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中国地名の表記について思うこと
中国地名の表記について思うことを記してください。関連して、外国地名の表記全般についても何かあれば書いてください。
(趣旨説明)
 地理では、中国地名を現地音に忠実にカタカナで書くことになっています。漢字を書いても構いませんが、読みは、日本風にはしません。たとえば、「西安」は「シーアン」です。「せいあん」ではありません。「長春」は「チャンチュン」であり「ちょうしゅん」ではありません。漢字であってもそれは日本語ではないからです(地図帳を見てください)。
 しかし、同じ社会科(地歴科)でも、歴史ではどうでしょうか。教科書(著者)によって異なりますが、日本語読みしている場合が一般的です。
 生徒の立場では、地理では「シーアン」、歴史では「せいあん」では困りませんか。
中国地名をどう表記するのがよいのか、率直なところを記してください。
 関連して外国地名全般についても思うところがあれば書いてください。

(追加)現地語読みがよいは、日本語読みが良いは、その他はをつけてください。
(参考サイト)こちら
 1組 2組 3組 4組 5組
番号は便宜的なものです
2011年2月
クラス、番号が不明の人が4人います。未掲載の人、クラス・番号を書いて、再送信してください。
1 A 私は現地音での表記に統一した方が良いと思う。
こうすることによって学習面と生活面においてメリットが生じると思う。
まず、学習面においてだが、地理での地名と歴史での地名が違うと、同じ地名が出てきているのに覚えるのが面倒くさい、ということが挙げられる。これは我々高校生からの意見にしか過ぎないが、ニュースなどを聞いていても漢字が同じでも読み方が違うだけで、全く別の地名と勘違いをしかねない。
次に生活面においてだが、今や中国は世界最大の国となろうとしている。こうすると、今まで世界の中心を担ってきたアメリカが使用する英語より中国語の方がメジャーになる可能性もある。メジャーな言語を無視してマイナーな日本語表記で地名を記憶することに意味はほとんど感じられない。世界で絶大な力を持つ国の地名は同じ漢字で表記してあっても現地音に忠実になるべきだと思う。また、現地の人からして日本語読みをされてもわからないのではないか。日本の地名を中国読みされて言われても我々はわからないだろうからそういうことまで考えるとやはり生活上便利なのは現地音だと思う。
地図帳などでは現地音での表記をわかりやすくするために他国と同様に漢字表記ではなく、全てカタカナ表記を用いればわかりやすいのではないかと思う。
2 A 私は中国地名の表記は現地音に近づけたものに統一するべきだと思う。確かに、英語の地名などを外国語の発音を正確に日本語のカタカナで表現することは難しく、現地の人にカタカナ読みでコミュニケーションをはかろうとしてもそれは難しいかもしれない。しかしかといって日本語読みに統一するのは良くないだろう。単純に2通りの発音を覚えることは大きな負担であろうし、また幼少期にカタカナ読みで覚えた単語が学生になって現地の言語として学び直すとき、似た感じの発音ならば覚えやすいだろうし、再認識することで記憶によく残るはずである。ここで日本語の読みに近い音で覚えていればまた新しい語として覚えるので負担がある。こういった視点は学生という立場に偏っているかもしれないが、私は中国地名の表記は現地音に忠実であるべきだと思う。
3 C 中華人民共和国及びその周辺の地名の表記は読みやすさを重視して現地音と日本語表記を使い分けるべきだ。

