2011年度(122回)5月レポート
「(自衛隊を)非軍事の救援組織へ転換を」という主張への意見
レポートの趣旨説明文書はこちらです
1組 2組 3組 4組
2011年5月
左の番号は便宜的なものです。
右の数字は、受信した日付です。
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水島さんは、記事の中で事件の深刻さなどを踏まえて自衛隊のあり方について述べていた。彼の意見は、「自衛隊の武装組織的な面を徐々に排除し、非軍事の災害救援部隊に転換すべきだ。」ということだった。
 たしかに日本国憲法第九条にもある通り、日本は「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」わけであり、そう考えると自衛隊の軍事力はなくすべきなのかもしれない。しかし、僕はこの意見には反対である。 
 その理由は日本とアメリカの関係に関わる。もし日本が完全に武力を放棄し、日米安全保障条約の規定によりアメリカに守ってもらうとしよう。すると、「楽でいいじゃん。」という人もいるかもしれないが、そうはいかない。アメリカに軍事のすべてを委ねることでその仕組みに対する日本の意見が通りにくくなるのである。その例に沖縄米軍基地問題を挙げてみよう。今でも全然通らない「県外・海外移設計画」が、それ以上に通りにくくなるのだ。それではこの計画は不可能にきわめて近いだろう。そうなったら、沖縄県民は黙っていないだろう。よって僕は今の自衛隊を維持すべきだと考える。 
 では、今後このような災害にはどう対応すべきなのだろう。僕はわざわざ自衛隊を変えずに、新たな組織を作るべきだと思う。つまり、災害救援部隊を作ればよいのだ。そして自衛隊からは災害派遣の任務を除外する。
 こうすれば、自衛隊は自衛隊としての「主たる任務」を全うでき、非常に効率が良いと思う。

    
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 2  僕は水島さんの意見に賛成です。確かに今災害の後の自衛隊の活動は素晴らしいものがあると思うし、自衛隊がいてくれて良かったと思えるけど、これは本来の自衛隊の活動内容ではない訳で今自衛隊がいい活動をしているだけで自衛隊を肯定するような考えがひろがるような事があったらそれはおかしいと思う。僕は元から自衛隊があること自体問題があると思う。憲法で武力を持ってはいけないと言っているのに自衛隊があって許されていることがなんでだかわからない。僕が一番心配していることはこのまま自衛隊が肯定するような武力を持つことを肯定するような考えが国民に浸透して行って何十年後もう1回戦争という愚かな事をやってしまう事です。武力を持たなかったら戦争をしようとか考えないと思うので絶対に軍備を持たないべきだと思う。ただこのような自衛隊の活動をみると自衛隊が必要だと言えてしまうだから水島さんの非軍事の多機能な災害救助部隊に転換という考えは素晴らしいと思う。 23
 3  自分は水島さんの自衛隊を非軍事の救援組織へ転換すべきという意見には反対です。
 そもそも、自国の防衛を他国にしてもらうのはおかしいし、国として自国の防衛をしていくことは必要最低限であり、当たり前であると思う。
仮に筆者の言う通り自衛隊を非軍事化してしまった場合、誰が日本を防衛していくのかということです。
 おそらくこの場合近隣諸国または、アメリカに頼らざるをえなくなると思う。
しかし、国にとって最も大事なことを任せられるほどの関係を持つ国といったらアメリカしかいないと思う。
 しかし、これから何十年後まで良好な関係を続けていけるかは誰にもわからない。さらに、軍としての機能を他国に頼ることによって、上下関係のようなものが生じる可能性は捨てきれない。これらの理由により、水島さんの意見は非現実的ではないかと思う。
 なので、自衛隊とは別の組織を作れば良いと思う。
 そうすれば、自衛隊の「軍」としての属性を縮小しなくて済むと思う。もちろん、自分が言ったことが、すぐにうまくいくとは思っていない。
 しかし、自衛隊を非軍事の救援組織にするというリスクのあることよりも、時間がかかっても別の組織を作りあげる方が、日本の今後のためになると思う。
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 まず、自分の意見を最初に述べると、自分はこの意見には反対である。水島氏が述べているこの主張は今日の状況では実現することは難しいと思うからである。いま日本は領土問題や拉致問題を抱えている。これらのことがすぐに戦争に結びつくかというとそうではないとは思うが決して不安がないとは言い切れないと思う。
 去年の尖閣諸島で起きたことに対する中国の対応や中国の空母建造計画、ロシアの北方領土での軍事力強化を考えるとやはり自衛のための組織は存在するべきである。何を主張するにしてもやはり身が伴っていないとそれを押し通すことは難しいのが現状だからである。
憲法といっても六十年前にできたものでありその当時とは状況が変わってきているのは明らかである。世界が統一されてきて平和が訪れ全人類に平等な権利、機会が与えられるようになってからでないと自衛隊をなくしていいなんてことは言えないと思う。
 だからいま大事なのは自衛隊がどうこうというよりも先にあげた問題こそを解決しようと努力するべきであると思う。
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 5  自衛隊ってなんなのだろうか。今回の大震災でそう思った。この記事の筆者も言っていたが、本来ならば外敵からこの国を守るのが自衛隊の「本務」である。普段僕たちが知らないところで、訓練をしたり、国境線を監視してたりするのが、本来の役割であり、災害時に救護などが「本務」ではないのだ。しかし
今回の自衛隊の活躍には感謝している。命をかけて東電と協力し原発を止めようと頑張ってくれていること、倒壊した家屋などを撤去作業など大変な力仕事を自分自身が被災しているのにも関わらずやってくれている自衛隊員がいるということ。
 さて、いきなりだがここからは本文を読んでの感想を述べたいと思う。最初にも書いたが今回の震災、この記事を読んで自分の考えとしては、自衛隊に軍としての属性が本当に必要なのかということである。自衛隊は、戦争もしないのに戦闘機や戦車を持つ必要はないのではないか。どこかで使う機会が果たして本当にあるのだろうか。これについては賛否両論あるだろうが、僕は軍としての属性は縮小していって構わないと思う。かと言ってこの記事を書いた筆者のように非軍事の多機能的な災害救援部隊に転換するのも反対だ。災害というものは、そんなに頻繁に起こるものじゃないし、普段の救急隊員が災害時限定でそういうふうになるのはいいが、それだけのために1部隊を作り税金を投入するのは無駄だと思う。
 結論としては、自衛隊に軍としての属性をなくし一、救急隊員として扱うべきだと思う。
 そして、震災の時などに災害救援部隊を組織し、いろいろなことにあたっていけばいいと思う。
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 6  水島教授の今回の自衛隊の任務に対する考え方、また、非軍事の多機能的な災害救援部隊に転換すべきという考え方は確かに良いものだと思いました。しかし、僕は自衛隊は自衛隊のままでいる必要があると思います。今回の災害救援活動は「本務」ではないかもしれませんが日本には災害救助組織が確立されていないので輸送手段や災害対処能力が整っている自衛隊が救援活動を行うことは当然であり、今回の地震で東北地方をはじめ各地が危険な状態にになったので、救援活動がある意味「我が国を護る行為」だったのではないかと思います。また、今現在、日本は戦争などのない「平和」な国かもしれません。けれども、いつ何が起こるかわからない世の中で「軍」をなくしてしまうことは一種の自殺行為に思われます。軍をなくした結果、力のない日本はアメリカに頼ることとなりただでさえ深刻なアメリカ軍基地などの問題がより一層こじれるかもしれません。
 僕は水島教授の考えの全てを否定はしません。多機能的な災害救援部隊は素晴らしいものだと思います。不可能かもしれませんが、自衛隊が残ったまま救援部隊が設立されることが理想的ではないかと思います
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 7  水島氏は、自衛隊の軍という側面が強調され、自衛隊と在日米軍の一体化が一層進むことが、憲法に違反するという点で災害救助組織を安易な自衛隊の活用ですませることに疑問をもっていらっしゃるようだ。そして、自衛隊の軍としての属性を徐々に縮小し、将来的には海外にも展開できる非常時の多機能な災害救援部隊に転換すべきだと主張しているのだと私は感じました。しかしながら、今までずっと自衛隊が存在し、活動してきたのは、国防、国の安全保障という理由があったからだ。このことを考慮すると、確かに水島氏のおっしゃるとおり自衛隊から災害救援部隊に移行していくという案より、今までの存在理由から自衛隊は今までの活動を続け、自衛隊は別物の災害救援部隊を新たに作るというのがいいのではないかと思う。災害救援部隊は災害救援のみを専門とした部隊であり、自衛隊は災害救援以外の今までのような活動を続ける。お金はかかるかもしれないが、災害の多い国であるのだから、そこに対して警戒するべきであると自分は思う。 19
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 水島さんの意見を簡単に言うと、自衛隊を軍としてではなく消防レスキューのような災害救助組織として発展させようというものだ。僕はこの意見に半分賛成である。今回の大震災にあたって自衛隊の活動は素晴らしいものであったと思う。しかし残念ながら、人的不足や衛生面の汚染により亡くなった隊員もいる。もちろん救出活動も大事だし、被災者のケアも大切だが、自衛隊も同じ人間である。国は被災者のケアと同様の、いやそれ以上のケア序自衛隊に与えてもいいのではないか。 
 さて、本題に戻ると、自衛隊の本務は軍として国を守ることと書いてある。これは事実であり、自衛隊は日々、それをモットーに訓練している。しかしこれでは今回のような大震災が起こった時に本来の仕事でないことをやるので対応が遅れるし、精神的な疲労もかなりなものになると思う。このことも自衛隊の方が亡くなった原因の一つであろう。そこで、今回のような事態に備えるために災害救助組織を作るべきだ。しかし、今から自衛隊全体を少しずつ変えていくのもいつ災害が来るかわからないので怖い。だから僕は半数ほどを早急に改造し、事態に備えるべきだと思う。

