「八ヶ岳」闘病記
(急性骨髄性白血病 闘病記)
2020年
第1回入院(2月5日~3月7日)、第2回入院(3月16日~4月11日)は、記録ノートから、冒頭の2月3日および第3回入院(4月20日~5月21日)、第4回入院(6月11日~)は、基本的に、フェイスブックに書いたものを日付順に掲載しています。
加筆や省略もあります。
初診日2020年1月14日。
長いので、超ダイジェスト版こちら
入院生活を楽しむ 英語版
2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 最後
第1回入院   第2回入院   第3回入院   第4回入院   第5回入院
血球値
2月3日
突然のご連絡で驚かれるかもしれませんが、まもなく入院いたします(2月5日)。自覚症状は全くないのですが、精密検査の結果「急性骨髄性白血病」と診断されました。まさに青天の霹靂です。抗がん剤治療を受け、順調なら1か月で退院できるそうです。病院からのアクセスは難しいので、コメント、メッセージ、メールをいただいても返信できません。何とぞご了解ください(入院準備のためFBはこれで一旦お休みします。タイムラインへの新規の書き込みはなさらないでください)。
お見舞いを考えてくださる方もおありと思いますが、お気持ちだけで結構です。やつれた姿をお見せするのは私の美学に反します(^_^;)。実は家人も体調が芳しくないため、問い合わせもご遠慮いただきたく存じます。静かに見守ってくださるのが一番です。お願いいたします。
「フジノヤマイよりフジミが強い!」 こういうギャグがすぐに出たり、「床屋には行かなくてよい、どうせ副作用で抜けるのだから」などと言う会話が平気でできているので、メンタル面では大丈夫です。48年間にわたる高校・大学の教員生活がちょうど終わったところです。リフレッシュ休暇の積もりで行ってきます。3月には戻ってきます。お元気で。
2020年2月3日(4月1日 ではありません())。
記録ノートから
第1回入院 寛解導入療法 2月5日~3月7日 32日間
 骨髄および血液中に白血病細胞がほとんどなくなり、血液細胞(赤血球・白血球・血小板)が正常な値に戻るようにする薬物療法。
■排尿障害とかゆみ
2月5日(水) 1日目
入院 6人部屋 私を含め4人?
クリーンルーム
若い先生より急性骨髄性白血病についての説明を家人とともに聞く。
入院して「病人」になった気になる。
心電図、レントゲン検査
シャワーあびる
血小板の輸血。色が黄色っぽいのに驚く。神奈川の人のであった。
トイレはシャワー式ではない。クリーンルーム使用者には衛生面で問題があるので使用しないとのこと。
2月6日(木) 2日目
618 検温 36.5 112 70
薬はセットで用意してくれる。
午後リハビリ。約1時間(待機を含め) 何故リハビリと思ったが、体力維持のため。
夕方、血小板輸血
2月7日(金) 3日目
段々病人になってきた感じ。
トイレ 夜中に何回も。尿意はあるが、ほとんどでないことも。
午後、中心静脈カテーテルを入れる。
 「大門先生」が来てもよいような本格的な手術という感じ。  
2月8日(土) 4日目
先生の回診があるが、世間話的な内容。
となり(向かい側)の人の咳が少々気になる。
2月9日(日) 5日目
病院も休み。
頻繁にトイレに行く(1時間から1時間半に1回)。しかし、出が悪い。
メモ「頻尿 もよおすがでない 残尿感」
寝る前下剤を処方。
2月10日(月) 6日目
抗ガン剤治療開始。
医師より説明。
+アルファの検査の件(保険適用外) (内容思い出せない)。
抗ガン剤 シタラビン ダウノルビシン(赤色)。
1時間半おきにトイレ。
夕食全くとらず。

★ 医師より骨髄移植の検査についての話(受けるように) 保険適用外5万円近く。早くす れば2割引とか。今ひとつ意味がわからず、保留にする。(疑問の一つ)

★入院日についての疑問 土日は動きがない。金にカテーテルを入れても土日は待つだけ。2月5日に入院する必要はあったのか。或いはすぐにカテーテルを入れて治療はできなかったのか。今日入院、カテーテル装着、明日から治療開始という人もいるので、疑問である。
2月11日 7日目
1時間半おきにトイレ 大は出ず。
食欲なし。胃が荒れた感じ。
ご飯は3食とも食べず。昼はリンゴのみ、夕はお茶をすすった程度。
9:30 利尿剤投与。
9:40~52 
10:00~09
10:24~27
10:34~41
10:52~59?
11:20~29
12:28~32
数分間あるのは、出るのを待っているからである。
昼過ぎにはようやく効果が薄くなる。
頻繁にトイレに行くので、同室の他の患者が気になる。
食事とらず(とれず)。
夜 便秘基本的に解消。

*テレビをイヤホンを使わず視聴している人がいる。
2月12日 8日目
10:00利尿剤
昼前、泌尿器科に行き、膀胱カテーテルを入れる。これでトイレ地獄は解決したが・・・。
食事はとれず。
2月13日 9日目
午後より特に不調。
吐き気あり。
個室希望の申し入れを行う
2月14日 10日目
膀胱カテーテルを清潔に保つために毎日1回看護師さんに対応してもらう(下の洗浄)。
午後、個室に移動! 513号室。
 但し、病院のホームページに掲載の特別室 ではない。治療用ということで、特別な費用のかからない部屋なのか?
所持の際に、バレンタインデーの特別メニューあり。
2月15日 11日目
吐き気。
初めて洗髪。
朝食ダメ 昼はゼリーのみ。 
午後口内炎対策。
2月16日 12日目
朝パンをかろうじて。
タンに少し血が混じりちょっと気になる。耳鼻科の先生にメールする(週に1回は近況報告をし、その都度適切なアドバイスをいただく)。
2月17日 13日目
鼻の中が気になる。
体がだるく、指圧をして欲しい心境。
ベテランの看護師さんと色々話をし元気が出る。
抗ガン剤 シタラビン終了。
2月18日 14日目
体重69.6㎏ 70㎏を切る
夕方少し発熱 37.5℃ 夜37.6℃
2月19日 15日目
朝起きて、一番すっきりしない。
洗髪する。
泌尿器科診察。膀胱カテーテルをまだとることができない!
 150ccを膀胱に注入 10分近くたってもほとんど出ない。継続!自己導尿のパンフレットをもらう。それは避けたい・・・。
2月20日 16日目
朝、右目にゴミが浮かぶ。飛蚊症? 幸い10分程度で治まる。
食欲は回復してきた。
夕方少し発熱。
実習に来ている学生と話をする。
夜9時頃、歯磨きをするために立ち上がったら、立ちくらみで思わず座り込んでしまう。初めての経験。
2月21日 17日目
体重68.6㎏
回診時に、排尿障害は「抗ガン剤による末梢神経障害のひとつですか」と尋ねたら、そうではないだろうと言われる。一生懸命調べたのだが(^_^;)。
2月22日 18日目
よく眠れている。体調は悪くはない。
点滴の際、自分の血が出ていく「逆血」を初めて体験。
ある看護師さんに「おしゃべり好きみたいなので、1人部屋は寂しいのでは?」と言われる。
まだ髪は抜けない。
2月23日 19日目
コンビニでアイスやコーヒーを買う。
昼食、ほぼ完食。
大部屋に戻るかもしれないと言われ、荷物整理をはじめる(結果的にそれはなかった)。
夕方、血小板輸血。3回目だが、これによりかゆみがあちこちに生じる。
夜、BSテレ東の富士山特番を見る(私も登場)。若い医師も見てくれたそうだ。
2月24日 20日目
食事はほぼ完食 昼食はドライカレーだがカレーの味がしない!
メンタル面で不調気味。
かゆみに対して薬を処方。
2月25日 21日目
家族見舞い。
洗髪。
夕食はかなり大きなハンバーグを完食。
夕方微熱。
2月26日 22日目
髪、抜け始める。ひっぱると抜ける。コロコロでベッドの掃除が必要。
泌尿器科の検診が28日に延期。判決の先延ばしのような感じ。
2月27日 23日目
便秘やかゆみで十分寝られず。
かゆみについて、皮膚科の先生がこられ、外用薬を処方。
※便秘は水分摂取不足か。
2月28日 24日目
かゆみのため十分眠れず。ちくちくする。
左下奥歯に違和感。
ベテランの看護師さんと色々話す。労働組合はない。
午後泌尿器科検診。微妙なところだったようだが、カテーテルを外すことができた!
 250CC入れて出たのは半分ちょっとだったようだ。それによる判断を祈るような想いで待っていた。とれて本当に安心。当たり前のことがこんなに嬉しいとは。
2月29日 25日目
夜中かゆくて眠れず。
カテーテルが外れたのはよいが、トイレ通い(3時間に1回程度)。
昼食は最近の中では一番食べない。
山好きな担当医に山の写真を見せてもらう。
3月1日 26日目
早朝、トイレでふらつく。看護師さんに支えてもらう。
かゆみは飲み薬もあり、小康状態。
午前中、ボーっとしている。看護師さんに「今日は、元気そうでないですね。顔が」と言われる。
点滴のエラーメッセージ「下流閉塞」が出る。
3月2日 27日目
1回の排尿量150~200CCは正常。
夕方、薬剤師さんから降圧剤について説明を受ける。
微熱。血圧は比較的低い。
3月3日 28日目
洗髪。まだ髪は少し残っている。
リハビリの社会科免許をもっている理学療法士(多分)の青年が部屋を訪問。おしゃべりをする。
看護師さんにニベアをもってきてもらう。
最近の課題は、かゆみと歯痛。
眠りも浅い。2時間おきにトイレ。
ひな祭りなので、食事おまけがつく(写真)。
3月4日 29日目
かゆい。塗り薬追加。
ベテランの看護師さんから、転倒の危険性についてのレクチャー。説得力あり。
カビ対策の薬をやめる。その影響か、かゆみが減る。
3月5日 30日目
夜中のかゆみがひどい(結果的に一番ひどかったのがこの日)。
午後、歯科の出張診察。親知らずが悪さをしているか、かみ合わせの問題か、幾つか理由が考えられるが、綺麗に磨けているし、全体として大きな問題はないと言われる。実は、痛みは治まりかかっていた頃であった。
こんな痣が体のあちこちにできた。その痣がかゆいわけではないが。不気味(^_^;)。
3月6日 31日目
やはりかゆく眠れない。
皮膚科検診。極めて簡単!
明日退院しても良いと突然言われる。
中心静脈カテーテルを抜く。つけるのは手術室だったが、抜くのはベッドの上。痛くない。
3月7日 32日目
体重67.1㎏
朝食完食。
支払いをして、午前中に退院!1人部屋は、有料の「特別室」ではなかった(^_^)。
http://marianna-yokohama.jp/archives/42
ここに記載されていない部屋があるということだろう。
 退院はあっという間。
FBから
3月7日
【一時退院】本日3月7日、一時退院いたしました。約1か月ぶりの自宅です。
手紙やメール、ガン封じの御守りを送ってくださった方があります。厚く御礼申し上げます。
3月10日に血液検査をし、その状況によっては次の段階(地固め治療)の入院になります。
八ヶ岳の縦走にたとえれば、現在赤岳に着いたのですが、この後、横岳、硫黄岳、天狗岳が控えており、場合によっては北八ツ方面に進まないといけません。半年はかかる長旅です(^_^;)。
排尿障害やかゆみなど、想定外の副作用?があり、白血病の治療よりもそちらに悩まされました。何のために入院しているのだろうと思うこともありました。
担当医のお一人が本格的な登山愛好家で(キリマンジャロやキナバルなどに登頂)、看護師さんの中にも山ガールがいて、回診の際にもっぱら山談義に花が咲くなど楽しいひとときもありました。山は病に役に立つ()。
どこの病院でもそうだと思いますが、看護師さんの献身的な働きに感謝、感謝です。新人もベテランも本当に親身になって接してくださいました。何故看護師を目指したのですか、などと進路面接的な話をすることもありました()(教員だったということがすぐに分かってしまいました)。看護師さんとのおしゃべりで、随分元気になったものです。
つかの間、富士山の写真を撮りに行きたいところですが、血球の値が低くあまり動けません。またコロナのことを考えると自宅でおとなしく静養するしかありません。次も1か月近くの入院なので(それを数回繰り返します)、最低限の仕事をしておかなければなりません。アクセスも十分にはできません。ご了解ください。
まずは一時退院のご報告まで。
※病室の様子、食事、カテーテルなど順不同で掲載します(一部省略)。
3月12日
【医療用語】骨髄検査 3月12日
骨髄検査について、病院から渡された資料から一部ご紹介します。3の項目には内に私見を書いています。
1.目的
 血液の中を流れている細胞は『血球』と言って、赤血球、白血球、血小板の3種類があります。これらの細胞を造るところが骨髄です。血管の中を流れている血液中の血球でも、骨髄でのこれら血球がどの様になっているかをある程度見極める手がかりとなりますが、血液の疾患をきちんと診断していくうえでは骨髄の検査が必要となります。
2.検査の部位
 骨髄は骨の髄(中心部分)にあり、全身のほとんどの骨にあります。しかし、患者様の状態や技術的な面で検査を行いやすい場所が決められでいます。最も通常行われるのは腸骨(腰骨)の上縁に沿ったところで行います。患者様はうつぶせに寝ていただき、お尻に近い腸骨で行います。
3.種類と方法
 検査の種類は骨髄穿刺(せんし)と骨髄生検があります。
 骨髄穿刺は骨髄の液をとる方法で、骨髄生検は骨髄の組織をとります。病気の種類によってどちらか片方でよいか、両方が必要かどうかが決まります(私は骨髄穿刺でした)。
いずれの方法も、刺す場所に十分な麻酔(局所麻酔)をして、注射針の少し大きめのものを骨髄に刺して行います(麻酔の注射がちょっと痛いのですが、それが終わればまず大丈夫です。かなり痛いかも、と言われていたのですが、それほどではありませんでした。麻酔の注射が痛くない麻酔が開発されることを切望します(^_^;))。
※看護師さんの説明
 血液検査でもわかるけれど、全身を流れておりその一部を取るので、サンプルとしては十分ではない可能性がある。流通している製品の抜き取り調査ではなく、製品を作っている工場の大元の原材料をきっちり調べるのが骨髄検査である。
 こんな説明をしてくれました。納得しました。
3月12日
【医療用語】急性骨髄性白血病について
ネットで調べられますが、病院で貰った「目で見る(図解)急性骨髄性白血病」(ノベルティス ファーマ株式会社)の資料からご紹介します。表紙を入れて20ページの内の4ページ分です。
水泳の池江さんは、リンパ性白血病ですね。
治療の基本は、薬物療法です。抗がん剤で白血病細胞をやっつけるのです。強い薬なので、吐き気、嘔吐、口内炎、貧血、脱毛などの副作用が生じます。私の場合、排尿障害とかゆみという一般的ではない?副作用がありました。
キーワードは「寛解」と「地固め」ですね。今の私は「寛解」の段階になったので、次の「地固め」に入ります。やはり薬物療法で1回が1月程度。それを4回、つまり4か月程度繰り返すことになります。長期戦ですね(^_^;)。
3月15日
【医療用語など】1回目の入院で気になった用語などです。
●逆血
「点滴の際に管に血が逆流すること」https://kangoword.hatenadiary.org/entry/20110505/1304558304
何回かありました。点滴の透明な液体がある箇所から赤くなっているのです。どういうメカニズムで透明な液体が赤く変わるのか、見つめていました。ちょっと不安になりナースコールをしたら、「逆血」ですね。と言われました。赤いのは自分の血だったのです(^_^;)。ホッとすると同時にやや焦りました。「血戻り」と言う看護師さんがいましたが、一般的ではないようです。
こうなる理由は幾つかあるようですが、「点滴ボトルなどの本体と点滴穿刺部の落差が少なすぎる」のが基本のようです。(略)
●フラッシュ
「点滴ルート内を生食等で流すことです。」
http://nandemo.tabine.net/wh/001820.html
「生食」については、この世界では自明のことだからか説明がありませんが、生理食塩水のことですね。
●シリンジ
 注射器のこと
●清拭
体を拭くことです。「清拭用タオル」がいつも出てくるのですが、何と読むのだろうと気になっていました。「きよふき」? 答えは「せいしき」でした。
看護師さんの大切な仕事の一つです。こちらに詳しい説明がでています。
https://kaigo-shigoto.com/lab/archives/6164


