天声地理人語
旧 地理天声人語
旧々 (仮)地理女子 地理男子 の主張 2013
趣旨説明(配布プリントより)
4月30日微修正 10月タイトル変更 11月タイトル変更
小論文演習をかねて授業記録を550~600字で天声人語風に記録
授業のまとめ、ということではなく(それでも構わないが)、その時間の内容に 関わることをテーマに書くのが望ましい。550字は「声」欄の字数を念頭に置いている(投稿してください)。
●順番:名簿順。1時間一人。
●遅くとも翌週までに田代まで送信。ということはホームページに掲載!
http://yamao.lolipop.jp/fuzoku/3chiri.htm
●字数は厳守(±5字は許容)。タイトルは字数に含めない(つけてもつけなくても可)
●担当者の番号は便宜的なもの。名前は本名とは限らない。
●この企画のタイトル募集中
 

授業日 担当者 内容
4/1 山尾望 以下、サンプルです(声欄に投稿したのですが、没になりました(^_^;))。
電子地形図25000について

本紙既報のように国土地理院の電子地形図25000が全国整備された。サイズや画像の種類といった形式的なことだけでなく、図の範囲や等高線の色、表現される内容まで選択できるのが特徴だ。新しい地図から送電線が消えるとして問題になったが、電子地形図25000ではもちろん描かれる(選択項目だが)。地理院によれば、さらに建物の色や、地形を立体的に表現するためのオプションもまもなく公開されるそうだ。
選択肢が増えるのは嬉しいが、どれを選べたよいのかという悩みも出てくる。注文画面の最初の設定項目をどれにするかが重要になる。用途によってどの項目が良いのかの説明が欲しい。図の範囲を選べるのは画期的だ。以前登った槍ヶ岳は、2万5千分の1地形図が4枚必要だったが、今回は、核心部だけならA3判1枚ですむ。また何回も印刷できるので、気軽に書き込みができる。売り上げが伸びないのでは無いかと心配をしてしまうほどだ。ところで一つ大きな問題がある。それはネーミングだ。地図だから当然縮小されておりこれは「電子地形図25000分1」でなければならない。現在の紙の地形図を2万5千図と呼ぶことはあるがそれはあくまでも略称だ。縮尺について誤解を招かないためにも早急に正しい表現にかえて欲しい。それを選択にするのも一案ではあろうか。
 4/12 朝倉利哉 私たちが普段目にしている世界地図は、本来球面である地球の形を平面に表わそうとしたがために歪みが生じ、方位・角度・距離・面積などの様々な要素が実際のものと異なって表わされている。たとえば、平壌からロサンゼルスに向けての弾道ミサイルの飛翔経路をメルカトル図法の地図で見てみると、平壌からの弾道ミサイルは日本上空を飛んでいくように見えるが、実際はそうではない▼最近の日本国内では各地での震災や北朝鮮の動向、これらについてさまざまな議論がテレビやラジオで報じられてくるそんな今だからこそ地図に描かれていることを正しく理解することが今まで以上に要求されているのではないだろうか。普段私たちが見慣れている地図でも、その地図の持つ性質をしっかり理解していないと、専門家の話を聞いていて「あれ?」と思う場面があるだろう▼地球のより正確な情報を掴みたいのであるならば、地球全体を見ることのできる地球儀を用いるのが好ましい。地球儀は地球の相似であるため、方位や角度、国土面積の比率も正確であり、縮尺さえ決めてしまえば地球儀のサイズも決まってくる。地球儀をじっくり観察すれば、平面地図からは読み取れない多くのことを発見できる。日々変わっていく世界情勢や環境の変化の中で、正確な知識を得るためにも、日常的に地球儀に触れる必要がある。
4/17  1-3   サマータイムという言葉は誰もが聞いたことがあるだろう。サマータイムとは太陽が長く出ている春から秋までの半年間の昼間の時間を有効に使おうということで、時計を標準時より一時間進めることをいう。主にヨーロッパや北米で実施されていて、日本でも戦後に少しの間だけ行われた。
 さてこのサマータイムにはメリットとデメリットがもちろんあるのだが、僕はメリットのほうが多いと思っている。経済面でのメリットはもちろん、早く帰宅することで生まれる時間が個人的には魅力的だ。一方デメリットは時間を早めることで逆に電気を使う量が増えることや混乱が生じることなどがある。メリット、デメリットはこれだけではないはずだが、単純に考えてもメリットのほうが多い。
 ではなぜ日本では導入されていないのか。世間では「日本でサマータイムを実施すれば残業時間の増加が懸念される」ということが言われているが、これはリスクを恐れているとしか思えない。今日の安倍政権はアベノミクスと呼ばれる思い切ったインフレ政策で好景気のきっかけをつかんでいて、三本の矢なる政策も打ち出している。だがもっとこのようなリスクを恐れない政策というのが経済の発展のためには必要だ。だからこそサマータイムを導入してみてはどうだろうか。まずはそのための議論が始まることを願うしかない。
4/19① 岡田秀明 今日、多くの人にとって地図は紙媒体を通してだけではなく、ネット上で地図を見るということが機会がふえてきつつあるだろう。例えば、代表的なものにGoogleマップが挙げられる。衛星から撮った航空写真や、詳細な情報が得られるストリートビューも備わっており、眺めていてもなかなか楽しめる。
 ところで、ネット上で見られるGoogleマップなどの地図の多くが、メルカトル図法で作られた地図であるということはご存じだろうか。簡単に説明すると、このメルカトル図法には緯度によって地図上での縮尺に歪みが生じる、という欠点がある。市町村レベルを見るときならその歪みは無視できるほど小さなものであるが、日本全体や世界の国レベルだとそうはいかない。なるほど、Googleマップで南北にスクロールしてみると、スケールバー(縮尺を表すもの)が変化している。例えば、日本と赤道とでは2倍近い差があることがわかる。高緯度地方になるとその差はさらに大きなものになる。それ故に、グリーンランドも面積が非常に大きい地域だと勘違いしていまうことも容易に想像できる。
 以上のような問題があるので、ネット上で気軽に地図を眺めるなどいうときにも、地図を間違った風に捉えてしまうことになりかねない。正しい地図の読み方を学んでいくことこそが、適切な情報を取捨選択する必要があるこのネット社会には必要になるのではないだろうか。 
4/19②  1-10  最近の地図はすごい、行き先を調べられるNAVIもあれば、住所での検索もものの10秒足らずである。NAVIでは歩くごとに矢印も一緒に動き、まるでだれかに監視をされているようだ。検索ではご丁寧に目標の建物だけでなく周りの建物の名前まで明記される。グーグルでは上空写真から個人の家の外観まで全て見る事もできる
 私は地球儀や地図が大好きだ。地球儀を回しているだけ世界を旅しているような気分になり、次はどこの国に行ってみようか?とひとり空想にふけることも止まない。
地図では、目的の地名や場所を見つけると宝物を見つけたような気分になる。宝物を見つけるために経度と緯度で調べることもあれば、大きな目標となる川や山を探し出しその周辺を目と指で追って行く。このわくわく感とどきどき感は地図でないと味わえない。珍しい地名や天気予報やニュースで耳にした地名を目にするとお得感さえ感じる。目的がなくても地図を見ているだけで何時間も時間をつぶすことができる。
 今の地図はどうだろう。確かに便利である。目的を果たすことのみが地図の役割となってしまった。地図を読めない女という題名の本があったが、現在では地図を読めない子どもが増えているようだ。家族旅行はカーナビに頼り、携帯やスマホで瞬時に検索ができるため、地図を片手に歩いたり、道行く人に道を尋ねる事もなくなった。
 地図の楽しみ、深さを是非とも味わってほしいものだ。
4/24①  1-4    われわれが普段目にする世界地図は、実は世界を正確に描き写したものではない。地球儀はわれわれの住む地球をそのまま縮尺したものであるが、平面である地図に世界を描くのは別の話である。球体である地球を平面である地図に描き写すには、どこかに必ず歪み(ひずみ)が生じるのである。だから、全てが正確に縮尺された地図は存在しないのだ。そのため、地図は目的によって様々な形に作り替えられている。
  地図は何を正確に描くかによって大きく4つに分類することができる。面積を正確に描き写した「正積図法」、2点間の角度を正確に描き写した「正角図法」、2点間の方位を正確に描き写した「正方位図法」、して2点間の距離を正確に描き写した「正距図法」である。どの図法にも一長一短がありそれぞれ目的に応じて使い分けるのである。また、4つを全て組み合わせて面積・角度・方位・距離が正確な地図は何度も言うように存在しないのだが、2つを組み合わせた「正距方位図法」は実際に存在し、航空機の運行などに使われている。さらに、ごく狭い範囲ならば全てを正確に描くことができ(「UTM図法」など)、地形図などはこの図法で描かれている。
  地図にはそれぞれに性格があり、得意なものや不得意なものがある。われわれは地図を使うときにはその性格をしっかりと理解して使わなければいけない。
4/24②  1-5  先日(とは言っても10日ほど前になるが)、4月19日は記念すべき地図の日である。1800年のこの日、伊能忠敬が蝦夷地の測量に出発したことを記念し定められた。彼の遺した大日本沿海輿地全図は同時代のヨーロッパの測量技術に比しても劣らないほどの正確さだという。彼の測量の表向きの目的は防衛のための地図作成であることは周知の通りである。
 しかし、当初の目的は少し違う。個人的に緯度1°あたりの距離を正確に測り、地球の大きさを算出したいと考え、地図作成は幕府から許可を得るための名目にすぎなかったのだ。そして実際に、地球の直径を現在の数値と0.2%の違いしかない、極めて正確な値を出すことに成功したのである。この点、彼の目的は十分に達成されたといえる。
 しかしながら、(難癖をつけようという気はないが)彼の地図にはわずかながら東西方向のずれが認められている。彼の地図はあくまで、狭い地点ごとの正確な測量を行うことにより得られたものをそのままつなぎ合わせ、その上から計算により経緯線を描いたのである。その結果、歪みを考慮せず、その修正を加えなかった。これが誤差の一因であると考えられている。
 とは言え、それを考慮しても、彼の地図は驚くほど正確だ。情報や技術がまだまだ乏しい時代にこれほどのものをつくりあげた彼の功績は計(測)り知れない。200余年前の彼の努力に想いを馳せるとともに、地図の奥深さを学ぶ今日この頃である。 
4/26①  1-11   「今日は何の日?」と聞かれると国民の祝日以外は普通の平日だと捉え、「何の日でもない」と答える人がいるかもしれない。しかし、その日は過去に重要な何かがあった日かもしれない。例えば4月26日はチェルノブイリ原発事故が起きた日である。今日、東日本大震災による福島第一原発での事故の問題を抱えているこの日本では、4月26日は「何の日でもない」日では済まされない。
 チェルノブイリでは事故から30年以上経った今でも放射能汚染などの影響で居住不可能な地域や後遺症に苦しむ人が絶えない。我々が住んでいる東京は福島の事故現場から離れていることもあり、そこまで大きな危機感は持たずに日常を過ごしている人や、自分には直接関係のないことだと考えている人も多いのではないだろうか。だが実際はチェルノブイリのようにこれから数十年に渡って被害が続くことが予想されるのを考えると、いくら自分自身に直接影響がないとはいえ国内で大変なことが起こっているのだから、せめて心の片隅にでも事故のことを留めておいて欲しいと願う。 他にも有名なものを挙げれば、東日本大震災のあった3月11日、米国での同時多発テロのあった9月11日など重要な日はたくさんある。今日は何の日なのかを気に留め、過去の出来事への理解を深めるきっかけになれば、それはとても意味のあることではないだろうか。
 1-17  
4/26②  1-22  みなさんは、「地図から消された島」、大久野島をご存じだろうか?瀬戸内海に浮かぶ島で、ジュネーブ議定書で禁止された毒ガス製造工場があったため、陸軍が発行した地図において空白地域として扱われた。
 戦時中は『戦時改描図』と言って、大久野島のように意図的に地図が改描されることがたびたびあった。だが実は、現在の日本でもつい最近まで、インターネット上で公開している2万5千分の1の電子国土基本図から消されていたデータがあった。「テロの恐れ」などを理由に電力会社に断られたため、送電線を掲載していなかったのだ。送電線は「登山の際の目印として活用されている」「誰でも見られる送電線の情報を電力会社が出さないのはおかしい」との声があったため、2012年3月、国土地理院は改めて電力会社にデータの提供を要求、再び拒否された場合は紙の地図にあったデータを使って電子国土基本図でも送電線を見られるようにした。また、一部を消していた発電所や変電所も「戦時改描を思わせる」との意見が寄せられ、同時に復活した。
 しかしこのことを知った後、某サイトにおいて問題になっていた箇所を電子国土基本図で確認したが、いまだに送電線も発電所も描かれていなかった。
 私は今まで地図を疑ったことがなかったが、現在国の機関が発表している地図でも、戦時中と同じような改描が行われていた。地図の情報を鵜呑みにするのではなく、現地との違いを考えることも必要かもしれない。
 5/1①  1-8