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僕の意見は、筆者の意見とは少し違う。筆者は、自衛隊の「軍」としての属性を徐々に縮小し、将来的には海外にも展開できる、非軍事の多機能的な災害救援部隊に転換するという意見だ。今回の地震の自衛隊の活動についての世論調査でも国民の大部分が評価しているし、僕自身も自衛隊の救援活動には大賛成で、とても評価している。この部分は筆者の意見と同じである。けれども、「軍」としての属性を徐々に縮小していくというのはどうだろうか。これは、後でも述べるが、近年核実験を行ったり、ミサイルを発射したりする国が現れてきている。そのような中で自衛隊の「軍」としての役割を縮小していくのは、自衛をする方法をなくしてしまうので、あまりにも危険すぎる。そこで僕が考えたのは、自衛隊が今の「軍」としての機能・属性を保ったまま、多機能的な災害救援部隊としての役割を担っていく方法と、自衛隊とは別に新たに自然災害や人為的災害専用の救援部隊をつくる方法である。

 確かに自衛隊の存在についてはよく議論されている。憲法第9条の平和主義に照らし合わせたときに、合憲なのか、それとも違憲なのか。僕自身、自衛隊は憲法第9条に反していると思う。誰が見ても明らかに陸海空軍に相当する戦力を保持しているし、また、戦争が起こっているときにしか使用されない戦車や戦闘機も所持している。けれども僕は、自衛隊が戦力を保持するのは仕方がないことだと思う。先ほども述べたが、最近でも朝鮮民主主義人民共和国が日本海に向けてテポドンミサイルを発射した、核実験を行ったなどと報道しているニュースを僕は見たことがある。また北朝鮮以外でも、核兵器を保有している国があるし、日本を敵対視している国もあると思う。さらに、人口を増やし続けているアフリカなどの国々が核兵器を保有することがあるかもしれない。もし、そのような国々が日本に攻めてきた時、日米安全保障条約によるアメリカ合衆国の応援だけでは足りないような気がする。それに、もしアメリカ合衆国が日米安全保障条約を無視し、日本を裏切って救援しなかったり、逆に攻めてこられたりしたら、日本はひとたまりもない。そのため、日本もある程度の戦力を保持し、訓練を行い、実際の戦争に備えなくてはならないと思う。そうしておけば、もしものときに少しは対処できるだろう。これが自衛隊の「軍」としての存在意義についての僕の意見だ。

 けれども、日本が憲法で平和主義を三つの基本原理に挙げている限り、そう簡単には日本で戦争は起こらないはずだ。だから、自衛隊には別の存在意義が必要であると思う。それが災害時の救援活動である。今回の地震の時も、自衛隊のおかげで、瓦礫等の撤去や食料等の生活必需品の供給、さらに仮設住宅や風呂場等の建設・設置がスムーズに行われたと感じる。これは、今までの自衛隊訓練の成果だと思う。筆者の記事を見ると、自衛隊は阪神大震災の経験を生かして、倒壊家屋を持ち上げるエアジャッキや家などを解体するチェーンソーなどの「人命救助システム」を装備し、運用も含め災害対処能力を強化しているという。これは将来の地震の時に役に立つし、海外で起こったときにも世界に貢献できると思うので、とてもいいことだと思う。これからもこのような訓練を続けていってほしい。

 その上、この訓練は自然災害のときだけでなく、他国どうしの戦争によって生じてしまった難民などに対しての救援活動にも役に立つ。戦争が起こったときには、倒壊家屋や瓦礫が出てきてしまうのは、必然といっても過言ではないし、僕には実感がないが、ちょうど今戦争が起こっているのは確かなので、その戦争で苦しんでいる人々を日本の自衛隊が救援し、世界貢献をさらに行ってほしいと思う。以上が自衛隊のもうひとつの存在意義についての僕の意見だ。

 しかし、自衛隊にこの大きな二つの仕事を任せてしまうと、自衛隊員には肉体的・精神的負担や疲労が大きくのしかかるはずだ。今回の地震でも10万人というかつてない大規模態勢の維持に十分に休息できず、過労死した隊員もいたらしい。やはり、1つの職業2つの大きな役目を負わせるのは難しいのかもしれない。そこで、僕が考えたのは、自衛隊とは別に新たに自然災害や人為的災害専用の救援部隊をつくる、というものである。そうすれば、新たにつくった救援部隊ではもっとマニアックな救援器具を使った迅速な救助を行うこともでき、テロ組織などによるテロの救援活動も行うことができる。自衛隊のほうはもっと戦争や武器の使用訓練に没頭することができる。さらに、自衛隊もある程度の救援器具の使用練習を行い、救援活動の訓練をしておけば、大きな地震が起こったときに、自衛隊と新たにつくった救援部隊とで、効率よく救援活動を行えるだろう。それによって助かる命も増えるだろうし、隊員の肉体的・精神的負担も軽くなり、過労死なども起こらなくなるだろう。こう見ると、この方法はいいこと尽くめだが、実際はたぶん財政などの影響で、新たな救援部隊をつくることは難しいと思う。これが一番いい方法だと思うが。これが、僕の新たに救援部隊をつくるという意見だ。