●穿刺
「血液や体液、細胞などの採取のために、体外から血管、体腔内、内臓に針を刺すことである」(https://www.kango-roo.com/word/4373)。
 「せんし」です。内容はともかく、読み方が難しいですね。骨髄穿刺を2回行いました(受けました、というべきか)。
●自己導尿
「排尿障害などの原因でオシッコを上手に出せなくなってしまった場合に、それを助ける手段の一つ」「自らの手でカテーテルと呼ばれる管を尿道から入れて出す方法」。
http://www.createmedic.co.jp/general/self_catheterization_info/about/
排尿障害になり、こういう方法もあると言われパンフレットを貰いました。このサイトには「とても優れた方法」と書いてありますが、なかなか大変ではないかと思います。
※ナースキャップはない
看護師さんというとナースキャップのイメージがありますが(特に私の世代は(^_^;))、今は使わないそうです。頭を下げた時に相手(患者)にぶつかる危険があり、そもそも不潔だからだそうです。確かにずっとかぶっていれば衛生上よくないでしょうね。
3月16日
【再入院】3月16日 
本日再入院します。約1か月間です。再入院というとイメージが良くない気がしますが、「地固め」の段階に進む「良い入院」です。やはり抗がん剤を投与されます。2回目なので楽と言われることがありますが、体力が落ちているし、心理的に辛くなるという意見も聞きました。私の場合、どちらでしょうか。優しい看護師さん達にあえる楽しみがあるので(邪念はありません())メンタル面では良いのでないかと思っています。
発信はできませんが、閲覧は可能ですので、こちらへのコメントなど遠慮無くどうぞ。富士山が見送ってくれているようです。では行ってきます。ごきげんよう。
記録ノートから
第2回入院 地固め療法第1回 3月16日~4月11日  27日間
寛解した後も体内に残っている白血病細胞を減少させ、限りなくゼロに近づけて白血病の再発を防ぐ薬物治療。通常4回に行う。寛解導入療法で基本的治療は終わるのかと思ったらとんでなかった。その4倍の期間のこの治療があったのです(^_^;)。
■嘔吐と高熱
3月16日(月) 1日目
入院 6人部屋 私を含め3人?
前回の個室かもという夢は破れる(^_^;)。一時退院中の外来で、担当医が個室かな、まあ最初は大部屋かと言われたように聞こえたので若干の期待があった
69.5㎏ 170.5㎝。
昼食はほぼ食べる。
午後中心静脈カテーテル装着(写真はこの時のものではない)。
検査その他もあり初日は疲れる。
3月17日(火) 2日
抗ガン剤治療開始
午後リハビリ
 片足立ち 速歩 自転車こぎ 屈伸 握力 など
午後より倦怠感
神経過敏(周りに)
3月19日(木) 4日目
朝食ジュースのみ。
回診時 山の本についての話。闘病記録はあまり読まない方がよいとも。
骨髄移植に関して、現時点では適合するものがないとのこと。
韓国語をしゃべることができる看護師さんが複数いることがわかる。
3月20日(金) 5日目
未明に嘔吐。
洗髪。
家人見舞い。
3月21日(土) 6日目
病院食を思い出すだけで吐き気がする(^_^;)。
同室の1人が外泊したので、大部屋が個室になる!
3月22日(日) 7日目
体重66.5㎏ 昨日より一気に2㎏減。
シタラビン投与 終了。
点滴棒から解放。
3月23日(月) 8日目
依然食欲なし。
蓄尿不要になる。尿を流すのではなく袋に入れていた。
多少は回復の兆しがあるのか、看護師さんに「前より明るくなりほっとした」と言われる。
3月24日(火) 9日
夜あまり眠れず。
シーツ交換(原則として火曜日)。
もしかしたら口内炎か(幸い違っていた。口内炎は断固阻止すべく、口腔ケアには注意している)。
コンビニに行き、ミートソースを食べる。
3月25日(水) 10日目 
誕生日。病院で古希を迎える。
家人見舞い。娘よりプレゼントが届く(帽子等)(加筆:29日の帽子がそうです)。
足湯。これは素晴らしい。
夕方よりまた個室状態。
FBから
3月25日
【病院から】3月25日
娘がまとめてくれました。
==========================
今日、父が古希を迎えました。
オヤジギャグは入院しても治らないようで、抗ガン剤の副作用で苦しんでいるようなのに、次のような「病院川柳」を作っていました。
番号に特に意味はありませんが、1、2は意識しています。
1.病室で 古希迎える日 桜(はな)満開
 (ジャーン、今日で70歳になりました!写真をどうぞ)
2.不治の病へ 富士見の達人 立ち向かう
 (字余り)
3.抗ガン剤 効いているのか 髪元気
 (今はBS~BW状態です。わからない人は地理の先生に尋ねてください)
4.ナースコール 深夜は迷い 指止まる
 (秀作!)
5.痛くしない 麻酔の注射が いと痛し
 (字余りと文体の不統一)
6.病院食 朝ダメ 昼ダメ 夜もダメ
 (一般論)
7.医療用語 検索しては 知った気に
 (苦しい闘病記は読まない方がよい場合も)
8.カテーテル 長い付き合い 我が同士
 (同士 は、看護師さんのアドバイス。原案は、我が分身)
9.欠陥の ない私にも 血管が
 (再考の余地あり。血管は採血と組み合わせたいところです)
10.看護師の 笑顔に今日も 励まされ
 (ベテランも新人も本当に素晴らしい人たちです。天使です。感謝、感謝)。
番外  那須岳は 看護師さんしか 登らない
 (那須岳 ナースだけ。今年度で最後でしたが、M大生に紹介したことがあります。反応は極めて控えめでした)。
部屋からはアルプスの横に長い山並み(夜明け前)も見えるとか(写真)。

でもこれは冗談だそうです。
ギャグとともに半世紀。
白血病は治っても、こちらは無理みたい(^_^;)。
3月26日(木) 11日目
この病院の外来は96%が紹介状によるものとのこと。
入院最初に担当してくれた元気な看護師さんと40分近くおしゃべり。3.11の体験者でもある。山ガールの看護師さんとも話し。実質個室だからまわりに気兼ねしなくて済む。
3月27日(金) 12日目
睡眠導入剤を服用。
依頼されている校正を送信。エライね。
リハビリの担当者が部屋にきてくれる。
3月28日(土) 13日目
睡眠3時間半程度。
回診時、山の好きな担当医と四方山話。公立病院に対する不満(羨望)を聞く。
食事は相変わらず不調。
3月29日(日) 14日目
体重64.9㎏ 65㎏を切る。四捨五入すれば60㎏!
コンビニで肉まん。
部署をかわる看護師さんに贈る「文集」に、何と「患者代表」として一文を寄せる。たまたま、とりまとめをしている看護師さんに「病院川柳」を紹介したところ気に入ってくれそれを掲載するだけでなく、一言依頼される。tfのクラス会の時のまとめ役のような人がここにもいたわけだ。今回はもらうのではなく書く側になった(^_^)。
(加筆) 番外は、那須岳=ナースだけ。お分かり頂けたでしょうか(^_^)。
時ならぬ雪
3月30日(月) 15日目
調子は良くない。確かにブルマン(ブルーマンデー)だ。
他の科に行く看護師さんが挨拶にきてくれる。元教員らしく、お礼と激励の言葉を述べる(^_^)。最初の入院で治療の説明をしてくれた若い女性の先生も転勤ということで、挨拶にみえる。リポビタンDを飲むのは構わないと言ってくれた先生でもある(関係ないが)。年度末、病院も異動の時期である。
夕方から夜にかけて 高熱。38.5度C(高熱初日
3月31日(火) 16日目
今日も今一つ。担当医に「やはり元気ないですね」と言われる。
新しい先生が1名。若い2名が異動し、働き盛り?の先生が1名。
10:15 体温38.6度C 今までで最高。解熱剤処方。
16:35 体温38.9度C 最高記録更新。解熱剤処方。
夕方、一番お世話になったベテランの看護師さんが異動ということで、挨拶に見える。現場を離れ管理的な部門へ行かれる。看護師の中の看護師と言える人であった。

メモ「年度末の2日は、高熱にうなされる」
4月1日(水) 17日目
新年度になったが、関係ない(^_^;)。
 6:30 38.5℃
11:30 39.8℃ 最高記録!!! 解熱剤
13:13 36.7℃に下がる。しかし、長続きはしない。
15:57 38.7℃
17:26 39.0℃
19:13 38.0℃
20:00 38.1℃
23:38 39.0℃
高熱は教科書的な副作用ではある。
4月2日(木) 18日目
 2:55 39.0℃
 4:14 38.7℃
 7:50 38.9℃
 8:47 38.8℃
 9:25 38.1℃
 9:45 36.4℃
11:34 37.3℃
12:23 37.0℃
12:56 36.7℃
13:03 37.4℃
13:42 37.3℃
14:36 37.5℃
15:58 37.9℃
16:32 36.9℃
17:05 37.9℃ ナースコールして解熱剤もらう(記載していないが、午前中も処方してもらっているはず。確か6時間は間隔をあける必要がある)。

メモ「4日高熱 北朝鮮」
4月3日(金) 19日目
 5:11 38.6℃
 6:15 38.4℃
 6:30 37.3℃
 7:19 37.0℃
 8:10 36.6℃
12:51 37.6℃
14:35 38.2℃
15:32 37.1℃
お尻が痛くなりネリザ軟膏処方。
20:00 38.2℃
23:38 38.0℃

発熱・高熱は5日間続いた
4月4日(土) 20日目
 6:32 36.8℃ 高熱はおさまる。
ネリザ軟膏は自分では処置できず看護師さんに入れてもらう。
家人見舞い。
窓の外は桜。

4月5日(日) 21日目
体重66.6㎏
トイレ大3回も行く。
ネリザ軟膏処方してもらう。
4月6日(月) 22日目
 7:30 新しい先生の回診。早い時間に驚く。
13:40 心電図はずす(しばらくつけていた)。
右目にゴミが入ったような状態が続く。眼科の検診を担当医に依頼。
21時頃より血小板輸血。洗浄してあるためつまってしまうようでうまく流れず、、看護師さん二人がかりで対応してくれる。
4月7日(火) 23日目
 7:11 新しい先生の回診 「先生も大変ですね」ともしかしたら失礼なことを言う(^_^;)。 新人看護師さん登場。3人入ったとのこと。初々しい。「逆血」を知らなかった(^_^;)。
 泌尿器科検診。問題なしとのこと。夜何回もトイレに行く(頻尿)については、入院中にはそういうことおありますよと言って、とりあってもらえなかった(^_^;)。
 眼科。ドライアイ? 目薬を処方。まずまず。  
 
4月8日(水) 24日目
 新しい先生が回診時に行うこと。足首を握る。口の中を見る。聴診器で胸を診る。お腹を手で触る。
 血液検査の結果は微妙とのこと(回復状況)。一時退院に影響する。
 病院事務へ、新しい高額    を持って行く
リハビリの件で担当者が来てくれる。

メモ「今回のエピソード 痔! 数日」
4月9日(木) 25日目
 退院については明日の血液検査の結果で判断。多分土曜日になると思うが、とのこと。山好きな先生には、「長く富士山を見ていないので禁断症状がでそうです」と訴える(^_^)。
 午後リハビリ。腕。短時間だが意外に疲れる。
 看護師さんに明日は血液検査は入っていないと言われる(夕方、翌日の予定を伝えてくれる)。そんな! いずれにせよ土曜日が勝負だ。
4月10日(金) 26日目
 体重64.7㎏。
回診時に二人の担当医に、家人の健康状況にも触れながら、明日の退院についてかなり強くアピールする(血液検査の結果が出ていないけれど)。
 カテーテルは今回は金曜日がクリーンにする日(1週間に一回確認する)。明日抜く可能性があるが、通常通り行う。
4月11日(土) 27日目
 5:50 採血。
 体重64.2㎏。
8:20 担当医より、検査の結果は微妙だが、外出しないという条件で一時退院の許可が出る!
10:10 カテーテルを抜く。
11:20 病院事務で会計手続き。
12:10 昼食。
一時退院! 多分1時頃。文字通りの一時退院(^_^)。
FBから
4月11日
【一時帰宅】4月11日
本日、二度目の一時帰宅をしました。多少ふらふらするので、アクセスは自粛モードになりますが、ご報告まで。次の入院は20日からです。
4月11日
【2回目の入院の特徴】3月16日~4月11日
2回目の入院は、地固めの1回目です(4回行います)。
やはり抗がん剤を投与します(キロサイド5日間、ノバントロン3日間。前者は1回目は7日間でした。後者は今回初めて。青色の液体です)。副作用は今回は教科書通りでした。嘔吐、発熱です。嘔吐は1日半、発熱は5日でした。後は副作用ではありませんが、なかなか寝付けず、初めて睡眠誘発剤を飲みました。あまり効きませんでした。まあ9時半消灯というのが無理ですよね。もう一つは便秘気味だったせいもあり、「見えないところの言えない病」「漢字で書いてもかなで書いても一字の病」にちょっとだけなりました。薬を出してもらい、説明書どおりに対応した積もりですが、なかなか入れにくいものですね。看護師さんのお世話になってしまいました。感謝感謝です。
メインの発熱は解熱剤を飲むと下がるのですが、時間が経つとまた戻ります。悪寒がして寒くなったり、逆に熱くなったりと不思議な体験でした。回診の時に担当医に地図帳を見せながら「北朝鮮を徘徊していました。38度線を軽くこえ、39度のピョンヤンも過ぎ、最高(最北)は39.8度まで行きました」と説明したらよく理解してくれました。次の回診の時には、「今日は下がったようですね。韓国に戻れましたね」などと言ってくれましたので。
ということで入院生活にも地図は必需品です()。
(カシミール3Dで地理院地図を表示、加筆)
写真は、我が分身静脈カテーテル(今日抜きました。結構深くまで入れています)と、大部屋の様子です。6人部屋です。しばらく私だけという時期がありました。一番混んでいる時で5人。病気の種類が微妙に違うこともあり同室の患者同士での会話は基本的にありませんでした(女性の部屋は賑やかなこともあるそうです)。
4月12日
【献血にご協力ください】4月12日
以前は献血には無関心でした(申し訳ありません)。しかし、今回何回も輸血をして、提供してくださる方があるからこそ生きながらえているのだという思いを強くしました。
最初の輸血は血小板でした。えっ、こんな色なの、というのが第1印象。通常ブレンドはしないのですね。特定の個人のをそのまま貰います。第1号は神奈川県の人のでした。3度目の輸血の時に副作用(アレルギー)が出てかゆくなりました。かゆさもですが、体のあちこちに斑点のようなものがでて(それが血小板の輸血だけによるものかわかりませんが)、それ以降は、洗浄した血小板の輸血になりました。色がより薄くなりました。これはこれで問題がおこることもあり、うまく流れてこないのです。輸血(点滴)用の管を流れてこず、詰まってしまうのです。比較的最近それがあり、看護師さんが2人がかりで対応してくださいました。
赤血球は、本当に「血」ですね。チョコレートに近いかもしれませんが、いかにも輸血という感じでした()。
完治したら献血に行くぞと思ったのですが、残念ながら年齢制限で完璧にアウト。こちらをご覧ください。
今、外出自粛で献血も集まりが悪いと聞いています。安全に配慮し、一人でも多くの方にお願いしたいと思います。タレントさんで訴えている人もいますね。是非是非ご協力ください。成人式で暴れている横浜のワカモノなど、強制的に何とかしたいほどです(^_^;)。
なお、私が献血に拘ったのは、献血カードの存在でした。何とグード図法の図柄のカードがあるのです。年齢を偽ってでも欲しいほどです(^_^;)。
ともかく、献血を宜しくお願いします。
4月12日
【長期入院が必要な病気(統計の疑問)】4月12日
入院日数の長い病気について統計を調べてみました(検索してみました)。
驚きました。白血病は出てきません。5か月は入院するというのに。厚生労働省にでも聞いてみればよいのですが、時節柄申し訳ないですね。
1か月程度で一旦退院するので、いわばチャラになってしまうからか。累積すると病気によっては色々違うものがまざって面倒なのか・・・。白血病は副作用の辛さもさることながら、長期入院が非常に大きな特徴(ダメージ)と思っています。それが一般の統計に出てこないのは腑に落ちません。
4月13日
【闘病登山】4月13日
5回(5か月)の入院を八ヶ岳の縦走にたとえています。
カシミール画像は、諏訪湖南方の守谷山上空約200mから八ヶ岳を眺めたものです。
①の赤岳は第1回の入院。寛解導入療法でクリアしました。初めての入院であり、最高峰なので、それなりに苦労がありました。
②の横岳は地固めの第1回。岩場もあったりするので、ここも少々大変でしたが、無事登頂しました。
20日以降向かうのが③硫黄岳、④天狗岳です。最後の⑤中山は楽そうですね。入院最後なのでもしかしたら一番キツいのかもしれませんが、あえて希望的観測でルンルン気分で過ごし、ここには見えていませんが白駒池にでもおりて、あとは麦草峠から車で楽に帰宅する予定です。
しかし、相手は難敵。何がおこるかわかりませんね。北八ツ方面を進み蓼科山まで登らなければならないなんてことのないことを願うのみです。
つかの間、平地で英気を養います。
4月14日
【福作用】4月14日
一時退院して真っ先にビールを!と思いきや、酒に対する関心が全くなくなりました。1回目の一時退院の時はそれでも缶ビールを1本程度は飲んだのですが、今回はビタ一滴口にしていません。これも副作用のせいなのか。家人は「福」作用だと歓迎していますが・・・。病院ではお酒の類は全く出ませんから、飲まない(飲めない)体質に変わったのでしょうか。
今日は、血液検査で病院に行きました。先生にお尋ねをしたら、完治したら飲みたくなるでしょうとのこと。白駒池の周辺で生ビールを堪能するか、ケーキセットで満足するか、数ヶ月後が楽しみです()。
4月16日
【骨髄穿刺】4月16日
3月12日に、骨髄検査のことを書きました。今日は外来で、その検査(骨髄穿刺)に行ってきました。
麻酔をし、液を抜くのは、いつもお世話になっている先生です。山の話をしている内に(新しい話題も幾つかありました)、痛さを感じるまもなく、終わりました()。女性には夕食の話題をする等、患者に応じた対応をされているそうです。こういうコミュニケーション能力は非常に大切ですね(とエラそうな書き方をしてしまいました(^_^;))。
次の入院に向けて着々と準備が進んでいます。
4月18日(加筆)
家族の一員だった愛猫ウナ様の命日です。その日に、自宅にいることができて幸いでした。
FBから
第3回入院 地固め療法第2回 4月20日~5月21日(32日間)
寛解した後も体内に残っている白血病細胞を減少させ、限りなくゼロに近づけて白血病の再発を防ぐ薬物治療。通常4回に行う。その2回目。
■吐き気、口内炎(少々)  
予想された高熱は出ず、嘔吐もなく全体として非常に「楽」。FBを毎日発信できたのもそのためだろう。
4月20日
本日より3回目の入院をします。富士山の見送りは無しです(^_^;)。
登山関係団体が、今は登山をやめようというアピールを出す異常事態になっています。ただ、私は「八ヶ岳縦走」をやめるわけにはいきません。
体調とインターネットの環境次第では、病院からアクセスできるかもしれません。どんな景色をご報告できるでしょうか(アテにしないでくださいね)。
では行ってきます。
4月20日 1日目
病院からです。アクセスできました。
入院手続きを終え(慣れたものです)、諸々検査を受け、先ほど、鎖骨下静脈中心カテーテルを入れる「手術」をし、初日の大きな仕事が終わりました。
前と同じ6人部屋ですが、私をいれて5人入っています。今は窓側でないので、「景色」のご報告ができません(^_^;)。
貧血気味だそうで、抗ガン剤治療はワンポイント遅らせると言われました。早くすませて早く帰りたいと思うのですが、こればかりはそうはいかないですね。私は比較的せっかちなのですが、入院して「待つ」ということができるようになりました()。
※コメントは遅れるかと思います。ご了解ください。
4月21日 2日目
 抗ガン剤治療の開始はお預けでしたが、眼科で診察を受けました。以前から目にゴミが入ってゴロゴロするような状態が続いていました。市販の目薬をさしてごまかしていたのですが、なかなか治らず、総合病院の良さを利用しようと思い、担当医経由で依頼を出してもらいました。幸い目に傷がついているとかということはなく、専用の目薬を出してもらい、ほぼ治まりました。
病院食は辛いですね(^_^;)。何がいやなのだろう。臭い? 味が薄い? 栄養士さんも気を遣ってくれているのですが、今後が思いやられます。
 隣人も少々(^_^;)。
 隣人の 「生活音」大 耳栓す
 咳をしては何でだろうとつぶやき、独り言やため息、鼻をかむ大きな音など、気にすればきりがありません(独り言は聞いてて面白いのですけどね())。カーテンで仕切られていますが、すぐ隣にいるのですからよく聞こえるのは当然です。まあ、お互い様で、キーボードをたたく音が耳障りかもしれないので、文句は言いません。娘が耳栓を送ってくれましたが、予想以上に役に立っています(^_^;)。避難所生活は本当に大変だと思います。
 明日は血液検査。それにより抗ガン剤治療が始まる日が決まるでしょう。
4月22日 3日目
早朝、血液検査をしました。採血はカテーテルから。採ったり、入れたり(輸血や点滴)、便利ですね。考案した人は偉いと思います。
白血球の値が一昨日よりも低下! 金曜日の血液検査の結果によりますが、来週からの治療開始の公算大となりました。この1週間の入院は何なのか! まあ、これも運命。富士山の思し召しと考えることにしましょう(^_^;)。
4月から新人看護師さんが3人来ています。その内の1人が2回目の入院の最後(4月上旬)に先輩看護師の指導を受けながら何回か担当してくれました。その時は、血圧を測る聴診器を当てるのも苦労していましたが、今回は立派に成長していました()。ベテラン看護師さんのように、躊躇することなくさっと当てて、「110、62です」ときびきび答えてくれました(値はだいたいこんなものです。入院して低めになりました。薬は飲んでいます)。初めての注射や採血も緊張したでしょうね。誰でも最初は初心者です。がんばってください。
※今日の昼食は焼きそば。普通の味でした。完食しました。
病院食 今日の約そば 合格点
4月23日 4日目
アクセス環境について
スマホから書き込むこともありますが、長文をスマホから入力するのは苦手なので、ノートパソコンを持ち込み、スマートフォンをWi-Fiルーター(親機)としてインターネット接続しています。いわゆるテザリングです。ノートパソコンのキーボードは使いにくいので、自宅のデスクトップ用のキーボードとマウスを持ってきています(自宅では当然使わないので)。
ロビーの一角に1回30分程度インターネット接続できるコーナーがあるのですが(病院として試行中)、今は極力室内にいるように言われているので、ベッドの上から行っています。
病室はファーストクラス
飛行機のファーストクラスは利用したことがありませんが、病室はそれに近いような気がします。基本的に動くことがなく(トイレに行く以外)、食事は1日三回提供され(看護師さんや看護助手さんが客室乗務員())、座席(ベッド)はゆったりしている(隣の声は筒抜けですが)。そのファーストクラスの旅も1か月続くとなると、いやあ大変です。早く着陸したいなあ。今は離陸もできていないのですが・・・(^_^;)。
病室は ファーストクラス 離陸待ち
4月24日 5日目
血球の値
 血液検査の結果は毎回コピーが渡されます。
白血球、赤血球、血小板の数値の後にいずれもLがついています。
これはロー、つまり標準より低いということです。
ではこの数字の単位は何か。
例えばこちらのサイトでは白血球の数について次のような説明をしています。
「人間ドック学会においては「/μl」という単位を使用し、基準範囲を3,100~8,400・・・」
https://www.sonysonpo.co.jp/md/i_hch016.html
μlは、マイクロリットル。1リットルの100万分の1、1㎜立法メートルです。このマイクロリットルが、こうした数値を示す時の基準になっているようです。

