2011年度(122回)5月レポート
「(自衛隊を)非軍事の救援組織へ転換を」という主張への意見
レポートの趣旨説明文書はこちらです。
1組 2組 3組 4組
2011年5月
左の番号は便宜的なものです。
右の数字は、受信した日付です。 期日内に全員提出しました!
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 私は自衛隊を、国を防衛するための部隊と災害救援などの多機能的な活動ができる部隊の2つに分割すべきだと思った。
 理由は単純で、災害などが起きたときに国を防衛しなければならない危機が訪れたとき(逆でもよい)、対処しきれないと思うからである。しっかりと部隊ごとで予め役割分担をしておけば対処しきれると考える。
 また、自衛隊の中で災害救援などに当たる部隊を作るわけだから、陸海空を使った輸送など普通の救援隊よりもスピーディーに対応できるに違いない。
 自衛隊の軍事的な面を憲法との関係で批判する声もあるが、私は防衛のためだけにある戦力ならば保持してもよいと考える。やはり米軍だけに頼るというのは、「日本」という国の存在が薄れてしまうと思う。ただし、その戦力は必要最低限であるということを具体的に国民に説明する必要があるだろう。
 今後自衛隊をめぐる問題は、憲法の改正も含め慎重に議論し、またアメリカとの調整もしていかなければならないだろう。
     
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 2  水島教授の考えは、私が震災直後に考えていたことと非常によく似ている。そもそも、本体自衛隊というのは外国が日本に攻撃してきたときに対抗する手段としてあるはずのものであり、災害時に人々を救助するためにあるのではない。ところが今では外国が攻撃してくるなどということはめったになく、もっぱら災害救助のためにあるようなものである。ならば、はじめから災害救助の訓練をすればよい。
さらに、自衛隊が災害対策組織である場合とそうでない場合では大きな違いがある。もし最初から災害時を見据えて編成していれば、緊急時にも編成を大きく変更することなくスムーズな対応ができる。しかし普段、戦闘用の編成で訓練していると、いざ災害が起きたときに部隊編成の大幅な変更が必要になり、隊員たちの混乱の元となる。これでは自衛隊内でトラブルが起きる可能性がある。そうなっては訓練で培った本気は到底出すことはできないだろう。
 もしも外国の攻撃に耐えられないと言うならば、それこそ米軍に頼ればよい。外国に防衛を頼んで滅びた国は歴史上数知れないが、それはあくまで一方的に助けているからであり、防衛を頼む代わりに、米国の災害時には自衛隊を派遣するなどして、お互いに助け合えば、どちらかが優位に立つということはなくなる。自分の国は自分で守るべきだ、という意見もあるが、実際に軍隊も無いのに問題なく成り立っている国家もあるのである。
今、本来の意味での自衛隊は必要がほとんどない。このような大災害があった時こそ、自衛隊の最も有意義な使い方についてしっかりと考え直す必要があるのではないか。
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 私は自衛隊について戦闘能力と災害救助能力を分離すべきだと思う。そしてその後、憲法を改正し戦闘部隊は「日本軍」として、災害救助部隊は独立して「災害救助隊」とすべきだと思う。
まず「日本軍」とすることについてだが、自衛隊はもともと国を守るための最低限の組織なはずだ。なぜなら憲法第9条に「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」とあるからだ。しかし今の自衛隊は本当に最低限だろうか。戦車が約900両も必要だろうか。詳しい事情はわからないが、私は最低限とはいえないと思う。そのようなことで議論が起こるのならばいっそのこと「軍」としてしまおうではないかということだ。そうすればどこまでが最低限なのかを考えなくてもよくなる。また、「軍」を所持していればアメリカに守ってもらう必要もないので、日米安全保障条約も不要となるだろう。米軍基地の問題も解決できるかもしれない。
 次に、災害救助部隊を独立させることについてだが、 自衛隊はもともと日本国を守るために組織されたもので、災害救助を専門に働いているというわけではない。確かに大災害はいつ起きるか予測できるものではないし、部隊を作ったところで何十年も出動しないかもしれない。しかし地震大国日本では、地震、またそれによる災害が起きなくなることはないと思われる。いつかは必ず必要になるのだから災害救助専門の部隊を作ってもよいのではないか。
 最後に、日本には中国・韓国・ロシアそれぞれとの領土問題がある。また北朝鮮とは核開発問題がある。そして安全保障条約を結ぶアメリカは中東のイラクやアフガニスタン、北アフリカのリビア等々世界各地で戦争をしていて、いざとなって頼れるかはわからない。さらには地震や津波、台風という自然災害もある。そのような状態で今、自衛隊としての任務が少々多すぎるのではないかと思う。だからそれぞれ分野ごとに独立させ、災害救助なら災害救助専門、戦闘なら戦闘専門としてエキスパート部隊を作るべきだと思う。
 
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 4  私は水島さんの意見に反対だ。自衛隊は今までどうり日本を守る事を本務とし、今回のような緊急時に付随的な活動として災害救助などを行っていくのが良いと考える。なぜなら、もし自衛隊を災害救助専門の組織に転換してしまったら日本を守る組織がなくなってしまう。これでは、万が一の時に迅速な対応ができない。また、現在近隣諸国との関係は良好とは言い切れない。そんな中、米軍に頼りっぱなしと言うのは一国家としておかしいと思う。さらに、在日米軍と地域住民との摩擦などいろいろな問題が生じてきているので米軍に依存するという考えもなるべくないほうがいいと思う。
 次に、災害専門の組織というのは少々税金の無駄使いなのではないかということを指摘したい。災害というものはそんなに頻繁に起こるものではない。また今回の災害では人々から評価されるような働きを見せてくれた。よって、災害のエキスパートをつくるより色々なことができる組織であったほうが心強いのではないかと思われる。これらの事から、自衛隊を災害救助や軍事と限定するのではなく、様々な状況に適応させて高い装備を活かしていくのが最善なのではないかと思った。
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「自衛隊」。今回の大震災でも救助活動にあたった彼らだが、それはあくまでも自衛隊としての「従たる任務」だと水島朝穂氏は語る。そして、自衛隊は武装組織で軍としての自己認識が強いと言うのだ。これに関して水島氏は、自衛隊の軍としての属性を徐々に縮小し、将来的には海外にも展開できる非軍事の多機能的な災害救援部隊に転換すべきとの考えだが、私もそれに賛成だ。自衛隊は阪神淡路大震災の経験からエアジャッキやチェーンソーなど消防レスキューと同様の装備をするようになり、災害対処能力を強化してきている上、国民もその災害派遣活動を評価している。つまり、今、国民が自衛隊に必要としているのは「軍としての強化」ではなく、「災害対処能力の向上」、そしてそれの「維持」なのだ。是非とも、今回の震災で培った自信と経験をこれからに活かし、災害への対応力をさらに磨いていってほしいと思う。そしてこれは私だけでなく、全国民の意見でもあるはずだ。