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 「自衛隊を非軍事の救援部隊にする」という筆者の主張には、賛同できる点とできない点がある。
 賛同できる点としては、「自衛隊」という名目でありながら、軍隊ではなく「自衛のための最小限度の実力」という憲法9条に違反しないのか否か曖昧な立場をとっているものが、「救援部隊」という憲法9条に違反しないしないと明白なものになるという点である。さらに、「従たる任務」という形式でありながら、最も活躍している場面である救援活動の更なる向上がみられるであろう点も評価できる。
 なぜなら、日本が法治国家であるため、国の最高法規である憲法に違反してはならないことは、当然の理だからであり、さらに、国民の生命を守ることは、国家の使命であるからである。
 反対に賛同できない点は、自衛隊を非軍事組織にすると、日本が「自衛のための最小限度の実力」すら持たなくなり、国防をアメリカ軍に一任することになる点である。
 中国の軍事的台頭や、北朝鮮の核開発問題、周辺諸国との領土問題など、これからはますます国防重要性が高まってくるのに、それに対して無防備なのは、危機感が無さすぎると思う。
 さらに、アメリカ軍が国防を一任することは、日本の主権侵害であり、日本の独立自体が危うくなってしまいかねない。
 現在の日本国憲法は世界最古であり、実状に合わなくなっているのは事実である。さらに、GHQが作ったものであり、日本の国会が作ったものではないという点も問題である。これこそ「内政干渉」である。
 以上のことを踏まえて、私は憲法を改正すべきだと思う。そのなかで、9条に関しては、他国から攻撃された場合には自衛のための武力行使ができるように規定し、自衛隊は「救援部隊」と「自衛軍」に分割するようにすべきだと思う。そうすることによって、国防と災害などの際の救援活動の両方を合法的かつ効率的に実践できると思う。
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 この文章で水島氏は、自衛隊の軍事的要素を縮小し、多機能的な災害救援部隊にすべきだと述べている。自分は、この意見には賛成できない。
非軍事、戦力を持たない、平和主義。確かに聞こえはいいし、こんな世界になればこの上なく幸せなことだと思う。しかし事実われわれの住む日本の周りには、戦時中の国もあれば、ミサイルを撃ち込もうとしてくる国だってあるわけだ。そんな中で平和主義という言葉だけを掲げ、戦力も持たずにいること自体、些か無理があると 思う。いざという時には在日米軍に助けてもらえばいいじゃないかという意見もあるかもしれない。だが、自分の身は自分で守るという、小学生が終業式で言われるようなことさえも出来ない国家であってはならないだろう。日本国は日本国であって、決してアメリカ合衆国ジャパン州ではないのだ。
 「自らを衛る」、自衛隊。自分の国を守れなくて何が自衛隊だというお話である。自衛隊は最低限、日本を脅威から守ることの出来る程度の戦力は持っているべきだろう。自衛隊の持つ戦力を全て放棄?どんな判断だ。国をドブに捨てる気か。
 災害救援活動が自衛隊の付随的な活動、すなわち「本務」ではないのは、「自衛隊はあくまで武装組織」だという「軍」としての自己認識だと水島氏は語っているが、災害救助活動が自衛隊の重要な任務の一つであることは国も自衛隊も理解しているはずだ。何せこの地震大国日本で、数々の震災時に颯爽と現れて一番活躍してくれ たのは他でもない自衛隊である。「あくまで武装組織」という自己認識があるという水島氏の考えは深読みのし過ぎではないだろうか。
 今、中東が熱い。各地で政治運動が起こっている。それに触発されて日本・東アジア周辺で何も起こらないとは言い切れない。世の中が様々な影響を受けて揺れ動いている今こそ、自衛隊は必要なのではないだろうか。
 
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12  僕は水島教授の意見のうち、救援組織という役割を自衛隊により大きく持たせるべきであるという主張には賛成である。
 しかし、自衛隊から「軍」という要素を取り去ってしまっては、日本外からの接触から防衛するという本務も果たすことはできない。なので、自衛隊は救援組織であり、防衛軍であることを目指すべきだというのがぼくの意見です。
 救援組織としての役割を担わせるべきだ、というのは水島教授と同じような理由ですが、「軍」でもあるべきだという意見の理由は漁業権の「監視」、「防衛」という2つの点からです。
 まず、救援組織という役割を持たせるべき、というのは「人命救助システム」を装備し、運用も含め災害対策の能力が優れているからで、まだ日本に戦争のようなものがないため、ヒマな人たちも必ずいると思うので今回の災害を機に救援活動を自衛隊の仕事として加えるべきであると思う。具体的には、法の整備を進める事だと思う。誰か国会議員サンに国会に議案を提出してもらって、「従たる任務」から「本務」に格上げすべきだと思う。
 また「軍」でもあるべきだという意見の理由は、日本は島国であり海に囲まれているため、日本の漁業権を守るため「監視」が必要だからだ。その時に北朝鮮の工作船などを発見するとなると、「軍」でなければ太刀打ちできない。
 また世界的に広がっている反乱、クーデターの影響で、竹島や北方領土の問題の国々が攻めてきたら、一般人や警察では対処できない。北朝鮮のテポドンもイージス艦がなければ防げない。
 よって武器が必要となる。この武器、軍艦も守りに必要最低限の量であれば、戦争を仕掛けられないので平和主義を貫ける。そして、日本国内でそれらを使わないときは、海外の治安の不安定な地域で、威嚇に使用すれば、武器として活用でき、世界に貢献でき、一石二鳥だと思います。
 以上のような制度の国が世界を満たす日が来るならば、その時に「非軍事化」を日本が叫んで行くべきだではないかと考えます。
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13  私は、水島さんの「消防レスキューのような災害救助組織を本格的に発展させることが必要」という考えには賛成である。そもそも、自衛隊とは「専守防衛を基本戦略に置く日本の防衛組織」であり、水島さんが言うように人命救助などの災害派遣は「主な任務」ではないのである。
 しかしだからといって、文の最後に書いてあるような「自衛隊の『軍』としての属性を徐々に縮小し、将来的には海外にも展開できる、非軍事の多機能的な災害救援部隊に転換すべきではないだろうか。」という意見には、反対である。日本の一年間の軍事費は4兆7千億円であり、金額の規模だけを見れば世界第7位で、軍備は十分なように見える。しかし、軍事費の対GDP比は0.9%で、アメリカやロシアは例外といえども、中国や韓国、イギリスやフランスなどの2%以上の国に比べて、主要国中最低である。また、憲法9条の解釈によって、対地ミサイルや空母などの敵地攻撃用の武器がなかったり、武器輸出三原則による規制があったりして、自衛隊の権限は限られたものとなっている。
 これらのことを考慮すると、これ以上自衛隊の軍としての規模を小さくしていくのは、日本の防衛上良くないことだと思う。なので、水島さんの言うように災害救助組織を作りたいなら、自衛隊とは別に作るべきで、その組織はアメリカの警察のように、都道府県別、地方別、国単位のものを作り、局地的な災害には都道府県別のものを、阪神淡路大震災や中越沖地震のような大規模な災害には地方別のものを、そして今回の震災のような場合には国単位のものを使うことで、より効率的な災害救助ができると思います。また、国単位の災害救助組織を海外派遣に積極的に用いることにより、日本の国際社会への貢献も増やしていくことができると思います。
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 阪神大震災を超えると言われている東北大震災。
その被害もさることながら、政府の対応・福島原発など様々な問題も浮き彫りになった。今回は、「救助組織」について考えたいと思う。
 私は、自衛隊が救助に向かうのは根本的におかしいと思う。専門の救助組織を作るのが妥当であると考えている。
 
 そもそも、自衛とは何か。日本の「自衛」隊は時折平和主義などと絡みメディアで取り上げられる。だが、自衛隊は武力ではないのか。
 広辞苑によると、自衛とは<自力で自分を防衛すること>、自衛隊とは<日本の安全を保つための、直接および間接の侵略に対する防衛組織>らしい。つまり、どこかからの攻撃を前提とした組織なのである。従ってこちらにもある程度の力が必要なのである。簡単にいえば、警察が警棒や拳銃を所持し ているようなものである。
 
 しかし、果たして地震は敵なのだろうか。確かに我が国を侵しているという面では、敵だとも言える。だが普通の敵とは対応の重点が異なる。地震の場合の重点はいかに敵を排除するかではなく、いかに震災から人々を救うかである。救うことと戦うことは全くもってちがうことだ。先ほどの例えでいうならば、拳銃で相手を傷つけることはできても、がれきを片付けたり、ましてや人を救うことなんてできな いのだ。
 