そもそも、中国の地名の日本語での一般的な読みは、ペキン(北京)のように、その地名のかつての現地音等に由来するものと、せいあん(西安)のように、地名の漢字表記を日本語風に読んだものがある。前者はこの読み方(かつての現地音による読み方)で定着・安定している(例えば、ペキンがベイジンと表記されることはほとんどない)場合が多いのに対し、後者は表記の揺らぎ(例えば、せいあん と表記されたり、シーアン と表記されたりする)が見られる。前者は今後も表記が変わることはないだろうから、ここでは後者だけ考えることにする。
日本語表記が現地の発音と異なっていることによって生じる問題はそう多くないと考える。日本人と中国人が地名の知識が必要な会話をするような場面では、通訳の人ががんばってくれるか、通訳を介さない会話だったら、日本人が中国語を学ぶとき(中国人が日本語を学ぶとき)に互いの国での地名表記をちゃんと勉強しておけばよい。日本人が中国を旅行するような場面では、西安がシーアンと読まれることを知らなくても、「西安」と書かれた看板を見て「せいあん」に正しく着けるだろう。
次に、日本語での表記が統一されていないことによって生じる問題もそう多くないのではないか。日本語式読み方による表記、現地音風表記のどちらの場合も、現状では漢字が併記されている場合が多いので、「せいあん」と「シーアン」が別の地名だと誤認することは少ない。覚えにくいという欠点はあるが、それは個人の努力の問題だろう。
よって、地名を表記するときは、読みやすさだけを重視すればよいと考える。読みやすさを重視することによって、歴史では日本語式、地理では現地音風という差が出るとしたらそれは仕方ないことなのではないか。

尚、中国以外の地名に関しては、中国地名の場合とは異なる考え方をすべきだと思う。
まず、朝鮮の地名については、漢字で書かない場合は現地音風表記がよいと思う。なぜならば、「相互主義」という経緯があるからだ。また、主観的ではあるが、朝鮮の地名は現地音のほうが日本人にとって発音しやすい場合(例えば、「開城」は「かいじょう」よりも「ケソン」のほうが言いやすい)が多いように思う。
また、非漢字文化圏の地名は、基本的にはカタカナ表記されるが、非英語圏の地名を英語での読み方に合わせることにあまり合理性が感じられないので、メキシコではなくメヒコ、ヴェネズエラではなくベネズエラ、というように、現地音表記すべきではないか。
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地名を呼ぶ場合、考えられるのは、次の4パターンである。@現地人が正式な名称で呼ぶ場合 A現地人が他地域の方法で呼ぶ場合 B他地域の人々が正式な名称で呼ぶ場合 C他地域の人々が他地域の方法で呼ぶ場合 これらの場合が考えられるだろう。@の場合は、最もナチュラルなものだと思われる。これらが全ての場合の基本となる。これを、行き過ぎる主張で訴えた場合、俗に言うエスノセントリズムとなるのだ。Aの場所は滑稽だと思われるだろう。しかし、コートジボワールの例に見られるように、支配関係から根付いたものもある。Bの場合は非常に他文化を尊重したものだといえる。これは文化リラティヴィズムに繋がるし、名前だけの物なら過度に主義が強くなりすぎず、弱点も見えにくい。Cの場合では2パターンの批判が考えられる。自国の主張をしすぎだとか、他国の文化を尊重しろだとか言ったものだ。だが、重要なのは、そういった文化間の溝の現れにあまり過敏になりすぎないことだ。文化についての議論は、人の好きな食べ物について議論することと同様にムダなのではないか。
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6 C 今まで通り地名は現地読みと日本語読みを併用するべきだと考える
1.現地読みにするメリット
世界で読み方を統一することができること。現代社会ではグローバル化が進んでいるため世界各地での地名の読み方は統一した方が良い。特に中国は現在経済が急成長している国であるので今後中国の存在は世界全体で重要視されるようになるだろう。だから中国地名を現地読みすることには大きなメリットがあり、現地読みすることは尊重するべきだ。
2.日本語読みするメリット
はじめてみる地名でも読むことができる。表記が感じなのだから当然日本人にとっては日本語読みの方がはるかに触れやすい。それによって多少ではあるが学習効果も上がるかもしれない。
3.現地読みと日本語読みを併用することのメリット
地名を用いる場面によって使い分けが可能になること。
現に歴史と地理で読み方が違う。
4.現地読みと日本語読みを併用することのデメリット
自分と他者の間で認識の相違が起こること。同じ地名に関して2種類の読み方があると話者の間でどの地名を指しているのか分からなくなってしまう恐れがある。
以上1〜4から考えると4のデメリットより1,2のメリットが上回ると思う。よって今までのように現地読みと日本語読みを併用するべき。
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A 現地語読みにしたほうがよいと思う。
 