地図の端に書いてある”1/50,000”のような数字が一体何なのか、考えたことがあるだろうか。読者の中には「縮尺」と言う語だけ知っているという人も多いだろう。地図に関する日常用語の中で、分かっているようで、意外と分かっていないのが縮尺である。

縮尺とは、図上の長さと実際の長さの比の事である。「縮尺が大きい地図」というのは、この比の値が大きい地図であるので、1/25,0001/50,000なら分母の大きい1/25,000の方が大縮尺と言う事になる。そして縮尺が大きい地図は、実際の長さを縮めた割合がより少ないので、同じ図の大きさではより少ない範囲を描いているという事になる。このように縮尺は実際の長さと図の長さを関連付けるという点において非常に重要な役割を果たしている。

しかし、この縮尺の値が使えない地図もある。世界全図のような非常に小縮尺な地図だ。このような地図は、球体である地球を何らかの方法で平面に投影しているため、どうしても歪みが生じてしまう。結果、実際は同じ距離でも地図上では違う長さになってしまい、縮尺が地点によって違うことがあるのだ。このような地図は長さではなく、面積や方位など別の要素を正確に表すためのものなので、長さについてはむやみに鵜呑みにしてはいけない。

うっかりしていると間違えやすい「縮尺」という概念ではあるが、これを正確に認識することで地図を読む力は飛躍的に向上するだろう。今後大切にしていきたい認識の一つである。

  
 5/1②  1-14   情報リテラシーという言葉を最近よく耳にする。テレビ、インターネット、新聞などにより様々な情報が飛び交う現代において、偽の情報が行き渡ることはどうしても仕方が無いことである。wikipediaなど信憑性に欠いた情報は当たり前のように存在する。それだけに情報リテラシーを身につける事は必要不可欠である。
 情報を伝える媒体の一つに地図が挙げられる。地図は時代の流れを反映する。同じ地域の異なる時代の地図を見ることによって地形の変化はもちろんのこと、時代の流れを読み取ることが出来る。また最近では新しい地図記号を作ることもあるようだ。風力発電所や老人ホームなヘッドホンどがその例である。これらは環境問題や高齢化社会などの現在の日本の社会が抱える問題が地図に反映されているといえる。地域は変化するためその都度書き換えすなわち改描が行われるものだ。
 しかし戦時改描図は一般の改描とはわけが違う。この改描は戦争中国防の目的で行われたものだ。戦時改描図だけではない。もっと記憶に新しい身近な例がある。原発の安全神話だ。原発事故は誰もが事故が起こるまで偽の情報を信じきっていたということのいい証拠だ。
 我々の情報リテラシーは意外なところで試されている。油断は禁物だ。酷い目に合うことは身を持って体験済みである。
  
 5/8①  1-20  政界、芸能界、スポーツ界など同じ業界における親子二代に渡っての活躍が近年目立っている。ロンドンオリンピックではハンマー投げの室伏広治やウェイトリフティングの三宅宏美など親がオリンピック出場経験のある選手が多く出場した。現内閣総理大臣の安倍晋三に至っては父親が元外務大臣だったのみならず、祖父二人が両者とも元内閣総理大臣であった。▼大陸移動説を提唱したウェーゲナーと植生分布を元に気候区分を行ったケッペンが親子で会ったことをご存知だろうか。正確に言えば、ケッペンの娘のエルザとウェーゲナーが結婚して出来た義理の親子関係であった。▼ウェーゲナーが大陸移動説を提唱した当時、決定的な根拠が無かったため多くの学者が批判的であったのは有名な話である。義理の父のケッペンも批判的であったと言われている。しかし彼の死後、プレートテクトニクス理論によって大陸移動説の正当性が立証されウェーゲナーは義理の父親ケッペンとともに日本の高校生ならもちろん誰しもが知っている存在となったのである。▼このような親子二代に渡る偉業は過去にも現在にもたくさん見受けられる。偉業を成し遂げたのが偶然親子だったというわけではなく、親子だったから成し遂げられたということが多いに違いない。今後も親子による更なる活躍を期待したい。
  
 5/8②  1-33  富士山の形は円錐形で世界一きれいだと言われ、多くの文学者がその美しさを語ったり、絵に描いたりして、日本特有の文化が築かれてきた。一方で、日本には、他にもたくさんの火山を持ち、それらの噴火による犠牲者も少なくない。それは日本が新期造山帯に属し、造山活動がいまだ進行している環太平洋造山帯に位置しているからである。知らないままにわれわれは自然の脅威にさらされているのである。
 例えば富士山の噴火は、東日本大震災のあと、プレートが動いたことにより、確実にその危険性が増している。ヒマラヤ・アルプス造山帯に属するヒマラヤ山脈がインド・オーストラリアプレートとユーラシアプレートの衝突によってできたように本州と伊豆半島がぶつかってできていて、そのプレートが動いたからだ。
 このようにきちんと自国と他国の地形の連なり具合を比較し、その僅かな変動を認識することによって地震予知がより正確になってきている。多くの地震を常日頃感じる今日、われわれはそれらの情報を正確に受け取り日々の備えをしていくことが大切だ。
 きちんとした地形図の認識はわれわれがその情報をより深く理解するのに役立つものだ。その際、最近注目されているという地形図を土地質の違いによって分けた微地形区分図を利用して土地の良質・悪質を考えるなど、様々な視点から色々な地図を見るのも一つよいかもしれない。
  