 それだけではない。福島原発の面から考えてみよう。
 原発事故の対処は、各電力会社の職員やボランティア、そして自衛隊が行っている。彼らの中には専門家は一人もいない。これがどんなに大変なことか、報道からでも十分に伺い知ることができる。現状では彼らが動くしかないということだろうが、一刻も早く災害救助の専門機関を設立するべきだと思う。餅は餅屋である 。
  もし、「自衛隊は軍事力だ。必要ない。」という声があったとしたら、それはそれでいいと思う。確かに軍事力であるし、現在のところ必要性はあまり感じられない。 
15  筆者の主張する、災害時用救援組織の構築には賛成できる。しかしながら、自衛隊をそれに転用するというのは、いくつかの問題が考えられるため賛成できない。
 賛成できない理由の1つ目は、自衛組織としての”自衛隊”の解体後は、想定することははばかられるが、実際の武力攻撃事態という有事の際に、誰がこの国を衛るのか、ということである。
ここで、ある人は言うかもしれない。「米軍がいるからいいではないか」と。しかし、ここでもし米軍に防衛してもらうようにしたとすると、「日本は米軍の恩恵にあずかっている」という意識が生まれてしまい、アメリカの日本に対する発言力が高まってしまう恐れがある。これでは、現在問題となっている米軍基地の移設問題は進展を見せるどころか、日本側が圧力に押されて元の木阿弥、ということになってしまうのではないかと僕は思う。
 よって、”自衛”組織は、日本が独立国であるためにも解体・転用すべきではないと思う。
これを踏まえた2つ目の理由として、「自衛隊が災害救助をすることの意味」があげられる。自衛隊員が訓練するのは、いつ起こるかわからない有事の際のため、ということになっているが、長い間そのようなことが起こっていない日本では、この目的だけでは、隊員たちは、「何のために訓練をしているのか」と感じざるを得ないのではないかと思う。度々おこる災害における救助は、これを防止し、隊員の意識低下による自衛隊の自然解体という危険な事態を防いでいるのではないかと思う。
また、3つ目の理由として、自衛隊が「軍」として強調されすぎていることがある。よく、”自衛隊はあくまで「軍」である”ということをやけに主張する人もいる。しかし、僕はこう思う。日本人の民族的な特徴を表す言葉として、「本音と建前」という言葉がある。いい意味で、これがぴったりと自衛隊の例に当てはまるのではないか。━━━━名目上は”自衛組織”で、実際は”災害救助や人道支援も行える組織” また筆者は、自衛隊と在日米軍との連絡調整の「試用」により、自衛隊の「軍」としての側面が強調され、自衛隊と在日米軍の一体化が進むのではないか、と言っているが、”連絡調整”というのはたとえ災害救助用でも軍事用と同じように必要なものであるのであって、日米防衛協力のガイドラインを軍事用にのみ使用するというのは、とても非合理的であり、勿体ないことだ、と僕は思う。”人命を守る”という意味で目的が一致しているので、共通して使える部分も少なからずあるはずである。
以上3つの理由と、自衛隊の卓越した組織力を考慮すると、僕は自衛隊を救援組織に転用することに賛成できない。もし転用したとしたら、様々な弊害が起こるであろう。もし救援組織を構築するのだとしたら、自衛隊のサポート程度にとどめるべきである。
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16  今回の震災において、自衛隊が救助面で非常に活躍しているのは報道でよく知っている。この、自衛隊が救助をするということについて、僕は賛成である。確かに、「軍」としての機能ではないように感じる。しかし、「我が国を防衛する」という名目のもと日々訓練された人が、このような大変な時期に力を尽くすのはとても有効なことだと思う。
 さて、肝心の憲法との関係についてだが、まず今の自衛隊はこのままの状態を保つべきだと思う。災害などを理由にアメリカとの「軍」としてのつながりを強めるのは良くない。やはり、憲法で平和主義を掲げる以上、軍事力を持つことは許されないのではないか、と考えるからだ。また、筆者は非軍事の多機能的な災害救援部隊への転換を提案しているが、あまり「軍」の属性をなくしすぎるのも良くないのではないだろうか。自衛隊から軍の色が消えすぎると、逆に自衛隊の統率力が衰えると思うからだ。また、現在交戦力を持たないとしながらも、自衛隊を置くのには少なからず意味があるはずだ。今は分からないのだが、そのことも考えると、やはり自衛隊は今の状況を保つべきだと思う。
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17  私は水島さんの意見に賛成である。なぜなら、自衛隊が「軍」としての属性を強めていくというのは、やはり憲法9条に反すると思うからだ。
だが、「軍」としての機能をゼロにはせずある程度は残しておくべきだとも思う
 理由は、万が一他国が日本に攻撃をしてきた場合日本は「日米安全保障条約」によりアメリカが守ってくれるが、それでも「軍」としての機能がないとアメリカが来るまでの間でさえ抵抗することができないし、アメリカに完全に頼りっぱなしというのも良くないと思うからだ。
 だから私は、これからの自衛隊は非軍事の多機能的な災害救援部隊の面を強化しつつ、それでもある程度の軍の機能は保持していくべきだと思う。
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 自衛隊はこの国に必要だと思う。もし自衛隊がなければ、この国が他の国から侵略されたとき、どうすることも出来ないだろう。警察官を使えばいいという人もいるが、警察官だけでは到底、抑えられるものではない。
 自衛隊は憲法9条に違反しているという人もいる。しかし、憲法9条で定めているのは「武力の放棄」である。その点、自衛隊は決して武力ではない。自衛隊は「防衛力」である。憲法9条では「防衛力の放棄」までは言ってはいない。したがって、自衛隊は憲法に違反しているわけではないのだ。
 しかし、自衛隊はやはり「軍」ではないかという意見も多い。確かに「軍」であれば、憲法に違反していることにより、なくさなくてはならなくなる。ここで「軍」とは何かを考えてみたい。
 「軍」が武器を装備している組織であるとするならば、自衛隊は「軍」となる。しかし、私はそうだとは考えていない。私が考える「軍」とは武器を装備し、その力を使って他国を侵略する組織である。そう考えると自衛隊は「軍」ではないのである。
 以上の理由から、自衛隊はこの国に必要で、決して憲法には違反していないのである。
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19  自衛隊は、1954年に国の防衛を目的に創設されて以来、国連平和維持活動や災害時や犯罪時の救助活動を行ってきた。たとえば1995年の阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件である。そして、今回の東日本大震災でもハイパーレスキューなどと共に救助を行った。
 しかし、水島氏も述べているように本来これは自衛隊の中心的任務ではない。自衛隊は、決して救助専門の部隊ではないのだ。しかし、私はたとえ付随的な任務であっても自衛隊は積極的に活動していくべきだと思う。なぜなら、救助部隊ではないにしても自衛隊の人命救助能力は非常に優れているからである。日々の鍛錬や特殊な装備によって自衛隊は災害現場でも人命救助、物資輸送において非常に重要な役割を担っているのである。憲法問題などで自衛隊の存在そのものが議論の的になっているが、私はこのような人命救助のための組織として自衛隊は残していくべきだと思う。
 少なくとも国内外での災害時の救助活動も自衛隊の主な活動として法律に明記するべきである。こうすることで、軍事用の戦車などの兵器(防衛用となっているが)だけでなく救助のさいにより有効な重機を正式に装備することができるようになるのではないだろうか。
 実際、東日本大震災でもそれによっておこった原子力発電所での事故への対応の際に瓦礫撤去用の重機や放水のためのポンプ車などが自衛隊にあればより効果的な対応ができたのではないだろうか。
 もちろん、自衛隊が軍事的組織なのかという議論は続けていくべきだと思う。しかし、戦力の強化と救助用の重機を充実させることはまったくの別問題である。自衛隊の統率力や技術力を国土の防衛だけではなく人命救助に対してもより向けてほしいのである。水島氏は将来的には海外でも活動できるようにすべきと述べているが、私もそのように思う。
 今回の大震災でも多くの国々が日本に支援を行ってくれた。それにたいして日本も今後、海外で災害が起こった際には物資の送るだけではなく、実際に現地に向かって積極的に救助活動を行うような現在よりも深い支援を行うようにするべきである。
 そして、最終的には自衛隊を国内外で活動できる救援専門の組織にすることも考えられるかもしれない。そのためには、まず法律上の自衛隊の定義などを改めて見直し、必要な法律の整備などを早急に行っていくべきである。それは、これからの有効な災害対策につながっていくだろう。もちろん、どう間違っても現在の自衛隊の救援活動が縮小されるようなことがあってはならない。まずは、なによりも現在の人命救助を第一に考えるべきだからだ。
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20  自衛隊を軍隊だと認識し、憲法第九条違反だという人や、国家の防衛のために自衛隊がある、という人などたくさんの考え方があるがそんなことはどうでもいいのではないのかと思う。
 なぜなら、自分は自衛隊の存在意義は「人を守るため」だと考えているからだ。
 例えば、今東京に大きな地震が起きて、自分が生き埋めになってしまったとしよう。死を覚悟したときに自衛隊の方が自分のことを助けてくれたらどう思うだろうか?おそらく自分はその人のことをスーパースターだと崇めると思う。自分の命を救ってくれた人が誰であろうと関係ないと考えるからだ
自衛隊に関する全てのことにこのことが言えるのではないだろうか?軍隊だろうと防衛機関だろうと、いざというとき人を守る、救うことができるのなら日本国民1人も文句を言わないであろう。それに自衛隊のカテゴライズが変わったところで国民の何かが変わるとは思えない。このような話をする前に、基地の移設問題や被災者の今後の生活などしなければならないことはたくさんあると思う。
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21  自衛隊から非軍事の救援組織へ。
 彼は災害救助活動は自衛隊にとっての「本務」でないと述べている。自衛隊の本務は、国防である。自衛隊員の多くを長期間にわたり災害救助活動に専念させ、外敵の侵攻に備えた訓練や領域の警備などを疎かにするのは問題であるだろう。そこで、災害救助組織を本格的に作る。
 私は、この意見に賛成はしない。なぜなら、東北・関東大震災のような災害は頻繁には起こらないため、組織を作っても活動があまりないと考えるからだ。自衛隊の人数を増やし、災害が起きたときに優先的に災害救助活動を行うチームを作れば、それで十分だと思う。
 また、彼はこんなことも述べている。「自衛隊と在日米軍の一体化が一層すすむ。これは憲法との関係で懐疑がある」
米軍によって救助されたり、家族や親戚の遺体を見つけてもらった人も沢山いる。だから、今回の大震災では、彼等と一体化することで良い結果が得られたのだから、憲法がどうこう言うのは、日本人を必死に助けてくれた彼等に対して失礼であると思う。
しかし、自衛隊の軍としての面が強調されれば、それは憲法第9条に違反するであろう。だが、私は軍としての属性を縮小するべきではないと思う。なぜなら、中国やロシア、韓国との領土問題があるからだ。数ヶ月前、中国に船をぶつけられるという事件が起こったし、北方領土には、ロシアの偉い人が訪問したり、日本の領土(?)を周囲の国が自国のものとしようとする動きが強まっている。何時武力をもって攻められるか分からないのだ。
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 私は大体水島さんの意見に賛成だ。自衛隊は主な仕事を災害救援にしてほしい。今回の地震災害で救助を懸命にしてくださる自衛隊の方々をテレビで見て、自衛隊の力はすごいなと感心した。また、自衛隊の仕事を初めて詳しく知った。大体賛成と言ったのは、一点だけ水島さんの意見と異なる部分があるからだ。それは、将来、日本を完璧な非軍事国にするということだ。私は、自衛隊の軍事は徐々に縮小されるべきだとは思うが、完全に軍事をなくすことは、かえって日本の平和を乱してしまうと思う。
 今、たとえば他国との領土問題など日本と他国の関係が悪化しそうな問題がある。これが戦争に直結するわけではないが、実際はなにが起こるかわからない。もし日本が完全に非軍事国となれば、いくらアメリカがバックでささえてくれていても日本は以前よりも攻めやすい国になる。あまり考えたくはないが実際に攻撃された場合、日本はなにも太刀打ちできない。
 したがって、私は日本を完全に非軍事にするのではなく、自国を守るための軍事力だけは持っておくべきだと思う。しかし今の日本の自衛隊は戦争に対抗することができる戦力を十分すぎるくらい持っていると聞いたことがある。それは本当に自国を守るためだけのものなのだろうか。自国を守る以上の力があるならばそれは憲法違反になってしまうし日本にとっても他国にとっても戦争を思わせる不安の原因になるのでやめてほしい。
 私は自衛のために少しの軍事が必要だと考えているが、平和主義に賛成であり、第9条も守られるべきだと思う。だから、自国を守る最低限度の力は持ちつつ、災害救援部隊として力を発揮してもらいたい。
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23  水島氏は「自衛隊の『軍』としての属性を徐々に縮小し、将来的には海外にも展開できる多機能的な災害救援部隊に転換すべきではないだろうか」と疑問を投げかけているが、私は自衛隊の『軍』としての属性を縮小すべきではないと思う。
 今回の大震災で、自衛隊の優れた災害派遣活動に頼らざるを得なかった。そして、その災害救援活動や、他の自衛隊海外派遣の評価も聞いていると、自衛隊が災害救援部隊に転換しても何ら問題がなさそうに見える。だが、災害救援活動は自衛隊にとって「我が国を防衛する」という本務ではない。ここで私が問題に取り上げたいのが、「我が国を防衛する」が本務である自衛隊が「軍」としての属性を縮小した場合、誰が我が国を防衛するのであろうか。
 日本国憲法全文および日本国憲法第9条で「平和主義」が掲げられているのを始め、日本は憲法上で「戦争の放棄」や「戦力不保持」を定められている。しかし、いくら「戦争の放棄」とはいえ、戦力を持たずに我が国は無防備でいろというのか。これは、日本国憲法に異議を唱えることになるが、仕方ないと思っている。仮に自衛隊のような「我が国を防衛する」が本務である職が日本に無ければ、これまで以上に日本がアメリカの軍事力に依存するのは明白であるからだ。日本は1つの「国家」であり、他国に依存するのは望ましくない。今の憲法に矛盾した存在であるが、自衛隊の「軍」は日本という自立した「国家」を保つ為に必要不可欠であると考える。
 そして今日では、自衛隊はアメリカへの後方支援や在日米軍の一体化が進んでいる。国際社会で発言力の強いアメリカは、他国から良く思われていない部分も多々ある筈だ。そのアメリカに日本が味方していると、世界各国から認識されるのは充分に考えられる為、敵視される可能性も予想される。 現実的に考えて、世界で戦争が絶えないことはない。 このような他国との緊張関係が将来予想される中で、日本国が自らを防衛する組織「軍」を持つか否かでは、日本の平和を考えても、持つ方が良いと思わないだろうか。 
 