 表を見てみると、私の白血球数は20。基準値の3,100~8,400に比べればあまりに低いですね。焦ります。でも大丈夫。ウチのデータはこれについては、100倍して見るのだそうです(どこにもその説明はありませんが(^_^;))。そうすると2000だから、確かに低いけど、べらぼうに低いわけではありません。
同様に赤血球は420万~570万マイクロリットルが標準だそうです(サイトにより値は異なります)。私のは246。この場合は、1万倍するのですね。そうすると、やはり低いですが、これまたべらぼうではありません。

 血小板は13.3~34.9マイクロリットル(同じくサイトにより異なります)。私のは14.8。これについては、そのままの値で良いようです。Lがついていますが、ウチの基準では達しなかったのでしょう。
 マイクロリットルが基準になるので、それに即した値をそのまま載せてくれればよいのですが、項目によって数字が大きくなるので、適宜単位を変えて記しているのでしょう。担当医に尋ねたら、「表記の仕方は施設により異なります」という答えをされました。つまり病院によって様々ということなのでしょうね。tfの卒業生が、ある病院での結果を見せてくれました。確かに、異なっていました(血小板は同じでしたが)。

 インターネットのおかげで、色々勉強ができます(間違いがあればご指摘ください)。
※本日(4/24)の値は、白血球24、赤血球263で少しは上がりましたが、Lがついています。血小板は17.4でLがとれました。全体としてはまだ低いようですが、月曜日から治療が始まることになりました。ようやく離陸です()。
血球値 ようやく上がり 離陸すぐ
4月25日 6日目
患者と医師とのパイプ役
 看護師さんの大切な仕事の一つは、患者と医師とのパイプ役になることです。
大部屋なので、細かい内容はわかりませんが、患者と看護師さんが話している内容がいやでも耳に入ってきます(耳栓をしていない場合())。先日は、退院をめぐる病院側(医師)の対応への不満が聞こえてきました。看護師さんがしっかり聞いて、先生に伝えたようで、追って先生がやってきて、「説明が不十分だったかもしれません・・・」という趣旨の説明をされていました。本人は納得したようでした。
その看護師さんが私のところへ来た際に、「聞こえてしまったのだけど、患者と先生の間に入って大変ですね」と言ったら、「それが私達の大事な仕事なんです。学校でもしっかり教わりました」と見事な返事。別な看護師さんに尋ねた時も同様でした。「今回の田代さんだって、治療が1週間遅くなり、色々思うところもあるでしょ。入院費だってかかるし」とこちらの気持ちをくんでくれました。先生から、貴重な時間を使ってしまい申し訳ないと言われれば、それ以上は何も言えないので次回への教訓とするしかありませんが、看護師さんがそのように考えてくれていることは嬉しくなりました。
病院の職員ですが、あくまでも患者に寄り添う、患者のサイドに立つという姿勢は立派です。「私、忖度しないので」主義ですが、看護師さんだけには忖度する、という思い
 http://yamao.lolipop.jp/map/2020/keihatsu/sekai.htm
を再確認した次第です(末尾をご覧ください)。

 月曜日からの治療に備えて、今日は「外出届」を出して昼間、自宅に行き(戻る、としないところが実態を反映していますね(^_^;))、衣類や郵便物、注文した書籍類の運搬をする予定でした。しかし、コロナの関係で中止。どこまで影響が広がっていくのでしょう。
幻の 外出届 ピザ食べたい!
4月26日 7日目
病室(ベッド)の地理的条件
 今、6人用の大部屋にいます。現在3人入っています。ベッドは片側に3つ×2です。窓側は2つです。やはり人気があるのは窓側です。入った順番に、窓側が指定されます。ただ、廊下側にトイレがあり、トイレが近い人は、廊下側を希望するようです。
 私はもちろん、窓側希望!外が見えるだけで、どうしてこんなにも心理的に違うのでしょう。たとえ山が見えていなくても、です。
 私が入った時は4人目で、真ん中になりました。昨日窓側の1人が退院し空きました。私は4番目なので窓側に行けるかどうかは3番目の人次第です。その3番目が「生活音」の大きい隣人です。彼はトイレが近いので、移動を希望しなかったようです。おかげで、私が念願の窓側に! 写真はその窓から見える景色です(地元の方はおわかりと思います。諸事情で病院名は公開しておりませんので、その点、宜しくお願いいたします)。

 結果的に譲ってくれた?彼は、看護師さんとのやりとりから、愛すべきキャラクターの持ち主ということはわかるのですが、テレビはイヤホンを使わず、夜中まで「生活音」を響かせ、トイレは紙で詰まらせそのままにするなど、ちょっといただけませんでした。お金に不自由しなければ、個室が絶対に良いですね。ガン保険に入っていたら、差額ベッド代は出たのでしょうか?
 それはともかく、病室という小さな空間の中のベッドの配置という誠に小さな話ですが、そこにも地理的条件があります。条件次第で、生活の質は大きく変わります。
 通常はカーテンで区切られています(奥が窓側。今私はそこにいます)。いない場合はカーテンはあけてあります(手前)。2回目の入院の時に、カーテンで仕切られのが嫌なのか、寝る時以外はいつもカーテンを開けたままの人がいました。何ら実害はないのですが、自分のカーテンをあければいやでもその人の様子が見えてしまうので、ちょっと困りました(いや、困りはしないのだけど、違和感があるというか、何というか・・・)。
この景色 戻ってきたぞ 懐かしき
 
窓側が 私の定位置 目に若葉
4月27日 8日目
抗ガン剤治療開始
 1週間の「停滞」がありましたが、いよいよ地固め療法2が始まりました。
 薬はシタラビンという薬を5日間(24時間×5)、ダウノマイシンを3日間(30分×3)。
 平行して吐き気止めも投与されます。持続静注(持続静脈注射)という方法で行います。検索したら次のような説明がありました。「点滴方法の一つで、静脈に挿入した管を通して、薬などが含まれた液体を、一定の速度で持続的に少量ずつ注入する方法のことです。静注は静脈注射の略です」(https://minds.jcqhc.or.jp/n/pub/10/pub0072/T0010018)。
 この2種類の薬は、最初の入院、寛解導入療法で使ったものです。それを地固め療法の2回目でも使うのですね。両者に大きな違いはないということか。シタラビンの量は違いますが。
第1回目の入院時には、教科書的な副作用の嘔吐と発熱はありませんでした(それ以外で大変でしたが)。今回は「停滞」が効果を発揮し、しかも1回目と同じ薬なので副作用がない(少ない)か、それとも体力は落ちてきているので、その分、辛くなるか・・・。どちらになるでしょうか。
 点滴棒に繋がれるのが面倒ですが、これで病人、治療中という感じになりました。
今後、アクセスが減るかもしれません。その際は、副作用が出てきた、きつくなってきたのだなとご判断ください。

点滴棒 繋がれこれで 本病人
4月28日 9日目
治療開始2日目 早速副作用
 前日が睡眠不足だったのでよく眠れたのですが、すっきりしません。朝食も食べる気がせず、ジュースだけ。少し吐き気があるので、その用意もしました(写真)。治療開始日に比べて体重が1㎏以上増えると利尿剤の投与になります。該当しました(^_^;)。前にも書きましたが効き目が早く、投与されて20分後には行きたくなりました。それでも夕方には落ち着きました。
 看護師さん達は、マスクに加えて、「フェイスガード」をつけるようになりました(名前は知らないですが、イメージして頂けると思います)。もちろんコロナ対策です。
 一日、ぼーっと過ごしました。今のところ熱がないだけよしとしましょう。
 治療が始まり、早速厳しい登りになっています(硫黄岳を南から登る時はそんなに厳しところはなかったはずなのですが(^_^;))。

昼食は 麺だけ食べて ごめんなさい
4月29日 10日目
入院で繋がる輪
 弔問外交という言葉があります。「・・・葬儀の場を借りて、集まった他国の要人との間に行われる外交活動のこと」(https://en-park.net/words/7302
それに倣えば「入院外交」?
今回の入院を通して人間関係のあり方の一面が分かった気がします。おもにFBで発信していることもあって、卒業生などから、色々メッセージが届きました。また、ホームページを見たということで、思いがけない知人・友人などから連絡がありました。入院しなければやりとりがなかったと思う人がかなりいました。がん封じのお守りを送ってくださった方も何人かいます。あえて葉書にしましたと言って自宅宛に見舞い状を送ってくださった方もあります。入院のおかげ、SNSのおかげです(??)。
 もちろん、その逆もあります。FBでも実生活でもつきあいのあるのになしのつぶて。最初の告知で「静かに見守ってくださるのが一番です」と書いたのでそれを実践してくださっているのでしょう(^_^;)。
 病人は身勝手なので、このあたりの心理がなかなか微妙ですね。立場が逆だったらどうするでしょう。メールアドレスがわかっていれば、返事は結構ですorご迷惑かもしれませんが、と言って、お見舞いメールの1本は送ると思います。FBでは「いいね」を押すでしょう。
 転居の挨拶に「お近くにお立ち寄りの際には是非お越しください」と書いてあったので、実際に訪ねたら「本当に来たのですね」と言って信じられないという表情(喜びではなく、不快)をされたという話を聞いたことがあります。社交辞令と本心・本音の兼ね合いは難しいですね。
 ともかく、連絡をくださった方は、大切にしたいと思います(??)。

入院は 人間関係の リトマス紙

これは数日前に書いたものです。今は副作用(吐き気、倦怠感など)でこんなことを書く余裕はありません(^_^;)。コメントをくださっても対応できないと思います。悪しからず。
4月30日 11日目
患者は饒舌。よくしゃべる。
 人のことはいえませんが・・・。看護師さんが聞き上手、魅力的なのかもしれませんが、患者はよくしゃべりますね。看護師さんは切り上げたいのだろうけど、そういうそぶりを見せず(カーテンで仕切られているので、表情はわかりませんが)、ちゃんと聞いています。患者にしてみると、人と話ができる数少ない貴重な場面ですからね。
 食事は今日も取れていませんが、吐き気は昨日より治まってきたような気がします。きつい薬の投与が昨日で終わったからかもしれません。前回は吐き気・嘔吐の後、高熱になったので、どうなるでしょうか。

火木には おしゃべり患者も おとなしく    (駄作です)
5月1日 12日目
風薫る5月
 今日から5月。5月1日は、「クルンテープの労働者、団結せよ」の日ですね(??)。これがわかる人は地理が得意かな。そうでなくても、タイてい見当がつくと思います。
日本では労働3団体がそれぞれ別個に集会を持ってきましたが、今年は様子が大きく変わったようですね。
 体調は、こういうことが書けるようになったので、上向いてきているようです。相変わらず吐き気があり、食事も少ししか取れていませんが。プリンやゼリーを出してもらい、それだけ食べています(^_^;)。ブドウ糖の点滴が命綱?
 いずれ、さかのぼって、コメントを書けるようになると思います。
 クリーンルームなので窓を開けて外の空気を入れることができません。薫風を肌で感じたいのですが、それはもうちょっと先のお楽しみということで。
 5月はまずまずのスタートというご報告でした。

万国の 労働者団結 コロナ打破!
5月2日 13日目
利尿剤
 抗ガン剤投与の初日の体重と比べて1㎏増えた日は、利尿剤を投与されます。この利尿剤は即効性があり、すぐにトイレに行きたくなります。今日は1.1㎏オーバーだったので投与されました。食事は1/3程度しか取っていないのですが、ブドウ糖の点滴がかなりあるので、増えてしまうようです。
7:01 投与 12分後には行きました。7:13  7:39  8:08  8:45  10:09
 その都度しっかり出るので、感心します。間隔は空いてきましたね。
 やっかいなのは、点滴棒をゴロゴロ引っ張りながら行かなければならないことです。しかもその点滴棒には、点滴をコントロールするポンプがついており、それが電源を必要とするので、電源コードを抜かなければいけないのです(バッテリーがあるので、ある程度は大丈夫ですが)。後しばらくの我慢とは思います。 

利尿剤  すぐに効くよ  イットイレ (駄作)