まず、歴史と地理で表記が異なるのは明らかに面倒な事だと思う。だから、どちらかに統一するほうがよいと思う。ここで、どちらにするのが良いか考えると、以下のようになる。
 
現地語読みを覚えると、中国人を含め外国人がその地名をしゃべったときに解る可能性が上がると思う。しかし、自分がしゃべって通じる可能性は大きくない。なぜなら、中国語は発音の仕方で意味が異なるからだ。このようなデメリットがあるが、日本語読みで覚えてしまうと、外国人と話すときに通じないどころか耳で聞 き覚えが無いため、どこのことを言っているのかさっぱりわからないということに陥る危険性がある。
現在はグローバル化が進んでいる。だから他国の状況を無視できない状態におかれている。そんな中、ひときわ目立つ経済成長を続けている中国のことは外国人と話すときによく出る話題だと思う。これから外国人と話す機会がますます増えると考えられるので、現地語読みで覚えたほうが会話が成り立ちやすいのでいいと思 う。
また、余計なことだが、漢字表記は必ずおぼえたほうがよいと思う。これは、中国人と話すときにとても役立つ。中国は国土が広いため、方言がとても多い上に同じ字でも標準語と全く異なる音をもつものがある。このとき、漢字表記を知っていれば通じる。これは中国に限らず、他の国でも言えることだと思う。
 
これらをまとめると、外国地名は現地語読みと現地の文字、両方かならず覚えると、役に立つ。日本語読みはあまり覚える必要が無い。
だから、表記は現地語読み(現地音に忠実)に統一すべきだと思う。
 
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B 日本語読みに統一すべきである。

 中国の地名を中国読みにすれば現地へ行っても通じると思ってる人がいるがそれは単なる思い込みである。いくらカタカナで発音を表わそうとしても50音で表現するのは不可能だからである。つまりわざわざ中国

語読みにする意味がないわけであって、かつ勉強面で考えても日本語の読みで覚えたほうが圧倒的におぼえやすい。

中国語読みにすることにより現地で通じない、かつ覚えにくくなるというデメリットが生じる一方、日本語読みにすることで覚えやすくなり親近感が持てるというメリットが生じる。