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 6  自分も基本的に水島さんに賛成で、自衛隊を将来的に多機能的な災害救援を中心に行う部隊に転換すべきであると思う。しかし、筆者は災害救援活動は自衛隊にとって「我が国を防衛する」という「本務」ではないと書いているが、自衛隊の救援活動が無かったら、もっと沢山の死者がいたことは明らかなので、今回の災害救援活動は「我が国を防衛する」という「本務」であると言える思う。また、自分は有事の時も活動があっても良いと思う。憲法第9条の戦争の放棄は日本から他国に攻めることを放棄しただけで、他国から日本に攻めて来た場合はこの憲法の範囲外であると思う。また、もし戦争が起きたとき、すべてをアメリカに任せるというのもアメリカと日本の差を生じる大きな原因のひとつになると思う。現在も自衛隊の人たちはに必死に救援を行っている。しかし自衛隊に過労死する隊員が出たと書いてあったが、それは本末転倒であると思う。自分の体のことも気にしながら、これからも被災者の救援をこれからも頑張ってほしい。
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 7  水島さんの考えには、賛成です。自衛隊と一口に言っても、さまざまな部門に分かれていて実のところ良くわからない世界である。
そこで、再編して、水島さんが言うような「災害専門部隊」たるものを作ると良いと思われる。「その時だけしか出番がなく無駄ではないか」と言うのは愚問で、普通の自衛隊も何もなければ「ただ訓練してるだけ」と言うことになる。
また、そのような専門の部隊を作り、公表していくことで、国民の自衛隊やひいては憲法9条への関心を得られるだろう。
 また、今回のような非常に大規模な災害において、自衛隊の行動計画がしっかり立っていないと思う。過労死する隊員が出てしまうことが証拠の一つである。専門部隊ならば計画を立てることができ、より効率的に作業が進むと思われる。
 「軍」としての自衛隊について。アメリカとの関係は沖縄関連の問題で混迷している。個人的な意見だが、日本の首脳陣が初めから移転は「グアム」にするように意見すればこれほど揉めなかったと思う。鳩山元総理も「国外移転で、最低でも県外」と言っていたのに、結局辺野古になってしまったのは不可解である。
 沖縄の問題と自衛隊は切り離すことはできない。自衛隊は自衛隊として、アメリカに同化などせずするべきことをできればよい。協力は必要。ただし強弱かかわらず「戦争への協力」は避けてほしい。
 これが僕の意見であった。
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 8  僕は水島さんの“自衛隊を多機能的な災害救助部隊に転換する”という意見に基本的に賛成です。今回の大震災による被害は想像を絶するものでしたが、自衛隊員は人命救助に全力で取り組み、とても頼れる存在だと改めて認識しています。
 軍としての仕事を行う自衛隊と救助関係の仕事を行う部隊を分離してしまおうという意見も考えられますが、軍の仕事を単体で確立させてしまうと、そこだけ必要以上に強化されてしまって、これからも平和を維持していけるのかという疑問が出てくる日が来てしまうかもしれません。
それよりは、自衛隊がそれらの職務を一括で行い、記事にあるように軍としての機能を縮小しつつ、様々な場面で活躍できる部隊になるほうがよいと思います。ここで軍機能の縮小についてですが、現在日本は北朝鮮問題、領土問題などいくつかの重要視すべき問題を抱えているので大規模な縮小は避けるべきです。しかしながら今日本が軍事に注いでいるお金の一部を、災害救助その他に関する仕事にまわし、充実した対策を練っていくべきだとも考えられます。
 もともと自衛隊は日本のために存在している組織です。これからも何が日本にとって一番よいのかを考えながら日々職務を遂行してもらえると嬉しいです。
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 9   私は、水島さんの意見には反対である。確かに自衛隊の「我が国を防衛する」という「本務」ではない救援活動を行っていることには疑問を感じるし、憲法9条があるため、救援活動を行うことで自衛隊と在日米軍の一体化が進んでしまうことにも疑問を感じるが、自衛隊を完全に非軍事の多機能的な災害救援部隊にしてしまうことは「本務」である防衛ができなくなってしまうため、よくないと思う。
 ただ、実際に福島へ救援活動にいった自衛隊員によると、レスキュー隊は災害が起きたときの訓練だけしてるだけあって、自衛隊よりもずっと速く行方不明者を発見していったそうなので、そのような非軍事の災害救援部隊をつくり、強化しなければならないことは事実である。
 以上のことから、私は自衛隊を「非軍事の多機能的な災害救援部隊」にしてしまうのではなく、自衛隊を縮小して新たに人的動員力や輸送能力をもち、陸海空を統合運用できる災害救援部隊をつくるべきだと思った。
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今回の大震災は広範囲に甚大な被害をあたえたものだ。それゆえに現状人的動員力や輸送能力、陸海空の組織を統合運用する能力で優れる自衛隊の協力は強力だった。世論は自衛隊の災害派遣活動を支持する意見が多く、しかし自衛隊の本当の役割は我が国を防衛することではない。今回の件はあくまでも付随的な活動だ。今回の大震災では災害救援を名目に有事を想定した自衛隊の運用と、アメリカとの協力の指針などの試用が行われている。徐々に自衛隊の軍としての部分が強調されて自衛隊と在日米軍との一体化が進むことになるのではないだろうか?これは憲法に疑義を与える。日本は今自衛隊の軍としての属性を徐々に縮小し将来的には海外に進出できるようにするではないか?著書の主張とその理由を要約すると上のようになるだろう。

そもそも日本国憲法における自衛隊とはどういった機関なのだろうか。自衛権とは「外国からの違法な侵害に対して、自国を防衛するために緊急の必要がある場合、それに武力をもって反撃する国際法上の権利」と定義される。(wipedeiaより)多分この自衛権を所持しているのが自衛隊なのだろう。

「第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。第二項 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」

これは日本国憲法第9条である。1項での「これ」は武力による威嚇又は武力の行使だろう。2項での「これ」は、もし戦力だとしたら陸海空軍その他の戦力は、戦力を保持しない。となり矛盾が生じるので戦力ではないだろう。なので第1項に引き続き武力による威嚇又は武力の行使だろう。

自衛隊は陸海空軍に当てはまるだろう。だから自衛隊は武力の行使が法的にできない。まぁしかし武力なしで他国からの攻撃に対抗できるわけがないのでそこのところはしょうがないところなのだろう。だから著者が言っている軍的な一面があるのは否めない。

ところで憲法では武力の行使が駄目なのであって軍の所持は問題ないのではないだろうか。もし他国が攻めてきたときに軍が強ければ強いほどいいに決まっているし、米軍との連携が上手くいくならそちらの方がいいに決まっている。しかしこの著者がいう海外にも展開できるようにするというのも自衛隊の一つの役割としてあっていいと思う。2006年に改正された自衛隊法の海外派遣が本来の任務とされているからである。自分の意見をまとめるとこの著者の意見には大体賛成するが軍を縮小する必要はないということ。