11時22分、抗ガン剤投与終了! 後は薬が効いて、回復するのをじっと我慢して待つだけです(^_^;)。気がゆるんだのか、昼食後、気分が悪くなってきました。アクセスを控えるかもしれません。悪しからず。
5月3日 14日目
 起床時やや頭痛(寝過ぎた時の痛さ(^_^;))。体温36.7 血圧142(130を越えることもめったになかったので、びっくり)。吐き気はないが、食欲は相変わらずなし。体重は基準より微減。従って利尿剤はなし。

入院生活を楽しむ
 体温、血圧を予想する。
 どうせなら入院生活を楽しもうということで新しい試みを。
 1日何回か検温や血圧の測定がありますが、その値を事前に予測しようというものです。
 教員時代に、高校生に「ピタリ賞」をあげていたので(試験の際に、予想点を書かせ、実際の得点と一致した場合が該当。本当の「ピタリ賞」はもっと怖いのですが、今は省略)、その応用ということです。
 始めたのは5月1日。記念すべき第1回は、体温予想36.9 実際37.0 血圧(上)予想114 実際115  これは素晴らしい。やってみようという気になりますね(??)。
5月2日朝、体温予想36.5 実際36.7 血圧(上)予想110 実際124  血圧が少々外れました。自分の体調をいかに把握できるかという観点からも、良い試みと思います。ハイ。

血圧の 予想で緊張 上昇す
  今朝の142はそのせいかもしれません。115としていたので大違いでした。
5月4日 15日目
僅かに頭痛 昨日よりは良い。相変わらず食事がダメ。朝はロールパン1、プリン、ゼリー、リンゴジュースだけ。「チキンマセドアンサラダ」、スープはパス。体重は2月の入院時より7㎏減。血球の値は減少中。もう2、3日で最低鞍部に到達か。
夜中のトイレ
 就寝後、何回か起きてトイレに行きます。9時前就寝。0時頃、3時頃。6時頃(起床)。寝てから2回行っています。ここのところ、大体このような感じです。家でも1、2回起きていたので、まあこんなものかと思っています(あきらめています)。シロドシンという排尿を促進する薬を朝、夕飲んでいるので、当然かもしれません。完治したら、入院前に行くようになった泌尿器科で相談する予定です。できて間もない医院なのですが、丁寧に診察してくれるので、それが口コミで広がったのか混んでいます(^_^;)。高齢化がますます進む日本では、泌尿器科の需要は高まる一方でしょうね。
 ところで昨日、体温や血圧の予測のことを書きました。これを長年お世話になっている耳鼻科の先生にご連絡したところ(毎週一回近況報告をしています)、評価してくださいました。私信ですが、ご紹介します。
検温や血圧の予測もとてもとても良い事です。これは退院後も続けられたらと思います。この事は1流の患者さんへの第1歩です。私もいつも朝・夜は予則しながらチェックしています。また、毎日の尿・便の性状を視診しています。医学生の頃何故かドイツ語の先生から講義で学んだ事なんです。
特に内科の定期検診はその日の診療は勿論大切です。が…例えば高血圧・糖尿病等の患者さん方は日頃にチェックしてる人としない人ではかなりの差が出ると思います。
目の前の先生も厳しく注意して頂ける医師と残念ながら言葉足らずでスルーされる医師がいます。その時にスルーされる先生と日頃のチェックを怠っている患者さんの組み合わせが最悪になります。各先生・看護師・看護助手さんも一生懸命に仕事をされていますが……やはり一流の患者さんになる事がベストだと考えています。
 そして、上野直人著『一流患者と三流患者』という本の紹介もしてくださいました。早速アマゾンで注文。タイトルは何とも刺激的ですが、分かる気がします。何故二流がなく一つ飛んで三流なのか、書いてあるのかな。届いてからのお楽しみにします()。

トイレ起き 時計見がっかり また眠り
もう夜があけたのかと思ったらまだ0時35分。がっかり。まだ寝なくては、ということです。解説がないとわかりにくい愚作でした。
5月5日 16日目
地震で睡眠のリズムが崩れ寝不足。そもそも久しぶりに眠れなかった。それを除けば頭も痛くなく、一応順調。体温は横手山~日光白根山~至仏山で安定。悩みはやはり病院食。
今食べたいもの:広島風お好み焼き
午後1名退院。生活音大氏と2人だけ。
ハシ
 食事の際、ハシやスプーンなどはラッピングされて出てきます。そのラッピングがすごいのです。写真では今ひとつわかりませんが、とにかくぐるぐる巻きで、どこから剥いていけばよいのかわかりません。患者に対する嫌がらせかと思うほどです(^_^;)。若い人ならともかく、高齢者は手先が不器用になっているので大変苦労します。とりだすのに5分近くかかったこともあります(ちょっとオーバー)。今は、即ハサミです。
 看護師さんに言うと緩くなることがありますが、すぐに戻ってしまいます(^_^;)。
 どこの病院もそうなのでしょうか。
ハシを剥く 食事の前の 一仕事
※ 看護師さんから聞いた話:静脈を「せいみゃく」と言う人がいて、何のことか悩んだそうです。確かに漢字だけ見れば、そう読む人がいてもおかしくないでしょうか。
5月6日 17日目
またもや地震で睡眠のリズムが崩れ寝不足。朝の体温は横手山だが、血圧は珍しく140.寝不足だからか? 夜中トイレ数回。その都度、小も大も(失礼)。一生懸命原稿の校正。エライね。中学時代の友人より懐かしい文集の画像が届き元気が出る。シーツ交換。
今食べたいもの:吉田のうどん(特に、むさし)
医学用語
 「注射」と言えば針で刺して行うもの、と思っていましたが、この点滴も注射なのですね。
「中心静脈注射」と書いてあります。鎖骨下中心静脈カテーテル(今つけています)から入っていきます。
 同様に、今の治療と関係のある「骨髄移植」も微妙です。第1回の入院時にその話がでて、「手術はちょっと・・・」と答えたら、若い先生に「手術ではありません」とぴしゃりと言われました。移植というと心臓や腎臓の臓器移植(固形移植)が思い浮かぶので、骨髄移植もそうした外科的な手術になるのかと思っていました。しかし、「骨髄にある骨髄液(正確には造血幹細胞)を健康なドナーのものと入れ替えるのが骨髄移植です」(https://www.jmdp.or.jp/qa/regist/post_1.html
であり、この業界では液体の場合も移植というのですね。輸注という言葉もあるそうです。
 業界用語は難しい!
予選なし いきなり血小 板輸血
  本文とはあまり関係ありませんが、声に出すとおわかりいただけるのではないでしょうか()。
お宝  中学校時代の文集の表紙
 私は横浜市立金沢中学校の卒業です。中学時代に大変親しかった友人が、今日、文集の表紙の画像を送ってくれました。別なページに「表紙 田代博」と書いてあるので、間違いなく私が書いたものです(これは掲載省略)。これを見ると、地理、地図の道に進むのは必然であったという思いがします()。
 夜中の地震で目が覚め、その後寝付けませんでした。あれこれ考えている内に中学校のことが出てきて、その友人についても今どうしているかなと思っていたので、本当にびっくりでした(正夢というのとはちょっと違いますが())。私の中学校時代のあだ名のD.K.Rだったことも思い出しました。何とも懐かしい!
5月7日 18日目
昨晩は雷。かなり長い間、光って、何回も落ちていた。停電ですという放送もあったような。影響はなかったが。それでも前夜、前々夜よりは眠れた。相変わらず何回もトイレに起きたが。昨晩より胃腸薬を処方してもらう。起床時は「眼精疲労的小頭痛」(造語(^_^;))があったがまもなく解消。朝の体温は日光白根山。血圧は124。朝5時採血(この時間が血液の状態が良いからではなく(^_^;)、当日の診察に間に合わせるためですね)。今日はカテーテルではなく腕から採血。赤血球輸血。点滴本日で終了。明日からは点滴棒としばしの別れ。
今食べたいもの:特になし(^_^;)。
ステレオタイプ
 写真をご覧ください。看護師さんが描かれています。一つはウチの病院の資料、もう一つは3月12日に紹介した「目で見る(図解)急性骨髄性白血病」(ノベルティス ファーマ株式会社)からです。ともに、現状に合わないですね。ナースキャップをしている看護師さんはもういないと思います。しかし、看護師=ナースキャップというステレオタイプの発想はこういう本家本元においても、ぬぐい去ることができないのでしょうか。保護者会を今も「父兄会」という人がいるのと同じ?
 オランダの紹介ビデオで、「オランダは工業国です。いつまでも風車とチューリップの国ではありません」と言いながら、冒頭は風車とチューリップの映像から始まったという話があります(いささか正確さに欠くかもしれません(^_^;))。
 変化する現実を正しく認識するのは、なかなか難しいことですね。白血病は「不治の病」ではないのですよ()。富士の病は治りませんが(^_^;)。
病得て 知る当たり前の 大切さ
5月8日 19日目
やはり夜中に2時間おきにトイレに行く。眠りが浅く、尿意にすぐに反応するのだと思う。
そもそも8時就寝に無理があるだろ。消灯の9時半まで起きよう。朝の血圧はびっくり158。
実は5時過ぎから実に久しぶりにヤフオクで落札。ドキドキしながら行っていたので、その影響かもしれない。我ながら病人のすることかと思う(^_^;)。担当医は、高い値が続くなら考えるが、単発ならあまり気にすることはないとのこと。体温は蓼科山。高血圧低体温、何か関係はあるのだろうか。朝焼けが綺麗。早起きの特権。足湯。何と快適!看護師さんの細やかな気配りが素晴らしい!

ヘパロックとおはロック
 ヘパリンロックというのがあります。毎日1回はしています(写真)。
「血管に挿入したカテーテルに輸液を投与せずに放置すると、先端部分に血液が逆流して凝固し、カテーテルを閉塞させます。この閉塞を予防するためにヘパリン加生理食塩水をカテーテル内に充填しておくことをヘパリンロックと呼びます。」
https://sysmex-support.com/jp/section/faq/coagulation/13716.html)           
これを聞いた時に、何か引っかかるというか懐かしい思いがしていました。ようやく思い出しました。「おはロック」と似ていたのです(😊)。正確には「慎吾ママのおはロック」。
tfで最初に担任をした時に、2年の修学旅行は沖縄に行きました。最終日、空港に向かうバスの中で、何と生徒達がこれに合わせて踊り出したのです。運転手さんもにこにこしながら許容(本当はまずいのかな。時効ですね)。中心的な生徒の1人は、「先生、踊っているのを外から撮ってよ」と無謀な要望までしました。まあ何とも楽しい生徒達でした。今は30代後半。それぞれの場でがんばっています。その時の曲がおはロック。ヘパロックをする看護師さんに、おはロックですか、と言ってみようかな。

ヘパロック 修学旅行が 懐かしい
 ごくごくごく一部にしか通用しません。そのクラスでお医者さんになっている1人には間違いなく通じるでしょう。
5月9日 20日目
うとうとしながらも消灯時間まで起きて、それから休んだので昨日よりはよく寝ることができた。夜中に3回はおきたが。眼精疲労的小頭痛はほとんどない。体重64.2㎏。
朝の測定では体温は榛名山。しかし、血圧は140と昨日より若干下がったが2日連続して140台。

高熱に備える
入院は20日目ですが、1週間「停滞」があり、治療開始からは13日目になります。前回5日間高熱が出ましたが、最初に出たのが14日目でした。今期入院の山場を迎えようとしています(😊)。
最高記録の出た4月1日の記録です(高熱3日目)。下がっているのは解熱剤の効果です(降下!)。
6:30 38.5℃   11:30 39.8℃  13:13 36.7℃
15:57 38.7℃   17:26 39.0℃  19:13 38.0℃
20:00 38.1℃   23:38 39.0℃
前回は2日、嘔吐しましたが、今回は吐き気だけで済んでいます(今は解消)。熱もそうならよいのですが。そもそも硫黄岳への登りは比較的なだらかなのです(白い部分)。
(図はカシミール3Dで作成した八ヶ岳の断面図)

先生も看護師さんも、まあ覚悟しておいた方が良いですね、ということを言われます(^_^;)。
熱には弱くはない、ということが前回分かったのですが、それでも出ないにこしたことはありません。なるようにしかならないので対策のとりようはないのですが、リポDでも飲んで備えようかと思います(転勤された先生は、私も何かの時にはよく飲んでいますと言われていました(^_^;))。
※回診は、4月に転勤してこられた先生がメインにされています。私のスマホのカバー(北斎の神奈川沖浪裏)がとても気に入られたようです(^_^)。

高熱に 対する備えは リポDか?
参考 【地図】経緯度の表示法
 経緯度は普通「度分秒」で表します。秒を省略した例では、36度30分のように。
もう一つ、度だけで表す場合もあります。その時には36.5度になります。
前者は、大体「度分秒」と言われますが、後者は必ずも定まっていないようです。
 国土地理院は、地理院地図では前者を「「度」「分」「秒」単位」、後者を「 「度」の十進表記」としています。
 同じく国土地理院の「距離と方位角の計算」というサイトでは、前者を「度分秒」としています。後者は「十進法度単位」です。
 国土地理院以外では、前者を「60進法(度分秒)」、後者を「(緯度、経度の)10進法」とするものもあります。後者について、私が気に入っていたのは「十進経緯度」なのですが、ちょっとイメージしにくいでしょうか。
36度~37度の山は?
(カシミール3Dで地理院地図を表示、加筆)
5月10日 21日目
11時、2時、4時に起き、トイレにいく。2時が鬼門。これからなかなか寝付けずウトウトして朝を迎える。それでも不調ではない。まだ熱はでない! 体温は北穂高岳。血圧は126.昨日よりは下がった。笑顔できびきび働く健康的な優しい看護師さんを見るとこちらも元気になる(^_^)。日曜日なので先生の回診はない。次の入院時には、レンタルのワイファイルーターを使おうかと思案中。画像ソフトGIMP をある程度使えるようになる。体温は終日ほぼ安定。今日は無事にしのげたようだ。夕食は主食をほぼ完食。

音に敏感になる
 大部屋には6台のベッドがあり、カーテンで仕切られています。従って他の患者は見えませんが、音は筒抜けです。今も、生活音大氏(他には彼しかいません)がテレビをイヤホンなしで視聴しており、かすかに音が聞こえてきます(^_^;)。時々、チーンというかパオーンという鼻をかむ異常に大きな音もあります(耳が痛くならないか心配になるほどです)。
 視覚情報があればあまり気にならないと思いますが、それが遮られるので、音だけがはっきり入ってきます。ラジオで聴くと歌手やタレントの歌の実力がわかると言いますが、それと同じでしょう。
 看護師さんも声で誰かわかるようになりました(^_^)。
音であれこれ想像できる楽しみもありますが、大部屋で耳栓は必須です。なお、今はしていません。看護師さんの声が聞こえないといけないので(^_^;)。
 

点滴棒 あればウザク 無いと寂
今、点滴棒から解放されています。煩わしいので無いにこしたことはないのですが、いざ無くなると寂しくなりますね(^_^;)。まるで○○のようです。
5月11日 22日目
11時、1時、3時に起きる。しかし、例の頭痛もなく、爽やかとは言えないまでも、まあ普通の状態。朝の検温は北穂高岳。血圧124。体重63.9㎏。最低記録を更新。65㎏をこえたら離婚すると言われ、長くその状態が続いていたが、これなら復縁可能か。ともかく、入院して10㎏近くスリムになった。血液検査の結果。白血球数は100。基準値の3,100~8,400だから、極めて低い状態。5月7も100だったので、もう回復に向かっているのかと思ったが、甘かった。抵抗力が弱っているので、より清潔にする必要がある。もちろん部屋はクリーンルームである。カーテン交換あり。シーツ交換も1日早く実施。病院食はかなり食べられるようになった。味に問題があるのではなく(^_^;)、自分の体調の影響によるものだろうという当たり前のことを再認識する。でも看護師さんに、「補食」をコンビニで買ってきてもらう。
夕方血小板輸血。

看護師さん(病院)に貢献

 ベッドの端にバーコードがあります。患者を識別するためです。腕にもつけています。輸血や点滴の際、これで確認します。ところで、その位置が布団や足で隠れてしまうのです。
起きているときは、足をどかすことができますが、寝ている時は(夜間に点滴を交換することがあります)、看護師さんは患者を起こさないように、そっと布団をあげるなど、苦労することがあったようです。
 その解決は、実は極めて簡単。貼る位置をもっと上にすればよい。ただそれだけで済みます。ある日、看護師さんにそのことを言ったら、すぐに実行してくれました。もう5㎝上に上げることができますね。何故、こんな位置に貼ったのでしょう。布団が無い時にでも、担当する看護師さんではない人が行ったのではないでしょうか。他のベッドを見てみましたが、当然ながらみな同じでした。いずれ改善されると思います。
 本当に些細なことですが、看護師さんの動きがスムーズになったような気がします。お金をかけず簡単に解決できる(便利になる)一例です。
 お世話になっている看護師さんへのささやかなお礼でした(^_^)。


ダイエット 入院時より 10㎏減
5月12日 23日
今日は、国際看護師の日(ナイチンゲールの誕生日)。

昨晩ふと思い立って、こんな替え歌を作ろうとしていた。
 
 「ある日突然 熱が出るの  あんなに元気に していたけれど いつかそんな 時が来ると  私には わかっていたの」

ここまできたところで、本当に熱が出始めたので、これはまずいと思ってやめた。その次「ある日じっとり 汗が出るのよ」まで考えていたのだが。平ヶ岳で大台に乗り、磐梯山まで行ってしまった。念のため氷枕をもらい、それ以上の上昇に備えた。結果、今朝は北穂高岳まで戻ることができた。ただ、血圧は156。体重64.0㎏。7時15分に回診。
トイレ、11時、1時、3時、4時、5時。3時からは多分寝ていない。
 
部屋の移動あり。隣の大部屋が空いているので、そちらに移ることになった。私がゴネたからではなく、病院側の配慮。なるべく患者を離そうということらしい。確かに本来は個室であるべきと思う。今、6人部屋を1人で使っている。気兼ねなくおしゃべりができるので、お見舞いにお出でください、と言いたいところだが、時節柄家族の見舞いも制限されているので残念である。友達申請が来ていることに気づかず長い間そのままにしていたK高校の卒業生(申し訳ない)から「お見舞いに伺ってもよろしいでしょうか」というメッセージをもらったが、こういう事情なので、いずれまたの機会に(^_^))。
カーテンを開けたままにする(写真)。看護師さんも一手間省けるだろう。足湯!