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 私は、筆者の意見の『自衛隊の「軍」としての属性を徐々に縮小する』という部分には反対だ。
 自衛隊は、本来の目的である「日本を守る」ことができるよう”自衛力”を持ち、なおかつ災害時には専門的な救援活動も行えるだけの能力も保持した、多方面で活躍できる組織であるべきだと私は思う。そしてその能力を活かして、紛争や戦争が起こっている国々に対しては軍事的にではなく、罪のない人々の生活を守り安心して暮らせるような環境を作るなどの活動で支援していってほしいと思う。また他国で自然災害が起きた時には今回の大震災の経験を活かした救助活動や物資・資金の支援など日本にできる限りのことをするべきだと思う。
 今回の大震災での自衛隊の活動を考えてみると、行方不明者の捜索や救援物資の輸送、瓦礫の撤去、原子力災害における原発の冷却をはじめとする安全確保など、様々な分野で活躍していることがわかる。筆者も述べているように、自衛隊は陸海空の組織を統合運用する能力に優れているので、大規模災害が発生した際にもより迅速な対応が可能となる。今回も行方不明者の捜索・救出や物資輸送などで早急な行動が求められたが、ヘリコプターや船舶による救助活動が行われ助かった命があったことや、津波被害などで道路が寸断され孤立した地域においてもヘリコプターで物資輸送ができたことなどは、陸海空の組織の連携が取れていたからこその成果だったと思う。そう考えると災害救援活動において自衛隊は必要不可欠なのだ。筆者は、それは自衛隊の本務ではないと主張しているが、それは誤りだと思う。「国を防衛する」ということを広く捉えると、「自然災害」という敵から「国民」を守ることも本務になるのではないだろうか。また海外への災害派遣は、世界の国々がお互いに助け合っていこうということの象徴であり、自衛隊の本務なのかどうかということは関係なく、助け合いの精神から生まれてくる当たり前の行動なのだと私は思う大地震が起きてからいち早く日本へ来てくれたのはドイツのレスキュー隊だった。また、原子力発電所の問題に協力してくれたのはフランスやアメリカだ。この他にも被災地に多くの国々のレスキュー隊が来てくれたりして支援してくれた。これから日本が復興して全ての人の生活がまた元に戻ったとしても私たちは救援活動を行ってくれた国々への感謝の気持ちを忘れてはならない。そしてどこかの国で自然災害が起こった時には自衛隊の救援活動を通して日本として恩返しをすべきだと思う。
 また、自衛隊が軍事力を持つことについては憲法9条の平和主義に反することになるが、軍事力を持たなければアメリカに全て頼ることになってしまい、北方領土問題や北朝鮮の問題など多くの問題をかかえている現代の日本にとってそれは良くないだろう。私の考えは、自国を守れるだけの最小限の能力は必要でありそれを保持するべきだが危機に直面したとき以外は使ってはならない、というものである。自衛隊に必要なのは、あくまでも”軍事力”ではなく”自衛力”なのだ。そこを取り違えない様にすることこそがポイントであり、”自衛力”を保持しつつも使わないというのが望ましい状態だ。だから、災害救援活動も本務として積極的に行うことで、徐々に技術を高めていき世界に貢献する機会を増やすと同時に、日本はもちろん世界の国々の人から感謝されるような素晴らしい活動を行う組織であってほしいと願っている。
 