以上より日本語読みに統一すべきである。 

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10 A 僕は現地地名での表記がいいと思う。
 国際化している今の社会で日本語読みを採用するのは古すぎるし、中国や周辺の国に限っていえば、戦前の日本の思想が残っているような雰囲気を感じる気がする。歴史的書物に日本語読みが採用されているからといって現在同じようにする必要はない。それは強調していえば今の中国のことを清や唐というのとあまり変わらないことだ。中国など日本語読みができる国を欧米諸国のような国と区別しない方がいいのではないだろうか?以上のことより現地読みの方がいいと思う。
11 中国地名に限らずあらゆる地名は、現地読みに従い、現地読みに統一するべきだと思う。現地読みに対して日本語表記と英語表記が考えられるが、それらのデメリットを考えてみよう。まずは日本語表記についてだが、日本語が使うのは日本人以外には殆どいない。当然日本語表記が外国で通じるはずがない。一方、英語表記にしたらどうなるのか?日本語に比べて遥かに通じる人の数が大く、国際言語と言うに相応しいのは言うまでもない。しかし、なにもかも英語に統一してしまうことは他の言語とその言語によって根付いた文化を否定してしまうことになる危険性を孕んでいる。例えば、jordan」という単語。英語読みではマイケル・ジョーダンの「ジョーダン」、すなわち人名を指す。しかしヘブライ語では「ヨルダン」つまり国名と川の名前を指すことになる。ヨルダンはイスラム教の国で、アラビア語が使われていることを考えると、英語読みするのは相応しくない。こういった事例のため、地名は現地の文化を尊重し、トラブルを防ぐという意味合いでも現地読みに近づけた形で統一すべきだ。
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B知っている限りアメリカや中国では現地の読み方を半ば無理やり気味に適用しており、まったく違和感の感じられないことである。また目立ったデメリットもなく、文化的な対立といったことは(民族自決の基本原理に則る国際的な立場では)考えられない。
ゆえに下手に間違った発音を当てるより、自国の読みに合わせたほうがよいと思う。
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自分は、日本地名に統一した方がいいと思う。なぜならその方が馴染みがあって言いやすいからだ。また、普段から日本地名に慣れておけば携帯でその地名を入力するときに変換しやすい。
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A 現地語読みがよいと思う
漢字が使われているからといって読み方を日本語読みにするのはおかしいと思う。確かに日本語表記をすれば日本人にとっては覚えやすいしわかりやすいかもしれない。しかし、日本語読みが通じるのは日本国内のみであり中国などほかの国では通用しない。また、地名というのは固有名詞なので、固有名詞の名前をわざわざ変えて読むのは不自然である。なので現地語読みがよいというよりは、日本語読みにすることはメリットよりもデメリットのほうが多いので現地語のまま読めばいいと思う。
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僕は中国地名は日本語読みに統一したほうがいいと思う。
なぜなら、いくら現地音に忠実に表記するといっても文字でそれを表すのは不可能であり、またその呼び方では海外では通じないことが多いからだ。それに、海外旅行に行きたいのなら電子辞書などで調べてちゃんとした発音を覚えるほうがずっと効果的ではないかと思う。仮に「長春」という地名を「チャンチュン」と覚えて中国に旅行に行ったとすると、いま自分がいるところが「長春」なのかを現地の人に聞こうと思ってもおそらく通じないであろう。元の漢字を忘れてしまったら、自分が今いるのが「長春」なのかを調べるのは困難であろう。だが、「ちょうしゅん」と覚えておけば元の漢字を忘れてもすぐに思い出せるだろう。このように日本語読みのほうが覚えやすく便利だと思う。また勉強・学習においても日本語読みのほうが覚えやすいしかつ忘れにくいと思う。
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答えになってないですけど、現地読みと日本語読み両方覚えればいいと思います。海外に行った際に、確かに現地読みを知っていれば、かなり役立つと思います。日本語読みは日本限定ですし、使う機会も少ないでしょう。かといって、日本語読みを除外するのはどうかと思います。日本語読みの中には、もう読み慣れてしまったも のもあり、それをいまさら変えるというのもどうなんでしょう。日本語読みは長い間日本で使われてきて、日本文化の一つではないでしょうか。現地読みと日本語読みにはそれぞれのいいところがあり、どちらか一つを選ぶことはできない。そこで、大変ではあるだろうが、二つ覚えればいいではないだろうか。
17 A 現地読みで統一するべき。

私は、地理の場合は現地読みにするべきだと思う。なぜなら、現地に行ったときに通じない地名を覚えていても意味がないからである。

しかし、歴史の場合はどうだろうか。例えば「白村江の戦い」などは朝鮮人と、このことについて観光目的でその土地を訪れた一般人が会話するなどは考え難い。ちなみに、日本読みでは「はくそんこう」「はくすきのえ」というような読み。しかし現地では「ペッガンチョントゥ」という読みになる。したがって、覚えやすいように読めばいいと思う反面、地名が入っている歴史上の出来事は地名を覚えることとも繋がるのでやはり現地読みをしたほうがいいと思う。