★上記は午前中に記載。夕方元の大部屋に戻る(^_^;)。何とも。協力的な患者ではある。

血液型
 写真は、昨日の血小板の輸血の時のものです(この時だけ点滴棒復帰)。

田代博の右側、赤枠に雌の記号が記してあるように見えます。田代博は女だったのか! なるほど、今回移動した大部屋は元々は女性用だったので納得できます。イエイエそうではありません。これはO型のプラスという意味なのです。ということはマイナスもある? Rhマイナスというのを思い出しました。例によって検索すると、「O型Rh(-)0.15%(約670人に1人)」という説明がありました。
https://www.bs.jrc.or.jp/ktks/ibaraki/donation/m2_02_02_specific.html
 こういう人は輸血の時に大変でしょうね。
 ところで、骨髄移植をすると血液型が変わることがあるそうです。性格まで変わるのでしょうか。まさかね。血液型で性格を云々する人がかなりいますが、どういう説明をするのでしょうね(😊)。私は血液型で人を判断するのはナンセンスと思いますが、O型の説明で「せっぱつまらないと行動しない」というのだけは、納得します(😊)。

大部屋を 1人で貸し切り ああ気楽
 束の間の夢で終わる
今日は、いつも以上にコメントに力作がありました。名前は記しませんが、ご紹介します。

いや、血液型は オンナ型?女形ならオヤマ、お山!ですから、合ってます(^^)

大部屋に ひとりでいるので ひろしかな

大部屋を 貸し切る人は O型か

世の中「ヒロシ」と言えどもこんな名曲の作詞者は居ないだろう!!
5月13日 24日目
引っ越し疲れ?で寝付きはよかった。0時 2時 3時半に起きる(トイレ)。5時前採血。
その時の体温は五龍岳(北アルプスを使うことにする)、血圧130。体重63.5㎞。もしかしたら最少記録更新? 採血の結果は・・・。白血球が全然増えていない(^_^;)。超がっかり。一時退院はまだまだまだまだ先になるだろう。4月20日からの推移を記す。
4/20:3000 4/22:2000 4/24:2400 4/27:2800 4/28:4200 5/1:3200 5/4 500
5/7:100 5/11:100 5/13:100 抗ガン剤治療開始は4月27日。

ラッピング
 病院関係者でこちらを見ている人はほとんどいないと思いますが(闘病記を全部読んでくれた看護師さんは1人はいます)、最近箸などのラッピングが緩やかになりました。但し、スプーンのような形は難しいようで、依然としてハサミが必要です(今日は楽でした)。
ところで、ラッピングの書き込みを見てくれた地図関係の知人が「ミツロウの布ラップ」なるものが書いてあるサイトを紹介してくれました。
https://www.yogaroom.jp/yogahack/p/5008
 それによれば「ミツロウ(蜜蝋)とは、蜂が巣作りのために体内から分泌する物質のこと」だそうです。これでラップを作るのですね。しかも繰り返し使えるとか。色々あるものですね。「ヒロシの知らない世界」でした。
 ニュージーランドやオーストラリア産のものが多いようですが、ラップの生産国はてっきりフィンランドと思っていました。失礼しました(^_^;)。(追記:フィンランドには「ラップランド」という地域があります


夜回りの 気配で怖い 夢を見る
 夜勤の看護師さんは、患者を起こさないように気を遣っているようです。
5月14日 25日目
夜中起床 1時 3時 4時半。11時~12時に起きなかったのは久しぶり。
6時 体温五龍岳 血圧108(少し低い) 体重63.6キログラム。7時18分回診 「白血球が少ない時に熱が出ないのはまれ。このまま進めば理想的」と言われる。発熱するのが普通のようなので、今回は特別なのかもしれない。昨晩瞬間的に上がり、飯豊山まで行ってしまった。看護師さんも心配してくれて何度も測ったが落ち着いた。第2回目の入院時では5日高熱が続いた。今日がその5日目だが、今回は基本的に平熱が続いている。北アルプスの縦走だ。白血球も増加していくはずだから(明日の検査あり)、理想的に進むことを期待したい。看護師さんに買い物を依頼すべくお金の用意をしていたら、カーテンの向こうから看護師さんが、お買い物行きますよ、と言ってくれる。お金の音が聞こえたので、察してくれたらしい。何と素晴らしい洞察力! 実はこのところ毎日お願いしているので、私のチェック項目に入っているのかもしれない(^_^;)。ここ数日、口内炎ではないが、歯の周辺に痛みというか違和感あり。病院に歯科は無いのが残念。10時妙高山。12時白馬岳。13時ちょっと上がり磐梯山! 夕方の血小板輸血は延びて、何と23時。まあ、起きるからいいか^_^。

医療用スマホ
 看護師さんは色々な道具を持っています。その一つが医療用スマホ。これでバーコードを読み取り、データを記入し、必要に応じて撮影もします。その写真を撮らせてもらいました(こういう患者はあまりいないかもしれませんね(^_^;))。商品名は「らくらく看護師さん」。なるほどですね。これには通話機能はありませんが(もちろん、その機能がついた機種もあります)、ここへの入力がデータベース化されていくのでしょう。サイトはこちら。
https://jpn.nec.com/medical_healthcare/solution/rakuraku/index.html
 普通名詞では「看護情報携帯端末」というのですね。
 「電子カルテシステムと連携した、スマートフォンの活用で看護業務をサポート。ベッドサイドでの3点認証によるセーフティマネジメント、各種実施入力、看護記録、画像撮影など簡単操作で、多彩なコンテンツを活用」。
 そのうち「らくらく患者さん」なんてのもできたりして(^_^)。
白血球 待つわ増える日 いつまでも
5月16日追記:白血球が増えていないのは、感染症のことを考えると結構大変な状況であることをベテランの看護師さんがしっかり教えてくれました。ペットボトルの水も、その都度紙コップにいれて飲み、終わったら捨てる。特に体調に変化はないけど、非常時ということを忘れないようにします。
5月15日 26日目
前夜10時半、1時、3時半、5時起床、トイレ。10時半過ぎから血小板輸血(1時頃まで)。
5時採血。看護師さんも白血球が増えないことを知っているので、思いをこめて採血しましたと言ってくれたが、それも空しく100のまま。3回目の入院となると骨髄も疲れてきて回復が遅くなるのだとか。がんばってよね。白血球を増やす注射もあるそうだが、できれば自然回復を待ちたいとも。明日家人が着替えをもってくるが、何日分必要でしょうかと尋ねたら(いうまでもなく一時退院まで何日かということを聞いている)、まあ1週間は、と言われた。今期入院は間違いなく30日をこえそう。30日をこえると保険会社への請求に、証明の書類が必要になり、かなりの手数料がかかってしまう。ブツブツ。
朝の体温は槍ヶ岳。昼間少し上がり、12時には米山。14時には白馬岳まで下がる。血圧は102と低い時も。体重63.4㎏。足湯。本当に快適。
午後大きな出来事。生活音大さんが部屋を移動(以前は私が、だったが)。大部屋を1人で使用。今回はいつまでこの状態が続くだろうか?
写真は1人大部屋でカーテンを開けた状態。5月12日と同じ。部屋は違う。


患者の評価?
 生活音大氏は満身創痍という感じで、看護師さんが付きっきりで面倒を見ていることがあります。そのやりとりがはっきり聞こえてきます。私の体調が悪ければ、聞いているだけで辛くなりそうに思うこともあります。特にここ2、3日そうした状態が続いていました。それこそ個室に移してあげれば周りを気にせず対応できるのでないかと思っていたら、何と午後、彼が移動になりました(個室かどうかは知りません)。
看護師さんに、生活音大さん(とは言いません(^_^;))には時間をかけて本当に優しく丁寧な対応をされていて素晴らしい、できれば私にも少しは声をかけて欲しいと言いました。すると、田代さんは「優良患者」なので任せてる、でも心の中では気にかけていますよという返事でした。うまいね(^_^)。
 教員時代を思い出すと、確かに手間のかかる生徒と関わる時間が圧倒的に多かったと思います。真面目で大人しい生徒については、彼、彼女はほっておいて大丈夫だ、と思い、個人的に話をした時間はごく僅かということもありました(時々、生徒とどの位関わったかをチェックしていました)。そうした手間のかかる生徒に長い時間を費やしても、必ずしも関係が良好になるわけではないので、時間の無駄と思ったこともありました。卒業後の長いスパンで考えると素晴らしい社会人になっている生徒いるので、こればかりはなかなか難しいところではあります。
 ちょっと話がそれました。これで白血球が増えれば本当に優良患者です。今は憂慮患者です。

去る時の エンジェルワード 「また来ます」
 どこの病院もそうかもしれませんが、こちらでは看護師さんが出て行くとき「また来ます」といいます。今は行ってしまうけど、何かあればすぐ来てくれるんだと心強く思います。切れていない、繋がっているのだ(^_^)。まさに天使(ナース)の言葉です。
5月16日 27日目
前夜11時、1時、3時、4時、5時起床。目が覚めた時、ほぼ正確に時間をあてることができるようになったのが怖い。体重62.6㎏。ついに63㎏を下回る。
6時22分検温。乗鞍岳。ちょっと低いのが気になったが、さすが看護師さんはプロ。体を拭きましたか、と尋ねてきた。直前にそうしていたので、気化熱で下がったのだろうとのこと。7時には白馬岳まで行ったので、さすがである。ちなみに6時起床、体重を測りに行き、
顔を洗い清拭タオルで体を拭き、パジャマを着替えるのが朝のルーチンワーク。大体15分程度。
輸血、点滴もなく、回診もなく、静かな一日。
家人が着替えなどを持ってくる。面会はできない。

病院食
 私の世代は、食事を残すなと親に強く言われていました。学校給食でも同様です。従って、家でも出されたものは原則として全部食べています。入院した当初は、美味しくないと言われる病院食ですが、ちゃんと食べられるじゃないかと思っていました。しかし、副作用が出始めると、受け付けなくなりました。薄味ということもさることながら、何ともいえない臭いが気になったのです。また野菜類はお湯を通すからかベチャッとした状態で、見た目も今一つで、箸をつける気になりません。体調が回復してくると何とか食べられるようになってきましたが、一旦イヤだと思うとその気持ちを消すことができません。点滴と食事とどちらを選びますかと言われたら、もちろん、点滴です。今は食事の時間がくるのが苦痛です。一番大きなストレスが、隣人ではなくこの食事なのです。病院食がイヤということから、食事そのものに興味が無くなってしまうのではないかと危惧しています(杞憂とは思いますが)。
 以前、ピザが食べたかったと騒ぎましたが(^_^;)、今はそういうものがありません。今食べたい物を書いたことが一二回ありましたが、思い浮かばないから書かなくなったのです。
 現時点では病院食は苦行でありストレスの源です。なるべく考えたくないので、これについてのコメント、メッセージはご遠慮ください(^_^;)。


病院食 たまにはウナギ 出してよね
 「病院食 どうして」と書きかけていたのですが、看護師さんの関わりもあるので忖度してこれにしました。
5月17日 28日目
0時、3時、5時起床。最初に起きるまで3時間半は寝たように思う。その後眠れないと思ったがいつの間にか寝てはいたようだ。初めてみる看護師さんが、退院です、と言ったのでびっくりしたが、それは夢だった。正夢を願う。
体温は安定している。6時焼岳。14時鹿島槍ヶ岳。ずっと北アルプス縦走だ。体重62.6㎏。毎日測っているが、日曜日は必ず。
午前中血圧が80台の時があり、焦ったが、夕方には120台に落ち着く。水をあまり取っていない(脱水症状)ではないかと言われる。血圧に影響するそうだ。確かに快適な室温で、汗をかくこともないので、水分補給が少ないことは間違いない。なお、水を飲む時は、ペットボトルを口のみにするのではなく、その都度紙コップに移してから飲むようにしないといけない。口の中には雑菌が多く、残りの水に菌が入ってしまうといけないからだ。白血球が非常に少ない時期には、感染症対策には細心の注意が必要だ。
「個室」なので、看護師さんとじっくり話すこともできる。的確な指摘に学ぶことが多い。
数日考えていた、地図投影法についてのホームページがとりあえず完成。病室で色々制約があるが故に、集中できるのかもしれない。
明朝の血液検査を祈るのみ。
上野直人『一流患者と三流患者
耳鼻科の先生に紹介されていた本をようやく読みました。版元は朝日新聞出版。私がクレームをつけた、いや、忖度せず適切な批判をした地理の啓発書を出していた出版社です。
一流患者:「医者まかせにせず、自分自身から医師にコミットし、最適かつ最良の医療を医者や病院から引き出せる患者さん」
二流患者:「医者の言うことを鵜呑みして、全てを快く受け入れてくれる患者さん」「受け身の患者さん」「医者や病院にとっては、「やりやすい患者さん」」。
三流患者:「病院や医者に文句ばかり言う患者さん」「モンスター患者」「自分自身をコントロールできなくなってしまった状態」
著者は現在アメリカの大学のがんセンターで研究、臨床に携わるでバリバリのお医者さんです。何と自らががんになり、その体験も踏まえて医者と患者のあるべき関係について述べているのです。
「病気の主権者は患者自身」「医者と患者は、パートナー」「医療側と患者さんは、対等なのです」という考え方が貫かれています。
私は一・五流かな。早速明日、回診の時にあれこれ尋ねて、一流を目指そうと思います。この本は先生には見せません(^_^;)。

看護師の 親身な清拭(せいしき) シャングリラ
 これはなかなか意味が深いのです()
 ウィキペデイアのシャングリラの冒頭です。
「シャングリラ(英語: Shangri-La)は、イギリスの作家ジェームズ・ヒルトンが1933年に出版した小説『失われた地平線』に登場する理想郷(ユートピア)の名称。ここから転じて、一般的に理想郷と同義としても扱われている。
本文は大変詳しく、最後に実在の市についても説明がありますね。
看護師さんに体を拭いてもらっていたおじいさん(患者)が、シャングリラと言っていたのですが、どういう意味ですか、と尋ねてきました。理想郷にいるように感じたのでしょうと答え、ここに書いてあるような説明をしました。妙齢の看護師さんにそうしてもらうのだから、率直な思いだったのでしょう()。「天国」、「極楽」と言わず「シャングリラ」と言ったのはそれなりの人だったのかもしれませんね()。
私は24歳の時に10日間北アルプス大縦走をしました。五色ヶ原で台風に遭い、1日停滞。その時に、なぜかこの小説を読んで時間つぶしをした記憶があります(多分宿にあったのでしょう)。内容は記憶の外ですが、タイトルだけは覚えています。
大部屋を個室として使え、素敵な看護師さんに面倒を見てもらえる。今私もシャングリラにいるような気分です()。
5月18日 29日目
0時、3時、5時(採血)。睡眠は多少はよい方向に向かっている感じ。
採血の結果、白血球は500に! 5倍増である。長かった。但し、赤血球や血小板は減少。血小板輸血を行うことになった。採血の結果がわかる前に検診に来た先生に、白血球を増やす注射のことを尋ねる。やはり副作用の問題で使いたくないとのこと。増加したので、これに関してはとりあえず解決か。口内炎(初期?)が少々気になるが、これも回復傾向にあるような気がする。体重62.6㎏。体温は北アルプスで安定。発熱しないのはやはり珍しいようだが、もう大丈夫と思う(思いたい)。1時間おきに測るのが日課になっている。

飲み薬
 何種類かの飲み薬を朝食後、昼食五、夜食後そして寝る前に服用しています。ちゃんと飲んだことを示すために、飲み終わった後のパッケージを看護師さんに渡さないといけません。
多い時は6錠になることもあり、忘れることもありました。すると、チェックが入り、●●がありません、と言われます。しっかりカウントされているのですね。それが仕事の一つではあるのですが、また非常に大事なことではあるのですが、私が看護師なら、はいありますね、と十分な確認もせず済ませてしまいそうです(^_^;)。
 ところで、そのパッケージは「PTP(press through pack)包装シート」というのだそうでですね。
「錠剤やカプセルをプラスチックとアルミで挟んだシート状のもの。プラスチック部分を強く押す事でアルミが破け、中の薬が1錠ずつ取り出される仕組みになっている」。
 同サイトには危険性についても書かれています。
「高齢者や乳幼児を中心に、薬をPTP包装シートごと誤飲してしまう重大な事故がまれに発生している。PTP包装シートを1錠分ずつ切り離して服用する際などに起こりがちな事故である。PTP 包装シートは切り離すと角が非常に鋭利になり、誤飲した場合は喉や内臓を傷つけやすい」。
 確かに、切り離す時に、手を切りそうになることはあります。「こうした事故を避けるため、1996年以降に作られるようになったPTP包装シートは、1錠ずつ切り離せないように1方向のみのミシン目をつけている」。
 なるほど、だから縦横両方向にミシン目がないのですね。1錠ずつにするにはハサミで切らねばならず、不親切だなと思っていたのですが、理由はあったのでした。

