新しい、面積の正しい世界地図「イコール・アース図法」
(Equal Earth Projection)について
2020年6月
図1.イコール・アース図法(ジオカートにより作成)
 今も、新しい世界地図の図法(投影法)が考案されています。しかし、それが話題になることはほとんどありません(特に日本では)。その中で、多少ともメディア(インターネット)で取り上げられたのが、イコール・アース図法です。2017年3月のことです。
例えば「米国ボストンで600の公立校が授業で使う「世界地図」を変更」
https://u-note.me/author/sophokles/20170322/392270)から一部引用しましょう。
 「米国マサチューセッツ州ボストン市の公立校約600校が、今月(引用者注・2017年3月)21日、授業で使用する世界地図をガル・ピーターズ図法(引用者注・正確な表記は「ゴール・ペータース図法」。ゴールはスコットランド人、ペータースはドイツ人)のものに切り替えた」。「日本と同様米国でも、学校の教室で使われている世界地図はメルカトル図法のものだ。」「ボストン市の約600校が導入したガル・ピーターズ図法は・・・陸地の広さがより正確に表されること」。「今回の地図の切り替えについて、ボストン市で公立学校を管轄するコーリン・ローズ氏は・・・「国の大きさが不正確な地図を学校で毎日見ていれば、生徒が持つ国のイメージもそれに影響されるはず」と・・・言っている。メルカトル図法の地図を見て育ったわれわれには、すでに、欧米諸国は「大きい」ものだというイメージが植え付けられてしまっているのかもしれない」。
 学校で使う地図を、中高緯度地方が大きく拡大されるメルカトル図法から面積の正しいゴール・ペータース図法に切り替えたのです。これは西欧中心主義からの脱却というパラダイムシフトでもあるというのです。
 図2はメルカトル図法による世界地図。図3がゴール・ペータース図法です。
        図2.メルカトル図法                               図3.ゴール・ペータース図法        
 印象は随分違います。メルカトル図法に比べて高緯度地方が狭く(小さく)なっているのは当然ではあるのですが、低緯度地方の形状の歪みが非常に大きくなっています。例えばアフリカの細長さは異常に思えるほどです。歪みを定量的かつ視覚的に表現する方法として「ティソーの指示楕円」があります(ティソーは19世紀の地図学者)。地球上の円が地図上ではどのような形(楕円)になるかを示すものです。それによれば赤道上では縦横比が2:1になっています。つまり縦に2倍伸びているということです(指示楕円がなくても、縦長になっていることは十分わかりますが)。
図4
 参考までに、高度3万6000mから見たアフリカの形は次のようになります(外射図法)。地球儀の真ん中にアフリカが来るようにして、それを見た状態と考えてください。広範囲にわたる地域を地図上で正しい形で表現することはできないので、これも周辺は歪みが少しありますが、「まずまず」の形です(図4と同じく、赤丸がティソーの指示楕円)。ペータース図法がいかに歪みが大きいか、よくわかります。
図5
 ゴール・ペータース図法は正積円筒図法の一種で、標準緯線を45度に設定したものです。標準緯線の取り方によっては、様々な形になります。図4は標準緯線が30°、図5は0度です。もちろんいずれも正積図法です。
図6.ベールマン図法
図7.ランベルト正積円筒図法
(ジオカートにより作成。図2、3、6、7は同一縮尺)
 ゴール・ペータース図法は、1970年代からアメリカの地図学会では大きな論争を引き起こしました。政春尋志『地図投影法』から引用しましょう。
 「ドイツの歴史学者・地図学者ペータースは1970年代から、彼が発明したと主張する45°を標準緯線とする正積円筒図法を、世界地図の投影法として用いるように強く主張した。これは、実際にはゴールが1855年に発表した三つの投影法の一つと同じものである。ペータースは、メルカトル図法では中高緯度が拡大して表示され、これが世界地図として広く用いられてきたことが先進国中心の世界観を助長したとして批判し、ペータースの図法がこれに対して低緯度地域に多い発展途上国を正しく位置づけるものと主張した。・・・ペータースの主張は大きな論争を巻き起こし、1989年にはアメリカ地図学会が、メルカトル図法、ペータース図法を含む円筒図法は世界地図には適さないため一般的な目的には使用しないように出版社などに呼び掛ける決議を採択する事態になった」。

 ゴール・ペータース図法は、開発教育でしばしば利用されます。アメリカのテレビドラマのテーマになったこともあります。NBCが1999年から2006年にかけて放送したThe West Wing(「ザ・ホワイトハウス」)という政治ドラマがそれです。これはホワイトハウスを舞台に大統領とその側近達の活動を描いたものです。ペータース図法を学校教育で使うべきだという陳情をいささかシニカルに扱っています。「Why are we changing maps」で検索なさってください。
  https://www.youtube.com/watch?v=vVX-PrBRtTY