以上のことより、結論としては現地読みに統一するべきだと思う。
18 自分は現地読みに統一するべきであると考る。
 まず第一の理由は中国から伝わってきた漢字でも日本の歴史が移りいく中で変化を遂げ、中国の中でも別の進路に変化を遂げていると考えると見た目は似ているが別の字なわけでありそれを日本語読みするのはおかしいからである。
 第二に今後、世界各国のつながりが更に重要視されていく中でその中心に立つ国の一つとして中国が出てくるであろう(現在の社会情勢はUSAと中国がTOP)。故に中国へ赴く可能性が高まり現地で役に立つのはと考えると学生時代に限らず地理や世界史の学習する時に現地読みでおぼえといて良かったーとなるはずであるからである。
なので自分は現地読みにすべきと意思を表明する。
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B中国地名は日本語読みで良いと思う。
 たしかに日本人が自らの読み方を通すのはおかしいと思う人はいるかもしれない。
 では、そう述べている人たちの主な理由は何だろうか?恐らく世界基準に合わせるべきだとか、他の国の音を正確に表す努力をしているのに中国だけ日本語読みなのはおかしいだとかそう       いったことだろう。後は、現地音なら向こうでも通じる…とかだろうか。
 
 だが本当にそうだろうか?現地読みをすることで現地でも通じると考えている人がいるみたいだが実際ほとんど通じない。クジラをホエールといっても通じず怪訝な顔をされるのと同じである。それに現地読みすることははたして本当に世界基準に合わせることになるのだろうか。言語というのはそれぞれの国がそれぞれ発展させてきたものであって、そこに基準も何もないだろう。又、先進国のどの国も日本を、にほん、にっぽんと正しく発音するだろうか?中国の地名以外にも日本人はその国の発音を採用してはいない。もし本当に採用しているのならば日本人がlとrの発音をアメリカで馬鹿にされることもないだろう。
 さて、反論をだらだら書いていても仕方がないわけだから、ま、ここらで自論を書いてみよう。
 僕は先述のとおり、言語は「自国内発展」のものだと思う。正直言って「文化」ともいえるだろう。過去から常に西安を「せいあん」と言ってきたことは日本の「文化」と同じである。人名ならばその人の名前は音に準して読まねばならないと思う。やはり、人名は大切にしなければならないし意味も通らない。だが、地名は日本人が分かりやすいようにと発展させてきた「文化」の読み方に合わせても不都合はないのだろうか。
 なんだか精神論みたいな話になってしまったが、まあつまりは自分たちが分かりやすいように表記してやること、これが大切なんじゃないかなぁ…ということである。
 よって中国地名は日本語読みで良いだろう。
1組 2組 3組 4組 5組
21 A・・私は中国語の地名表記について現地音にすべきだと思います。
「西安」というのを日本だけが「せいあん」と読んでいます。日本人としては、そのまま漢字を読むだけなので覚えることはないのでとても楽です。でも、それが世界へと舞台が変わると大変です。日本以外の国は、現地音です。「せいあん」と外国人に言っても伝わりません。だから、「シーアン」と呼ぶのを覚えなければなりません。これが、中国のほかの地名を覚えるとなるともっと大変です。つまり、最初から現地音で覚えておくと苦労はしません。
 また、相手の立場になって考えてみると中国では「東京」を「ドンジン」と呼んでいるそうですが日本人からしてみると全く違う。同様に、中国人も思っているのではないかでしょうか。

「相互主義」というのがあるらしいが、おそらくそれはまだグローバル化されていないころにできたものだろう。現代は、グローバル化されているのである。それをわざわざ、昔からしているから・・などの理由続けるのはおかしいと思う。

これらの理由から、私は現地音の方がいいと思いました。
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B 日本語表記のままでよい
 
理由は2つある。まず、中国語に限らず、外国語をカタカナ表記することで元の言語本来のアクセントは失われる。次に、中国語でも東京のことを「とうきょう」とは発音しない。”dong1jing1”と発音している。地図上でも漢字(簡体字)の表記のみである。以上より日本だけが無理に現地読み”風”にする必要はないと考 える。もし国内でしか通用しないというのであれば、広く使われている英語の読み方も知っておけばよいと思う。
 