薬剤師 もちろんクスリ 笑うとき
5月19日 30日目
ついに30日目に。0時、2時、4時、5時(ここで起床)。昨日はよい方向に向かっていると思ったが今日は今ひとつ。しかし、先が見えて北ので睡眠導入剤などは考えないことにする。体重62.6㎏。体温は今日も北アルプスで安定。
午後、ソーシャルワーカーの方と話す。入院費の支払いに不安があるのではないが、長期入院の際に何らかの給付または控除がないのかを尋ねる。予想通り、何も無いことが確認できた()。でも色々有益な話ができたと思う。話すということは本当に大事である。
明日の採血の結果で32日目の退院が可能かどうかがわかる(保険請求にあたって、入院証明書代8000円がかかるかどうかのリミット)。劇的に値が増えないと無理だろう。富士山に頼るしかない(^_^;)。
看護師さんとの話。隠れて酒を飲む患者はいないが、タバコを病院外で吸っている患者はいないことはないとのこと。信じられないけれど、やめられないのだろう。人生が早く終わるよ。
足湯快適()。

お互いの行動パターンを把握する
 月~木、朝7時台に回診にくる先生がいます。その時間が近づくと、先生にの診察がスムーズに行えるように、パソコンをどかすなど色々準備をします。診察はルーチンがあります。
足首を触り、口の中を診、胸に聴診器を当て、最後はお腹を触り少したたいて痛くないかを尋ねます。シャツをズボンの中に入れていると一手間かかるので、あらかじめ出しておくなど細かい配慮をしています。もちろん、その時間にベッドにいるのが大前提です。こういのが一流患者かと思ったら少なくも紹介した本には出てきませんでした(^_^;)。
 看護師さんに対しても同様です。食事を持ってきてくれますが、下げにくる時間が微妙に異なります。Aさんは早く来るので、なるべく急いで食べよう、Bさんはゆっくりでよいかな、など看護師さんによって食べる速度を調整します。もちろん、食べている時にAさんが来た場合、「ゆっくりでいいですよ」と言ってくれるので、気にすることはないのですが。
 今は、口内炎もどきが少し痛く、早く食べることが難しいので、食べ終わったらナースコールをすることにしています。そんなことでするのはどうかと思いましたが、今は入院患者が非常に少ないので、全く問題ないとのこと。お互い、無駄足をせず、余計な気を遣わなくて済むので、良いかなと思っています。
 私の行動パターンも読まれています。11時頃になると、買い物は?と声をかけて貰えます。
期待に応えなくてはいけないと思い(^_^;)、「焼鳥もも肉 シオ 無ければタレ 暖めてもらう」などと書いたメモとお金を渡しています。
 お互いの行動パターンを理解しておくことは、円滑な入院生活を送る上でも大事なことと思います。

目指すべき 一流患者 道半ば
5月20日 31日目
1時、3時、4時、5時(採血)。8時過ぎに寝て1時前に起きる。まとまった時間寝ていたので、すっきり。おかげでその後は妄想の世界。でも昨日よりは良い。
血液検査の結果! 何とも微妙。白血球は1400に。500から3倍近い増加。ただそれ以外の数値の状況もあるので、回診の先生はどうしましょうと悩んでいる(私が明日退院したいと言っているからで、いつでもよいですなら、次の金曜日の検査を待って、ということになる)。結論的には、明日臨時に採血し、その結果で明日の一時退院を決めることになる。患者も納得である。
体重63.0㎏。6時すぎ体温針ノ木岳 血圧112
ちなみに、家人は無理をして戻ってこなくてもよいとのこと。普通、1日でも早い帰宅を望むのでは? 以前は外出(一時帰宅)を拒否されたし・・・(^_^;)(川柳へ続く)。
午後、血小板、赤血球輸血。
血小板は白っぽく、赤血球は本当に赤です(写真ではそう見えませんが)。白と赤を見て、ワインを飲みたくなりました。白と赤を並べて撮りたいと看護師さんにお願いして、終わった血小板の袋(右側)をかけてもらって撮った写真です。同時に輸血をするわけではありません。いやな顔せず協力してくれる看護師さんに感謝です()。

病室は個室であるべき!
 現在、特別の場合を除けば、個室は別途料金が必要です。しかもかなり高額です。しかし、本来は病室は個室であるべきではないでしょうか。衛生面、プライバシーの観点からも個室を否定する理由はありません。大部屋ではなく、別途料金が必要のない個室がデフォルトとして用意されるべきと思います。患者通しの交流のために大部屋が・・・、等と言う人はいないでしょうね()。もしそれが必要ならラウンジなど別な場所を用意すればよいのです。
 要するに経営的な立場から(国公立、私立を問わず)、今までは大部屋中心の施設になっているのでしょうが、患者の権利、基本的人権という観点からは見直しが必要と思います。   「社会的距離」が話題になっています。病院こそそれが徹底されるべきでしょう。となれば、カーテンで仕切るのではなく、ちゃんとした壁で区画した個室ということになります。音や声が筒抜けになると言われた何とかパレス程度でもよいですが(^_^;)、できれば普通のビジネスホテル(シングル)並なら有り難いところです。
 病室は大部屋が当たり前、ではないのです。
亭主入院 元気でいるなら 留守が良い
(追加)
軍事費を 削って個室 実現だ!
5月21日 32日目 一時退院!
0時、2時、4時、5時。いつもは5時前後に採血があるが、看護師さんが来ないので、5時半にナースコール。催促したのは初めて。何しろ今日の採血が勝負なので。強行採血だ!
結果をハラハラしながら待ったが、白血球は1800に。赤血球、血小板も増えているが昨日の輸血の影響。白血球は自力!
体温は安定、水晶岳、針ノ木岳など北アルプス。血圧も110~120程度。
10時、カテーテルを抜く。抜く時は本当に痛くも何ともない。先生が上手なのか。写真を撮りますねと言われる。
第1回入院で大変お世話になった看護師さん(別な部署に異動)に会える。懐かしい。
今期入院最後の昼食。補食は無し。

ちょっと笑う。保険請求の関係のリミットはカウントミスでもう過ぎていた。今日は32日めだから、半端だなと思っていた(30日以内)。まあ、そのおかげで少しでも早まったのではあるが。
午後退院。午後1時に退院できれば、文字通り一時退院になったのだが・・・。2時過ぎに退院。

会話
 体調の悪い時でも、看護師さん達と話をすると、元気な気分になります。不思議なほどです。他に話す人がいないからでしょうか。私は1人でいても別に寂しいということはないし、おしゃべりしないと落ち着かないということはありません。家庭内で会話がなくても大丈夫()。
 会話をする、声を出すということは、エネルギーを使うので、体が活性化され、それが元気な気分に通じるのでしょうか。それともこちらの看護師さん達が魅力的だからでしょうか()。
 自宅での会話を心がけたいと思います()。

シャングリラ 家に帰れば ジャングリラ
 特に意味はありません。フィーリングでご理解ください(^_^;)。
一時帰宅 5月21日~
5月21日
自宅での夕食
  うなぎとお刺身。やはり美味!
5月22日
 昨晩は9時過ぎ就寝 2時40分、5時20分トイレ起き 6時起床
 夜中に起きたのは2回だけ。やはり自宅の方が良く眠れる。当たり前かもしれないが。泌尿器科に行く予定だったが、これなら行かなくてもよいかもしれない。体温 血圧 測らず(^_^;)。
 自宅川柳はありません(^_^;)。 
5月23日
 昨晩は10時45分就寝 3時半トイレ起き その後寝付けず4時半起床してパソコンを()。その後6時~7時半まで寝る。
 昨日書いたが泌尿器科には行かなくてよいかも。病院の泌尿器科の担当医が、入院中はそんなものだと頻尿について心配してくれなかったのは当たっていたのかもしれない(^_^;)。
 口内炎が若干残っている感じ。
5月24日
 入院時のように夜中数回起きる。
 朝、久しぶりの富士山。こうでなくては!
5月25日
 0時過ぎ就寝、4時、5時半起床(トイレ)。泌尿器科に行く予定だったが、長時間待合室で待つのは不安なので、今日は見送ることにする。4時間近く通して眠れるのはまずまずか。
5月26日 5日目
 何故か疲れており前夜8時過ぎ就寝。11時過ぎに起き風呂に入り0時就寝。3時半、5時、6時起床。口内炎はほぼ治った。外来で血液検査
 白血球は回復しているが、赤血球、血小板はまだ低い状態。前回は入院が早かったので、今回は回復をじっくり待ってからにしましょうとのこと。6月9日に骨髄穿刺による検査を行い、その結果をみて入院期日が決まることになる。もうしばらくは一時退院(自宅療養、静養、待機)。
 標準では地固め療法を4回行うことになっている。ただ、個人差があり、4回行っても白血病細胞がまだ残っている場合もある。一方3回で十分な段階に達することもあるようだ。私の場合どうなのか、現時点ではわからない。できれば3回で終わりたい(^_^)。
5月27日
 前夜久しぶりにビールを飲む。そのためか、眠くなり9時過ぎにちょっと横になったら午前3時半まで熟睡。トイレに行き、その後風呂に入る。4時半~5時15分までパソコン関係の作業。6時まで横になるが寝ることはなかった。
パソコン環境改善。今更ながらデュアルディスプレイ(PCは一台だが2台のディスプレイを利用する)での使用が可能になった。ケーブルの山の中から対応するものを探しだし、DVI端子で接続した。実に便利である。
左と真ん中(下)がデュアル。真ん中上はテレビ。右は新しく買った中古のノートパソコン。
5月28日
 起床などは平常に戻ってきた感じ。全体として疲れが残っている。
5月29日
 夜中は3時過ぎに一度起きるだけ。
 20数年お世話になっている耳鼻科に行く。歩いて10分程度なのだが倍近くかかる。鼻の中が乾いているそうだ。水分摂取が足りないので補うように言われる。確かに水分はあまりとっていないように思う。痩せた分、耳もそうで、そのため空気の通りはよくなっているとのこと(^_^)。耳鼻科に関すること以外に健康面全般に有益な話を伺えるので有り難い。2つの学校の卒業生が看護師さんをしている(1名は退職したが)という縁のある医院である。
雪が少なくなってきた
5月30日
 前夜10時過ぎ就寝2時、4時起、7時半起床。
 M大の昨年度の地図学受講生が寄せ書きを送ってくれる(現在2年生)。思わず目から液体がこぼれてしまった(^_^;)。有難う。これを励みにがんばります(^_^)。※一部加筆してあります。
5月31日
 前夜11時就寝、5時起(夜中、一度も起きず)。7時半起床。
 夕食はKウナギ(K高校卒業生が送ってくれたもの)。
6月1日
 前夜11時就寝 3時40分起(トイレ)5時半起(トイレ) 6時2分地震 7時半起床。
6月2日
 前夜11時半就寝 3時、5時起(トイレ) 7時10分起床。
 病院より電話。6月11日入院決定。
 本日の仕事 
 「新しい、面積の正しい世界地図「イコール・アース図法」(Equal Earth Projection)について
6月3日
 前夜10時半就寝 3時 6時起(トイレ) 7時30分起床
 本日の仕事
 「今更ですが、九州・沖縄サミット時の外務省作成の地図の問題点について」
6月4日
 0時前就寝 6時45分起床(一度も起きず)
6月5日
 0時半就寝 7時20運起床(一度も起きず)
 寝違えたようで起きた時首が痛かったが幸いすぐに治る。
 10年前の「朝日」の記事をスキャンしてFBに掲載する。
6月6日
 0時就寝 6時半起床(一度も起きず)
 実に久しぶりに、最寄りのK駅付近を1時間ちょっと散歩。ショッピングセンターの大半が取り壊し。何になるのだろうか。水の森公園で花を観賞(^_^)。
 娘から、入院中の「補食」として缶詰セットが届く。父の日のプレゼンの前倒しか(^_^)。
6月7日
 前夜9時45分就寝 5時50分起6時60分トイレ 8時25分起床 
 昨日の散歩で随分疲れてしまったようだ。情けない(^_^;)。
 5年前にも行っていたが、中学校3年の修学旅行の集合写真をスキャンする。
6月8日
 前夜11時就寝 6時40分起トイレ 7時半起床
 2、3日前より歯痛。親知らずが悪さをしていると思う。歯科に行くかどうか微妙。
6月9日
 布団に入ってから思いついたことがありパソコンに向かう。0時半就寝、5時40分起トイレ 7時起床
 エアコン掃除があるかもしれないので、机周辺のパソコンなどを整理。その後、病院へ。血液検査、骨髄穿刺(業界用語では「マルク」というそうだ)。1時間半かかって止血。針が太いので、止血に時間がかかる。入院についての説明もあり、帰宅は夕方。
 血液検査の結果。白血病の値が何故か下がってしまった。尿酸値が上昇(^_^;)。入院は予定通り。
 エアコン掃除は、コード類におそれをなした担当者が遠慮したため無し(^_^;)(もしトラブルがあった場合は弁償は自己負担とのこと)。少々時間がかかったが無事復元。
6月10日
 11時就寝 4時40分起トイレ 7時半起床
 久しぶりにスッキリ富士山。ツイッターに見納めかと書いたら、そんなことを言わずがんばってくださいという返事あり。まもなく梅雨入りになり、明日から入院で自宅から見ることができなくなるから、という趣旨だったのがだが、深刻に考えてくれたようだ(^_^;)。その旨の説明をしたら恐縮していた。良い人である。
 ようやく届いた10万円の書類記入。明日からの入院に備えて準備。
FBから
第4回入院 地固め療法第3回 6月11日~7月17日(37日間)
寛解した後も体内に残っている白血病細胞を減少させ、限りなくゼロに近づけて白血病の再発を防ぐ薬物治療。通常4回に行う。その3回目。
6月11日 1日目
 地固め3回目、通算4回目の入院です。時節柄、また病院の事情もあるようで、入院患者も諸々の検査がありました。噂のPCR検査なるものを初めて経験しました。もちろん陰性でした(^_^)。、最初の1週間は個室です(費用負担はなし)。応接セットやバスもあるので、個人的にはずっとここでもよいのですが()。
 カテーテルの「手術」は明日。本格的な抗がん剤治療は月曜日からのようです。
 写真は応接セットと、そこから見たベッドです。流しや冷蔵庫などもあります(写真には写っていません)。食事やパソコン操作、読書はベッドではなく、応接セットでできますね。梅雨入りもつゆしらず、しばし快適な入院生活のスタートです()。
 21時頃就寝。
 雨降って 地固めになる 梅雨入りだ
6月12日 2日目
 4時10起トイレ 6時40分起床。 夜中に起きなかった!
 6時50分 36.6度 108 
 家人より「自宅富士」。梅雨入り宣言の翌日に(^_^;)。
 9時 カテーテル装着の「手術」 今日のハイライト(^_^)。4回目で慣れてきたとは言え、一応緊張する。と言いつつウトウトしている内に終わったが。9時45分帰室。早く終わりましたねと言われる。
 病室の設備
 一部のカーテンは電動式になっておりなかなかのものなのですが、全体として古さを感じますね。できてからかなり時間が経っているので当然ではありますが。スイッチとか「新建材」風の柄や角度などがそう感じる理由なのでしょうか。
 古さがはっきりわかるのは、流しです。押して水が流れるようになっています。今は逆ですね。レバーの「上げ止め式」と「下げ止め式」の違いです。阪神淡路大震災が変更のきっかけになったのではないか、いやそれは「都市伝説」だ、とか、議論はあるようですが、混在していた時期は2つに1つとは言え、煩わしかったでしょうね。(参考サイト  
●追伸:今日の看護師さんからの情報
  Dダイマと呼ばれる物質があります。これについて教えていただきました。「高値のときは、体内のどこかに血栓があることを示します」
https://www.qlife.jp/dictionary/exam/item/i_07800/)。基準値は「150ng/ml以下」なのですが、私は210でした。まだ軽微な高さですが、要注意とのことです。「エコノミー症候群」(肺血栓塞栓症=はいけっせんそくせんしょう)につながる恐れがあるそうです。
 確かに、数ヶ月運動らしい運動をしていませんでしたから、おかしくはないですね。今はエコノミークラスではなく、ファーストクラスをしのぐ超リッチな部屋にいますが(^_^;)、運動不足に変わりはありません。
「肺血栓塞栓症は命に関わることもある、危険な病気です」
https://www.jrs.or.jp/modules/citizen/index.php?content_id=152)から心しなければなりませんね。次の血液検査の時に、白血球だけでなく、こちらも注意したいと思います。

カテーテル 4回目だが やはり緊張
6月13日 3日目

前夜22時50分就寝 4時10分起トイレ 6時10分起床。今日も夜中に起きなかった!
6時30分検温 36.5度、血圧120
入院はしているがまだ治療は始まっておらず、夜中の見回りはないのかと思ったらとんでなかった。2時間おきに看護師さんが、「息をしているか」確認に来てくれていた。大部屋の時は気づくことが多かったが(寝たふりをしていたが())、今は全くわからない。熟睡しているようだ。見えないところ、気づかないところでしっかりチェックしてもらっていることに感謝である。
回診時に、Dダイマの値については今の段階では気にすることはないと言われる。まずは一安心か。
食事が微妙。朝はパン(食パンとロールパン)への変更を依頼したら、パンにはなったのだが、食パン2枚。ロールパンが間に合わなかったのだろうか。何かちぐはぐな感じ。