 5/10①  1-17   2011年の東日本大震災や、今年の4月に起きた中国四川省の地震、これから確実に起こることが予想されている東南海地震など、巨大地震が起きる原因は今ではウェーゲナーのプレートテクトニクスの考え方によって説明できる。しかしその考えが発表されたのは1910年代、広く認められたのは1960年代以降と、どちらも意外と最近の出来事である。
 ところで、地震はプレートテクトニクス理論発表以前にも幾度となく起きていたはずだ。では、昔の人たちは地震の原因をどのように考えていたのだろうか。
 まず日本では、地中の大ナマズが暴れることで地震が起きるという説が古くからある。いまでもよく知られているだろう。ヨーロッパでは神が起こすとされ、仏教では傲慢と不満が原因とされている。どれも迷信のようなものだが、古代ギリシアのアリストテレスのようにきちんと科学的に考察した人もいる。しかしそんな考察も、プレートテクトニクスを知ってしまったわれわれ現代人からすれば「ちょっと違うよ」という感じだ。
 でも、長い間よくわからなかった自身などの地学的現象を統一的に説明できるプレートテクトニクスも、一般に正しいとされるまで数十年かかっている。あまりにも斬新な考えだったので「そんなのありえないよ」と相手にすらされなかったのだろう。もしかしたら現在の無理難題の非凡で画期的な解決法も相手にされず埋もれているかもしれない。
5/10② 1-24  地球が誕生したのは今から46億年前のことである。それから現在までの間に地球はその姿をがらりと変化させてきた。例えば、現在地球上で最高標高地点のエベレストを持つヒマラヤ山脈。これは、インド・オーストラリアプレートとユーラシアプレートという二つのプレートがぶつかり合ったことによってできた山脈である。今は平原が広がり安定陸塊と呼ばれるアフリカ大陸も、昔隆起したものが長い長い時間をかけて風化されて、現在の状態になっている。また、日本の伊豆半島。これは昔は本州と離れていたものがプレートの動きによって徐々に近づきあってできたものだ。私たち間にとってはただの地面のように感じられる地球も、私たちと同じように生きているのである。
 私たち類は何万年何千年もの時間をかけて進化発展をとげてきたしかし地球の誕生から現在までを一年間に換算すると類誕生は12月31日の23時59分だと言う。類の生きてきた長い年月は、この地球の生きてきた年月から考えれば本当に微々たるものなのである。
 地球環境の悪化が叫ばれる今日。地球に優しい暮らしを考えるのなら、日頃は考えもしない地球のこれまでの変遷に思いを馳せ、地球にとってはほんの一瞬しか生きていない間が地球を滅ぼそうとしているということの軽薄さに改めて気づく必要があるだろう。
5/15① 1-18 みなさんは「今日は何の日?」と尋ねられたら、即座に「〇〇の日だ!!」と答えられるだろうか?  そう今日5月15日は沖縄が本土に復帰した記念すべき日である。
▼先月の28日に、主権回復の式典が行われ、本土と切り離された沖縄県民にとって、とても屈辱的であった矢先である。
▼こうしてみると記念すべき日であると先程述べたが、それはいささか軽薄ではないだろうか。沖縄にあまり関係のない人には、日本の領土が戻った祝福すべき日であるとしか感じられない。しかし、日本政府の全体の利益を追求し、マイノリティを切り捨てるという、この勝手な都合が沖縄県民の心に深い傷を与えている。
▼残念ながら41年経っても変わらない、「要石」と呼ばれる軍事拠点の現実。安全性の懸念されるオスプレイの使用頻度は高まり、日本の仮の軍事力は違憲のグレーゾーンまで侵食してきた。
▼昨年11月に沖縄に行って、読谷村で民泊をし、変わらない基地の様子、昔から続く苦悩を心で理解した私も、この現状に胸が痛くなる。
▼このような、利益を追求したしわ寄せが小さな島に及ぶ事例は沖縄だけとは限らない。尖閣諸島と中国、竹島と韓国、北方領土とロシア。進展する気配のない、形だけの会談がまかりとおっているこの世の中。やはり、日本の主に本土の国民一人一人が、これらの小さな島の人の立場に立って、真剣に問題に立ち向かわなければならない。その為にはまず、各島の現状をしっかりと知る必要があるのではないだろうか。
5/15② 2-1  リアス海岸という地形がある。山地の沈降や海水面の上昇によってできた入り組んだ海岸線をもつ海岸のことであり、日本では代表的なものとして福井県の若狭湾や岩手県と宮城県にわたる三陸海岸などが挙げられる。そしてこのリアス海岸と関わりの深い自然災害が、津波である。奥に入るにつれて海の幅の狭くなるリアス海岸では波が高く押し上げられ、また陸にぶつかった波が跳ね返り増幅されることでより高い津波になるのである。
 岩手県及び宮城県の三陸海岸は、2011年の東日本大震災で津波により甚大な被害を被った。記録によると岩手県の宮古や宮城県の笠貝島では40メートル以上の高さの地まで津波が到達した。これは観測史上最も高いものだという。またその波は場所によっては海岸から数キロメートル奥まで至っていた。リアス海岸である三陸海岸ではこれほどの驚きの規模の津波が発生していたのである。
 実は三陸海岸では、それまでにも1896年の明治三陸地震や1993年の昭和三陸地震の際に30メートルから40メートル近い大きな津波に襲われている。しかしそれから長い年月が経った2年前の震災でも津波を食い止める方法はなく、ただ逃げるのみであった。津波に対しては人と自然との共存、という平和的な考えは通用しないのかもしれない。このように自然の強大さを痛感すると、しみじみとしてしまうものだ。
5/17① 1-29  勉強や仕事において頑張ったからと言って必ずしも良い結果が出せる訳ではない。まして、恋愛や人間関係において全てが自分の思い通りになるなんてことは絶対と言っていい程あり得ないことである。
 かつて、人々は文明を築くにあたって河川とうまく付き合っていかなければならなかった。河川は、降水量などとの関係において、その水量が増減する。増水したときには、上流から運ばれる土砂を含んだ水が河川から溢れる。河川の氾濫が人間の生活面や経済面に多くの破壊的影響を与えるのは今も昔も変わらない。人々はなかなか思い通りにならない河川とうまく付き合っていく為に知恵を絞り工夫をするようになった。
 一方で、思い通りにならない河川がデメリットだけでなくメリットをもたらす場合もある。小規模で高い頻度で起こる洪水は、地下水を満たしたり、枯渇していた栄養分を補給して土壌を肥沃化したりするのだ。
 自分の思った通りに全て物事が進んでいけば私たちは知恵も絞らずただただ脳みそをふやかしながら日常生活を送っていくことになるだろう。そんな世の中は退屈で仕方がないと私は思う。思い通りにならないことは別に悪いことではなく、むしろ、その人の人生を豊かにするものであり、思い通りにならないことにへそを曲げ、問題から逃げてしまうような態度こそ変えなければならないものだろう。
5/17② 1-34 皆さんの家の近くに川はあるだろうか。私の家の近くには目黒川がある。私が今まで少し疑問に思っていたのは、渋谷などの大都市に川をなかなか見かけないことだ。▼ところで皆さんは暗渠というものをご存知だろうか。私は前回の授業で初めて知った。暗渠とはそもそも地下に埋設したり、ふたをかけたりした水路のことをさす。(大辞泉より)よって河川を地下に流れるようにすることを暗渠化という。先ほどの渋谷を例にあげると、渋谷では渋谷川やその支流の宇田川などが暗渠化されている。たとえば普段私たちが何気無く歩いているセンター街の下には宇田川が流れているのだ。これが大都市であまり川を見かけない理由である。▼しかしなぜ暗渠化されたのだろうか。他の川と同じく、川を避けて他のものを開発しても良かったのではないか。渋谷をまた例にとってみる。昭和20年代以降、工業排水や生活排水が川に流され、川は汚れていった。よって1964年の東京オリンピックをきっかけに暗渠化されたのだった。今では源流を失い、水はほとんど流れていない。▼今、失った水流を取り戻すために清流復活事業の一環として川に毎日多くの高度処理下水を流している。しかし失った自然を取り戻すには多くの労力、時間、お金が必要である。失った自然を取り戻すことも重要ではあるが、それに労力をかけるよりも、今ある自然を守る方が大切なのではないだろうか。
5/22①
5/22② 2-07 [気候の記号について寄稿するという奇行]
 Cfaが何を意味しているのかご存知だろうか?aを参照せよ、といった意味ではない。残念、それはcf.aである。答えはケッペンの気候区分において温暖湿潤気候を指している記号だ。温帯を意味するC、1年通して降水があるというf、夏に暑くなるというのを意味するaの3つが合わさって出来ている気候区記号。温暖湿潤気候と聞くと名前の響きはいいのだが、温暖湿潤気候と対をなす、夏も暑くならないCfbは西岸海洋性気候というごくごく普通の名前である。その差は夏に暑くなるかならないかだけであるというのに。見た目だけで物事を判断してはいけないとはよく言うものの、見た目で実際に受ける印象が全然異なるのだから困ったものである。やっぱり見てくれは大事ということか、あゝ無情。
 さてその温暖湿潤気候であるが、大陸の東岸部に位置していて、気温の年格差が大きく四季の差が明瞭。更に熱帯低気圧や季節風の影響も受けるためそれに伴って降水量も多い。要は気象変化が著しいといったところだろうか。 因みにここ東京も温暖湿潤気候である。 他には、東アジアやアメリカ東部、オーストラリア東部に南アフリカ東部、黒海沿岸部やカスピ海西部沿岸などなど。本当に東部が多い。
 東京はまさに梅雨の6月に入ろうとしている。6月は梅雨でただでさえジメジメとするというのに、国民の祝日は1日もなく挙げ句の果てにはテストがあるとという。6月なのにろくでもないことこの上ない。
5/24① 1-37 地球の大気は循環している。これは高緯度と低緯度の間で太陽から受ける放射熱の差が原因であり、そこにコリオリ力が加わり大循環となる。また、このような大気の大循環は地球に限った現象ではない。太陽系の殆どの惑星は大気を持ち、それぞれの惑星で独特の風が生じている。火星の大気の大循環は比較的地球に似ているとされているが、その他の惑星では相当特異な循環も見られる。その特異な例として金星が挙げられるだろう。