 こうした前史があるにも関わらず、また大陸の形の歪みの少ない正積図法が他にもあるにも関わらず、ゴール・ペータース図法が学校で採用されたことに対して、リアクションが起こりました。それが、新しい投影法「イコール・アース図法」の発表です。学校でゴール・ペータース図法が使われることが決定した翌年2018年8月7日、3人の地図研究者により、世界地図用の新しい擬円筒図法として「Equal Earth Projection」(イコール・アース図法)が発表されたのです(http://shadedrelief.com/ee_proj/)(仮訳はこちら)。
 「一部の学校や組織が、公平性を考慮して採用しているゴール・ペータース図法に対して、視覚的にも楽しい代替案を提供するために作成したものです」。
 ゴール・ペータース図法へ対抗するものであることが明確に読み取れます。またアメリカで親しまれているロビンソン図法(図6)に似た形状になっています。ロビンソン図法は、著名なランドマクナリー社の各種地図に用いられ、1988年には全米地理協会が世界地図の投影法として採用し、1997年まで使われていました。但し、見た目を重視するために極付近は少し拡大されており正積図法ではありませんでした。ロビンソン図法の正積バージョンがイコール・アース図法と言ってよいでしょう。また、ロビンソン図法へのオマージュが感じられます。
図6.ロビンソン図法(縮尺は図2~5とは異なる)
(ジオカートにより作成)
 3人の地図研究者の1人のトム・パターソンは、彼が運営するサイトShaded Relief」
http://www.shadedrelief.com/)で、イコール・アース図法を積極的にアピールしています(Maps and Data:http://www.shadedrelief.com/maps-and-data.html)。その中の Equal Earth Physical Wall Map(地勢図)、Equal Earth Political Map(行政図)のページでは、イコール・アース図法による世界地図が各国の言語でダウンロードできるようになっています。行政図には日本語版もあります(図7)。日本がほぼ真ん中にくるように中央経線は東経150度になっています(図8)。地勢図でも同様な地図が用意してあります。
図7
図8
 注目すべきは北方領土についての注です(図9)。「ロシアが実質支配し、日本が領土を主張する」と日本政府の主張が明記されています。これはタイムズアトラスの記載に従ったものでしょう。
図9
 イコール・アース図法については、「・・・パブリックドメインです。内容の変更、あらゆる種類のメディアでの複製、再発行、営利目的での販売など、地図を好きなように使用することができます。マップはお客様のものと考えてください」というように自由な利用を積極的に呼びかけています。
 しかし、このイコール・アース図法は、できあがった形において、地図投影法的には決して目新しいものではありません。ロビンソン図法の正積バージョンと書きましたが、見た目でもっと近いのはエケルト第4図法なのです。
 並べてみましょう。区別がつくでしょうか。
図10                           図11
(ジオカートにより作成)
 図10がイコール・アース図法、図11がエケルト第4図法です。外枠の線がなければ、間違いなく区別は付かないでしょう。
 重ねてみたのがこちらです(図12)。
図12.イコール・アース図法とエケルト第4図法の重ね合わせ
(ジオスタジオにより作成)
 赤がイコール・アース図法です。赤道の長さがエケルト第4図法より僅か長くなっていますが、単独では見極めは付かないでしょう。

 ゴール・ペータース図法に対抗するために、エケルト第4図法を使おうという主張もあったはずです。とは言え、世間に対するアピールとしては、新しい図法を作ったぞ、という方がインパクトはあるでしょう。おそらくそうした「政治的」意図で、新図法を作成し訴えたものと思います。イコール・アースという名称は、正積図法の中でも比較的角の歪みが小さいことからつけられたものと思います。「経線がカーブしているのは、地球の丸さを思わせます」という説明もあるので、「見た目も地球(儀)に近い。アフリカが細長く伸びて歪んだゴール・ペータース図法とは違うんだぞ」という強い思いが、このネーミングに込められているのでしょう(ゴール・ペータース図法も正積ではあるのですが)。さらに言えば、イコールには「平等」の意味も込められているのではないでしょうか。ペータースの主張に対抗するネーミングとして、開発途上国も先進国も平等に表す図法という意味があるのだと思います(開発者の一人のトム・パターソンさんに問合せをし、その通りであるというご返事を頂きました)。

 この図法が、日本で最初に取り上げられたのは、2018年8月27日、東大学空間情報科学研究セ ンターの小口高さんのツイートだと思います。その1時間後にはウィキペディアに「イコールアース図法」の項目が設けられています。その後、公の場で話題になることはなかったと思います。日本地図学会「第29回国際地図学会議(ICC2019)最終報告書」(2020年2月29日発行)には、2019年7月14日のICA地図投影法部会で、「Equal Earth Projectionの紹介等」があったことが記されています(p31)。

 結果的には新規な内容ではないにしても、このような図法が取り上げられるアメリカの地図風土はさすがと思います。日本でもいずれはイコール・アース図法が市民権を得る日が来るのでしょうか。

 なお、Equal Earth Projectionの日本語訳は確定していません。小文では、イコールとアースの間に中黒を入れて、イコール・アース図法としています。
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