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25  私は、筆者が提案する災害救援部隊は作るべきでないと思います。
 なぜなら、災害はいつ起こるか分からず、これを常備させておくだけの財源が今の日本にはないからです。
 私は憲法九条を改正すべきではないと思いますが、だからと言って自衛隊をなくしたほうがいいとは思いません。自衛隊をなくすという事は日本が外国からの侵略を防ぐ術がなくなるということであり、アメリカ軍の国内駐留を認めざるを得なくなるという事だからです。自衛隊がなくなれば、日本はさらにアメリカに依存することになるのではないでしょうか。そのことや領土問題、隣国の政治状況を考慮すると、自国防衛の手段として自衛隊を持つという事は間違っているとは思いません。
 憲法によって自衛隊が認められ、しかも憲法が自衛隊の抑止力になるという状態が現実的ではないかと思います。
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26 (筆者の意見)
 今回の東日本大震災までは、自衛隊を安易に活用するよりも、消防のような災害救援組織を本格的に発展させるべきであると考えていた。しかし、今回ほどの被災規模となると、消防よりも人的動員能力、輸送能力、陸海空の組織を統合連用する能力で優れる自衛隊に頼らざるを得ない。
 しかし災害救援活動は自衛隊にとって「我が国を防衛する」という「本務」ではなく、「従たる任務」、つまり付随的な活動である。これは、背景に「自衛隊はあくまで武装組織だ」という「軍」としての自己認識があるからであると思われる。
 今回は、武力攻撃態勢という意味での「有事」でこそないものの、在日米軍との連絡調整の全面的な「試用」が行われている。これでは、自衛隊の「軍」としての面が強調され、自衛隊と在日米軍との一体化が一層進むことが心配されるが、それは憲法との関係で疑義がある。
 国民は今回の災害派遣活動を高く評価しているが、これは自衛隊の「軍」としての強化の肯定を意味しているわけではない。日本は、自衛隊の「軍」としての属性を徐々に排除し、将来的には海外にも展開できる、非軍事の多機能的な災害救援部隊に転換するべきである。
(自分の意見)
現在の憲法第9条には

1. 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

2. 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

 と定められているわけだから、自衛隊の「軍」としての面は排除されるべきだと思う。
  しかし一方で、よく話題に取り上げられる「自衛隊を軍にする」という案についても考えてみた。中学校の公民の授業では、湾岸戦争の際、他国が現地に軍を派遣し支援したのに対し、日本は憲法のせいで自衛隊を送れないため多額の金を払って代わりにしようとしたということを習った。後のPKO協力法により自衛隊がイラクに派遣されはしたが、その際も結局は他国に守ってもらいながら、軍事行動をとることはできなかったわけである。そう考えると、自衛隊がこのまま自衛隊であっていいのかもわからない。どんどん国際化が進んでいくなかで、ただ他国を傍観しているわけにはいかない。
 日本が自衛隊という組織ですんでいる理由の1つとして、アメリカの援助は大きいと思う。だがこれで日本が自衛隊を軍にしてしまうと、多額の金をだして買った武器等はアメリカにうまく利用されてしまうだけではないかとも思う。
 最終的には、将来日本がどのように進むべきなのかはよくわからない。が、個人的には、自衛隊の「軍」としての面が排除され、平和な日本が保たれることを願いたい。

