岳人 1986年4月号
 
富士山が見える最遠望の地を科学的に述べた最初の小文です。今からふり返ると、大きな間違いもありますが(最遠方の地を法師山としていることなど)、デジタルマップデータを使うことができない時代的制約を考えれば致し方ないと思います。「可視マップ」が、メディアに初登場したことでも歴史的意義のある文献といえましょう。
 OCRソフトで読み込みましたので、おかしな箇所があるかもしれません。ご容赦下さい。 
(2001年4月30日)
(2010年11月13日サイト変更)
 この時は大気差を考慮していません。その点、お含みおきください。
(2018年7月6日追記、微修正)
春雪特集/陽光の富士山
 研究/富士山頂から展望可能な山と地域
   距離333km 紀州・法師山が最遠の峰

「アッ、富士山が見える!」
 山頂から、車窓から、そして街中から士山が見えると、距離からすれば見えて当然であっても、何か特別なものを発見したかのように心がおどるものだ。その富士山は一体どこまで見えるのか(富士山が見える最も遠い場所はどこなのだろうか。昔から「富士見十三州」という言葉が使われてきたように、古くからのテーマであり、富士山に関する本にはよく取り上げられている話題である。
 しかし、その割に伝聞や限られた体験に基づく断片的な記述がほとんどで、科学的な説明やそれを地図化したものはまだ発表されていないようだ。私は、地図とパソコンを用いてこの問題にアプローチしてみた。そして伝聞の検証を含めて、一応の結論を得ることができたので、ここで紹介してみたい。

見える範囲の考え方

(一)、富士山から見える地表面の範囲(限界距離)の決定
 まず、富士山以外の場所を海抜0bと仮定する。これで原理的に考えることができる。その値は、ピタゴラスの定理から導かれた次の一般式から求めればよい(図1参照)。
 従って、海抜0bとした時の見える限界の距離は二一九`bとなる。
 ところで、図1でわかるように、この限界距離より遠方にあっても、視点の高度が大きければ、地平線(水平線)のかなたにあっても富士山を望むことができるわけである。だから本当の限界距離は、この両者を加えた次の式で示されることになる。
(Dを一次限界距離、dを二次限界距離と仮称する。D、dはkm、H、hはm)
 伊能忠敬の測量の記録にあるという八丈富士からの富士山を例に計算してみよう。富士山から八丈島までの距離は二六四キロ"。八丈富士の高さは八五四b。これを(2)式に代入すると限界距離は約三二四`bとなる。つまりこの高さなら三二四`b離れているところが見える限界というわけだから、その範囲内にある八丈島(八丈富士)からなら充分可能だというわけである。
 なお、詳細は省略するが、図1のA(地表面)の高度に応じてD、dは小さくなるので、山岳地帯を通して見る場合の限界距離は小さくなる。例えば一次限界距離はAの高度が一〇〇〇bの場合、一八八キロ`bとなる。
(二)、限界距離内で「富士隠し」の山のチェック
 (一)で富士山を中心に半径二〇〇`b内外の範囲が、一次限界距離として確定され、さらにその外側に、高度に応じて見える地域のあることがわかった(注1)が、それの障害として「手前の山」の存在を考慮しなければならない。地図帳を開けばおわかりのように、富士山の西側には三○○○b級の南アルプス、北側には二〇〇〇〜二五〇○bの奥秩父連山がそびえている。また各地に「富士隠し」の別称をもつ山があることを考えれば、こうした山々によってかなりの地域が隠されてしまう。このチェックを行わたければならない。

 これは富士山から見たA山、B山の「見かけの高さ」を比較して、B山のそれがA山よりも大きかったら見える、小さかったら見えない、という方法で行うことにした。遠くの山は、地球の丸さと遠近法の原理により二重に小さくなることに加えて、視点が日本の最高峰にあるため、地図上で読み取ったA山、B山の標高数値を単純に用いることができないのはいうまでもない。こうした時に便利なのが、一定の計算によって算出した「見かけの高さ」(注2)なのであるが、なにしろ数が多い上に、四則計算とはいえ少々やっかいである。

