地図で辿る陸繋島の形成過程−千葉県沖ノ島の場合
2015年5月
ダイヤモンド富士のポイントになるということで、館山湾の沖ノ島に関心を持つようになりました。
ここは、陸繋島としても知られていますが、比較的最近、そうなったのです。
旧版地図を簡単に見ることができる「今昔マップ」の関東編で経過を辿ることができます。
自然地形の形成を地図で辿ることができる面白い例ではないでしょうか。
沖ノ島がどういうところか、NPO法人たてやま海辺の鑑定団 のサイトから引用します。

沖ノ島(沖ノ島公園)は、南房総館山湾の南側に位置する高さ12.8m、面積約4.6ha周囲約1kmの陸続きの小島(陸繋島)です。

南房総国定公園内のこの島は約8000年前の縄文海中遺跡や世界的に注目されている北限域のサンゴを育む貴重な自然が残る無人島なのです。

何故沖ノ島は、陸続きになったのでしょうか?
明治の頃は、館山の沖ノ島と、その手前の鷹ノ島は、それぞれ海を隔てた島でした。現在は、鷹ノ島は、陸地に取り込まれ、沖ノ島は、陸地と繋がった島になっています。
沖ノ島が、陸続きなった理由の一つは、その「隆起」です。隆起の原因は、主に地殻変動「地震」です。
最近房総半島を直接襲った大きな地震は、関東大震災を引き起こした1923年(大正12年)の地震です。そのときの隆起は、2m近くであったと言われています。
 その後、館山海軍航空隊の基地(現在の海上自衛隊基地)が埋め立てられ、鷹ノ島はその一部となりました。沖ノ島も陸地と近くなり、浅くなった海に砂が集まるようになりました。そして、昭和の時代を迎え陸地と繋がっていったのです。
引用文を太字にした箇所がポイントです。
海軍(自衛隊)の基地の埋め立てがなければ、できなかったでしょう。「本土」とは繋がるには
距離が大きすぎると思います。
そういう意味では、自然地形ではありますが、人工物があったが故にできた地形ということになります。
天井川は人工の堤防を作ることによりできた自然地形ですが、それと同じようなものと言ってよい
かもしれません。

以下、今昔マップで辿ってみましょう。
埋め立てにより、鷹ノ島(地図上では高ノ嶋)は基地の一部になっています。
沖ノ島は、まだ「独立」しています。
陸繋島になっています。

地理院地図
地理院地図によるアップです。
地形的にも、地質的にも、植物・生物的にも興味深いところです。ダイヤモンド富士とは別に
訪れてみたいと思います。
田代博のホームページ