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27  今回の震災では大きな被害が出ましたが、その中でも自衛隊の活動によりたくさんの人命が救助されました。それは、水島さんも言っている通り人的動員力や輸送能力、組織の統合力が優れている自衛隊だからこそ、こうやって、たくさんの人命が救助されたのだと思います。たとえその力が「軍」として養われたもので、「軍」として発揮されたものだったとしても結果たくさんの命が救われたのなら、自衛隊の存続価値は大きなものだと思います。
 水島さんは自衛隊を災害救援隊にしようと提案していますが、私はその意見の全てには賛成しません。なぜならもう消防レスキューのような組織があるからです。もし自衛隊を災害救助隊とするのなら二つの組織は役割が被ってしまうと思います。同じ目的で活動する組織が今回のような震災で被災地に行ったとき、二つの組織は同じような活動しかできないはずです。しかしそれでは、救助の選択肢が狭まってしまうと思います。今回のように「軍」として救助活動を行う自衛隊と「救助隊」として救助活動を行う消防レスキューが違う角度から救助活動をおこなったことによって救助により多くの選択肢が生まれ、たくさんの命が救われるのだと思うのです。だから私は、自衛隊は今のまま、そして消防レスキューなどの組織を拡大してゆくことが一番いいと思います。
 それに自衛隊の活動は憲法に反するという意見がありますが、正直私は自分たちの国を守る組織がないとこれからの国際社会で日本はやっていけないんじゃないかと思います。憲法が出来たときから半世紀がたち世界情勢は日々変わっています。わたしは平和主義に反対するつもりはないけど、でも平和主義の意図、意思を見失わずに、かつ時代にあった形に変えていくことは必要なのではないかと思います。
なので私は自衛隊はこれからも今までのように活動していくべきと思います。
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28  わたしが東北の大震災に際し身に沁みて感じたことは、自衛隊の重要性です。わたしたちが出来ないような、瓦礫の下敷きとなり犠牲となった人々の救出や、避難所などで活躍している姿をテレビで見て、感動しました。その中にも、地震の被害を受け家族が未だに行方不明であるにも関わらず、なるべく多くの人命を救うために救出活動を続けているという人もいて、自衛隊というのは本当に責任の重い仕事だと思いました。
 ところで自衛隊とはもともと、日本の防衛の為に作られたものです。しかし日本では憲法の大きな柱として平和主義があり、国の防衛とはいえ憲法や法律で厳しく定められているからあまり目立った活動はしないため、災害時の救助活動などの仕事もしているという微妙な立場にあります。わたしは、そのような自衛隊は平和主義の観点を鑑みて、救助活動をメインにすべきと主張している水島さんの記事を読み、そういう考えもあるのだなと思いました。
  もちろん平和主義のみを追求すればそのような結論に達するかもしれませんが、自衛隊は国の防衛をすべきだとわたしは思います。但しそれだけでなく、今回のような救助活動という責務を並列して負うべきです。だから現在の国の防衛が中心という考え方は良くないと思いますが、自衛隊そのものは国家に必要なものです。
 自衛隊が無くなれば日本は防衛面全てをアメリカに頼らざるを得なくなるから、日本はある程度防衛力を持つべきです。また、自衛隊の育成に於いて、他国でも災害が起こった際はすぐに出動して救助にあたれるように訓練すべきだと思います。そうすることで自衛隊の存在意義を国民に示し、他国にも日本の自衛隊をアピールできるのでは無いでしょうか?
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29  この記事の中で水島氏は、自衛隊の我が国を防衛する、「軍」という属性を徐々に縮小し、非軍事の救援組織に転換しろと述べている。
しかし私は、自衛隊が軍としての役割を失ってしまってはいけないと思う。なぜなら、自衛隊に入っている人達は、おそらく日本という国を守ろう、という精神で入隊したのではないかと思う。そうなると、確かに被災地の救援も日本人を守ることにはなると思うが、国よりは規模も狭まるし、それだけのための組織となると、現在の自衛隊よりは、士気が下がってしまうのではないかと思うのだ。
 二つめに、現代の国際社会を見ていて、いつ日本に他の国が攻めてきても、おかしくはないし、いつテロが起きてもおかしくないと思う。そんな状況の中で、武装しない、という甘い組織にしてしまっては、あまりに危険ではないか。いわゆる軍のように、こちらから攻めていくような組織であってはいけないと思う。しかし、先ほども述べたように、自衛隊の人達は、日本を守る、という誇りを持っているはずであるから、国を守る、という軍としてのものを持ち続けて欲しいと私は思う。
 また、自衛隊には、予備隊のようなものがあって、その人達は何かがあったときのために、一年に一定期間訓練をし、普段は普通の生活をしている人達がいるらしい。彼等は元自衛官等で、民間企業に転職した人の集まりである。今回の震災でも、召集されている。基本的には、自衛官が足りなくなったときに呼ばれるのだが、震災や、大事故の時に、一番に召集されてもいいのではないかと思う。
 今、日本が弱っているこの状態で、もし、ビンラディン派のテロリスト達が、アメリカに対するテロが起こしたとしたら、米軍基地がターゲットになる可能性がないとは言えない。そのとき、自衛隊が総出で捜索していたり、疲れ切っていたりしたとき、対処することが出来るのだろうか、わたしはとても不安だ。だから、自衛隊が一部出動することはあっても、今回のように大規模に出動するのではなく、本来の機能を残すことも必要ではないかと思う。また、予備隊の人達は、災害の救援のための訓練を行う方がよいのではないかと思う。過労死した隊員が出てしまったのも、防衛と救援の訓練を両方行うことにより、中途半端な状態で今回の救援を迎えたためではないか。
だからわたしは、水島氏の意見とはほぼ逆ではあるが、自衛隊は自衛隊としての職務を第一とし、救援活動は予備隊に重きを置く、というのがいいのではないかと思う。
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30  水島さんはこの記事の中で、自衛隊の軍としての属性を縮小し非軍事の多機能的な災害救援部隊にすべきだと述べている。
私はこの考えに反対である。
 まず「自衛隊の軍としての属性を縮小する」という点について、たしかに憲法9条の「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」という文と自衛隊の存在との間には矛盾が感じられる。まさに、「軍」としての側面が強調されていると言えるだろう。しかし、今の世界情勢をふまえると、日本にとって現在の自衛隊程度の軍隊は必要不可欠ではないだろうか。また、もし自衛隊が「軍」としての属性を縮小したらその分の軍事力を米軍に任せることになる。そうなれば、日本はアメリカとの外交で不利になると思う。よって、自衛隊の軍としての属性は変えるべきでないと思う。
 次に「多機能的な災害救援部隊にすべき」という点についてだが、この考えには一部賛成である。この記事によると、自衛隊は阪神大震災の経験から災害対処能力を強化してきたという。また、自衛隊が今回の震災で活躍していることは様々な報道から明らかである。それにもかかわらず、救援活動が自衛隊の本務に含まれていないのには驚きを感じた。私は、救援活動を自衛隊の本務に直ちに加えるべきだと思う。
 しかし、そうすると自衛隊員への負担が大きくなってしまう等の問題点が生まれる。従って、以上の理由より、自衛隊を軍事を担当する部と災害救援を担当する部で分けることが最も良いと思う。
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31  筆者が述べたように、今回の震災で自衛隊の方々の活躍は多く報道され、有名である。
 ところで、自衛隊と日本国憲法題9条の間における疑義はしばしば問題として掲げられる。しかし、「国権の発動たる戦争」や「武力による威嚇」、「武力の行使」を行ってしまったことはない。そこで、私は軍としての自衛隊をなくす必要はまだないと思う。
 そもそも自衛隊の前身の警察予備隊が成立したのは、日本を守る自衛組織がない時に朝鮮戦争が勃発してしまったからだった。その戦争が休止状態の今、自衛組織を災害救援部隊に変えてしまったら、突然戦争が再開した時に朝鮮半島近隣の日本は潰されてしまうかもしれない。
 また、本文中に「自身も被災者であるにもかかわらず活動にあたる部隊もい」て、「過労死する隊員も出」てしまったとあるが、自衛隊の隊員数を増やせば、その心配も減りそうだし、災害救援部隊の方にも力を入れられそうだ。
 だから私は、自衛隊は国の組織でそう簡単に変えられないが、今のままの形で災害救援の仕事を増やす替わりに隊員を増やすべきだと思う。
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日本には地震が多い。四つのプレートの境目にある、という特殊な環境にあるこの国にとって、これは仕方の無いことである。だから、日本人は古来より、地震に備えて、さまざまな知恵を働かせてきた。今から千年以上も昔に作られた五重塔は地震が来るとしなやかに揺れて、その衝撃を吸収する。この知恵は、来 年の春に開業予定の東京スカイツリーにも応用されている。
それなのに、なぜ地震専門の部隊は無くて、自衛隊が活動しているのだろう、と以前から疑問に思っていた。自衛隊員として一生懸命働いている人には申し訳ないけれど、憲法で平和主義を原則としている日本に自衛隊は必要ないのではないかと思う。いったい何のために在日アメリカ軍がいるのか。自分の国を守る 為の部隊があるのに、よその国の軍隊がいるなんておかしい。自衛隊の存在そのものよりも、その方がよっぽど平和主義と矛盾すると思う。また、二〇〇八年の資料を見ると、隣にある、軍隊があって、しかも一般の男性に兵役がある韓国よりも、日本の軍事費の方が高い。「軍隊」はないのに、そんなにお金をかけるのは無駄だ。 この水島さんが言っているように、災害に備えた部隊や装備にお金をかけるほうがずっと有効だと思う
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33  私は、この意見に全面的に賛成することはできません。その理由を挙げたいと思います。水島氏は文中で、自衛隊の「武装集団」としての側面はあるべきものではないと強調しています。そして現在の日本の「危機」は自然災害と原子力災害だと明言しています。ですが本当にそうでしょうか。私はその考えは、東日本大震災直後の世間の風潮に流された極端な見方だと考えています。仮に、水島氏の意見通り自衛隊が完全に災害救助隊に転換したと想定します。それでは、今回のように大災害が起きた直後に水島氏が言うような武力による「有事」の事態が発生したとき、そのシステムではどのように対応するのでしょうか。国際社会から見れば秩序を破るような行動ばかりの北朝鮮が、災害を好期と見て攻撃をしかけてくることも有り得ないとは言えません。そのような事態には、日米の協定により米国が日本の安全を守ってくれるのかもしれませんが、それでは結局米国に頼ることになり水島氏が本当に目指しているような「日米の切り離し」は行われることはありません。むしろ逆行しています。
 このような理由を考えると、自衛隊を災害救助隊に転換するのにはやはり賛成しかねます。代わりに私が提案したいのは、自衛隊とは別に水島氏の言うような国のレスキュー隊を組織することです。日本は地震国で今回を含め何度も大災害に見舞われています。都市部の過密化にともなって、これからもしそういった地域が被災した場合、より規模の大きな支援は必須だろうと思います。「災害派遣」を目的としたそのような組織を作ればよりよいシステムのもと効率よく作業ができるのではないでしょうか。自衛隊に過度の負担がかかることもなくなります。
 私は災害派遣専用の組織を作るという部分には賛成しますが、自衛隊をそのまま転換するのは問題があるのではないかと考えこのような意見を述べました。
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 水島朝穂教授の記事を読んで、自衛隊について考えてみた。
 憲法第9条と自衛隊の関係については賛否分かれており、政府は、「自国に攻撃が仕掛けられた際、国土を防衛するための手段」として解釈している。
 しかし私は、この見解に疑問を呈さずにはいられない。
 まず、憲法第九条二項には、「陸空海軍その他の戦力は、これを保持しない。」と明記されている。
これは、侵略・自衛を問わず戦力の保持は認めない、というニュアンスであると私は考える。
「国際紛争を解決する手段」ではないから、というのはいささか屁理屈のように思えてならない。
 それに、軍事費の点から見ても矛盾である。
総務省によると、国の歳出における防衛関係費の割合は約5.8%、これは、文教及び科学振興費の6.7%とほぼ変わらない。
世界各国と比較しても、金額にしてアメリカ、中国、ロシアに次ぐ第4位に位置している。
これらの情報を踏まえ、果たして本当に「最低限の自衛戦力」といえるだろうか。
 ― こういった議論は昔から繰り広げられていた筈だが、現実問題として自衛隊は強大な組織と化し、個人がどうこう言ったところで何も変わらない状態だ。さらにいえば、私たち若者の関心自体もかなりうすくなっている。
 そして、今回の震災。被災地への救援活動が大きく報じられた。
水島教授の言うとおり、今こそ自衛隊に変革をもたらすべきであると思う。「軍」としての自衛隊から、被災地等の派遣を主とした「救援組織」へ。それに、軍事費を大幅削減し、被災地の復興に充てること。
 長年にわたる「暗黙の了解」を破ることはなかなか難しく、米軍との関係においても、変革の達成は容易ではない。
しかし、平和主義の徹底は勿論のこと、地震や噴火の多い日本の今後を考えても、「救援組織」のメリットは大きいと考えられる。変革を始めるのは、今であるべきだ。
 