23 私は、国名や地名は全て漢字で表記し、現地読みのローマ字でルビをふるべきだと思っている。
そうすれば、日本独自の文化も、外国の文化も尊重出来ると思うからだ。
実際に戦前?の日本ではそのような方法で表記していた(当時はカタカナでルビをふっていたが)。
しかし、授業でメヒコ(メキシコ)の例を知り、読みは現地のものにするべきだと考えた。そして、外国に行ったときにもちゃんと通じるように、ローマ字でルビをふるのが最適だとも考えた。
今から国名を漢字表記にすると、混乱が生じることは避けられない。しかしながら、携帯やパソコンの普及による漢字力・語彙力の低下を防ぐにはこういった多少強引なやり方もなくはない、と思う。
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 確かに、同じ表記なのに読みが異なると、記憶が混同して面倒だと思う事があります。覚える側としては、漢字をそのまま音読みした日本風の読みの方が記憶に残りやすいです。しかし、結局2種類覚えなくてはいけないのなら、是非現地音で統一してもらいたいです。現地の人にしてみれば、自分たちの土地が良く分からない音で読まれている事に疑問を覚えると思います。それだけでなく、これからグローバル化していこうという社会の中で、漢字ひとつをとっても(これは、日中間に限られてしまうかもしれませんが)統一していくことが重要視されるべきだと考えます。
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私は中国の地名表記は日本語読みで良いと思う。
まず一つの理由は、「現地で通用させるため」という意図で現地読みに近い表記をしても、通じない可能性が高いからだ。
また、観光目的で中国に行くときは看板や地図を見て目的地に向かう場面が多いため、カタカナ読みを知っているよりも、漢字で地名を認識できたほうが実用的だからだ。
「中国人と会話したいから現地読みが必要だ」というならば、新しく”中国語の音の現地読み”を学べばよい。
英語の場合だって、カタカナ読みを知っていても、結局”英語の音の現地読み”を知らなければ現地の人との会話は難しい。

また、勉強の面で考えると、できればどちらかで統一されていたほうが覚えやすい。
しかしペキン・シャンハイなどすでに日本語読みではないもので定着しているものもあり、全て日本語読みに統一するのは不自然な場合もある。
よって、すでに読み方が定着しているものについてはその読み方を優先しつつ、例えばテストの採点の時には「模範解答は□□読みだが△△読みでも○」といったように、うまく棲みあわせていけばいいと思う。
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A わたしは現地音で表記すべきだと思う。
 
まず一つ目に日本語読みにしてしまうと日本国内でしか通じないということ。国際社会になってきている今、海外で通じない読み方をしても意味がないと思う。それなら最初から現地読みにしたほうが国内でも海外でも通用するので便利である。
 
二つ目に日本語読みをしてしまうと現地の人が嫌悪感を抱くかもしれないということ。現地音のほうがよりその国の文化やニュアンスが伝わってくるし、日本の地名を外国語で言われていたら自分達も変に感じると思う。現地の人はその読み方に誇りを持っているかもしれないから国際関係を崩さないという面から見ても現地音読みにすべきである。
 
また地理と歴史を学ぶにあたって読み方が違うというのは不便であり、混同しやすい。これらの理由より、わたしは現地音読みに統一すべきだと考える。
27 私は現地読みで仮名をつけるべきだと思う。発音できないにしても、できる限り現地音に近づけるべきだ。読みやすいからといって日本読みにすることは、いくら漢字表記にしていても名前を変えていることになる。それなら土地に番号を振っていったって同じ事だと思う。少なからずその名前の響きがその土地の印象を作っているから地名というものがあるのだろう。それを勝手に日本語にかえてしまうのは失礼に感じる。
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私は中学で中国の地名をそこまで多く習ってないので覚えるのに苦労した事はないです。逆に私は遼東(リャオトン)とか読みの響きが中国っぽいほうが覚えやすいのではとも思います。例を挙げると、光州(クワンジュ)と重慶(チョンチン)は、漢字だけみるとどっちが韓国でどっちが中国か分かりづらいですが、現地音をみるとだいたい見当がつきます。このように、現地読みはその国らしさが出るので逆に覚えやすいのではと思います!!