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11  今回の大震災では、救援活動に自衛隊が動員されている。そこで、水島氏は自衛隊を非軍事の救援組織へ転換させるという意見を述べている。が、私はこの意見に反対である。
 水島氏は、自衛隊の「本務」「従たる任務」などといった「名目」について強調している。私には、水島氏は名目などの形式にこだわり過ぎているように思える。確かに、ある程度の形式に沿った行動をすることは合理的で有効である。だが、今回の大震災では「想定外」のことが多く起こった。形式にこだわるほど「想定」の範囲内でしか活動できなくなってしまうと私は思う。大災害を想定し災害救援のみに特化した部隊では、結局狭い範囲での想定しかできず、今回の反省を生かせるとは言い難い。それよりも、人的動員力や輸送能力など様々な能力に優れ、より多方面に対応できる現在の仕組みの方が有効であるといえるのではないだろうか。
 実際、災害救援を想定したものではない武装が役立った場面も見られた。例えば、福島第一原発のがれき撤去には自衛隊の戦車が用いられた。これは戦車の武器としての「本務」ではない。戦場など過酷な環境で使われる武器に、災害救援で役立つ可能性が秘められていることを示しているといえるだろう。このことからも、最低でも現状の自衛隊の体制を維持すべきであると私は思う。
 また水島氏の「軍」の捉え方にも疑問を覚える。「『有事』を想定した自衛隊の運用」がされ米軍とも連絡調整をしているからといって、自衛隊が軍として強調されていると考えるのは飛躍しすぎであろう。そもそも米軍も災害救援をしているのであって、今回の事態への対応を軍事行動と結びつけるには無理がある。これも形式にこだわっているように思える。
 水島氏の意見は根拠に乏しく、自衛隊の形式だけ変えても改善するとは思えない。この大災害を踏まえ、よりよい日本を築いていくためには、想定し得ない事態にもできる限り臨機応変に対応できるようにすることが重要だと思う。そのためにも自衛隊は形式にとらわれず、多方面で運用されるべきではないだろうか。
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12  水島さんは、自衛隊を非軍事の多機能的な災害救助部隊に転換すべきだと言っているが、私は国内外の災害救助のみを担当する大きな組織を自衛隊とは別に新たにつくり、国防のための武装組織としての自衛隊は残しておく必要があると思う。
 日本は、地震や噴火などによる被害が非常に多く、数年に一度は大災害が起こるような国であるのだから、今までの自衛隊のように「従たる任務」ではなく、「本務」として災害救助の仕事を担う組織を作るべきだと思う。人命救助や物資のスムーズな輸送といったことにより鍛錬を積んだ組織が、より迅速に被災地に駆けつけることで、より多くの人の命を救うことができると思う。また、もし災害救助がこのまま自衛隊の「従たる任務」として行われたら、自衛隊の「本務」である国の防衛をしなければならないときに大災害が起こった場合、はたして災害救助は十分にできるのだろうか。
 水島さんは、自衛隊の「軍」としての属性を徐々に縮小したほうがよいと考えているが、私はそうは思わない。それをしていくと、軍事的な面でのアメリカに対する依存性があまりにも大きくなりすぎて、アメリカとの関係が不平等なものになって日本が言いなりにならなければいけなくなったり、国民に大きな負担を強いることになってしまう。最悪の場合、アメリカとの関係が悪化して日米安保を破棄されてしまったら、国民の命や財産を守るすべがなくなってしまうのだから、自衛隊が正当に国を防衛できるようにするためにも、憲法9条の戦力の不保持という点においては、専守防衛である戦力の保持を認めるように改正するのもやむを得ないと思う。やはり、たとえ平和主義であったとしても、自国は自分たちも責任を持って守らなければならないのではないのだろうか。
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 私は、自衛隊を非軍事の災害救援部隊に転換すべきだという意見に反対だ
 理由は2つある。1つめは、自衛隊の「軍」としての属性を縮小・廃止すべきではないということ。2つめは、災害救援に特化した部隊は効率が悪いということである。
 自衛隊の「軍」としての属性を縮小・廃止すべきではないということについて。
 国家には国民の命と財産を守る義務がある。自衛隊の軍としての属性を縮小・廃止することは、外国が日本を攻撃した時に、国家が国民の命と財産を守る手段を持たないということである。有事の際に国家が国民の命と財産を守れないというのは、あまりにも無責任ではないか。
 次に、災害救援に特化した部隊の効率の問題である。災害救援では、いざ大規模災害が起きると10万人規模の人員が必要となる。しかし、大規模災害が起きていない場合は、殆ど人員を必要としない。しかも、大規模災害がおこるのは、10年から20年に一度である。よって、災害救援に特化した10万人規模の部隊は災害が起きていない時期に何もすることがなく、効率が悪い。そうすると、災害が起きていない時期は何か別のことをやっていて、いざ災害が起きると被災地に駆けつける兼業部隊がいると一番効率がいい。
 国を守ることも、災害救援も、国民の命と財産を守ることに変わりはない。だから、自衛隊は、普段は国家防衛のために活動し、いざという時には災害救援に力を尽くす、という多機能部隊であるままでいいのではないだろうか。
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14  自衛隊は現在東日本大震災、またそれによる津波や原子力発電所事故の災害救助活動等を行っており、その活躍がとても評価されている。しかし、それらは自衛隊としての「従たる任務」であり、自衛隊の本分は日本国の防衛であるとされている。日本が武力によって直接侵略されるのを防衛する(領土問題はまた別として)ことと人命救助にあたること、どちらが現在の自衛隊の主な活動であるか比較したとき、果たしてこれでよいのか、ということは、確かにもっと議論されるべき問題である。
 だが現在、自衛隊のあり方についての問題はこれだけではない。
 5月14日付の朝日新聞から引用すると、

 その協議で潘氏は、コートジボワールでのPKO部隊によるバグボ派拠点の攻撃は、あくまで市民の保護と部隊の自衛のためだったと述べて正当化し、「国連の平和維持活動は公平・公正の立場に立つが、常に中立であることはあり得ない」と強調したという。