●通信環境
 苦労の末買ったノートパソコン。2015年製造のdynabook R63です。前は2011年の dynabook R631。微妙に違いますが、インターネット接続の方式まで違っていてちょっと焦りました。
 前は、iPhoneをつなぐと、このデバイスを信用しますかと聞いてくるので、はいと答え、パスワードを入れるとすぐに繋がりました。今回も同様に聞いてきますが、「このデバイスに写真やビデオへのアクセスを許可しますか?」ということで、インターネット接続とは関係ありませんでした。もし繋がらなかったら何のために買い換えたのか、悲劇(喜劇)になるところでした。幸い「博のiPhone」を通して無事繋がっているので一安心です。ただし、しばらく繋げていないと自動的に?切れるので再接続しなければなりません。

今回は すぐに治療と 思ったが・・・
6月14日 4日目
前夜21時過ぎ就寝 0時、3時、5時起トイレ。6時15分起床。寝たのが早かったからか久しぶりに夜中に起きた。
6時20分検温 36.3度、血圧120 体重66.7㎏
治療開始前、ゆっくりできる貴重な1日。個室1週間滞在は、外部から来たので感染していないかのチェックということである。
メールやSNS
 メールをしたりSNSで発信していると普段と変わらない健康体であるように思われることがあります。話せば、声が弱々しいななどといつもと違う様子がわかるはずですが、メールでは筆跡が乱れることもなく(タイプミスは増えるかもしれませんが)、にわかには違いがわかりませんね。「今日は(吐き気がしている)、梅雨入りに・・・ふさわ・・・し・・・い空(頭痛)・・・」などと書けば様子が違うことがわかりそうですが、書くのが大変。
 リモート会議を要請されることもありますが、ご勘弁ください。物理的に不可能ではありませんが、一応「病人」なので、それらしく振る舞いたいと思います()。
FBや メールをしても 病人だ
6月15日 5日目
前夜22時就寝。3時20分、4時40分起トイレ 5時30分採血。6時20分検温 36.1度、血圧110 体重66.5㎏。
ようやく治療開始。いきなり、今期入院の最大のハイライト「髄注療法」11時~12時半。
●髄注療法
 髄注療法という治療を受けました。いつも色々同意書に署名をするのですが、今回は同意撤回書というのも渡され、よほど怖い方法かと思ったのですが、「地固め療法中は中枢神経系への浸潤(注・がんが周囲に染み出るように広がっていくこと)の予防のため、抗がん剤(メトトレキサート、シタラビン、ステロイド)の髄腔内への注射(髄注)を行うことが一般的です」
https://ganjoho.jp/public/cancer/ALL/treatment.html)とあり、安心しました。
 髄注についてもう少し。
「血液に入った抗がん剤も脳や脊髄には行きにくいため、場合によっては脳脊髄液に抗がん剤を入れることもあります。一般的には腰椎穿刺といって、腰の中心部より細い針を入れ抗がん剤を髄液の中に入れます(髄腔内注入:髄注と呼ばれています)」。
http://www.niigata-cc.jp/disease/ketueki_aml.html
 「腰椎穿刺」で検索すると具体的方法が色々説明されています。
https://www.qlife.jp/dictionary/exam/item/i_00700/
 このイラストはこちらから。 
https://medley.life/symptoms/5539fcba83815011bdc813e7/details/hospitals/lumbar-puncture/
 看護師さん用の動画もあります。https://www.kango-roo.com/mv/419/
 今回は研修医の先生や新人(2年目を含む)看護師さんも加わったので、それなりの人数で、若干緊張しました(^_^)。動画は何人もの方がご覧になっていたようです。研修医の先生は3回も見たとか。
 時間は約1時間程度と聞いていたのですが、若干の試行錯誤もあったので最後の安静にする時間を含めると1時間半かかりました。
 どこに指すのか、文字通り手探りだからなかなか大変だと思います。チクッとするのはいつもそうですが、麻酔の注射の時です。ベテランの看護師さんの声がけは安心感がありました。体をエビのように曲げるのですが、ベッドの柵に足をかけると体が安定することがわかりました(もちろん、看護師さんの指示です)。
 髄液を10ml抜き(これは採血と違い、自然に出てくるのをためていきます)、その後、同じ量だけ薬を入れて行きます(髄注)。指した針はそのままです。入れる速度は調整可能だそうですが、もちろんゆっくり行います。
 足がしびれたり、頭が痛くなることがあると言われましたが、幸いいずれの症状も出ておらず、無事終了したと思います(この後どうなるかわかりませんが(^_^;))。
 ともあれ、これで一安心です。
髄注が 終わって早速 山を越え
6月16日 6日目

前夜22時就寝。すぐには寝付けず23時頃か。5時10分目覚め。6時10分起床、トイレ。6時55分検温 36.6度、血圧100 
治療開始かと思いきや、昨日の髄注の影響で血球値が低くなっている可能性があるので、明日の血液検査の結果を見て、開始するかどうか判断するとのこと。自分としては体調は全く異常はないのだが。「今日血液検査をして確認していただけませんか」と言ってもよかったのかもしれないが、一流患者ではないので、素直に受け取ることにした(^_^;)。先生は意図があって言われているだろうからと思ってしまう。その判断が難しいところだ(血液検査は原則として月、水、金の週3日)。
前回の入院時に、1週間治療が始まらず待機したので、今回はそういうことの無いようにと思っていたが、なかなか思うようにいかないものだ。特別室という良い環境にいることも影響しているかもしれない。食事を除けば素晴らしいと言ってよい状況だから()。ネットも特に不自由なく使え、仕事も回りを気にすることなく十分できる。こんなところはいやだ、1日でも早く出たい!という強い思いにならないのが困ったものだ(素敵な看護師さん達のことはおいておく)。
ともかく、明日の血液検査次第ということだが、早く本格的治療が始まることを願うのみである。

火曜日はシーツ交換。いつもは部屋の外に出るが今日はソファーに移動して看護助手の人とおしゃべり。私が教員(だった)ということがわかっているので、子どものことが話題に。お二人とも中3がいて、勉強しないので困っているとのこと。一番大変な時期ではある。進路面接をしてあげたいところだが、家族の面会も禁止なので残念ながらできない相談。来週その後の状況を聞いてみようと思う()。

●お世話なっている測定器具
 今回は、部屋にワンセット置いてあります。体温計は測定が終わると鳴るのですが、一度も聞こえたことがありません。私の耳はある周波数が聞こえにくく、ちょうどそれにあたっているのかもしれません。
 血圧計は自動のもありますが、滅多に使わず、腕に巻くタイプです。
 酸素濃度を測る器具はもっと簡単なのもあります。これは心電図も測れるものです。検温時の3セットです。
 ちなみに、血圧を測るのは検圧とは言わないですね。看護師さんも、さあ?と言われていました()。

治療前 特別室は 別世界
6月17日 7日目
前夜21時就寝。2時40分トイレ。5時20分採血。6時20分起床、検温36.7度。血圧120
採血の結果はかすかに上昇。採血した日に治療開始というのは普通ないそうで、今日も待機(^_^;)。病院で流れる時間はちょっと異なるようだ。それでも、午後、明日から実施ということが決定。同意書に署名。シタラビン+アクラシノン療法とのこと。シタラビンはいつも使っていたが、アクラシノンは今回初めて。例によって検索すると色々書いてある。
気になるのは副作用。個人差があるので何とも言えないが、それほど強い薬ではないらしい。
特別室ともそろそろお別れの気がする。
病院食
 まだ健康体ですが、やはり病院食は辛いですね。娘からの父の日前倒しプレゼントの缶詰がないととても乗り切ることができません。それでも栄養士さんを通してささやかな希望は叶えられました。朝の色パン2枚の内1つはロールパンに。夕食の米飯250グラムは200グラムに(^_^;)。写真は野菜炒めのようなのですが、シャキッとしていません。野菜炒めはシャキッとはしないか(^_^;)。ベチャなのです。他の野菜類もそう。そして独特の匂い。どうしてなのだろう。今日の昼食にはデザートにメロンがつきました。これは普通でした。当たり前か。まもなく副作用で食べられなく(食べにくく)なると思うのですが、本当に食事だけは悩みの種です。
特別室 特別食には ほど遠く(^_^;)。
6月18日 8日目

前夜23時就寝。5時10分トイレ。6時20分起床。検温36.7度。血圧110昨日に引き続き、研修医の先生とあれこれ話す。10時過ぎいよいよ抗がん剤投与開始。最初はシタラビン。久しぶりに点滴棒につながれる。昼前検査、異常なし。15時アクラシノン。色は黄色。前回のは赤だった。少し穏やかな薬ではないだろうか。口を冷やすのは同様。前後入れて1時間半アイスノンを頬にあてる(あまり好きではない(^_^;))。

16時特別室とお別れ。大部屋に移動。ただし、しばらくは大部屋個室である。それにしても、やはり特別室は広かった。

夕食はとれず。ヨーグルトのみ。コンビニのミニあんぱんとコーヒーで補う。治療開始前より1㎏体重が増えると利尿剤を投与されるが、その可能性はなさそう(^_^;)。
早速副作用か、大が軟らかくなる。

●医事用語-せん妄
 大部屋での夜間見回りの話がきっかけで、看護師さんから「せん妄」という症状があることを知りました。https://fdoc.jp/byouki-scope/disease/delirium/ さらに、そのことが争点になっている裁判があることも教えてもらいました。「乳腺外科 せん妄」で検索すると出てきます。あの江川紹子さんも色々書かれていますね。にわかには信じられない内容ですが・・・。
 なお、「せん」は「譫」という難しい漢字です。これならひらがなにしているのも仕方ないですね。

点滴棒 無いにこした ことはない。

6月19日 9日目   最悪
治療2日目。早速副作用が現れ嘔吐、下痢。コメントなどすぐにはできないと思います。悪しからず。
※今期入院で一番辛い日になるかもしれません(21日記載)
6月20日 10日目  最悪
朝と夕方2度吐く。食事はとれず。朝はジュース半分、昼は全く、夕はヨーグルトをわずか。ずっと寝ている。よく眠れるものと思う(^_^;)。PCに触りたくないと思うのでかなりの「重症」である。あと何日続くのか・・・。
家人が着替えや本を持ってきてくれる。面会はできず看護師さん経由で受け渡し。

『世界の国ぐに大図鑑』をようやく見ることができる。何より重い!
昭文社の紹介サイトより
6月18日のFBより
病室で必死に監修した子供向けの地理の本がまもなく発行されます。
https://www.mapple.co.jp/10573/?
小学生向けということですが、大人でも十分読める内容と思います。
名前だけの監修もあるようですが、校正、校閲、さらには原稿も少し準備しました。
夏の自由研究用に、あるいは図書館へのリクエストをお願いできれば幸いです。
6月21日 11日目

昨日ほどではないが不調(吐いてはいない)。食事はとれず。点滴のせいか、体重はあまり変化なし。昨日65.1㎏。今日は65.0㎏。体温は36.7度前後で今のところ平熱。
予想される副作用は口内炎。前回の最後に症状がでた。今回その場所がちょっと気になる。

※コメントなどはもうしばらくお待ちください。

6月22日 12日目
520採血 上向いてはきたが、まだ今ひとつ。頬を冷やす黄色の抗がん剤は今日で終了。残りのシタラビンも明日10時で終わる予定。口内炎は足踏み。
午後栄養士さん。ご飯は食べなくてもよいので、一緒にでる「飲み物」だけは栄養価が高いので是非飲んで欲しいと言われる。
血液検査の項目で「総蛋白」に注目。栄養状況を示すもので、基準値より低くなっている。
こちらのサイト(http://www.jrcla.or.jp/atoz/rexm/rexm_04_04.html)では6.7~8.3が基準値。私は5.1。鼻をつまんででも飲むつもりではある(^_^;)。

午後「山と溪谷」についてのこんなページを作ったので、少々疲れる(^_^;)。

※通常の書き込みスタイルはもうしばらくお待ちください。
6月23日 13日目
安保条約60年、沖縄慰霊の日。
体温37.3℃ 担当医から「朝鮮半島ですか?」と聞かれたので、「まだ韓国です」と答える。血圧120 体重66.6㎏ 回復はしてきているが、頭はすっきりせず。
入院時にもらった冊子には投与2~3日目に「全身のだるさ、食欲不振、吐き気、嘔吐」とあるが、まさにその通りであった。1~2週目に「下痢・胃の不快感、口内炎、貧血・出血、結膜炎・角膜炎」となる。下痢・胃の不快感はすでに出ている。水蒸気爆発と思ったら溶岩の流出もあり(深く考えないでください)、なかなか苦労している。
11時過ぎシタラビン(抗がん剤)の投与終了! 水分補給のための点滴のみ(写真)。
点滴棒を電源とつながなくてよくなったので、移動は楽になる。前はその都度コードを抜かねばならなかった。
『失われた地平線』
 闘病記をご覧くださっている山岳展望の大先輩(藤本一美さんや私はその方の著作から山岳展望の基本を学びました。バイブル的存在の本あります)から、何と『失われた地平線』とDVD(戦前の映画)を送っていただきました。5月17日に「シャングリラ」のことを書いていたからです。DVDには驚きましたが、山岳関連映画にも造詣の深い方なので納得しました。残念ながら今のパソコン環境では見ることができず、一時退院してからになりますが、楽しみが増えました。
6月24日 14日目

今日で入院2週間。長いような短いような。体調は回復傾向。看護師さんにも顔色や表情が良くなったと言われる。
前夜20時就寝(さすがにしばらく寝付けず)。0時、3時、5時トイレ。6時起床。36.6度、122、66.4㎏。
食事は多少は食べられるようになったが、まだ難しい。メイバランスは必ず。
7時46分、回診時に担当医より「(胃腸の不調は)必ず良くなるので安心してください」と言われる。先生のこういう言葉は大変励みになる。
9時過ぎ、清掃。担当の方に床が綺麗なことを尋ねると、クリーンルームのワックスがけはなかなかできず(患者が一人でもいると、一般病棟のように移動させることができないから)、かなり久しぶりとのこと。研修医の先生と食事のことや、病室のあり方についてあれこれ話す。
10時過ぎ、久しぶりに足湯。快適である()。
看護助手さん達と色々話す。フェイスブックなどを見てくださっているとのこと。『世界の国ぐに大図鑑』購入には感謝()。お一人は今、家に猫が3匹。うらやましい。しばらく猫談義。写真を見せてもらう。看護師さんにも猫好きがいて、今度ウナ様を紹介する予定(娘が早速アルバムを作ってくれた)。
昨晩思いついた「地図中心」連載の「展望図採点紀行」の一覧作成を行う。単純作業だが時間がかかる。一日がかりであった。http://yamao.lolipop.jp/tenbo/saiten/kiko.htm 残りは資料が手に入ってから。夜、夜勤の看護師さんに『世界の国ぐに大図鑑』を渡す。ご活用ください)。

●せん妄で思い出したこと

 アルプスの少女ハイジが山を下りた時がそうだったのではないかと思い、検索したらやはりそうでした。せん妄現象の一つとすれば間違いないでしょうね。
 「睡眠障害相談室」というサイト(http://sleepclinic.jp/menu-24.html)の【睡眠時遊行症(Sleep walking)】に以下の説明があります。
 俗に「夢遊病」と呼ばれるものです。アルプスの少女ハイジが、山を下りてクララと一緒に暮らすようになった後に、夜になると歩き回ってしまい、翌日は覚えていないというシーンがありますが、このように小児にはありふれたものです。 このサイトには他にも興味深い記述があります。

体調は 火山現象で 説明可
 解説なしです(^_^;)。

6月25日 15日目

入院半月。折り返し点か。
前夜21時就寝、0時、3時、4時トイレ。5時起床。6時過ぎ検温。36.6度、118、66.7㎏。
早朝の地震で目が覚めたと言いたいところだが、起きていた。長く揺れた。
朝の採血の結果。今回気にしていた総蛋白は5.1から5.2に微増(^_^;)。白血球、赤血球、血小板は着実に!減少。感染症に気をつけなければいけない時期に入る。7時43分回診時に担当医から「後は待つだけですね」と言われる。また、あみんを思い出す()。
食事はやはり進まない。看護助手さんに補食をお願いする。点滴もしているので、体重は減っていない。
午前中は http://yamao.lolipop.jp/tenbo/saiten/kiko.htm の加筆作業。
新人看護師さん3人は、専門学校、短大、大学と出身の校種が違う。興味深い。
※夜勤の休憩時間に見ていただいた『世界の国ぐに大図鑑』は好評であった()。

