最遠望の富士    
転載や画面撮影は絶対厳禁!
メディアなどで使用の場合はこちらをご覧ください。
2011年12月更新 2013年4月加筆 2013年12月サイト変更ほか 2014年6月加筆 2014年10月追記
2001年9月12日 午前5時10分撮影 (9.11の翌日)  詳細は下に掲載
和歌山県那智勝浦町口色川 妙法山北西5q 大野集落北2q 色川富士見峠(2万5千分1「紀伊大野」)(2008年9月18日、従来の呼称の「小麦峠」から「色川富士見峠」に名称変更。こちら参照)
北緯33度41分38秒 東経135度50分55秒(世界測地系) 標高約900m
富士山までの距離322.9q(323q)  しばしば妙法山の一部と報じられることがあるが、それは間違いで、全く別な山である。撮影者のお一人の仲さんの説明はこちら 距離についての詳しい説明はこちら(2014年10月追記)
撮影者 仲 賢(なか まさる)、京本孝司(きょうもと たかし)
右端の明かりは志摩半島南端の灯台  手前は熊野灘
(参考 シミュレーション画像)
富士山は標高3000m以上が見えている。カシミール3Dの「マウス位置」の機能による
位置図(地理院地図使用)
(参考 可視マップ)

紫色の範囲が、富士可視エリア。○印で囲んだ一角が今まで未確認だった地点。(数値地図標高データを利用し、杉本智彦「カシミール3D」により描画)。

●電子国土による画像(2万5千分1地形図「紀伊大野」)
●現地 および 撮影者
●撮影時の経過(仲賢氏による記録)
フイルムはネガ。フジカラー S400
カメラはミノルタα807si。レンズはトキナー80〜400のズーム。
これにケンコーのテレプラスMC7で倍にして使用。
ズームの350ミリ辺りに倍なので700ミリ相当に該当。
目いっぱいの400ミリにしなかったのは、富士山と右側の志摩半島と灯台の構図バランスが悪くなると思ったからです。

F16(本体レンズはF8 テレプラス) 露出2秒

2:00 宅に集合し車で発
3:30 登山口に着  歩いて現地に向かう
4:20 現地着
4:45 双眼鏡で富士山を確認
     前もって現地に埋めてあった三脚を掘り起こす。
5:00 撮影開始
5:10 このあたりで一番きれいに写る。
5:30 撮影終了
5:33 日の出
5:45 ほとんど見えなくなる
撮影者の一人、京本孝司さんは、2010年2月21日、色川富士見峠直下で亡くなられました。享年59歳。
謹んで哀悼の意を表します。「山の展望と地図のフォーラム」田代 博
(参考)『今日はなんの日、富士山の日』より
 私が富士山可視マップを作成した際、最遠方の山として紹介したのが和歌山県南部の法師山でした。1988年4月、NHKの「昼のプレゼント」に出演した際は、全国放送で法師山が最遠方の地であるとアピールしたのですが、実は手前に山に阻まれて見えませんでした。しかし、富士山マニアの関心を引きよせる効果はあったようです。何人か撮影に挑戦する人が出る中で、1995年12月、三重県のカメラマン楠本弘児さんが40回近い山行を重ねた末に、に320km離れた大雲取山からの撮影に成功しました。1997年1月には、さらに2.6km離れた妙法山からも撮影されました。
 最遠の地はもうこれ以上延びることは無理だろうと思われていましたが、2001年9月12日早朝(あの9.11の翌日です)、三重県の京本孝司さん・仲賢さんが妙法山北西小麦峠(2008年、色川富士見峠に改名)から、もう300m遠い、最遠方の富士山を撮影しました。以前、私が『富士山展望百科』に「この妙法山の記録は破れないと思われるが、可視マップではもう300m遠い地点に可視ポイントが表示される」と書いた、まさしくその場所でした(上記可視マップのの部分)。322.9kmは証拠写真のある、山の遠望記録としては、ギネス世界記録に登録されてもよい内容です。

(注意)色川富士見峠は妙法山とは別物 仲さんの説明
 色川富士見峠が妙法山の中にあるというメデイアの表示は間違い。
 色川富士見峠から撮影が成功するまでは、新宮市の楠本さんが妙法山から撮影したものが、最遠方写真だった。
 私たちが(仲 京本)撮影後メデイアに発表した時、「妙法山の北西にある小麦峠(色川富士見峠の旧名)から撮影した」と表現した。 妙法山とは別のところから撮影したということを表現したつもりであったが、受け手には妙法山の中の北西に位置する場所と解釈されてしまった。これが定着してしまい現地の表示が『妙法山色川富士見峠』とされることが多い。妙法山とは別なので、十分注意してください。
 地理院地図にカシミールのスケールを配置した地図を示します(田代)。約5q離れています。
富士山が見えた時の感動
○富士山自身の圧倒的な美しさ
 当日は空気が澄み渡り遠くからでも、重量感があり神々しく神秘的にみえた。
 遠いがゆえに私たちに伝わるその存在感は見た者でしか味わえないと思う。
 思わず手を合わせてしまった。
○現地を特定した頃は滅多に人が通る道ではなく、安全確保の為休日に23回の登山道の整備を行った。 条件の良い日に5回の撮影チャレンジを行った等 約3年に亘るこれまでの努力が報われた。
○現地を捜し特定するために、相当の日数を費やしたが、この場所に間違いないという
 保証はなかった。見えた 時、自分たちの計算が正しかったということが証明された。


2001年9月12日
2:00 仲宅で集合 車で出発
3:30 登山口着  車を降りて歩き始める
4:20 富士見峠着
4:45 双眼鏡で富士山確認 カメラのセット始める
5:00 撮影開始
5:10 一番よく見える
5:30 撮影終了
5:33 日の出
5:45 ほとんど見えなくなる
6:00 下山開始