田子の浦砂丘
2014年8月15日
2014年8月
吉原駅の南口から海岸に向かおうとすると、一山(一丘)登らなければならないことに気づく。
地図(カシミール3Dで山旅倶楽部の地図を閲覧)で見ると、等高線が走っており高くなっていることがわかる。
写真は、鈴川港公園津波避難タワーのある公園。地図でチェックのある場所)から南側を見たものである。公園より高い位置に住宅があることがわかる。
断面図を作ると次の通りである。左側が吉原駅付近。ポイントのあるのが撮影地点。
この「高台」が田子の浦砂丘である。
国土交通省中部地方整備局沼津河川国道事務所のサイトの「海岸の特性」がよく引用されているようなので、それから一部掲載する。
富士海岸は、富士火山の溶岩流が形成した急斜面の上に、富士川からの流出土砂が堆積した弓状の砂州(さす)からなり、富士川左岸より狩野川河口まで幅200〜800メートル、標高5〜10メートルの田子の浦砂丘と呼ばれる砂丘が形成されています。 沿岸の大部分は帯状に連なる標高2〜3メートルの低湿地で、さらにその背後には愛鷹山および富士山麓の斜面となっており、こうした地形特性から前面の海底勾配は1/3〜1/10と、他の海岸と比べて極めて急なものとなっています。
図もあるので掲載する(オリジナルではなかったが、わかりやすい図である)。
この砂丘の成因については、上記は「富士川からの流出土砂が堆積した・・・砂州」としているが、広報ふじ昭和53年】ふじ・あしたかの自然への招待6では、その先?まで書いている。
富士川の河口から沼津市の牛臥山(うしぶせやま)まで、海岸線に平行にできている砂丘を、田子の浦砂丘と呼びます。この砂丘は、沿岸州として発達した砂州の上に、風や波によって打ちあげられた砂が重なってできています。
 砂丘は、幅が200メートルから900メートルもあり、高さは平均10メートルで、高い所では20メートルもあります。
津波の時は、自然の防潮堤の役割を果たすのだろうか。田子の浦港(掘込式人工港 1961年開港)で外洋に直接繋がってはいるが・・・。
(上記には何ら新たな知見はありません。地元の方には何を今更の内容と思います。現地を歩いた後での自分の「学習メモ」ですm(_ _)m)。
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