、これ以上一致させることは困難である。
 ということは、そもそもオリジナルの地図に問題があるのではないだろうか。投影法を超越した地図ではないかということである。それならば、いくら調整しても一致するはずがない。地理の本に掲載されている地図が、「自由なデフォルメをした地図」でよいのか、大きな疑問である。「メルカトミラー図法」ならまだ良い(本当は良くはないが)。しかし、それですらない投影法に根拠をもたない地図が地理の啓発書に掲載されてはならないと思う。
 地図をなめてはいけない。費用対効果の問題もあろうが、関係者はもっと誠実に地図に向き合って欲しい。

付記
 私は2020年2月より急性骨髄性白血病で入院中である。現在一時退院しているが、また入院する。この入院を通して、人生の持ち時間・残り時間についての考えを新たにした。
 自分の好きなことをし、何に対しても忖度することなく思うことを発言しようということである(実は、今までとさして変わらないが)。小文にはいささかきつい表現があるかもしれないが、そのような観点から記したものであることを付記しておく。
 なお、「何に対しても忖度することなく」と書いたが、看護師さんに対してだけは別である。患者に対する献身的な態度にはただ感謝あるのみであり、最大限の忖度をしたい。
 最後に、貴重な時間を割いてアドバイスしてくださった皆様に改めて厚く御礼申し上げます。
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