 そこで、手間を省くために、パソコンで処理できるようにプログラムを作成した。直感的にわかるようグラフィック表現もできるようにした。A山、B山の名称、標高、富士山からの距離をインプットすれば、見えるかどうかの判定が図と合わせて瞬時に示されるので、作業能率は大いに向上したわけである(図2)。
 なお陰になる地域が平地の場合(御坂山地と甲府盆地、丹沢山塊と相模原台地等)には、この考えの応用として、「富士の消える線」(注3)を描くことができる。平地の高度を一定のものとしておけば、富士山と手前の山とが、一致する地点を計算で求めることができるわけだ。

 パソコンによる地図化

 以上の考え方によって求めた値に基づいて、それを地図の上で、見える地域、見えない地域に区分していかなければたらない。作業の便を考えて、作図のベースにしたのは高校の地図帳に用いられている縮尺一〇○万分の一の地図。当初二〇万分の一地勢図を考えたが、大きくなりすぎ、とても猫の額のような自分の机の上では仕事ができない。蛇足であるが、地図を用いる作業の場合、こうした「物理的条件」から使用する地図の種類、縮尺がきまってしまうことがある。

 実際の作業としては、主に五〇万分の一地方図上で、富士山から気になる山、地域に向けて直線を引き、距離の測定をし、高さを読み取る(富士山頂は三七七六bの一点と考えてある)。そしてこれらの値をパソコンに入力し、その結果により、この山は見えないから×としたり、「富士の消える線」を記入していく。これを必要なだけ繰り返していくわけである。二〇万分の一地勢図や登山地図等も用いるが、細かい地形の読み取りは難しく精度には限界がある。一○○bの読み取り誤差が平面的には何十`bにも影響を及ぼす場合もある。また、見えないと判断したところが、おもいがけない「くびれ」から富士山の一部が顔を覗かせていることもあろう。その逆に、地図上ではわからなかったわずかの高みが障害となって実際には見えないのに、見えると判定しているケースもあると思われる。関東平野のように、大半は見える地域としてあっても、川ぞいの低地等で、明らかに見えないところがあるのは承知の上での表現であることも、了解していただきたい。

 こうして作成したのが図3である。時間の関係もあって充分に作業できなかった部分もあるので、あくまでも概念図として、理解いただければ幸いである(気象条件も一切考慮していない)。
 地図化で探る最遠の山

 地図をもとに、特徴点等を整理してみよう。
(一)、南アルプス、奥秩父連山は、巨大な「富士隠し」であり、その影響は非常に大きい。しかし、フォッサマグナの「すきま」、つまり中央線にそった地域では、平地からも富士山の遠望が可能である。小海線ぞいの地域も部分的に似た条件にある。

(二)、関東平野からは、マクロ的にはほとんどの地域から遠望が可能である。その中で水戸は筑波山の陰になるが、ギリギリのところである。犬吠埼は一次限界距離内であり、気象条件がよければ充分可能である(注4)。赤城山麓には富士見村があるように、ここからは奥秩父の上に頭が見える。しかし、前橋に向かうにつれ高度が下がるので隠れてしまう。
 なお、このようにかなり離れた場所であっても富士山が見えることにちなんで、各地に富士見の地名がある。しかし、恵那山(二一九〇b)の北にある富士見台のように、まったく見えたいにもかかわらずその名がある場合もあるのは興味深い(注5)。

(三)、富士山の西側では、京都の比叡山(八四八b)や愛宕山(九二四b)からの遠望の記録があるようだが(注6)、これはともに南アルプスの光岳から南方に延びる尾根によって遮られてしまう。残念ではあるが仕方ない。おそらく南アルプスの鋭峰を富士山と誤認したのであろう。比良の武奈ケ岳(一二一四b)もだめ。琵琶湖を越えることはできなかった。伊吹山(一三七七b)はギリギリで見える可能性がある。鈴鹿山脈は充分オーケーだ。
 紀伊半島は地形的には遠望の条件がよい。一次限界距離が伊勢湾であるため、二次限界距離を伸ばすことができる。鳥羽からの富士が遠望の例として紹介されることがあるが、頂上がチラッではなく、予想以上に下の方まで見えるのもうなずける。地図上からは近畿の最高峰大峰山の八剣山(一九一五b)からも見えることになる。そして日本最遠の地が和歌山県の法師山(一一二〇b)で富士山から隔たること三三三`b。ぜひ見てみたいものである。