 とある。また、この考え方が自衛隊のPKO参加5原則の中の「中立的立場の厳守」と相反するものであることも記事内で触れられている。
 もしもこのような中立でない武力介入が今後も起こり、「平和維持活動」が名目ばかりのものになって、国連が正しくないと認めたものを攻撃するのが正当化されるなら、日本は海外への自衛隊の派遣を停止するべきだと思う。そうでないと、自衛隊は攻撃的戦闘に特化した集団になってしまうからだ。
 今後の自衛隊のあり方について、無理に軍事的な面を減らすことは得策ではない。仮にどこかの国が攻めてきたとして、中国もしくはロシアが適当に理由をつけて安保理で拒否権を行使したとする。それだけで日本は国連からの支援が得られず、遠いアメリカから武器や軍をさらに運んでもらわなければならなくなる。その間、日本が自分自身を守れなくてはおしまいだ。備えがなくて困るのは震災でもう体験済みである。
 だが、今すぐの軍備増強が必要とは思えない。であるから、海外での協力活動を考え直し、国内での、国民のための活動をより主軸において行うのが自衛隊のあるべき姿だと考える。
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15  僕は、水島さんの「自衛隊を非軍事の災害救援組織に転換すべきだ」という意見にはあまり賛成できない。
 なぜなら、2つ理由が挙げられる。まず、自衛隊を非軍事化してしまったら、誰がこの国日本を防衛するのかという点だ。今、日本は隣国である北朝鮮や中国などと、あまり関係がよろしくない。もしもの時、彼らが軍事的措置を取らないという保証はどこにあるというのか。また、領土問題などの時に実力行使に出られたら、我々には、対抗策がなくなってしまうのではないだろうか。在日米軍がいるから大丈夫だ、という人もいるかもしれないが、彼らはあくまで在日している「アメリカ軍」であって、日本政府が直接指示できる訳ではない。それに、こちらも有事の時、我々の安全を必ず保証してくれるという訳では無いだろうと僕は思っている。信用してはいけないという訳ではない。しすぎるなというこ
とだ。だから僕は自衛隊が自己防衛としての最低限の軍事力を持つことは必要であると考える。
 次に、もし災害救援組織に転換したとしよう。でも災害というものはいつ起こるのかわからない。それまで彼らはずっと待ち続けるということになる。これは時間と費用の無駄ではなかろうか。今日本は少子高齢化や何百兆もの借金などで経済的な余裕があるとは思えない。災害救助だけの為に組織を存在させるとべきではないだろう。今の自衛隊の様に、普段は本来の任務を行い、非常時には別のことにも柔軟に対応できるという形の方が、非常に効率が良いように思われる。実際、東日本大震災では自衛隊が使っている巨大な炊飯器が被災者たちへの炊き出しに使われているというのを聞いた。だから「本務ではない」ということにとらわれなくとも良いのではないだろうか。
 よって、僕は自衛隊はわざわざ軍備の縮小、災害救援組織への転換を行う必要はないと考える。
 しかし憲法の面から考えるとこれらは難しい問題である。どれ位までの軍備が、自己防衛として認められるのか、一度深く考えてみる必要がある。
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16  昔から自衛隊の廃止を求める団体が街のあちこちで演説活動を続けている。この前も最寄の駅で見かけた。そういった人たちの言い分は、自衛隊の武力が憲法9条の「戦力の不保持」に矛盾しているということである。
 記事内にもあるように自衛隊がさまざまな面で他の災害救助組織より優れているのならば、そういった能力は大切にすべきだ。しかし、災害救助に生かせる人的動員力や輸送能力などは、普段「軍」として考えて生み出されたものを使っている部分もあるはずである。「軍」としての部分を縮小すると、災害救助の能力の発展の可能性も減るだろうし、災害救助への評価は「軍」への評価につながると僕は思う。被災地での活躍を期待するならば、「軍であるが、戦力ではないもの」の存在を認めなければならないだろう。
 自衛隊の救助活動に助けられた人は、数え切れないほどいる。能力は認めるべきだろう。自衛隊の人たちも自分たちの立場はわかっているはずだから、変な騒ぎは起きまい。絶対的な憲法の前で「柔軟にやっていこうよ」とはいえないが、実績を見つつ彼らなりのやりかたを見守っていきたい。
結論として水島さんの「『軍』としての属性を徐々に縮小」する意見には反対である。
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17  僕は水島さんの意見に賛成だ。自衛隊は今回の東北地方太平洋沖地震に対しての対応のように、日本国内の災害救助などに重点を置いて活動した方がいいと思う。
 日本の非常事態に備えた「軍」のようなものは必要かもしれない。だが、それ以上に国内の問題に目を向けるべきではないだろうか。現時点で既に、原子力問題を始めとした様々な問題が存在している。そのような問題に対処するには、日本の消防署や警察署だけでは人手や技術が不足していると思う。もしも自衛隊が今回の災害 救助に協力していなかったならば、被害は今よりも非常に増えていたはずだ。決して被害は少ない内に済んだとは言えないが、それでも自衛隊の活躍は大きなものだ。
 もし、自衛隊が「軍」としての設備などを縮小し、災害時の救助などに本格的に取り組むようになれば、これから災害が起こったときにはとても頼りになると思う。だから、自衛隊の軍事的な利用は多少控え、国内の災害に備えた災害救援部隊に転換した方がいいと思う。
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18  この記事をよんで、援助活動をしている自衛隊の姿が頭に浮かんだ。そもそも、自衛隊とはなんのためにあるのだろうか?
 日本国憲法には、戦力の不所持を定める法律がある。だが、日本政府曰く日本国憲法は自衛権を放棄したわけではない。自衛隊は、その自由権に基づく必要最低限の戦力らしい。とりあえず、最低限が24万人なのかという疑問はおいておこう。
 こんなことを考えていたら、水島さんの意見に対する賛成意見と反対意見がともに生まれた。
 まず、自衛隊を援助にまわすべきだという意見には賛成である。今回の未曾有の被害をもたらした東日本大震災。この被災地で援助を行う自衛隊の活動には、確かに自分自身目を見張るものがあると考えている。だが、先程も述べたように、自衛隊は国にとって「必要最低限」の戦力なのである。つまり、軍備の縮小を謀るのならば当然「必要不十分」な戦力となるわけである。その意見には反対である。もし、仮に自分が自衛隊の派遣を自由に決めることのできるほどの権力を持つ人間だったとしよう。
 いくらアメリカが日米安全保障条約により守ってくれるとしても、やはり戦力はあるに尽きると少なくとも自分はそう考えている。そこで、自衛隊とは別に部隊を組織して災害対策も自衛隊じゃなく、そっちを強化するべきだと思う。だが、「震災は忘れたころにやってくる」ように、いくら部隊をつくっても震災が来なければ意味がない。そこで、いつ震災がきても大丈夫なように準備しつつ、別な仕事を本業として、震災がきたら特別手当をだすようにするべきだと思う。
 確かにボランティアの人々がいるのはいいことだと思う。だが、専用の知識を持った人間も必要である。
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19  自衛隊の果たしている役目というのはそもそも何なのだろうか。「我が国を防衛する」という事ならば、有事の際にそれを果たせるかという事に私は疑問を感じざるを得ない。Wikipediaに因れば、同盟国アメリカの助け無しでは国土防衛は事実上不可能であるという。つまり自衛隊は戦闘能力を完全には放棄していない事の象徴であり、実際には「日本を攻撃した際に少なからず反撃を受ける」という事実が抑止力となっているのでは無いだろうか?  元々アメリカに依存した防衛策であるならば、自衛隊より政府の動きが重要に成ってくるだろう。アメリカと良好な関係を築き上げる事こそが防衛能力に直結すると私は思う。
  つまり自衛隊は「軍」という名目を残しつつ、水島さんの言う通りに多機能的な災害救助部隊に転換すべきではないか。正直、日本が将来的に壊滅的なダメージを受けるとすれば、それは戦争では無く災害によるものである可能性が高いと思う。自衛隊に国土防衛が厳しいならば、むしろ災害を抑え込むことに特化した方が、長い目で見れば大きな効果を上げるだろう。