 1974年に米国の探査機が撮影した画像によれば、金星において雲はどこでも自転と同じ方向に100m/秒もの速さで流れ、約4地球日で1周していたようだ。これは大気が地面の60倍もの速さで回転していることを意味する。金星にこのような風が吹いていることは、フランスのアマチュア天文家が1957年に先に発見していたようだが、同じ頃地上からのレーダー観測によって金星の自転速度が大変遅いことがわかったため4日で1周する風などありえないと決め付けられ無視されていたらしい。
 数十年後に正しいとされる現象もその当時では相手にもされない。そのようなことは発見の歴史の中ではよく聞くことである。確かに今回の金星の例でも地球を基準に考えると受け入れ難い不思議な風だ。しかし事実として金星ではあり得たのだし、可能性は無限大。この例から、可能性を限定しないことや自分の物差しで図りきらないことの重要性を教訓として得ることができた。
5/24② 1-39 “風船爆弾”というものを知っているだろうか。風船爆弾とは、太平洋戦争で日本が使った武器である。和紙で作られた巨大風船に爆弾を取り付け、ジェット気流にのせてアメリカまで飛ばして攻撃する。無謀に思えるが、いくつかはアメリカに行き着き被害を出した。ピクニック中の子どもを含むアメリカ市民の命を奪った。一方で、この風船爆弾は当時私たちと同年代の女子学生が過酷な労働を強いられ作ったものだ…。
 アメリカでは市民が殺されたショックは大きく、風船爆弾を保存しこの悲劇を後世に伝えようとしている。日本では、同じ太平洋戦争でたくさんの日本人の命を奪った原爆の恐ろしさを伝えるため原爆ドームが遺され資料館などもある。日本人は、アメリカ人が原爆を知らなすぎると非難する。しかし、日本人は風船爆弾を知らない。原爆も風船爆弾も同じように罪の無い人の尊い命を奪った。もしかしたら、同じように罪の無い人々の手で作られたのかもしれない。そして、同じように平和を訴える力を持っているのではないだろうか。
 被害を受けた国がもう二度と同じ過ちを繰り返さないようにと願うのは当たり前のことだ。しかし、他にも忘れてはならないことがある。自分たちの過ちから目を背けてはならない。本当に平和を願うなら、事実を知ることから始めるべきだと思う。
5/29①
5/29② 2-23 今日たくさんの農産物を生産し輸出しているアメリカだが,その現状には多くの問題があるようだ。
そもそもアメリカは,自然的条件に恵まれている上に,二次大戦後の大きな農業生産力の発展により,現在の「農業大国」としての地位を築いた。しかし,大型機械や多収量品種の導入といった資本集約化により,農民の貧富の差が広がり,「家族農場」からアグリビジネスへと農業支配を強めた。この支配で,農業による利益は穀物商社やアグリビジネスにそのほとんどを取られてしまっているようである。
また,グレートプレーンズで行われているセンターピボットは,地下水脈の枯渇をもたらすのに加え,農地の廃棄を進めるという問題を抱えている。この方式は大量の化学肥料、農薬を使い生産性を高めるが、この農地の寿命は平均約20年で,この間に農地の塩化が進んで栽培が困難となり、その後は廃棄されるようだ。そして近辺に新たな農地を開発し、また数十年たらずで荒廃させて農地を廃棄する。この繰り返しである。
しかし,この問題を日本は他人事として傍観することはできないように私は思う。日本は,その食糧の多くをアメリカからの輸入に頼っている国であり,アメリカが過度の農業の商業化で環境を破壊することに関して決して無関係とは言えないだろう。日本自体の食糧生産力も上げていく必要があると思うが,輸入する以上はアメリカの農業における問題に日本ももっと関心を向けるべきではないだろうか。
5/31① 1-40 もし、太陽を描くようにと言われたらあなたは何色を選ぶだろうか。日本では太陽といえば赤のイメージが強いが、多くの国では太陽は黄色で描か れる。白と答える地域もあるそうだ。あるいは、虹が何色かという問いに対しても国によって二色~七色と大きく差が出る。▼国によって思い描く 色が違うのは太陽や虹に限ったことではない。例えば土だ。日本で土といえば茶色をイメージするが、地域によっては土と言われれば赤や黒、白を 挙げる。赤い土とはラトソルと呼ばれる熱帯の土で、鉄分の酸化によって赤くなっている。黒い土はチェルノーゼムに代表される腐植に富んだ肥沃 な土で、ステップ気候区に存在する。白い土はポドゾル。水分で土壌の色素等が溶解して流れてしまい灰白色となった冷帯の土壌だ。もっとも、白 い土の下には赤褐色の土の層があるので、必ずしも土=白にはならないだろう。温帯である日本には茶色の褐色森林土が広がっている。このよう に、同じ地球上でも場所によって土の色は違う。▼ところで、肌色が差別用語にあたるとして使わない動きがあるそうだ。人種によって肌の色が違 う、これも地域による色の差だ。太陽や虹や、土の色が違うのと何も変わらない。勿論、太陽や土の色で差別なんてない。肌色が差別に値するのか 問うように、肌色クレヨンや肌色色鉛筆、肌色色紙などが発売されているそうだ。様々な観点から地域ごとの色の違いを考え、それぞれを尊重して はどうだろうか。
5/31② 2-04 今、伊勢がアツい。今年、伊勢神宮で20年に一度の「式年遷宮」が行われる。祭神が現在鎮まっている社殿から新しく建てられた社殿に遷り、宝物などもすべて新しいものになるという。その歴史はとても古く、西暦690年持統天皇の治世下で第1回遷宮が行われ、今回は62回目である▼内宮の本殿は唯一神明造という建築様式で、そのルーツは弥生時代の高床式倉庫であるといわれる。主に米などを保管していた穀物庫に似せた社殿を建てることで豊作を祈願した。古代では農業が人々の生活そのものであったといっていい▼平成の世、日本の農業は自給率の低さや後継者不足などたくさんの問題を抱えている。この状況下で日本がTPPに加盟して関税を撤廃すれば海外産の安価な農産品が流入して高価な国産が売れなくなり、日本の農業はさらに衰退の一途をたどるのではないかと懸念する声は依然として多い。政府は加盟交渉参加にあったって農産品など一部の関税は堅守する方針を表明しているが、「完全な関税撤廃」を目指すTPPの基本理念を履行せずしての加盟は厳しいと言わざるをえない▼現代人が農業を生活そのものだ、と認識することは稀だ。しかし今夜も日本中の食卓には日本産の美味しいご飯がのぼる。子供のころから食べ慣れた味。古代から日本人が愛してきたこの当たり前の味は今後も当たり前であってほしい。
6/5① 3-01
「農業大国」といえばどこだろう。アメリカ、フランス、そして日本も挙げられるだろうが、何といっても圧巻は中国ではないか。▼米、小麦、馬鈴薯(じゃがいも)など主要な作物の生産量はたいてい中国が世界第一位の座に君臨している。この大量な生産の大きな支えとなっているのは世界第三位の国土と世界第一位の人口だろう。▼中国のものにはよく「世界第○位」という添え書きがつき、この中国のスケールは世界の誰もが認める大国アメリカにも引けを取らない。そんな中国も20世紀ごろはアメリカやヨーロッパに押され気味で、しばらく苦しい時期が続いていた。▼それを脱却すべく、中国は産業を中心に発展させ、世界第一位に躍り出ようと図った。結果として国の成長は著しかったが、その副作用として最近では大気汚染が問題となってきている。▼「中国の大気汚染」と聞いて必ず思い浮かべるのが、最近話題のPM2.5である。ニュースで耳にたこができるほどよく聞くこの物質は中国の農業に今、どれほどの影響を与えているのだろうか。これによって不作などとなったら中国国内だけでなく、世界中に打撃を与えることになろう。▼世界第一位を目指した結果、世界中を大混乱に巻き込むようなことになったらただ事では済まないだろうが、まったくあり得ないことではないのがまた恐ろしい。皮肉にも、中国の影響力は世界第一位である。
6/5②
6/7① 宮坂正道 みなさんは「歪み」という言葉を聞いたらどのような意味を思い浮かべるだろうか?広辞苑で意味を調べるとまず一つに「形がゆがんでいること」と言う意味が あらわれる。これは世界地図を作る上では馴染みがある。知っての通りそもそも地球は3次元上に球として存在する。地図とは、3次元の球面を2次元の平面に 表現したものであり、どのようにしても大陸の形がいびつになってしまう。これを「歪みが生じる」という。
もう一つ意味がある。それは「ある事の結果として現れた悪い影響」という意味である。ここでとある学校の地理の授業での出来事を例として取り上げる。
そこの学校では前期中間考査を間近に控えていた。地理の授業は5限と6限にあり、先生はこの2時間で残りのテスト範囲を終わらせようと計画していた。しか し、今までのところで、一部授業で扱っていなかったところがあり、生徒の意見により、そこの部分を終わらせてからテスト範囲をやろうという話になった。し かし、扱っていなかった部分が多すぎてしまったために、時間を大幅に使ってしまい、テスト範囲について全く触れずに5限が終わり、残り1時間で農業の分野 を終わらせなければならなくなった。少し無理がある状態に陥ったのである。これはまさしく、ある事の結果として現れた悪い影響、いわゆる「歪み」にほかな らないのではないか。
このように、「歪み」という言葉にはいろいろな意味があるのである。