(四)、北から北東方面は、山脈の走向の関係もあって、二次限界距離内の山が、手前の山につぶされてしまう。本州の脊梁地域であれば、いたしかたない。飯豊連峰あたりにがんばって欲しいところだが会津駒ヶ岳(二一三二b)等に隠されてしまう。吾妻山(二〇二四b)や安達太良山(一七〇〇b)の候補もあったが、いずれも日光連山や那須連峰に隠されてしまう。一般に那須あたりが、北東の最遠の地といわれているが、それを裏付けることになった。

(五)、北から北西方面では、有名なのが、白馬岳(二九三三b)。北東にわずか進んだ小蓮華山(二七六九b)からも可能なので、北アルプスではここが最遠の地であるようだ。姫川を隔てた雨飾山(一九六三b)は、江戸末期に刊行された「富士見十三州輿地之全図」に載っており、頂上からも富士山とおぼしき山が見えるのだが、実は戸隠連峰に隠されてしまう(注7)。
 富士山と並び日本三霊山の一つである白山(二七〇二b)からは、残念ながら障害が多く、望めない。また能登半島のどこかからぜひ、とさがしてみたが、やはり北アルプスの壁は高かった。
 いままでの説明で触れなかったものも含めて、各方面で最遠方の山を表にまとめた。

 百聞ならぬ百説は一見にしかず(?)、前の項でも述べたように、デスクワークにはおのずと限界がある。証拠写真が何よりも雄弁だ。かつて、丹沢の蛭ヶ岳(一六七三b)から北アルプスの穂高連峰をこのような方法で「発見」した時(注8)も、後に明瞭な写真で証明してもらうことができ、内心ホッとしたものだった。今後よりミクロなレベルでこの作業を続けていきたいと思う。拙稿を検証していただき、写真や情報をお寄せいただければ幸いである。
 資料提供等でお世話になった各位にお礼申し上げます。
(山岳展望研究会代表)
                                           
■注
1)作業を始める前には、二次限界距離内の地点(山)を地図の上でかなり規則的に(機械的に)求めることができると思っていた。しかし、一次、二次限界距離の接点(図1のA点)の高度のばらつきが大きく、かつそこに達する前に手前の山に遮られてしまうケースが多い。そこで、山岳地域では大雑把に二〇〇`b以上の距離にある一定の高さの山を、本文で記してある「見かけの高さ」の比較により個々に判定した。一次、二次限界距離の接点が伊勢湾になる紀伊半島の場合には、八丈富士で例示した考え方により、パソコン処理を行った。その後で、念のため「見かけの高さ」の比較により確認した。
2)拙稿「パノラマ写真の作成法と山座同定への利用」『岩と雪』一九八O年六月号
3)拙稿「富士の消える線を求めて」『地図の友』一九七七年七月号
4)辻村太郎「富士山の景観」『山と渓谷』一九四九年十月号に「・・犬吠埼から九十九里の海辺を前にして、朝日に映えた富士山頂の美しさを忘れかねるのである」とある。
5)田代・藤本「チャレンジ・ザ・パノラマ実証登山」『山と渓谷』一九八三年九月号
6)渡辺正臣『富士山と三ツ峠』(実業之日本社一九六二年)「東海道名所図絵・・の中に比叡山・京都の愛宕山・奈良の金峯山から見えるとある」。奈良の金峯山は大峰山のことであり、これは正しい。
7)拙稿「雨飾山から富士山が見えるか」『山と仲間』一九八四年六月号
8)拙稿「丹沢・蛭ケ岳から穂高が見えた!」『山と渓谷』一九八一年十二月