  もし日本が他国に攻め込まれ、アメリカが助けてくれないような事があれば、それはそのような状況に国を追いやるようなトップを選び甘んじていた自分達を恨む他に無い。結局の所、国民一人一人の意識の持ちようが大切という事では無いだろうか。
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20  結論から言うと、自分は別に非軍事の多機能的な災害救助部隊に転換する必要はないと思う、つまり、水島朝穂さんの意見には反対だ。自衛隊をどう認識しているかと言うのは人それぞれで違うと思うが僕は日本の憲法の特徴である平和主義を保つために軍を強化することは必要だが、それを肯定されるような評価を求めることは間違っていると思う。自衛隊の人達はそんな評価を求めるような気持ちはないだろうし、日本のために一生懸命働いて力になりたいと思っているに違いないからだ。しかし、水島さんの、自衛隊員にたいする心のケアが必要だという意見には賛成だ。いくら頑張ろう、被災地の人に楽になってもらおう、と思っていても体はもちろん、心はそれ以上に疲れてしまうからだ。
自衛隊法の改正の際に災害派遣が従たる任務に位置付けされたままだったのは、はたして、軍としての自己認識があったからなのだろうか。少なくとも僕としては自衛隊は軍であるという意識はない。軍ではなくレスキュー隊というイメージだ。今のままでも十分レスキュー隊としては機能しているのだから、わざわざ多機能的な災害救助部隊に転換する必要はない、というのが僕の意見だ。
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21  記事の趣旨は自衛隊を、その「軍」としての側面を徐々に縮小して、最終的には非軍事の多機能な災害救援部隊に転換していくべきではないか、というものだった。
 災害に対する救援を、自衛隊の主な任務に組み込むことは非常によいことであり、前向きに進めていってほしいと思う。しかし自衛隊を非軍事組織にするというのには再考の余地があるのではないだろうか。
 自衛隊の非軍事化を考える上で大切なのは、現代における自衛隊の軍事面の必要性についてだ。
 結論から言うと、比較的平和な現代でも、自衛隊の軍事力は必要とされている。具体的な例を一つ挙げると、ソマリア沖、アデン湾での自衛隊の活動だ。ソマリア沖、アデン湾は日本に関係する船舶も、年間約二千隻通る重要な海上交通路である。しかし、ここでは海賊行為が行われているのだ。この海賊は銃、ロケット、ランチャーなどの装備を持ち、船を襲い、貨物や乗客を人質にとる危険な組織である。これから商船を守るためには、自衛隊の軍事力は不可欠だ。軍事力を以って、日本国民の財産と命を守ることは自衛隊の大切な役目の一つであるに違いない。
 記事にもあるように、自衛隊には大きな力がある。それを、災害救援または軍事の片方だけのかたよった使い方をするのは、もったいない。自衛隊には軍事と災害救援の両方を主たる任務として活躍してほしい。
22  私は今のところ、水島さんに賛成だ。
 自衛隊に関する基礎知識は余り無いが、今回の震災での自衛隊の活動は、私もある程度新聞などで目にすることがあった。
 理由としては2つがある。
 平和主義という憲法第9条に反している等、自衛隊の「軍」としての存続に異論がある人は多いだろう。私はその点では特に賛成でも反対でもない。ただ、いつどんな形で来るかわからない、「軍」として自衛隊を活用する事態に身構えて訓練をするより、災害時に自国民を救うためにできるだけの用意をする。災害の時は自衛隊に頼ればいいなどという考えも起きるかもしれないが、私はその方が良いと感じている。
 また、副業という言葉が適しているかはわからないが、軍事の次に救済といった形で救援活動にあたることは、救助する側、救助される側のどちらのメンタル面に関わると思う。第一に考えてもらう、考えることの方が、お互いにプラスになるはずだ。
 以上の理由から、私は水島さんには賛成だ。
 けれど今、現在進行形で自衛隊の方々はそれが当然の仕事のように救援活動にあたっている。そこからは既に「軍」としての機能から少し離れていると感じた。もう「軍」から「救援部隊」への転向は間近なのではないか。
 平和呆けしていると言われるかもしれないが、これが少ない知識で考えた結果である。
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 私はこの記事の意見には概ね賛成です。
 残念ながら私はこの記事を読むまで日本の自衛隊の救護活動が”付随的な活動”だということを知らなかったのですが、そのようにしか制度が整っていないことに違和感を少なからず感じました。
 個人的な見解ですが、自衛隊に志願している人の大半は”国をよくするため”という考えを持っていると思います。でもこの制度だと本当に国のためになることをあくまで”特例”でしかできないような印象を受けました。
そう簡単に今までの慣習のようなものを変えることは出来ないと思いますが、せめて災害がなくても災害の対策を常にしているような班があるべきであり、またあるべきで”あった”と思います。
しかし、この記事にあったような「非軍事の多機能的な災害支援部隊に転換」することは不可能だと思うし、転換する必要性もないような気がしてしまいました。
 なぜならこの場合いつか日本が復興したときにこの自衛隊はいくらやることがわかっていても明確な行動の理由が分からなくなってしまう可能性、そしてこの軍自衛隊は国を救うことができても国を衛ることが出来なくなってしまう可能性を感じたからです。
 実際今の日本は北朝鮮や中国の敵になりうるポジションにおり、軍、そして米国の力がないとある程度の平和は保たれないかと思います
ただ、在日米軍とのつながりにより憲法を侵してしまうのは決して許されないことだと思います。
 このような未曾有の大災害は今までの制度を省みる良いきっかけかと思います。
 人それぞれ考え方は違うとも思いますが是非日本がよりよい方向にいけるように、そしてそれを私たちが意見を発信したりすることで国に貢献できたら・・・と思います。
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24   まずこの記事を読んで、自衛隊の災害派遣という活動が、「従たる任務」であるということに驚きました。被災地での自衛隊は、何人もの人を救助したり、原子力発電所への放水活動を行ったり等、様々な立派な任務を果たしています。自衛隊の任務が、「国の防衛」であるならば、確かに災害派遣の活動は「従たる任務」なのかもしれません。しかし、自衛隊の任務を、「防衛」ではなく「国を守る」と考えれば、災害派遣は、防衛出勤と並ぶ、自衛隊としての大変重要な任務であると考えられるのではないでしょうか。
  記事の最後の方の、自衛隊と在日米軍の連絡調整の全面的な「試用」について、考えてみました。在日米軍との一体化が進めば、日本の自衛隊の「軍」としての色が濃くなってしまいます。私はそのことがとても怖く感じました。
  自衛隊はあくまで日本の平和を守る為の組織でなければなりません。その為にはどうするべきなのか。今回この記事を読んで、初めて考える機会を得たような気がします。
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25  確かに日本という国は平和主義なので、自衛隊を「軍」として、扱うのはやめた方がいいのかもしれない。しかし、それでは、仮に米との条約が破られた時に、日本という国は為すすべもなく他国に滅ぼされてしまうのではないだろうか。もちろん現時点での弱小な軍備ではあってもなくても同じだが、国民の不安を考慮するならば、気休めでもいざというときに「軍」として働くことのできる組織がある方がいいと思うのだ。また、災害救援部隊に変えていくにあたって、やはり、試行錯誤、というものが必要になってくると思う。そんな事に使う費用は、今の赤字大国日本にはないと考えられる。福祉と国債、さらに未曽有の大震災。これだけでも手一杯な中、さらに自衛隊にかける費用までは増やせない。自衛隊本体を切ってしまうわけにもいかないから、現状維持するほかないだろう。
 話は若干それるが、個人的な願望としては(現実的かどうかはさておき)是非とも自衛隊には日本及び他国で災害救援をする他軍備を整えていただき、米軍には普天間基地を福島原発の地に移動(当然20?圏内)、福島原発再生の為に働いていただきたい。この忙しいときに基地で揉めない為にはとてもいい案だと思うがどうだろう。