6/7② 2-17 日本人は魚が好きである。寿司が多くの日本人の好きな食べ物に挙がるのがそれを表している。朝食には鮭が定番だし、少し贅沢したい時は鮪を楽しむ。日本人は自分たちだけがこれほど多く魚を食べていると思っているかもしれない。しかし、近頃寿司を中心として西洋にも魚を食べる文化が世界中に広がっている。美味しいものはどんな民族にとっても美味しいのだろう。寿司を通して日本の文化が世界に広まるというのは喜ばしいことである。日本の文化では秋葉原を中心とするマンガやアニメが中核をなしている。日本を訪れる外国人に日本に来た理由を聞くと、秋葉原に訪れるためということも多いそうだ。日本は長い歴史を持ち、四方を海に囲まれた島国として固有な文化を育みながらも、隣国の中国、強大な力をもつ欧米諸国の影響を深く受けながら、絶妙な文化を生み出して来た。文化とはその土地独自なものではない。もちろんその土地の気候や地形に応じて文化が生まれるのは当然だが、それがそこに生きる人によって変化を続ける。そのように片づくられた文化は二度と同じものが作られることのない、貴重なものだと言えるだろう。日本人にとっての寿司もその一つである。日本は素晴らしい魚場をもち、味のいい魚が多く取れる。それが中国から伝わって来た米で酢と合わせて握る。世界にもそんな料理を見ないので、寿司という食べ物が生まれたのは本当に偶然だろう。このようにして生まれた文化を、寿司であろうとマンガであろうアニメであろうと守っていかなければいかないと思った。グロバール化が進み世界が一体化している世界で、文化を守っていけるかとうかはわれわれにかかっているのかもしれない。日本人は魚が好きである。寿司が多くの日本人の好きな食べ物に挙がるのがそれを表している。朝食には鮭が定番だし、少し贅沢したい時は鮪を楽しむ。日本人は自分たちだけがこれほど多く魚を食べていると思っているかもしれない。しかし、近頃寿司を中心として西洋にも魚を食べる文化が世界中に広がっている。美味しいものはどんな民族にとっても美味しいのだろう。寿司を通して日本の文化が世界に広まるというのは喜ばしいことである。日本の文化では秋葉原を中心とするマンガやアニメが中核をなしている。日本を訪れる外国人に日本に来た理由を聞くと、秋葉原に訪れるためということも多いそうだ。日本は長い歴史を持ち、四方を海に囲まれた島国として固有な文化を育みながらも、隣国の中国、強大な力をもつ欧米諸国の影響を深く受けながら、絶妙な文化を生み出して来た。文化とはその土地独自なものではない。もちろんその土地の気候や地形に応じて文化が生まれるのは当然だが、それがそこに生きる人によって変化を続ける。そのように片づくられた文化は二度と同じものが作られることのない、貴重なものだと言えるだろう。日本人にとっての寿司もその一つである。日本は素晴らしい魚場をもち、味のいい魚が多く取れる。それが中国から伝わって来た米で酢と合わせて握る。世界にもそんな料理を見ないので、寿司という食べ物が生まれたのは本当に偶然だろう。このようにして生まれた文化を、寿司であろうとマンガであろうアニメであろうと守っていかなければいかないと思った。グロバール化が進み世界が一体化している世界で、文化を守っていけるかとうかはわれわれにかかっているのかもしれない。日本人は魚が好きである。寿司が多くの日本人の好きな食べ物に挙がるのがそれを表している。朝食には鮭が定番だし、少し贅沢したい時は鮪を楽しむ。日本人は自分たちだけがこれほど多く魚を食べていると思っているかもしれない。しかし、近頃寿司を中心として西洋にも魚を食べる文化が世界中に広がっている。美味しいものはどんな民族にとっても美味しいのだろう。寿司を通して日本の文化が世界に広まるというのは喜ばしいことである。日本の文化では秋葉原を中心とするマンガやアニメが中核をなしている。日本を訪れる外国人に日本に来た理由を聞くと、秋葉原に訪れるためということも多いそうだ。日本は長い歴史を持ち、四方を海に囲まれた島国として固有な文化を育みながらも、隣国の中国、強大な力をもつ欧米諸国の影響を深く受けながら、絶妙な文化を生み出して来た。文化とはその土地独自なものではない。もちろんその土地の気候や地形に応じて文化が生まれるのは当然だが、それがそこに生きる人によって変化を続ける。そのように片づくられた文化は二度と同じものが作られることのない、貴重なものだと言えるだろう。日本人にとっての寿司もその一つである。日本は素晴らしい魚場をもち、味のいい魚が多く取れる。それが中国から伝わって来た米で酢と合わせて握る。世界にもそんな料理を見ないので、寿司という食べ物が生まれたのは本当に偶然だろう。このようにして生まれた文化を、寿司であろうとマンガであろうアニメであろうと守っていかなければいかないと思った。グロバール化が進み世界が一体化している世界で、文化を守っていけるかとうかはわれわれにかかっているのかもしれない。
6/21①
6/21②
6/26② 3-19 相手の服装を見て人となりを即座に看破する妙技は、名探偵にはつきものである。かの有名なシャーロックホームズは、ある男がインド駐屯の砲兵上がり、男やもめで父親であることを断定した。▼この妙技は人に限ったものでもない。服装ならぬ住まいが、人となりならぬお国柄や地域性を如実に表すということは、名探偵ならぬ地理学者には明白なことである。イヌイットのイグルーや中国のパオ、モンゴルのゲルや韓国のオンドル、はたまた日本の雁木など、例は枚挙に暇が無い。▼見逃せないのは、これらが発展に伴って据えかえられるべき単なる技術ではなく、歴史を記していたり、地域文化にとってかけがえのない存在になっていたりするということだ。▼しかし、文明化に従ってこれらが失われつつある。増えていくのは楽にジオラマを作ることができそうな、何とも無機的で味気ない、箱によって作られた都市。言うに及ばず、東京もその一つだ。▼もちろん、保存の動きもある。例えば、韓国では高層マンションにも暖房設備のオンドルを設置し、うまく調和している。しかし、我々人類が「文明化」という言葉にとことん弱いのは、知ってのとおりだ。▼このまま我々が手掛かりを踏み潰し続けるのみならば、世界各地で名探偵の活躍できぬ景色が広がっていくに違いない。私の住むマンションも、もれなくそのうちの一つだ。現に今の私の部屋を見てもホームズは一言こういうだけだろう。「散らかっている。」と。
(参考)添えてあったメールの内容も非常に面白いので、本人には想定外かもしれませんが、あえて掲載させて頂きます(固有名詞は伏せました)。
水曜日開講の世界地理受講の122-3の・・・です。先週の授業に関する天声人語風小論文の提出です。ぎりぎりになってしまってすいません。なお、便宜上「天声人語風小話」と題を付けてはおりますが、ホームページ掲載の際は無題で構いません。また、氏名のほうも番号での掲載をよろしくお願いします。当初の計画では、本家天声人語にならって「梅雨の雨雲も吹き飛ばす白熱地理教室での、6月の趣深い掛詞より。・・・」というようにする予定でした。(掛詞とはダジャレを指します。)しかし、ふざけすぎている、文才の欠如、インパクトが強すぎてダジャレが思い出せない(すいません)などの数多の困難にぶち当たり、ご破算となりました。つたない文章ではありますがご勘弁ください。なお、お手数ではございますが、このメールを受信されましたら、受信確認の返信を頂けると幸いでございます。それでは、明日の授業を楽しみにしております。失礼します。
6/28① 2-26 日本はムラ社会であるとよく言われる。ムラ社会とは、広辞苑によれば、「旧習にこだわり排他的な同胞意識に基づいた社会や組織。伝統的な村の人間関係を、否定的な面からとらえていう語。」である。明治維新以来日本はヨーロッパやアメリカの文化を驚異的な早さで吸収していった。ムラ社会的な考えは悪いものとして駆逐され、個人主義が広まっていった。▼ことあるごとに敵対視されるムラ社会的考え方であるが、これは完全になくすべき考え方なのだろうか。島国という閉鎖的な地形のなかで暮らし、人の移動が少ない農耕文化を持つ日本人にとって、ムラ社会的考え方は集落を保っていくために必要なものだったはずである。このような日本の伝統的で独特な考え方を悪とするのはなんとも寂しいものではないか。ムラ社会的考え方にも、グローバル化が進んで、第一次、第二次産業が第三次産業より優位に立った今でも、十分活かせる美点がある。ムラ社会では義理と人情が大切にされ、仲間意識が強い。合理性を求め、社会的弱者を切り捨てたりはしない。▼日本は他国の文化を吸収することにかけている。だからこそ、どのように、どの程度他国の文化を受け入れるのかを考えなくてはならない。完全にムラ社会的考え方をなくし個人式に切り替えるのではなく、仲間を大切にする心や秩序を守る協調性と、新しいアイディアや個性も受け入れる自由な雰囲気の両方を上手く取り入れていくことが最も望ましい。
6/28②
7/3①
7/3② 3-31  福祉国家、風力発電、酪農国家として有名な国はデンマークだ。特に風力発電は、環境にやさしく危険度も低いということで火力や原子力が主流の世界各国から注目を浴びていて、福祉とも併せて「良い取り組みをしている国」というイメージがある。
 しかしこのデンマークも、今の社会状況に達するまでに様々な苦労があった。耕地面積も広く大規模に農業を行ってきていたが体制を変えてからは外国の安い小麦などに太刀打ちできなくなってしまったり、そもそも日当たりが悪く農業に向いていないし、地下資源や水力資源にも恵まれない。そこで酪農に力を入れることで輸出できるまでになり、風力発電の一時使用停止を余儀なくされながらも成功しつつある。福祉に対する意識や高額な風車に肯定的なのは国民性が反映されているようだ。
 この例を日本に生かせないだろうか。五輪の開催地選考の時にやはり焦点となってしまった原発を全て風車に変えていこうというのは無理だとしても、南北に長い島国で背骨となっている山脈を境に東西で気候が大きく異なっていて、四季がある、川は急で短い、海抜標高の高低差がそれなりにある、などといった特徴を生かした発電方法や農業を考え直すことは、今後更に世界から注目を浴びることになるであろう日本が必要とされていることかもしれない。
 何か思いついたとしても、思い切りの悪いという国民性を反映すると考案にとどまってしまうだろうか。
7/6① 2-37 (これは記録ではありません)大幅に締め切りを逃してごめんなさい。失念しておりました。また、文字数厳守というお達しも豪快に無視してしまったことを深くお詫びします。林は四以上の数は数えないことにしているのです。単純に、イギリスのことを書き始めたら止まらなかったということもあります。
スイスではなく授業の冒頭で復習的に触ったきりのイギリスについて書いたのは、私がイギリス好きでスイス嫌いだからです。スイスを愛さない理由に、思想的なものはありません。好みの問題です。そして全然地理でも天声人語でもないです。ただのくだらない雑文です。突っ返してくれても構いません。
それと、一年のころからどうしても先生に教えてさしあげたいことがありましたので、この場を借りて失礼させていただきます。
先生は、「スイスの国境について言及する時、必ずクラスに物知りがいて、リヒテンシュタインはどうなんですかと聞く」と仰っていました。私が読むところ、その人は物知りなのではなく、ヘタリアという国擬人化マンガの愛好者なのではないかと思われます。そのマンガでは、スイスを擬人化したキャラがリヒテンシュタインを擬人化したキャラを妹のように可愛がっているという設定が存在し、どうやら巷ではその二人のコンビが人気なようなのです。多分毎年のようにあらわれるリヒテンシュタインの存在を主張する人は、もしかするとそのコンビが好きな人なのかもしれません。ちなみに私は日本とイギリスとノルウェーのキャラが好きです。
くだらないことを長々と、失礼いたしました。もし御存知でしたらすみません。
(ここから記録です。いまさらですみませんが、本名ではなく2?37で表記していただけるとありがたいです。)