P.S.
地図帳を見ていたら中国に寧波(ニンポー)という地名を見つけました。日本の忍者と関係あったら面白いなあと思いました。調べてみるとそこは遣唐使派遣時より日中間の交通の要だったらしいのでもしかしたら日本から忍者が渡ってたかも!!(笑)
29 (紙で提出)
現地読みで記すべきだと思う (以下略)
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31 A 現地音に合わせるべきだと思います。

私はあまり日本読みと現地音で混乱した事がないのですが、考えてみれば確かに2つあるのは面倒です。
そこで、日本読みと現地音のどちらが良いのかと考えると、
現地音は現地に行く事になった時等に発音だけ直せばよく、わざわざ新たに読み方を覚える必要が無く、楽です。
それに対し、日本読みは漢字をそのまま読めば大抵正しく読めて楽だといえるかもしれませんし、日本文化を大切に!ともいえるかもしれません。
しかし、グローバル化が進み、中国の影響力が強くなっている今は中国に少しでも慣れておく事が必要だと思うので、現地音に統一するべきだと思います。
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 A 私は現地音で表記するべきだと思う。 

おそらく、現地で日本語読みを使ったとしても、現地の人達にはほとんど通じないと思う。例えば、現地の人に、日本語読みで、場所を尋ねようとしても、ほとんど通じないために、意思の疎通を欠いてしまうと考えられる。また、日本語読みにすることで、現地の人からすれば、自分の名前や慣れ親しんでいる土地を、知らない言葉で呼ばれても正直不快に感じたり、分からなかったりすると思う。よって、日本語読みでは、困ることの方が多いため、日本語読みを覚えるよりも、より利便性のある現地音読みで最初から統一して表記し、覚えてしまった方が良いと思った。  

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A 私は、現地音で表記するべきだと思います。
 まず、学習の効率的な面で言って、教科により地名の読み方を使い分けなければいけないのは確実に面倒であり、本来学ぶべきところとは異なったところに注意を払わなければいけないのはおかしいです。
 次に、その学習の実用化をする場合についてです。学習とは、普段の生活で役に立たなければ意味がありません。日本の国際化が進むなかで、日本語読みや英語読みを使うのは現地の人々に失礼であり、そういった事態が起きないためにも、日頃から現地音に親しみを持っておく必要があります。
 以上の2点から、地名は、地理と世界史で統一して、現地音で表記すべきだといえると思います。
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A 私は、現地音読みにするべきだと思います。

まず、第一に、歴史と地理で読み方が違う、というのは学生にとってとても不便です。小学生のとき、実際とても混乱しました。歴史の教科書にのっている中国の地名や人名に二種類の読み方がふってあって、てきとうに好きな方で読んでいました。でも、そうすると、ある人名は現地読みなのに、ある地名は日本語読みで覚えてしまったりするし、二種類とも覚えようとして覚えられずに、漢字は書けるのに読めない、という状況におちいってしまったりします。

第二に、勝手に読み方を変えるのは失礼になることもあると思います。それは中国にかぎらないことだと思います。例えば、「山口さん」という人がいたとして、その人がアメリカに行って「Ms.mountain-mouth」なんて呼ばれたら、混乱すると思います。(そんなことはあり得ないと思いますが・・・。)多少、発音やイントネーションが違うのは仕方のないことですが、勝手にその国の言葉に訳されてしまったら嫌だ、と感じる人もいると思います。

たしかに、わたしたちにとって日本語読みの方がわかりやすいものの方が多いし、慣れてしまったから変えたくない、という人は多いと思いますが、一度統一してしまえば、また慣れると思います。

36 A現地語読みに統一すべきだ。

地名というのは、単なる名前ではなく、その地域の特徴や歴史を現す一種の文化という面を持つものだと思う。地形の特徴、その地域にまつわる伝説や人名などから名づけられ、人々に使われてだんだんと変化し、現在に至っている。