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26  私は、水島教授の意見には反対だ。確かに、世界では軍を持たない国というのもある。しかし、そういった国々であっても、近くに大国があり軍事的な面でその国に頼っている、集団安全保障の枠組みに参加している、軍に準ずる組織を保持しているなどというのがほとんどであり、いずれにせよ代替の防衛力を保有している。日本はまだまだ近隣の国と様々な問題を抱えていて、有事が全く起こらないとは言い切れない現状がある。その中で軍事力を一切持たないというのは少し非現実的である。
 また、災害現場で自衛隊が活躍できるのは、事実上の軍事組織であるが故の高い自己完結能力を備えているからであり、数は少ないとはいえ戦車のような武器が災害の現場で使われたという実例もある。災害現場への派遣は確かに「従たる任務」という位置づけになっているが、その活動は高く評価されており、個人的に十分「従たる任務」以上の活躍をしているように思う。
 つまり、軍としての規模の縮小などは良いとしても、完璧な非軍事化は自衛隊の災害現場での活動をも制限してしまうものになるのであり、これでは自衛隊が災害現場へ派遣される理由もなくなってしまう。
 また、水島教授は今回の大震災の被災地で自衛隊と米軍が有事の際の連絡調整の試用をしていることについて、軍としての面を押していると否定的な意見を述べているが、今回の震災の支援に米軍が協力してくれたのは事実であり、これは自衛隊と米軍の連絡系統があらかじめ決められていなければ起こりえなかったことである。自然災害が頻繁に起こる日本では、またいつ何時災害が起こり、米軍の力を借りることになるかわからない。よって、この際に連絡調整を試用していてもよいと思う。
 ただし、災害現場での自衛隊の高い能力は、海外の災害においても通用するものであり、もっと世界で活躍すべきだと思う。海外での活動は、このまま軍事力を保有した場合、自衛隊の一番の任務である「国の防衛」とは大きく外れたものになってしまい、なかなかできることではないだろうが、PKO協力法によって少しずつ海外での自衛隊の活動の場がもたれてきている。これからもこういった機会を増やしていってほしい。
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27  私は自衛隊が「軍」として必要だと感じたことは一度もない。そもそも、憲法で日本は戦争をしないことになっているし、相手が一方的に攻めてきたとしてもそのような状況になったことがないため、必要かどうかわからないのではないかと思う。また、そんな状況から回避するのは政治の役目だと思う。広い意味で考えて「自衛」とは、災害から国を守ったり、国民の生活を守ることも含まれるのではないかと思う。
 なので、いつ必要になるかわからない「軍」としての自衛隊に税金からお金を出すよりも、より現実的で私たちの生活に通じる、災害救援部隊にお金をかけた方が良いと私も思う。
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28  憲法第9条との兼ね合いで自衛隊の存在を疑問視する意見というのを幾度か聞いたことがある。「自衛隊は武力にあたらないのか」などという意見だ。これに対する政府の見解は「自衛隊は日本の自衛権に基づくものであり、戦力ではない」というものである。小学生の時にこの見解をわかりやすく教えて貰ったときには、言い訳めいていると感じたことをよくおぼえている。
 しかし、私自身は正直、自衛隊を必用な存在だと思っている。『無知な高校生として発言させて貰うと「ぶっちゃけ北朝鮮がいつテポドンを落としてくるかなんてワカンナイし…」という気持ちがあるからです。これは極端ですけどね。テポドン相手ではどうしようもないですし…(『』のところはカットでお願いします。)』これからの日本において仮に他国が攻め入ってくること、あるいはそこまでいかなくても軍事力を誇示することによる威圧があったらどうするというのだろう。ただ米軍の力を頼るのか。あるいは自国を守る用意をするのか。この思いから(アメリカのダブルスタンダードという言葉を知った後は、より一層)自国の軍事力は必要なものではないかと考えている。
 だが、もちろん私は自衛隊の“軍事的な活躍”は期待していない。むしろ無い方が良いと思っている。『これは矛盾のようでしょうか?』この記事に書かれている「試用」のことを考えると、意気込んでいる自衛隊と米軍の姿を想像してしまい、こんなときに、という思いを感じずにはいられない。
 だから私は災害救援活動が自衛隊の本務ではないという事実に非常に驚き、愕然とした。ここまで風当たりが強く曖昧なものであるにもかかわらず、軍事力であるという認識を強く持ち、支持を得られるところで柔軟に対応できていないと感じるからだ。なぜ自衛隊はあくまでも軍事力でなければならないのか。わたしにとってはそこが疑問である。
  私は自衛隊が水島さんのいう“非軍事の多機能的な災害救援部隊”となるべきという考えは現実的ではないと思うが、“多機能的な国民のための”部隊であるべきだと思う。
 『ま、だから結局の処、黙って今の状態をキープしつつも、もうちょっと頭引っ込めて、かつもうちょっと頭柔らかくして欲しいなというところです。』
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29  今回これを読んで、自衛隊のことについて今までより少しわかったかな、と思う。また十分に休息が取れずに過労死したというのには驚かされた。
私は、自衛隊は「災害救援部隊」としても「軍」としても活動してほしいと思う。
 1ヶ月程前、原発で騒がれている時、私の友人の父親が自衛隊で被災地に訪問した。私の友人は父親に何かあったらと心配していた。自衛隊は、このように危険を冒し、家族に心配をかけてまで被災者や国民のために活動をしている。自衛隊がいなかったら死者が増え、被災者も今のような生活が出来ていないかもしれない。だから、「災害救援部隊」として活動してほしいと思う。
 そして、もし、他国が日本に攻め入って来たとき、誰が、何が国を守るのか?それは、自衛隊である。自衛隊は憲法第9条にある「戦力の不保持」の「戦力」には当たらないとされている。しかし、防衛するにあたって戦力は必要不可欠である。口で決着をつけようなんて無理だ。これで、憲法に反するから自衛隊は防衛出来ないとなったら国はなくなってしまう。国を守るためにも、「軍」としての活動も必要だと思う。
 水島さんの意見も納得出来るが、「災害救援部隊」でも「軍」でも国や国民のためになっているからわざわざ転換する必要はないと思う。これからも今までのように様々な分野で活動していってほしい。
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 私は自衛隊を非軍事の救済組織へ転換することに反対だ。
  確かに今回の大震災で多くの国民が救済組織の重要性や必要性を再認識したと思う。そして、今も多くの救済が必要とされているのは間違いないだろう。
 しかし、だからと言って、自衛隊の「軍」としての属性を縮小し、非軍事の救済組織にするということはおかしいと思う。もし、「軍」としての属性を縮小されてしまったら、国は誰が守るのか。米軍がいてくれるから、というのは楽観視しすぎだと思う。 日本は武力攻撃を受けても他国であるアメリカに全てを任せるな んて、可能なのだろうか。
 それよりも小さな島国として、攻撃はしかけなくても、攻撃されたら米軍の力も借りつつ、自分達で国を守る方がよっぽど現実的だと思うし、全てを任せてもっとアメリカの言いなりになるのは日本にとってマイナスだとも思う。そこで、どうしても「軍」としての自衛隊が必要になる。何か起きた時に冷静に対処できるよ う訓練された存在が戦争をしないことに決めた日本には必要だと思う。
 だから、自衛隊にはこれからも救済組織として限定ではなく、広い面で日本を国民を守っていってほしい。もしかしたら自衛隊だけに重荷を課せすぎなのかもしれないが。
 そして、この自衛隊の在り方というのは、多くの国民にこの際、真剣に考えてほしいと思う。自分達が自衛隊にそして国に求めるものが何なのかを一人一人が考え、主張し、理解し合うことで日本は本当の意味で今回の大震災を乗り越えられると思うし、国家の状況においての自衛隊の在り方も明確になってくると思う。 
 