 皆さんがイギリスという国についてどういうお考えをお持ちだろうかということは、この際関係ない。私がイギリスについて語りたい。それだけである。

 本初子午線を獲得するほどに繁栄を極めたイギリスだが、首都ロンドンを含めて国全体に緑が多く、道路を狐やカササギが平気で闊歩し、堂々と車にはねられている。夕方頃になると道路脇の刈り込まれた芝生の上で兎が遊び、庭にはリスがやってきてバードフィーダーを破壊する。動物好きにはたまらない。あと何故か、突然訪問してきては家に押し入ろうとする馴れ馴れしい猫がイギリスには多い。

 そう言えば、中学校の頃の地理の時間に、一旦帝王の座についたイギリスに暮らす人々には、高みに上り詰めたゆえに欲が少なく、王者の余裕とでも言うべき気風が備わっていると習った。そこまで大層なものでなくとも、イギリス人は妙に肝がすわっていると思う。根拠のない『何とかなるでしょ』感が説得力を持つのも、イギリスの一つの魅力といえよう。イギリスという国は、手抜きも多い。それでも、電車が駅を目前に意味もなく停車しそこで四十分待たされようと、雪が降る度に道路が機能を失って学校が臨時休校になろうと、本気で怒る気にはなれないのだ。適度なルーズさが心地よい国である。

 日本人は忙しすぎる、イギリスを見習って、と苦言を垂れるのが天声人語風?かもしれないが、日本はまだ本初子午線を得ていないからイギリスのようにはなれないだろう。日本には日本の面白みがある。イギリスに比べるとイスカンダルのようなこの地にも、私は強い魅力を覚えている。

7/6② 3-3  お菓子の王様、チョコレート。日本ではチョコレート製菓の人気は根強くお店に行くと様々な製品が目に入る。甘くて美味しいだけでなく、見た目もかわいい、健康にいいなどと言った商品まである昨今、チョコレートは日本のお菓子市場に欠かせないものであると言える
 ところで、チョコレートの原材料、カカオの主産地はどこだか知っているだろうか。商品名にもなっているガーナ、生産量一位のコートジボワールを始めアフリカで多く栽培されている。そんなアフリカのカカオ農場では子供の労働者問題が深刻化している。チョコレートを食べたことも見たこともない子供が劣悪な労働環境で働かせられているのだ。そのおかげで私たちは安価で気軽にチョコレートが食べられる。
 この問題を解決する為に何ができるだろうか。チョコレートを食べるのをやめればいい、といった簡単な話ではない。チョコレートが売れなくなれば子供達の経済状況は更に苦しくなり環境を変えてまた過酷な労働をしなくてはいけないかもしれない。そもそもこの問題はチョコレートだけの問題でなく、先進国と途上国の格差、モノカルチャー経済の闇といったもっと大きな問題の一角でしかないのだ。もはや一個人、一国で解決できる問題ではない。より多くの人がこのような問題に目を向け、解決する方法を模索していくべきだと思う。
7/10① 3-39 夏になった。夏休み前の教室の雰囲気は、毎年訳もなく全力でどこかへ走り出したいような、そんなうずうずとした気分にさせる。そんな夏の空気が好きだ。夏と言えば海。東京から近い海と言えば…みなさんは江の島を訪れたことがあるだろうか▼古来より、江の島は多くの人の心を惹きつけてきた。例えば源頼朝が安置した弁財天は、江戸時代には祈雨の信仰が高まり、江の島詣が盛んだったという。江の島を舞台にした小説も多い。かくいう筆者も江の島が舞台の恋愛小説を多く読んだ。海を見ながら二人で焼きそばを食べる描写に、漠然とした憧れを抱いたり抱かなかったりしたことも懐かしく思い出される▼多くの人に愛されてきた江の島。しかし、江の島に地理的魅力をも見出した人はどれほどいるだろう。江の島は、陸繋島だ。陸繋島とは、本陸から離れた沖合の島が、砂州によって本陸と連結したものである。長い長い時間をかけて自然が形成した橋、と思うと何だか素敵だ。また、日本有数の奥行きを持つ海蝕洞窟(「岩屋」と呼ばれる)や、釣りに適した海蝕台があることも地形の特徴として見逃せない▼仮にも受験生となり、勉学よこんにちはの今夏。しかし、勉強ばかりしていては息が詰まってしまうこともあるやもしれぬ。そんな時には、ふらりと江の島を訪ねてみるのもよいだろう。そう、手には地形図を忘れずに。
7/10② 3-40 フランクフルト→ソーセージ、japan→漆器、といった具合に、地名が普通名詞として
他の物を指すことがある。ではデニッシュ(danish=「デンマークの」)といえば?▼
日本ではパンの一種(デニッシュ・ペストリー)の名前だが、英国ではベーコンの代名詞として使われる。どちらもデンマークの特徴をよく表す食べ物だ▼デニッシュ・ペストリーは、バターを豊富に使うことによってサクサク感を出している。「酪農王国」なら
ではの工夫だ。そしてデンマークはベーコンの輸出量が世界トップクラスだ。豚肉の輸出は米国に次ぎ2位である▼このように農業が盛んであることは、この国が日照に恵まれず、氷食により土地のやせた北国であり、面積も九州とほぼ同じであることを考えると驚異的である。なぜ、このような条件下でデンマークは農業大国となり得たのか▼デンマークの農業はもともと小麦が中心であった。が、1870年以降、米・豪が市場に参入すると、価格面で適わず窮地に陥った。そこで、農業協同組合が組織され、技術を高めて付加価値の高い作物を作るようになった。土地改良にも努め、今や耕地率は日本の4倍以上、57%である。こうして農産物輸出は増え、国民の生活水準も向上し、世界屈指の福祉国家として名を馳せるに至った▼安い外国産農作物に押され農業が衰退…まさに今の日本ではないか。この苦境を100年も前に克服した国があるのだ。今後の日本農業を考える上で非常に参考になるだろう。
9/4① 4-2

北 海道の知床半島、羅臼岳の麓に、「地の涯(はて)ホテル」という登山者行きつけの旅館がある。この「地の涯」とは当然、日本の涯である が、果たして世界の涯とはどこなのか。もちろん地球は球形であるから、物的な涯は存在しない。しかし、精神的な問題になると、多種多様な 「中心と涯」が存在する。例えばかつての中国は中華思想に則って自分の国を世界の中心と考え、その周縁を北狄・東夷・南蛮・西戎と呼んで いたし、ヨーロッパ諸国も自分たちを文化や政治や社会その他さまざまなものの中心とするヨーロッパ中心主義をとり他の地域を世界の涯とし ていた。

昨 今、文化問題でときどき話題になるのが、日本における中国の地名の呼び方である。なまじ日本は中国と同じ文字すなわち漢字を用いてい るため、昔から現地の漢字表記に日本での音読みを充てる方法を採っており、それで何ら問題はなかった。しかしながら、現代の多文化主義の 興隆に伴い、中国風の発音をカタカナで表記することも多くなった。これについて、私は少々違和感を覚える。現地表記をカタカナに置換する のには限界があり、中国語をカタカナにする段階においても、中国語の「声調」を再現することは不可能だし、日本に存在しない子音も存在す る。無理矢理カタカナ表記にするという不完全な相手文化の尊重を行うことに、私は寸毫も価値を見いだせないからである。