言葉の”音”は、昔から文字よりも人々に密接したものだ。その音を日本語読みにしては、その地名の持つ文化的側面をこわすことになる。地理はその土地の特徴や概観を学び、世界史は今までの変遷を学ぶことで、世界の国同士の関係性や文化を理解するものだと思う。だから、教科書の地名は現地語読みにして、その国の文化になるべく直接触れるべきだ。

確かに、カタカナ表記で現地音を忠実に表すことは不可能である。例えば「アメリカ」も、音は似ていても、アクセントの位置が現地音と日本での読み方では異なっている。しかし、現地の人には通じなくとも、在日外国人には通じる場合が日本語読みより多いのではないだろうか。

中国語は、漢字が使われているので、他の国の言語に比べて日本語よみされ易い。しかし日本語読みされると、戦前の日本の中国への植民地支配的な考え方が残ってしまうと思う。そのような考え方が教科書によって新しい世代に受け継がれることが無いよう、教科書の地名は現地読みに統一するべきである。
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A現地表記に統一するべき

現地を訪れた時、日本語読みだと現地の発音で地名を言われた時対応出来ないと思う。海外で通用するためにも現地語読みの方が良いと思う。
また、地名は固有名詞である。なので漢字であったとしても日本語として解釈せず中国語として解釈し、なるべく現地音に近い表記するべきだと思う。
38 A 現地語読みが良いと思う。

 グローバル化が進む中、様々な形で海外の人と交流する機会が増えてきている。今まで長い間、慣習として地名の日本語読みが定着し、国内では通用してきた。しかし現在の情勢を考慮すると、国際的に通用する現地語読みに転換していく必要がある。

 中国地名について考えたとき、中国が日本と同じく漢字文化を持っているとはいえ、同じ漢字で書かれた中国の地名を日本語読みしてしまえば、それはその地名を正確に表しているとは言い難いのではないだろうか。世界の中国以外の地名には、ほとんどカタカナが使われ、現地音にできるだけ近い音を再現しようとしている。その中であえて中国だけ漢字文化という共通点があるからといって特別扱いする必要は全くない。

 漢字表記については、中国以外にも多々例が挙げられる。例えばオーストラリアの大鑽井盆地や大分水山脈は、このように漢字で表すと、漢字からその盆地や山脈の特徴や命名理由などが推測しやすい。しかしその言葉が理解できるのは日本人だけであり、現地では決して通用しない。現地音を忠実にカタカナで再現するのは限度があり、カタカナ英語が英米で通じないことがあるように、現地音をカタカナで表現したところで確実に現地でも通じるとは限らない。しかし大鑽井盆地をグレートアーテジアン盆地、大分水山脈をグレートディヴァイディング山脈というように現地音に近い発音をすれば、正確な発音を知らなくても通用する確率は少なからずある。

 現地音の方が便利だからといって、いきなり全ての地名をカタカナ表記に変えても、慣習を無視することになり、スムーズにいかないかもしれない。しかし過去に固執し続ける必要はなく、むしろ世界に通用することが今重要視されていることなのである。地名表記についても、ステップを踏みつつ、流れ行く時代に適応していけるよう努めていくべきだと思う。
39 A 私は現地音で表記すべきだと思う。
理由は三つある。

一つ目は、人名などを日本語読みにしてしまうと失礼になってしまう場合がある。人それぞれであるかもしれないが、やはり現地で呼ばれていたように日本でも呼ばれたくないだろうか。中国では日本語名を中国語読み、日本でも中国語を日本語読みという「相互関係」もあるようでこの関係を崩すのは難しいと思うが、私は人名に関しては現地音で読むのが礼儀だと思う。

二つ目は、国内で通じても現地では通じないということ。グローバル化が進んでいる中、日本で日本語読みをしても、現地では現地音を覚えなければ通じないので二度手間である。

三つ目は、漢字文化のない国では現地音に忠実に表記しているので中国などだけを日本語読みにする必要がない、ということ。同じ漢字を使ってはいるがやはり違う言語なので、他の国と同じように現地音にすべきである。

以上から私は中国語などを現地音で表記すべきだと考える。
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