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31  私はテレビや新聞で大震災における自衛隊の人命救助、物資の輸送、また、ヘリコプターによる原子力発電所への放水等で救援している様子を見た。とても頼りになり勇敢な行動に好印象を受けた。今回、新たに認識したことは、災害の救援も任務のひとつであり、その任務も本務が「軍」として国を守ること、従たる任務が救援活動であるということだ。
 主として「軍」、従として災害の順序には疑問を感じる。もともと自衛隊は国を守るために作られ、「軍」として国を守ることは、他国が日本を侵略してきた時に武装して戦うことである。しかし、他国が日本を侵略してくることは、絶対に起きないとは言えないが、地震大国の日本にとって侵略されるよりも災害が発生する確率の方が高いのではないかと思う。だから私は水島教授が主張しているように自衛隊の「軍」としての属性を徐々に縮小し、将来的には海外にも展開できる非軍事の多機能的な災害救援部隊に転換することに賛成である。
 さて、世界中のいたる所で昔から今日まで紛争は武力によって解決されている。しかし、日本国憲法の特徴である平和主義は国際紛争などの解決は武力によるのではなく、裁判や調停、話し合いによるものとしている。これからもこの平和主義を守っていくためにも水島教授が主張しているように自衛隊を「軍」から非軍事の多機能的な災害救援部隊に変えていく必要があるだろう。
 大切なことは、軍備を持っていなくても侵略されない方法を考えることだ。それは自衛隊を非軍事の多機能的な災害救援部隊にし、世界のいたる所で災害等が発生した際に救援をすること。また日頃から、外交、経済、ODA、スポーツ等で世界各国と交流を盛んにし、お互い助け合いながら友好の輪を広げていくことだと思う。
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 自衛隊の存在意義――それは私も前々から感じていた問題だ。
 時代が変化するのに伴い、人も変化していく。そんなものは、改めて言うのが失礼になるほど当たり前な事実である。そう、日本国憲法が作られた当時とは『日本人』というものも変わってきているのだ。
今の日本には好戦的な思想を持った人間がほとんどいない。いたとしてもそれはかなりのマイノリティーである。もし政府などが、戦争を勃発させようと国民をけしかけたとしても、大多数の国民の意思によりこちらから戦うことにはまずならないであろう。
そして、こちらが好戦的な態度をとらないという事は、相手国側から見ても戦争を仕掛けにくい状態に繋がる。そういった状態に実際になっている今、日本の防衛が本来の目的であるという自衛隊の存在は本当に必要なのであろうか。
 もちろん、完全に必要ないという訳ではない。万が一、という言葉があるように、100%攻撃が仕掛けられない保障はないからだ。
ならばどうすれば良いのか。簡単な事である、自衛隊という組織の本来の目的を変えてしまえば良いのだ。本業を『防衛』から『護る』に。それだけでもかなりの改革になると私は思う。『護る』という言葉には今回の震災のような天災などからも護る、という意味も含まれるようになる。他国の攻撃を防衛するだけが本来の目的でなければ、色々な角度から仕事ができるようになるのではないだろうか。
 今のままでも十分に足りている、しかし、それだけでは国民を安心させる事はできないのだ。自衛隊が、今より一歩前に進んでくれる事を私は心より願っている。
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 筆者の考えは自衛隊を非軍事の救援組織へ転換するべきだというものだが、私は自衛隊を残したまま救援組織を創設するべきだと思う。自衛隊については以前から日本国憲法にある平和主義に矛盾しているという議論がされてきたが、いまだに自衛隊があるべきかは意見が分かれている。私は平和主義はとてもすばらしい考 え方でそれを国の最高法規である日本国憲法に明記しているというのも良いことだと思うが、その一方で自衛隊も必要だと思う。日本が平和主義だとしても、今の世界全体を見ると平和とは言えないような危険な状態だからだ。いつ他国に攻撃されるかわからない中で、必要最低限でも国を守れる自衛隊があれば私たちは安心して暮 らせる。
 確かに、今回の震災では自衛隊がいろいろな場面で活躍していた。しかしそれは本来災害用の救援組織がやるべきことを自衛隊がやっているということなのではないか。日本は地形上の理由から地震大国と呼ばれ、災害が多い国といえるのに、なぜ大規模な災害用の救援組織がないのだろうか。例えば災害用の救援組織では ハイパーレスキューなどが実績をあげているが、地方自治体単位のため、大規模災害時の派遣には壁がある。
 今回のような大震災でも、本業ではない自衛隊に頼るのではなく、ハイパーレスキューのように日ごろから災害を想定して訓練を積んだ国の救援組織が災害救援にあたれば、もっと多くの人の命が救えたかもしれない。このような危機管理能力の低さから多くの犠牲者が出てしまったのだから、国には今回の震災をふまえて 早急に対応してほしい。
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34  私は自衛隊の本務はやはり「国防」であると思う。なぜなら災害時の救援隊としてばかり自衛隊が機能するのはおかしいと思うからだ。
様々な人が様々なところで、憲法第9条に違反しているという理由で、自衛隊を否定する。だが、もし日本が他国から狙われたらどうするのだろうか。アメリカが守ってくれる、どうにかしてくれる、と何でも他人を頼ることになる。しかしそれでいいのだろうか。自分の身も自分で守れないような国になってしまって大丈夫なのだろうか。
 たしかに災害時や各国の内戦後などで、日本の自衛隊は様々な活躍を見せてくれている。とても勇敢で、特に災害時は人々を勇気づけていると感じる。災害時に頼れる存在であることは間違いない。それに「軍」としての自衛隊よりは「救援隊」としての方が、人々に歓迎される活動だろう。
たが私は「軍」として外にいるかもしれない敵から日本を守ってくれる存在は必要だと思う。
 外から来る敵、天災などの避けられない敵、様々な敵を相手にすることのできる自衛隊こそ理想の姿なのではないかと思う。
私は自衛隊をだんだん縮小し最終的に救援隊にするよりは、むしろ自衛隊をみんなが認めて、活動の場を広げていくことが大切だと思う。
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35  自衛隊が憲法9条に違反しているという議論は耳にしたことがある。私は自衛隊の活動について異論はないし、むしろ国民の安心に繋がっていると思うから非軍事にこだわる必要はないと思う。また、日本が第2次世界大戦で負けた後、独立を認め、安全を保障して貰っているアメリカに協力する必要もあると思うので、自衛隊が単なる救援組織になると困るのではないか。しかしその一方で、米軍基地の周辺に住む人々の反発は大きく、生活にも騒音等の支障が出る為、一概に賛成はできない。
さて、最近テレビのニュース番組で、被災地での自衛隊の活動について特集していた。災害の救援はもちろん、演奏会を開いたりして、被災者達の心のケアにも貢献しているそうだ。このように、自衛隊は、救援組織としての役割は充分に果たしていると思う。だから、自衛隊は今のままで問題ないと思う。
 この記事を読んで、非軍事の救援組織ヘ転換を、という考えは根拠も含め理解できた。また、自衛隊について知らない事も沢山あると感じた。自身も被災者であるにもかかわらず活動に当たる隊員や、充分に休息が取れず、過労死する隊員も出たのには、とても驚いた。
 しかし私は、自衛隊の"本務"は日本の平和や安全を確保する事だと思うので、枠にとらわれず、幅広い方面で活躍すべきだと思う。
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36  自衛隊は自国を守るための最小限の防衛力は残すべきだと私は思う
水島さんは「非軍事の多機能的な災害救援部隊に転換すべき」と述べている。しかし近隣の国々とのトラブルを抱えた中で全くの軍事力を無くしてしまっては日本の防衛を全面的にアメリカに任せる事になり、またそれも信用しきれない面があるので日本はとても危険な状態になると思う。
一方で外国に攻め入る事ができるほどの軍事力を持ってしまっては日本が武力をもって戦争に参加する機会が多くなり今保たれている日本の平和までも乱す事になると思う。よって武力に関しては現状維持が妥当だと思う。
 また本紙では「災害救援活動は自衛隊の本務ではない。」という事を指摘している。これは法律で確かに定められている事だ。しかし今回の震災でも自衛隊の力があってこそ助かった命もあると思う。よって私は今回のような事態に備え災害対処能力も強化し続けていくべきだと考える。
つまり私は自衛隊を「他国から攻め入られた場合の最小限の防衛力を持ちかつ災害対処能力を持つ、日本の平和全般を保つ組織」とすべきだと思う。
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 私は、自衛隊の「軍」としての属性を残すべきだと思う。
 その理由は2つある。
 まず、日本の北西には北朝鮮があり、いつ攻撃されてもおかしくない状況だからだ。自衛隊が「軍」ではなかったら、ミサイルが発射された場合、それを日本の力で防ぐことはできない。アメリカ軍に頼ることはできるかもしれないが、沖縄の基地の問題などがあるので、必ず守ってもらえるとは言いにくい。他の国に頼るのは最終手段でしかないので、攻撃された場合に日本の力だけで防ぐことができるよう、備えておくことが必要だ。
 2つ目は、自衛隊が軍として活動することが国際貢献の手段となっているからだ。現在、PKOやテロ対策に協力するために自衛隊の海外派遣が行われている。今まで、実際に自衛隊が戦闘に加わることはなかったようだが、自衛隊の安全が保障されているとは言えない。自衛隊を「軍」ではなく、災害救援部隊にしてしまった場合、自分たちの身を守ることが難しくなるので、危険な地域での活動ができなくなったり、活動内容が制限されたりすることが予想される。それにより、他の国から批判され、ひどい場合には、今回の震災のようなことが日本で起きても外国からの援助を受けにくくなる可能性がある。自分が困っている時に助けてもらいたいのなら、相手が困っている時に自分が相手を助けるのは当たり前のことだ。だから、今まで通り、海外での活動を続けていくべきだと思う。
 このように、自衛隊は日本だけでなく世界からも必要とされている。だから、今までと同じように、自衛隊から先制攻撃はしない、できるだけ戦闘に加わらないようにする、といったことを守りながら、「軍」としての活動を続けるべきだ。