 9/4②  4-7 イギリスの自然、国民経済、鉱工業、農業についてこの時間で取り扱ったが、特に農業分野で日本を気がかりに思った。●食料自給率。イギリスの農業は、自由貿易政策の犠牲により「新大陸」の農業との厳しい競争にさらされ、過酷な「自然淘汰」にさらされた。食料自給率は一時、現在の日本ほどであったが、第二次世界大戦後に自給率が向上。●そもそも、イギリスでは、「支障なく貿易ができる」というのが大戦前の前提であった。しかし、大戦中ナチスドイツのUボートにより輸送船が撃沈され、食料危機に陥る。このような苦い経験を糧に、現在では75%まで向上させた。●日本はどうか。米と卵と牛乳以外は、大量の食料を各国から輸入している。今尖閣諸島の関わりで問題となっている中国からも、野菜などが輸入されている。安い輸入食料により、日本の農業も淘汰が続き、今度はTTPで先行きが極めて不透明である。●果たして日本の農業を淘汰して良いのかは、国防上の観点からイギリスが教訓を示している。中国が一度実力行使に出た際に、日本は確実に食料危機に陥り、イギリスの例よりも深刻な状況になるのはほぼ間違いない。自衛隊が優秀と言われて
いるとは言え、通商路を確保できる保証はない。また、拡大する累積財政赤字により、デフォルトした際には、円の信認を失い、十分な食料を輸入出来ない可能性がある。日本の首脳陣には、大局的な判断と世界と渡り合える外交力を求めたい。
9/11① 4-11  2020年夏季オリンピックが東京で開催されることに決まった。長くに渡るロビー活動や、皇室までも含む多方面の多数の人々が関わる招致運動などがあってのものである。
 しかし逆に言えば、現代のオリンピックには、世界的大都市東京でさえ苦労するほどの高い運営能力、経済力、それにコネが必要とされているということである。今回候補都市であったマドリードや2016年開催予定のリオデジャネイロでも、莫大な五輪予算に対する市民の不満の声が上がっていた。
 開催規模が大きくなった反面、オリンピックによる経済効果も莫大なものとなり、商業主義が拡大してきている。オリンピック招致に多額の金銭が投入され、賄賂などの問題も浮上している。スポーツが主体の祭典であるのに、カネに目が眩んではいまいか。
 今回の招致合戦も例外ではない。日本の招致運動でも、「日本の復興」といった文句が強調されていたことに疑問を覚えた。スポーツにも世界の選手にもあまり関連性がなく、単にオリンピックによる経済効果を欲しているのではと受け止められかねない。
 そもそも近代オリンピックの元来の理念は「アマチュアリズム」であり、これは金銭的報酬を受けるべきでないという考え方である。あまりに進んだ商業化について議論が必要ではないであろうか。各国の選手が、純粋なるスポーツの祭典で活躍できるようになることを期待したい
9/11② 4-12  「南北格差」と一言聞いて、最初に浮かぶイメージはなんであろうか。多くの人は、地球における北側に位置する豊かな先進工業国と、南側に位置する発展途上国の経済格差を思い浮かべるかもしれない。しかし、この問題が一国という小さな範囲で生じている国も存在する。その一つがイタリアである。
 イタリアは、元来資源に乏しく、資源の対外依存度が非常に重い国である。そんな中、北部では、ポー川流域の天然ガスの開発や、アルプス山麓の水力発電を背景に工業が発展し、工業の三角地帯を形成している。繊維産業のミラノ、自動車産業のトリノ、造船・鉄鋼業のジェノヴァである。また、年中多雨のCfa気候の元、ポー川流域の広大な沖積平野であるパダノベネタ平野において、米や小麦の大規模な商業的混合農業がなされている。一方で、南部では、特に資源が乏しいため工業は発達せず、Cs気候の元、山がちの狭い平野において、オリーブや柑橘類の零細な地中海式農業がなされている。かくしてイタリア国内で豊かな北部と貧しい南部という対立構造が成立したのである。
 しかし、1955年より開始されたバノーニ計画により、格差は縮小しつつある。南部における農業の振興、交通網の整備、工業化の促進が推し進められた結果、南部でもタラントのように臨海型製鉄業が立地している。
 どのような社会でも格差は存在する。必要なのはそれを正面から受け止め、具体的な行動を起こす姿勢ではなかろうか。
9/13① 3-7 flighttrader24という興味深いサイトがある。今まさにどのような飛行機がどこを飛んでいるかパソコンで見ることが出来る。公共の機関ではなく個人的に運営されているため全ての飛行機を「追跡」できるわけではないが、見ていて飽きない。▼こういったことを可能にしている技術がGPSである。普段当たり前のように使用しているGPSだがその仕組みはなかなか複雑そうである。▼光速が局所的な慣性系においては不変であることを利用し衛生との距離を求めることで、その距離の半球状に自分が存在するがわかる。少なくとも3つの衛生からの距離が求まれば三球面の交点が自分の位置となるというのが基本原理だそうだ。分かるような分からないような。▼ややこしい理論の話はさておき、このGPSの技術を早くから取り入れていたのがタクシー業界だそうだ。自社のタクシーがどこを走っているか知れることは会社にとってはありがたいことだろう。一方、郊外でちょっと休憩が出来なくなったと嘆く運転手もいたと思われる。▼時は進み、今では浮気調査にGPSが使われるようになったそうだ。何だか恐ろしい。このことは自分の場所が簡単に知られてしまうということである。今この瞬間も誰かに「追跡」されているのかもしれない。人目のないところでゆっくりしているつもりでも、常に誰かの「視線」が向けられているのかもしれない。世知辛い世の中だとつくづく思う
9/13② 3-16 富士山の世界遺産登録が記憶に新しい。自国の世界遺産が増えることに喜びを感じるというのは、やはり自分の意識の中に潜在する国民意識の表れなのだろう。▼一見、華やかな面だけが際立ってしまう世界遺産であるが、“負”の世界遺産があることを忘れてはならない。ポーランドのアウシュビッツ強制収容所、広島の原爆ドーム等が有名な例であるが、イギリスのリバプールもその一つである。奴隷を含めた三角貿易で栄えた、という点でリバプールは負の世界遺産なのだが、当時のイギリス経済は三角貿易に大きく依存していたと言わざるを得ない。そもそも北アメリカ、アフリカをむすぶ三角貿易によってイギリスは資本の蓄積を成し遂げ、それを活かすことで産業革命を世界に先駆けて成功し、世界の工場と呼ばれる程の工業力を手に入れたという経過をたどるからである。物事には裏表があると言われるが、リバプールは正にその好例であろう。イギリスの繁栄と暗部を併せ持つという点で、歴史的に大変深い意義があることには疑いの余地がない。▼負の世界遺産と言うと、最近また新たな話題が出てきた。長崎県の軍艦島である。日本の産業革命期を象徴する遺産としての登録が目指されているが労働者として強制連行された朝鮮系の人々からは反対の声もあがっている。世界遺産が増えていくことに反論するつもりはないが、“安売り”されることは無いよう、充実した議論を重ねてもらいたい。
9/20⑤ 3-21

ドイツといえば、美味しいソーセージと美味しいビール。このドイツビールが最近、品質低下の危機にさらされている。▼1516年制定の「ビール純粋令」により、ドイツのビール醸造には大麦、ホップ、水しか使用されない。不毛な土地でも栽培可能な大麦、寒冷な山岳地帯で栽培されるホップ。そしてライン川、ドナウ川をはじめとした豊富な水資源。まさにドイツの自然環境の様相を呈した国民的飲料である。▼先日ドイツ政府はシェールガス開発を後押しする法案を提出しようとした。ドイツの採掘可能なシェールガスの埋蔵量は世界第20位である。脱原発を目指すこの国の政府にとっては、喉から手が出るほど欲しい資源だ。だが、このガスの採掘方法が問題となった。主流となっている水圧破砕法では、地下20004000mのガスが含まれる岩層に大量の水を高圧で注入することで亀裂を作り、天然ガスを回収するが、亀裂がふさがらないように水に混ぜて注入される化学薬品の中には有害物質も含まれており、これが地下水を汚染するのではないかと言われている。そのため、ビール醸造業者連盟からシェールガス採掘に反対の声が上がった。結果、この法案の議会提出は先送りとなった。▼ドイツには「乾杯の歌」というものがある。

Ein Prosit, Ein Prosit, der Gemütlichkeit(乾杯 乾杯 心地よい気分で)Eins, zwei, drei, g'suffa! Prost!(1、2、3、飲み干せ! 乾杯!)

シェールガスがもたらす経済的恩恵か、80億ユーロの規模を誇る伝統産業か。ドイツではまだ、国家の未来を大きく左右する選択に迫られている。心地よい気分で昔と変わらない伝統のビールを楽しめる日はいつまで続くのだろうか。

