大潟富士
秋田県南秋田郡大潟村
2018年7月22日
2019年11月
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0394 水位塔
八郎潟干拓記念水位塔
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●標高0メートル 超ミニ富士…秋田・大潟村 - 読売新聞 2007年2月8日 より


日本第2の湖だった八郎潟を干拓して誕生した大潟村に、「日本一低い山」があると聞いて訪ねた。目指すは、村の中心、干拓地の中央にある「大潟富 士」。高さは富士山の1000分の1の3・776メートル。この付近は海抜マイナス4メートル程度だから、ちょうど頂上が海抜0メートルになる。だから、 「標高が日本一低い山」なのだ。

頂上まで23歩 干拓地に人工山 95年誕生

 着いてみると、やはり、小さい。盛り土という感じ。それでも、気を取り直して登ってみる。“登山道”は階段でわずか23段。頂上まで20秒もかからない。周囲で高いものといえば樹木ぐらいしかなく、思った以上に見晴らしがいい。夏は、緑に覆われた田園が広がっているのだろうが、今は辺り一面真っ白。ここは日本なのかと不思議な気分になる。でも、やっぱり寒い。凍えそうなので、早々に下山した。

 大潟富士は、1995年に造られた人工の山。県測量設計業協会が創立20周年記念事業として、92年に村に持ちかけたところ、建設費は村、設計費などは協会が負担することで、トントン拍子に話が進んだ。

 だが、地下約60メートルまで泥が堆積(たいせき)した軟弱地盤が災いし、工事は難航。土を盛っても、翌日にはひび割れして横滑りを始め、山は2週間で半分の高さに縮んだ。結局、高速道路工事で盛り土材に使う発泡スチロールを土台にすることで軽量化を図り、着工から1年がかりでようやく完成した。

ふもとに置いてある「登頂者名簿」には、毎年約1000人が記帳する。黒瀬喜多村長(62)も「海抜0メートル以下の干拓地を表現する面白い発想 だ。村民もみな、お客さんが来たら、ここを案内しているようだ」と胸を張る。工事を担当した鈴成建設(大潟村)の小山内幸一さん(48)は「山を造る工事 なんて後にも先にもない。名前の残る仕事ができて良かった」と話す。

 実は、「日本一低い山」を主張するのは大潟富士だけではない。江戸時代に造られた大阪市の天保山(4・5メートル)や、徳島市の弁天山(6・1メートル)など、「地図に載っている中で」「自然の山の中で」といった注釈付きで日本一をアピールする。

 大潟村は94年ごろ、国土地理院に対し、地図に掲載してもらうよう要望したが、認められなかった。同院では、〈1〉山の名称が公式なものか〈2〉目標物(ランドマーク)になるか――などの観点から、地図に掲載するかどうかを判断するという。しかし、「山」の定義は決まっておらず、低さに関する公式ランキングもない。

 「人々はいつも頭上の高さに日本海の水面が広がっていることを忘れてはならない」。干拓を記念した碑文の言葉に、湖を広大な農地に変えた、事業のスケールの大きさを実感する。頂上からの眺めとさわやかな気分を思い出すと、厳密な“低さ日本一”はどうでもいいような気にもなった。(小林佑基)

 標高と海抜 国土地理院によると、いずれも同じ意味で使われ、東京湾の平均海面からの高さを指す。同院は「標高」を使っている。明治時代、旧陸軍が東京湾で潮の満ち引きを測って平均値を出し、それを海抜0メートルとしたのが始まり。海沿いの低地などでは、一般的に海抜という言葉を使って高さを表すことが多い。

(参考)「最も低い山」(ウィキ)
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