愛知県から見える富士山
2010年10月
2011年1月追補
愛知県から富士山はなかなか見づらいのですが(展望条件の良い朝方は逆光になってしまいます)、それでも何か所か、ポイントがあります。可視マップもご紹介しながら、ご紹介しましょう。見えない代表的なポイント(^_^;)も記します。
■可視マップ 紫色の部分が見える範囲
■渥美半島を拡大
▲蔵王山
標高250m。山頂まで車で行ける。山頂には蔵王山展望台(年中無休、9:00〜21:00)。4階に展望室
▲衣笠山
標高278m。 端正な姿。
▲本宮山 
標高789m。「三河富士」とも呼ばれる。山頂近くに三河国一之宮の砥鹿(とが)神社があり、信仰の山として地元の人たちに登られてきた。本宮山スカイラインが山頂付近まで通っている。
現在は山頂にはテレビ、ラジオの中継局があり、巨大なアンテナ群が林立している。そのため、山頂から富士山を見るのは難しいようだ。こちら参照。
▲豊橋市富士見台第4公園(富士山展望台)。こちら参照
▲名古屋市富士見町(桶屋富士)、富士見台(見えない例)
・富士見町
 「葛飾北斎の『冨嶽三十六景』の一つに「尾州不二見原」がある。場所は現在の名古屋市中区富士見町になる。職人が作っている大きな桶の中に、富士山が僅かに顔を出している。桶の大きな円と富士山の小さな三角形の対比が興味深く、「桶屋富士」と呼ばれて記念切手になったこともある。今ではこれが富士山でないことは明らかになっているが、ちょっと前までは、「土地は高台で東方が低くなっており、天気が良い日など、地名の由来通り、富士がはるかに望まれたということである」と言った解説がなされていた(『浮世絵大系13 富嶽三十六景』集英社1976年)。しかし住んでいる方はよくおわかりのように、天気がよくてもここから富士山は見えない。いささか煩雑になるが、文献などを交えて、説明しよう。
 これが富士山でないことを明らかにしたのは地元の名古屋地方気象台のレーダーで、「朝日新聞」1976年3月16日(夕刊)に大きな記事がでている。「不二見原から富士山見えぬ レーダーが無情の確認」。では北斎が富士山とした山は何なのか。記事では「南アルプス?」とするだけで、特定はしていない。「地図の友」(地図協会)1979年6月号の「名古屋のテレビ塔から富士が見えるか」や、「山と溪谷」1981年12月号「「展望」こぼれ話」にもこれに関する報告があるが、「南アルプスの一角を見誤ったものでは、という説もあるが、まだはっきりとは証明されていない」となっている。
 これについて、江戸時代以降の名古屋からの富士山についての文献にあたり、現地での実証を繰り返して結論を出したのが安井純子さんで、「岳人」1994年5月号に「江戸時代以降の文献・資料からまぼろしの富士山を検証する」という論文を書かれている。最後の一節を引用しよう。
 「北斎の見た富士見原からの富士山は、南アルプスの「聖岳」であった。幻の富士にこだわった結果、江戸時代の貴重な山岳展望資料をいくつか発見した。名古屋は大望岳都であることを資料より知り、山岳展望の素晴らしさを実際に堪能することができたのである」」(『富士山「発見」入門』より)。
・富士見台
 「名古屋市千種区の富士見台は、天気がよい日には富士山が見えるだろうという期待を込めてつけられたもので(実際には見えない)、「願望としての富士見」地名である。」(同上)
▲名古屋テレビ塔(見えない例)
「名古屋市内のテレビ塔から見えるのではないかと言われることがあるが、残念ながら駄目である。知多半島まで南下するか、伊勢湾を越えないと難しい。」(同上)。詳しい説明はこちら
可視マップ知多半島  横1200ピクセル   横2000ピクセルはこちら
富士ヶ峰の隣の「桜公園」 180q
「伊勢湾沿いR247の「桜公園口」から舗装道を登り分岐を左手に曲がり、直進すると、駐車場のある「桜公園」に到着する。富士ヶ峰神社の石段を上がり、左手に進むと無線中継塔のある富士ヶ峰だ。搭の間に「三等三角点124.9m」が鎮座している。ここは展望が全くダメなので、伊勢湾、三河湾など素晴らしい展望が広がる「桜公園」へ寄る事をお薦めする。」(「富士ヶ峰(南知多町)」より)
(カシミールによるCG)