10/23① 4-20  沖縄の米軍基地問題は一体いつになったら解決するのだろうか。結局のところ政府は沖縄県民の顔色をうかがいながら辺野古への移設に足踏みをしている。しかしながら、辺野古への移設が成されたとしても、結局のところ沖縄に米軍基地がとどまる限り、いつヘリコプターが墜落するかわからないその不安が、県民の心から消えることはないのだ。
 そんな戦争の爪痕がまだ残る日本だが、先日10月21日で第二次世界大戦中に行われた出陣学徒壮行会から70年を迎え、舞台となった国立競技場では追悼会が開かれ、遺族など約80人が出席した。兵力不足を補うために全国の大学、旧制学校、専門学校から文化系の学生と生徒が召集された。生徒たちは全滅の起こった激戦地区に派遣されたりしたが、戦死者数ははっきりとはしていない。東京オリンピック開催に伴う国立競技場の改築を経ても、壮行会の石碑を残してほしいというのが遺族の願いである。
 戦争を経験した世代の高齢化が進む中、やはり課題はそれを如何にして後世に伝えていくかということだ。日本では内戦は起きていないから世界に比べれば平和であると言えるが、その世界では内戦が絶えないところもある。原子爆弾を投下された唯一の国である日本から、戦争を知らない子供がうまれてしまわないようにするためにも、まだ学生、生徒だった日本人が戦争に駆り出された、学徒出陣のような経験をしっかりと受け継いでいかねばいけないだろう。
10/30② 4-31  「インド」と聞いたら何を想像するだろうか。人口が多い国、ヒンドゥー教、カレーで有名などイメージは人それぞれだろう。その中でもインドの教育制度について取り上げてみたい。
  義務教育は6~14歳の8年間。条件整備が進まず、実施の難しい地域もあるが、高等教育機関への進学熱が非常に高い。これは高等教育機関で取得できる各種資格が就職する際に有利に働くからである。そのため、高等教育のレベルは、世界的にみてもトップレベルにあり、知的に優秀な人材を多数輩出している。
  一般にインド人は、数学力、分析力かつ論理的に物を考える能力に優れていると言われ、加えて記述と会話の英語能力と多様な文化と多言語に通じる文化背景を持っている。そのため、ここ数年新しいメディアや教育システムを使ったりして、高等教育の大衆化が進んでいる。インドは、世界でもIT産業で有能で高い教育を受けた人材として認められるようになってきていて、そのことは、近年のIT革命の中心的人材を世界中に多数供給していて、かつIT革命を引っ張っていけるほどの技術力がついてきているとみなされていることからも伺える。
  インドでは将来、収入のある良い職業に就くために、学力を高めていくことが必要とされている。そういった過酷とも言える環境の中で日々努力を続けてきているからこそ、IT産業を引っ張っていけているのだろう。そんなインドの今後の発展と成長に期待したい。
11/1② 3-37 この世界は近年グローバル化が進んでいる。インターネットや交通網が発達した事で、私達人間にとって世界は感覚的にどんどん狭くなっているようだ。しかし地図帳をながめると、なかなかに行きづらそうな地域は意外な事にまだまだある。▼例えばアンダマン諸島だ。アンダマン諸島はインドに属する島々だが、北緯12度から14度、東経93度辺りのミャンマー南沖に位置し、インドよりはミャンマー、インドネシアのスマトラ島に近い。周囲に広大な大洋しかない様は何となく拒絶感を感じさせられる。▼しかし調べてみると、インド経由で航空機を利用すれば行けるので決して「行きづらく」はない。しかも、アンダマン諸島は現在インド屈指のリゾート地としてかなり開けてきている。本当に訪れる事が困難なのは、アンダマン諸島のリゾート地以外の部分だ。▼現地には、インド大陸の人々とは全く異なる漆黒の肌を持つ先住民の部族が、石器時代と同じような狩猟生活をしているそうだ。詳しくはよくわからない。インド政府が外界の人間と先住民の接触を厳しく制限し、その姿を直接見ることが非常に困難だからだ。彼らは部外者の密猟による食料不足や観光客から移された疫病などが原因で減少しており、代表的なジャラワ族などは今や数百人しか残っていない。▼なかなか行けない、と言われると好奇心が湧いてしまうが、世界にはむやみに訪れない方が良い地域もあるようだ。
 11/7②  4-35 WWⅡ後、日本の自給可能な数少ない資源である石炭は、エネルギー革命により急速に衰退していった。1968年のOAPEC創設といったオイル・ナショナリズムの高揚を背景に、アラブ敵対国への石油供給制限を宣言し、石油価格の大幅な引き上げが起きた。
近年グローバル化とナショナリズムの関わりが語られる。そもそもグローバル化とは、もの、資本、労働力、情報等が、国境を超えて、より早く広く動き回るようになることだ。だがこの動きは、ナショナリズムの基盤でもある。経済のグローバル化に関わって、現在それへの参加の是非が国論を二分しているものとしてTPPがある。TPPに代表されるグローバル化の動きには長所と短所がある。医療分野では、日本の医療界にアメリカ流の市場原理に基づく自由診療などの施策が実施されたら、国民に平等な医療を提供してきた日本の公的健康保険制度が崩壊することも考えられる。このようなグローバル化の時代には、自国の社会や文化のあり方を再考する必要があり、そこではナショナリズムに一定の意義があるだろう。国内の石炭採掘は減ってしまったが、私達は今一度、ナショナリズムを高め、 日本が数多く持つ独自の優れたものを産油国にも拮抗しうる強みにすべきだ。
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4-14 西アジアから北アフリカ、この中東と呼ばれる地域の国々に我々はどのようなイメージを持っているだろうか。石油が豊富、イスラーム教、戦争や紛争が頻繁に起こる。好戦的な国々が多いと考える人もいるだろう▼その中東にレバノンという国がある。イスラエルやシリアと国境を接し、400万の人口を抱えている。この国でも、宗教的対立により1975年から91年まで「第五次中東戦争」とも呼ばれる大規模な内戦があった。現在も政情は不安定で、この国への渡航は外務省HPが「検討を要する」と警告している▼それでも、平和への動きは潰えていない。その芽の一つが「ベイルート国際マラソン」だ。メイ・エル=カリル氏によって計画されたこのマラソンは、マラソンという概念すら知らなかったレバノンの人たちが、世界各地から集まった人々と共に、平和の下でレバノン市街を走るというものだ。この大会は、様々な困難を乗り越えて毎年開催されてきた▼レバノンの国旗には、赤と白の模様の中心に、国の象徴であり高潔さの象徴でもあるレバノン杉が描かれている。改めて中東全体に目を向けると、彼らの国旗にある共通点があるのに気づく。血や勇気を表す赤やイスラームの象徴である緑も多いが、特にほとんどの国旗に使われている色は白だ。国家の象徴である国旗において、白は平和や潔白、明るい未来を表す色だ。中東地域への我々のイメージに、真の平和を希求している、というのが追加されてもいいだろう。
     
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4-23 第四次中東戦争からもう四十年経ったという。イスラエルとアラブの戦争、或いはメジャーと石油産出国がもたらした混乱は、世界全体に大きな影響を与えた▼すなわちオイルショックから四十年。今ではトイレットペーパーの買い占めが面白おかしく語られるが、そういえば日本の輝かしい(と言われる)高度経済成長はオイルショックをきっかけとして終わりを告げたのだった▼当時は「狂乱物価」といった造語まで作られるほどの物価上昇。狂乱は気が狂って普通の状態になるという意味である。並々ならないことはそれだけでも分かるが、23%という物価上昇率もなかなかのものである。何せインフレ傾向の時期に消費税が数パーセント上がるだけで世の中は騒いでいる▼さぞかし大変だったことだろう。オイルショックとは何だったのか。当時小学生だった母に聞いてみた。残念ながらトイレットペーパーを買い占めに行った記憶しかないという。小学生であったことが理由にはなりそうだが、このままではまとめに持ち込めない▼しかしネット上で興味深い記述を見つけた。電気代の上昇に伴い省エネの動きが進んだというのだ。エスカレーターの停止やデイゲームの実施など。さながら東日本大震災後の節電である▼この十数年後、日本は電力を湯水のように使い続けるバブルに突入する。或いは今、東京での節電は殆ど終わっている。もう一度、電気代が高騰したら日本人はまた必死に節電をするのだろうか。気になってならない。
6-13 「小説の天気は必然である。」誰の言葉でも無いが、言われてみれば納得だろう。人生を賭けた告白が成功した日は必ず雲一つ無い快晴、その一方で悲しい報復劇が起こる夜には必ずしとしとと冷たい雨が降る▼現実にも清々しく晴れる日の多い季節がやって来た。手の悴む早朝の通学途中に車窓から思いがけず富士山が見えると、朝から少し得をした気分になる。今年は長年の努力が実を結び、世界遺産へ登録された事もあって、富士山に纏わる話題が多かったように感じる。名実共に名峰となった今、これを喜ばない日本人はいない▼ところで、地名に「富士見」を含むものがあるのをご存知の方も多かろう。その名の通り、所謂富士山スポットとして歴史的に有名な場所に富士見の称号が与えられる。そこに行けば通学途中等では決して得られない格別の感動が見る者を待っているであろう事は、想像に難くない▼皮肉にも世界遺産認定という記念すべきこの年は、名所が一つ失われた年でもある。富士見坂から望める筈の富士山が、建設中の建物に阻まれ過去の遺産となった。少しずつ高くなる建築物を前に、以前は神の宿る山として崇められた富士山も為す術はない▼新しいマンシ
ョンの入居者も決まっているだろう。東京に人が集まるというのは、考えるまでもなく自然なことである。その事を否定しようなどという気は毛頭ない。しかし、減らせても増やせぬ歴史の遺産。せめて日本の象徴たる物に関しては残せぬだろうか。
12/6 6-20 ダイヤモンドアース
富士の山頂部と太陽が重なるダイヤモンド富士は多くの富士山ファンを惹きつけてやまない。富士山が世界遺産に登録された今、その人気は益々高まっていくことだろう。一方、そんなダイヤモンド富士とは対照的なパール富士というものがある。こちらは富士山頂部と月が重なったものである。ダイヤモンド富士とは違った輝きが美しい。
さて、我々はこうして地球にある富士山と宇宙の他の星を結びつけ観測しているわけだが、これと同じようなことを地球の外から行うことは可能なのだろうか。現在、月面には多くの山の存在が知られている。また、高さ27000m、裾野の直径550kmという大規模なオリンポス山は火星にある火山として有名だ。
そして、こうした星々への移住計画は最早SF小説の中だけにとどまってはいない。僕らが生まれてくるずっとずっと前にはもう、アポロ11号は月へ行ったというし、月は人類の移住先としてもってこいの星に見える。いくつかの問題点はあるが、今後の更なる技術革新で乗り越えていくことを期待したい。火星に関しては、大気組成や表面の様子については知られているものの、有人探査は未だ実現していない。とはいうものの、現在ロシアが有人火星探査を計画しているというし、将来的にはこちらも移住が実現するかもしれない。
 このような星にある山の山頂部に、青く輝く地球が重なったらどんなに美しいだろうか。そんな景色を見る事ができる日は、そう遠くないのかもしれない。