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自衛隊には今までどおり軍としての組織として活躍してもらいたい

これまでPKOへの協力や災害救援など、自衛隊は様々な場面で活躍していた。そして今回の震災でも、人命救助や原発への注水をはじめとして、たくさんの活躍が報道された。日ごろから、統制され、有事に対する訓練をしてきた軍である自衛隊だからこそ出来たことが多々あると思う。

それに、もし他国が日本を攻めてきたら、一体誰が守るのだろうか。今まで国を守ってきた自衛隊が、非軍事の組織となったら、そこにつけこまれることも否定できない。確かに憲法では武力を持つことは禁止されている。しかし、実際に最近も近隣の国々とのトラブルが報道されていた。決して安全とは言い切れない。国民の平和を守るためにも、自衛隊は軍として存在するべきだと思う。

「災害救援を名目に・・・」とあるが、この震災では、米軍と自衛隊が共同訓練を積み重ねてきた成果があらわれたようであり、むしろこの震災で日米同盟や、在日米軍との協力の重要性が国民にも認識されたのではないか。

自衛隊はレスキュー隊ではない。自衛隊の任務は、国の平和を守り安全を保つことなのだから、日本のためには米軍とも協力するべきだと思う。だから自衛隊を非軍事の組織に転換することには賛成出来ない。

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39  日本の国の防衛費、主に自衛隊につぎ込まれる額は日本の財の約6%と言います。受験のときに習ったことですが、これは世界で4番目に多い額だそうです。これを聞いとき私は、戦力不保持を主張している国家がこんなにも国防費をつぎ込んでよいのだろうかと不安や疑問を抱いたのを覚えています。
 日本が軍事的面で強くではいけない、そういう面で目立つのではなく被災し長い苦しみを科せられた東北の人々、そして世界に救いの手を差し伸べられる有能な国家直属の団体を持った国へ日本は転換すべきだという水島さんの意見は平和的で美しい意見で胸を打たれました。
ですが一歩踏み止まり考えると、私は正直今この転換を推し進めて良いのだろうかと不安に思います。
 まず、今自衛隊は本務である国防を捨てても大丈夫なのでしょうか。飛び火する武力的な民主化の波、ビンラディン殺害から広がる報復の動き、世界はいつも以上に激しく危ない状況にあるように感じます。さらに日本防衛の支えともいえるアメリカの関心は急進する中国やアルカイダに注がれているように思います。私たちの住む小さな日本はこの世界の中で本当に防衛する術を捨てるべきなのでしょうか。
 次に、今の日本でこのような自衛隊の大規模な転換を誰が行なうのか、難しいところだと思います。政府は今復興への道を作るべく動いていますが、対応の遅さや不徹底さの報道が絶えないという印象を受けます。挙句の果てには現政権の退陣要求のみが国会を団結させる要素になっています。自衛隊の救援部隊化を叫んでもこんな国会ではすんなり受け入れられないでしょうし発言することさえ難しい気もします。
 私は自衛隊がいかに軍に近く、憲法に掠めている危ない存在なのか分かっていないから言えることかもしれませんが、自衛隊は法に触れるのかどうなのかの微妙な存在であるのがいいのかもしれないと感じます。警察予備隊ができてから61年。今までずっと自衛隊を解体すべきだという論は唱えられてきました。けれど自衛隊は今も存在している、これには少なからず訳があることなのではないでしょうか。
 震災後ツイッターで、日本の自衛隊は世界で唯一と言っていいほど珍しい軍事的組織だ。彼らは命を殺めず救う組織なんだ。といったニュアンスのRTがたくさん回ってきました。自衛隊の本務は国を防衛すること。他国から日本を守ることも、災害から国民の命を守ることも、両方とも国の防衛と言えると思います。これから、自衛隊の在り方は変わるかもしれませんが、何より大切なことは、いままでもこれからも人を殺さない部隊で有り続けるとこだと思います。自衛隊はこれからどんな活動をしていくのか、日本の動き、世界の動きを多面的に考えた上でじっくり模索していくべきです。
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40  最近想定外の地震が多く、自衛隊の働きがよくみられる。だから、軍としての自衛隊ではなく、災害救えん部隊に転換するべきだという考えは理解しやすく水島大教授の意見はわかるが、私的にこの考えはおかしいと思った。
もし自衛隊が災害救援部隊になったら、今回のように原発の対処ばかりだと体に悪いし、そんな危険な職業につきたがる人はいないのではないだろうか。地震や天災がないと仕事がなくなってしまうのではないだろうか。
 また、自衛隊は憲法にひっかかってしまうかを考えなくてすむが、自衛隊がなくなってしまったら、アメリカに頼りすぎてしまう。日本はアメリカの属軍ではない。
 以上の理由でこの考え方はおかしい。私は自衛隊に今までと同じように、災害救援部隊もやってほしい。
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表紙