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35  そもそも自衛隊について私はあまり知らないので色々言える立場ではないと思いますが、記事を読んで思った事は沢山ありました。
 まず、この記事を書いた水島さんの「消防レスキューのような災害救助組織を本格的に発展させることが必要」に共感しました。「自衛隊」という言葉を辞書で検索してみると、次のような定義が示してありました。「日本の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に対して防衛することを主な任務とする部隊及び機関。」これをふまえて、今回の大震災に限らず日本は様々な自然災害が起こる国なので国の安全を保つ為に救援活動を本務に入れるべきだと思いました。また、私がもし自衛隊に属しているとするとき本務でないと考えると救援活動をする為に動き出すときに正直戸惑ってしまうのではないかと考えてしまいました。それに加えて本務に入れれば、いざ救援活動を行うときにすぐに、さらに的確にに仕事ができるのではないかと思います。私が考える限りでは本務に入れた場合に良い点しかないので、なぜ入れないのか不思議に感じましたが、このように決まってるには多分過程や訳があると思うのでそこを詳しく知ることができれば良かったです。
 話は変わりますが、私は寝る前にテレビでニュースを観るのが日課になっています。ここ最近地震関連のニュースばかりで胸がつかえます。しかしその中でいままで明確に感じることのできなかった「力」を感じました。1番感動したのはやはり「団結」です。私達は社会の一員ですが、まだ社会にあまり関わった事がないため「社会全体の力」を目ではっきりと見て感じる機会が殆どなかったと思います。そんな中で各地から被災地にボランティアぬ行くという人々に強く感銘を受けました。日本全体の結束が今回の記事内容である平和主義に関わる自衛隊に影響していくのではないかと思いました。
36  自衛隊の事について、私もこの記事に賛成です。よくよく考えてみれば、元々自衛隊というのは国の兵隊であり、救助支援活動をする人達ではない。確かにこういう大規模な自然災害に見舞われた場合、人手を必要とするため、自衛隊は出動しなければならなかったと思います。ですが毎回毎回そういう事をしていると、自衛隊本来の意味を失ってしまうのではないかと私は思います。兵隊は自衛隊だけではなく、米軍もいます。そして日本は平和主義国家であり戦争は日本では起こらないでしょう。(もちろん起こらないとはっきりとは言えませんが…)なのでこういう自然災害対策用に、組織を作った方が良いと私は思っています。そうすることによって、もっと日本の活動範囲が広くなるでしょう。今回の事が起きて、世界中の人達が助けにわざわざ日本に来てくれました。私はそういう光景をニュースで見るたび、とても感動し、嬉しく思い、そして感謝の気持ちでいっぱいになりました。なので次は日本が、どこかの国で地震・津波等の自然災害が起きた場合、助けてくれたのと同じように、日本も自然対策特殊部隊!のような組織を作って助けてほしいです。
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37 ○新聞記事の内容(要約)
・自衛隊は東日本大震災において、その人的動員力や物資輸送力、機動力で活躍した。
・しかし、自衛隊にとって災害派遣は、法律では本来の任務ではないことになっている。
・自衛隊は「軍」の要素を強くしていっている傾向がある。
・自衛隊は非軍事の災害救助部隊になるべきだ。

○読んで思ったこと
  自衛隊が災害の時に活躍するのは、自衛隊の持つ能力と、災害の時に必要な能力が似ている、というだけで、自衛隊自体は災害派遣は本来の任務ではないので、 自衛隊と災害救助隊を同じ基準で考えることが少しずれていると思います。そもそも、今の日本は武力が全くない状態で国際社会でやっていけるのでしょうか。
 憲法9条では、「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」としていますが、これは「日本は、武力以外の手段で国際紛争を解決する」という意味だとわたしは思います。
 国際紛争を解決するための手段で、武力に代わるものというと、外交力が思い浮かびます。外交では、何かまずいことを一言言っただけで大変な問題になったりもするので、話術が重要な技術となってきます。ですから、本当に、心の底から武力なしで一国を治めようと思っていたのなら、話術の能力向上を推進する、といった政治方針になっていたと思います。
 しかし、今の日本の、周辺国に対する対応を見ていると、安心した気持ちには少なくともなれません。憲法の条文に、「武力の放棄」と書いただけで平和な国ができるとでも思っているのだろうか、と疑いたくなります。
 自衛隊が、軍ではなく災害救助隊になるのは、日本が武力以外の手段を用いて国際紛争を解決できる、と世界に認められた時だと思います。
 
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38  私は水島氏の意見に賛成である。
 今回大震災が起こり、大きな活躍を見せたのは自衛隊だった。今回の地震でも、救助された人のうち、約八割は自衛隊の活動によって救助されている。ボランティアをする人もいたが、実際にいろいろな点で優れているのは、訓練をされている自衛隊員であった。また本文でもあるように、阪神淡路大震災以来、自衛隊は災害対処能力を強化してきた。現在では約四万人の隊員が救助活動に携わっていおり、さらに二万人が派遣準備を行っているそうだ。これはとても素晴らしい災害対処能力であると私は考える。また『国民の多くが自衛隊の災害派遣活動を評価してきた』とあるが、本当に評価されているのかどうか、国民の反応をインターネットで調べてみた。
 すると、ほとんどの人々が彼らの活動を褒めたたえていることが分かった。自分のブログやサイトなどで、感動した、などと書きこむ人や、掲示板で元自衛隊と名乗る人々が現れ、自衛隊についてチャットをしている様子などが見られた。
 また興味をひかれたのは、多くの若者が集っているといわれる掲示板サイト「2ch」でも、自衛隊の活動について取り上げられ、「かっこいい」や「確実な仕事をしてくれる」などの声があがっていることだ。若者の関心まで惹いていることが分かった。これらのことから、自衛隊の救助活動について、性別年齢を問わず、幅広い人々が評価していることが分かる。だから、こういう活動が拡大していくことはとても良いことであると思う。
 また同時に、軍としての属性を収縮していくことも、自衛隊の本来の任務である「国の平和を守る」ということにつながると考える。
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私は「『軍』としての属性を徐々に縮小し」という部分を除き、この意見に賛成です。今回のような大災害時に於いて、やはり自衛隊の持つ力は大きいと思うからです。

確かに救援活動は自衛隊の本務ではありません。辞書を引いても「日本を安全に保つための、直接及び間接の侵略に対する防衛組織」と書かれています。しかし、平和主義国の日本は直接的であれ間接的であれ侵略される機会はそうそうありません。ですからその分、力を救援活動などに使っても問題はないのではないでしょうか。また、被災地の方々を助ける力が十分あるのに、本職ではないとして付随的な活動のままで終わらせるのはもったいないと思います。今、日本全国の方が「被災地の方々のために何かしたい。」と考えていると思いますが、一人一人にできることは本当に限られています。自分の無力さを改めて実感し、悔しい思いをしている方も多いことでしょう。私もそのうちの一人です。そのような人の為にも、自衛隊は力を余すことなく使うべきなのではないでしょうか。

 ただ、救援活動に重きを置くあまり自衛隊本来の活動目的を見失ってしまっては元も子もありません。ですから、今回の震災を機に、軍としての属性も保ちつつ、万が一災害が起きたときには救援活動も行えるような組織に少しずつ転換していけば良いと思います。

 
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40  水島教授は、自衛隊の軍事的な側面を縮小し、災害救援部隊に転換すべきだと述べている。
 確かに、本務ではない救援活動をしなければならないと負担はとても大きいだろう。今回の震災の救援活動では、十分に休めず過労死した隊員もいるという。自衛隊が救援活動に特化した組織になればもっといい活動ができるはずだ。
 しかし、自衛隊の「軍」としての側面を完全になくしてしまうと、何かあったときには日本の力で日本を守れない。それ以前に、今のままでもアメリカ軍に頼っていて日本を守れていない。そしてアメリカ軍に頼っているために沢山の基地を置かなくてはならず、それに伴って様々な問題が生じている。
 日本国憲法の平和主義は素晴らしいと思うが、自国の国防を外国軍に頼っていて平和だなんて言えるのだろうか。
 私は、憲法を改正し、自国を守れるだけの戦力を持って国内のアメリカ軍基地をなくし、災害救援と国防を両方自衛隊の本務にするべきだと思う。
 災害救援が自衛隊の「従たる任務」であるために事前の備えが不十分になった面もあるはずだ。
 戦力の保持は戦争に直結する、と考える人もいるだろう。
 しかし今、戦力を保持しつつ戦争をしていない国も沢山ある。永世中立国のスイスも軍隊を持っている。
 戦力を持った時、戦争を防げるかどうかは、私たち国民にかかっていると思う。

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表紙