●6月25日
 朝鮮戦争開始70年。私が若い頃は、「南」が先に攻撃をしかけたという主張もありました。(平和勢力である)社会主義の「北」がそんなことをするはずはない、防衛上やむを得ず対応したのだというのです。それにしては短時間で釜山まで攻めたものだなあとは思いましたが(^_^;)。世間一般の用語で言えば「左翼」はそう思っていたのではないでしょうか。しかりある時期、「左翼」も北が先に仕掛けたという立場に転じました。色々な資料がでてきたのでしょう。家に戻れば幾つか資料があるはずですが、ネットでとりあえず次を見つけました。https://ippjapan.org/archives/2529
その中に「かつて日本では朝鮮戦争の開戦に関して南北どちらが先に進攻したかという「先攻論」が盛んに論じられたことがあった」とあります。「かつて」の時代に私はいたわけですね。
 教員だった時代に、歴史の教員に、なぜ近現代史を教えないのですかと尋ねたことがありました(日本史の場合、下手をしたら明治に入ってちょっとしたところで、終わってしまうということもあったようです。さすがに今は違いますが)。彼は「評価が定まらないからだ」と答えました。現時点で可能な限り調べてその知見をもとに語ることはできるはずとは思いますが、まあ一理はあるでしょうね。
 朝鮮戦争が勃発したために警察予備隊ができ、それが自衛隊になっていきます。また「対岸の火事」の「朝鮮特需」でそれが後の高度経済成長に繋がっていきます。政治的にも経済的にも戦後の日本に大きな影響を与えた朝鮮戦争ですね。それが始まる3ヶ月前に私は生まれました(^_^;)。

 写真は板門店で、2004年3月撮影。立っているのは 北朝鮮の兵士。軍事停戦委員会本会議場内から外を撮影。

後半月 待つわ待つわ 後半月
  駄作が続きます。
■追記
マスク着用の指示。今は私一人なのですが、写真のような指示が掲示されています。ちょっと気になるのはその図柄です。気にしすぎでしょうか()。
 学校にこんなのがあれば、すぐにこのようになるでしょう。
6月26日 16日目
赤血球と血小板の輸血。そのためか、夕方血圧が珍しく140~150へ。下痢は直らず、病院食が厳しい状況を除けば体調はかなり回復(腸は不調ですが(^_^;))。片付けておきたい仕事があり、今日の報告はここまでとします。具合が悪く書けないわけではないので、ご安心ください()。
※「片付けておきたい仕事」はこちらです。24日に始めたものです。単純作業ですが、時間がかかりました。田代博の展望図採点紀行(1~52総集編)
※久しぶりに赤血球と血小板の写真です。
赤血球 血小板 ノシイカを連想した
6月27日 17日目

前夜9時就寝。久しぶりに1.5~2時間おきに起きてトイレ。半分近くは大も。3時過ぎからは多分起きていた。6時起床。6時20分検温。36.5度、130.66.7㎏。やはり眠い。
ここ4、5日肋骨のあたりが何かの拍子に痛くなる。1週間近く前に吐いた時の影響が残っている?笑いすぎて腹が痛くなる、という感じというと深刻に受け取ってもらえないが、今までに無かったことなので、少し気になる。もちろん一番の課題は下痢。1日8回程度。普段痛いわけではないのでもうしばらく待つしかない。食事には触れない(^_^;)。
家人が着替えや郵便物、差し入れを持参(面会はできない)。

八ヶ岳断面図(図・硫黄岳~天狗岳、地理院地図で作成)で言えば、硫黄岳から夏沢峠への下りが急で、ここが辛いところだったのだろう。今は夏沢峠から根石岳へなだらかな登りを歩いているところ。最後、天狗岳の登りは岩場もあり緊張するが、これからどうなっていくか見物ではある。
家人が持参した中に、地図センターからの郵便物が。開けてみると地図扇子の「八ヶ岳東部」「八ヶ岳西部」(写真)が入っていた。早速お礼のメールを送ったところ、顧問の配慮とのこと。ご本人からは「今回2本お届けしたのは、応援用です。赤勝て、白勝て、どっちも勝て!」とのこと(私信引用ご容赦)。良いセンスである()。感謝。

私は体調が素直に表情に出るらしい。自分ではそんなに意識していないのだが、はっきりわかるとのこと。ここ数日、元気になってきましたねと各看護師さんに言われる。わかりやすくてよいそうだ()。新人さんに、具合が悪いんです、と演技をしてみようかな。
彼女達も3ヶ月経ち、様子がわかってきたのですぐに見抜かれてしまうだろう。

病室での会話など

 大部屋個室なので、周りに気兼ねなく話しができるのがありがたいところです(前にも何回かありましたが)。その気になればズームもできるでしょう。最近は看護助手さん達と話す機会も増えました(6月24日にも記載)。昭文社の本を買ってくださった方は今日持参されたので、サインをしました。もちろん、例のサインです()。

  明るく元気に振る舞っている看護師さん達も皆それぞれ悩みや葛藤があります。新人さんもすっかり様子がわかってきたようだと書きましたが、本人達は「いっぱいいっぱい」とのこと。帰るとご飯を食べてお風呂に入ってすぐにバタンキュー(おじさん用語っぽいですね(^_^))。半世紀近く前の自分の初年度を考えてみると、まあそんな感じではありましたね。当日担当でない新人さんが帰りに寄ってくれ、近況報告。「お互い頑張りましょう!」と言って帰っていきました。
 食べ物の話から、ホヤが話題になったことも(FB友達で大好きな人がいたような)。私は食べたことがあるだろうか。早速検索です。https://www.yamauchi-f.com/blog/?p=6380 一時退院したらチャレンジしてみましょうか。
 比叡山延暦寺で修行体験をしてきたという方もいました。色々思うところがあったのでしょうね。お説教を聞くとかではなく、自分と向き合うのですね。とりあえずは吹っ切れましたと言われていました。こちらも早速検索です。https://www.hieizan.or.jp/shugyo

 色々勉強になります。
要注意 ガスと溶岩 紙一重
6月28日 18日目

前夜8時頃就寝。眠かったのだがやはり1~2時間おきに起きてトイレ。大は減った。
起きてはすぐ寝てという感じ。4時頃からは起きていた。6時起床。6時50分検温。36.7度、140 66.4㎏。最近、血圧がやや高い。
足湯とちょっとだけ手湯も()。
午後からだるく時々ウトウト。夜勤の看護師さんが交代でやってきて、血球値が低いからでしょうと言われる。納得。私は健康体ではなかったのだ。といいつつ、こんなのを書いているので、疲れるのは当然か。http://yamao.lolipop.jp/tenbo/toka/chikyu.htm

病院食について
 今、一番の課題が、例によって病院食です。
 古いですが、こんなサイトがありました。
   http://tadahiko.c.ooco.jp/GIMON/QA/QA563.HTML

 T「若干味覚障害があるようなんですけど」 N「具体的には?」
 T「病院食の味が今一つなんです・・・」  N「それは正常です!」
 TとNの会話はフィクションです。念のため。

カツサンド 今日も売り切れ 三度目だ

6月29日 19日目

前夜9時頃就寝。何回か起きたが、比較的すっきり。4時半便を取る(初めて)。5時採血、併せて検温。36.7度。血圧158 今までで最高(10時過ぎには132に下がる)。
採血の結果:総蛋白は5.6に微増(前回5.2)。メイバランスを飲んだ効果か?尿酸値が高かったので薬を飲んでいるが4.6正常値になる。白血球は200。最低に近い。
抗がん剤治療開始12日目。前々回は14目から北朝鮮徘徊が始まったのでそろそろ心構えが必要。
午前中、赤血球輸血(13時過ぎまで)。夕方血小板輸血。

便関連
 食事中の方恐縮です。
 病院で初めて便をとりました。その道具のご紹介です。
 トイレで見かけることはあったのですが、見当がつきませんでした。なるほどそういう風にするのか、と感心しました。たまったところを、「シャベル」ですくって容器に入れるのです。便利ですね。別な検査もあったので、看護師さんにお願いしましたが、今まで検便の際に行ったやり方より機能的というか本格的というか、さすがは病院という感じでした。看護師さんにはまたまた頭が上がらなくなりました()。

クーデター ゲーリークーパー 懐かしや
 上記に関連して、小さい時に言いませんでしたか(^_^;)。
若い看護師さんは、ゲーリークーパーをご存じありませんでした。
6月30日 20日目

前夜9時半血小板輸血。血小板は洗浄するからか、しばしばこのような時間になる。終わったのが午前3時ということもあって寝不足。もちろん寝ているのだが、例によって頻繁に起きる。6時起床。6時40分検温。36.8度、130、66.7㎏。昨晩は血小板輸血直後は37.9度あり(今期最高)ちょっと焦ったが、朝は平熱だった。頭(目)が少し痛く、7時40分の回診時にはウトウトしていた(珍しい)。担当医からは「血液内科は“先行逃げ切り”です」と言われる。確かに最初に抗がん剤を投与して、あとは薬が効いてきて、そして血球値が回復するのを待つしかないからだ。「私待つわ」ですねと言ったら「あみんですね」と返してくれたのは嬉しい()。
その後看護師さんに、今日は今一つのようですねと言われる(彼女は方向音痴だそうだが、その理由を科学的に説明できているのがエライ。また、色々なエピソードを聞かせてくれた)。別な看護師さんには、本の監修などについてあれこれ説明をした。看護助手さんによるシーツ交換。プロの技を見る。
リポDを飲んだが、終日やや不調。しかし、例によって地図(富士山)関連の作業を進めた(^_^;)。今日は珍しくコンビニは使わず。

●今日で半年終わり
 tf時代は、6月最後の日(授業)に、「今日で半年終わりますね」と言って、生徒にいやな顔をされたものでした。tfは、翌1、2月は全く授業がなく(希望者対象の講座はありましたが)12月で3年の授業が終わるので、本当に6月で半分が終わるのです。
 今期入院は今日で20日目。標準なら2/3が終わったことになります。2月5日からよくここまで来ましたね()。「下山」「出所」は8月下旬になると思いますが、まずは次の一時退院を励みに、白血球の値を増やしていきたいと思います(思って増えるものではありませんが(^_^;))。

山河を 越えては越えて 来つるものかな
 有名な歌の後半3/5です(^_^;)。こちら参照。

7月1日 21日目

前夜8時前就寝。1~2時間おきに何度もトイレ。寝付けないことはないが、短い睡眠の繰り返し。目覚めは今一つ。5時半採血。白血球は前回と同じ200。赤血球、血小板は微増。体温36.8度、血圧126、66.6㎏。
昼前後、目、頭が痛い。看護師さんと話をするとその時は嘘のように痛みを感じなくなる()。看護師さんもどこに配属になるかによって仕事内容は大違い。外来だと先生の右手となり事務的実務的な仕事が中心になる。患者とゆっくり話をすることはできない。それが可能なのは病棟ならではである。確かにクリニックなどに通っているが、そこで看護師さんと病気に関すること以外で話をすることは滅多にない。今日話をした看護師さんは、患者とのコミュニケーションに魅力を感じているそうなので、良い部署に配属になったということである。
先日の便の検査の結果。やはり少々異常はあるようである。その影響かどうかわからないが、お腹が減らず食事をとる気がしない(減っていてもだが(^_^;))。引き続き、目、頭の痛さが続く。今日は不調だ。半血小板輸血。今日は20時から始まるそうだが、どうなるだろうか(予定通り20時から始まり、23時少し前には終わった)。

再生

 写真は2日前に撮影したものです。抗がん剤に耐え、再生し始めているではないですか!

 2週間近く前からちょっと違うなとは思っていました。家人にはひげ剃りを持ってきてもらっていたし(今までは全く必要ありませんでした)。夜明けは近い、下山は近い、と言えるのはまだ先ですが、変化があることは確かです。

※スマホをつないでいなくても通信できるのは何故?()。

 翌日知人からのアドバイスで判明。今までスマホとPCをケーブルで繋いでいたのですが、無線でできたのでした。何ともでした。煩わしくなくて助かります。

看護師さん 「また来ます」でも こない時も(^_^;)。

 決して文句を言っているのではありません(^_^;)。退出するときの決まり文句ですから。
7月2日 22日目
前夜血小板輸血20時~23時少し前まで。2時間おきにトイレに行くが、それなりに眠れる。6時起床。6時10分検温。36.7度、138、66.4㎏。
6時の起床が待ち遠しい時と(それまでに目は覚めているが、起きて活動を始めるのは6時と決めている)、もっと横になっていたいと思う時がある。それで体調の善し悪しがわかる。今週は後者が多かったが、今日は微妙であった(良い方向には向かっている)。
研修医の先生に、少々プライベートな質問をする()。最近圧力鍋を買ったそうで色々料理をするとのこと。独身だが、結婚したら育児もちゃんとすると思うとも。今時の若者はさすがである。
食事は相変わらず苦行。点滴のおかげで体重は維持できている。
体調のよい時に、「富士山ココ」(https://info.jmc.or.jp/fujisankoko/)改訂用の資料(画像)作成を始める。できあがったら、マニア向けではあるがかなり画期的なものになるはず()。
点滴棒の「足」
 昨日は頭の話題だったので今日は足です。ただし点滴棒の、です。
 これがお世話になっている点滴棒の「足」です。キャスターが6つ付いています。6本足ですね。検索したら色々なタイプがあり、これがたまたまそういう構造になっているようです。安定性が良いとか回転しやすいなどの特徴があるのでしょうか。工学的に適切な形?
 ここまで書いて、Top という会社の商品なので、検索したらバッチリ出ていました。
 https://www.top-tokyo.co.jp/product/pdf/IV-N2.pdf
 納得しました()。
点滴棒 もうしばらくで さようなら
 のはずです(^_^)。
7月3日 23日目
採血の結果、白血球の値が増えているかと思ったら、逆に最低の値に(^_^;)。終日眼精疲労的頭痛。夕方血小板輸血。
本日は不調につき、ここまでとします。なかなか一筋縄ではいきません(^_^;)。
7月4日 24日目
今日も眼精疲労的頭痛で不調。しかし、夕方ようやく回復の兆し。抗がん剤投与17日目。高熱が出ておかしくない時期だが、今回もそれを回避できているのはありがたい。
今日もここまでにします(^_^;)。

体調の バロメーターが フェイスブック
7月5日 25日目
昨日同様今日も眼精疲労的頭痛で不調。相変わらず1~2時間おきにトイレ。日曜日だからか検温は7時。36.6度、140、66.7㎏。下痢は治まりようやく通常に。酸化マグネシウムの服用を始める。足湯。リポDで元気を出す。夕食は天ぷら盛り合わせ。一応ほぼ完食!珍しいことだ(^_^;)。
とりあえず今日もここまで。
7月6日 26日目
昨晩は20時就寝。しかし相変わらず何度もおき、今日も眼精疲労的頭痛で不調。
5時30分採血、検温。36.6度、140、66.3㎏。
血液検査の結果、白血球は相変わらず最低のまま(^_^;)。ガックリである。看護師さんにも今日の落ち込みはすごいですねと言われる。30日目の金曜日には下山したかったのだが、まず無理だろう。白血球を増やす薬(注射)もあるようだが、私の場合、自力で、ということのようだ。昼、赤血球の輸血。夕方or夜には血小板輸血。
事情があって、今、私の食事は使い捨て容器になっている。この図柄は病院とは思えないのだがいかがだろうか。ほとんど残してしまったのは図柄のせいではないが。
KISS’TOKYOというブランドらしいという情報を得ました。https://kiss.tokyo
看護師さんとの会話で少し元気になったが、今日もここまでとします。
7月7日 27日目

前夜20時頃就寝。いつも通り何回も起きる。例の頭痛はかなり減少。
6時半検温。36.6度、134、66.4㎏。
写真は朝食に出た野菜炒め。シナシナなのがおわかりいただけるだろうか。しかも独特の匂い。勘弁して欲しい。先生もコンビニでの「補食」を勧めるので安心して食べたいものを食べようと思う。

こんなしゃれたメッセージがついていたが、私は「食事の・・・内容が異なる」例だったようで、それらしきものは全く無かった(泣)。

水分補給的点滴は今日で終わり。点滴棒が無いのは楽だが少々寂しい。看護師さんに尋ねたら多くの患者は同様に思っているようで、名前をつけている人もいるとか。
家人から着替えなどが届く。面会はできず病院のスタッフ経由である。
闘病記が長くなっているので、超超超ダイジェスト版を作成。
http://yamao.lolipop.jp/byoin/digest.htm

http://xn--nyqy26a13k.jp/archives/57678 を読んだ直後に血圧測定。怒りのためか158もあった。40分後にもう一度測ってもらったら142に。でもまだ高い。

コロナ禍
 11月に話をすることになっていた講演会のキャンセルの連絡がきました。入院生活の体験を踏まえ、どう生きるかということも加味した内容を考えていたので、ちょっと残念です。さすがにその頃は大丈夫ではないかと思いますが、安全を考えると仕方ないですね。横浜市はアリーナでの成人式をやめるそうですし(成人式自体不要と思いますが)。
 8月21、22日には日本地図センターで教員免許状更新講習が実施されます。東京の状況を考えるとそちらは大丈夫か、気になります。私は講師を務めることになっているので、それまでに「下山」できるかどうかがもっと気になるところです(まもなく一時退院した後、最後の(多分)入院が控えています。

家人来て 面会できぬ 七夕に

7月8日 28日目
睡眠状況は昨日とほぼ同様。頭痛は特に午後になると気になる。白血球は相変わらず最低の100。これで今週の退院は無くなった・・・(^_^;)。血小板輸血。19時過ぎの体温は37.9度。もしかしたら今期最高?
ということで、今日はこれにて失礼します。
7月9日 29日目
前夜19時半頃就寝。いつも通り何回も起きるが回数は少し減った。例の頭痛は少々。
6時40分検温。37.2度(昨晩は37.9だったので一安心)、118、128、65.6㎏。点滴が終わったのでこれから体重が減っていくと思う。白血球を増やす皮下注射があるのだが、私の場合は、自然回復を待つ方針とのこと(前に書いたと思うが)。
昨日の昼食はミートソースとスイカ。
麺に比べてソースが少なかったがある程度食べる(食べられる)。スパゲティは外れはないようだ。夜は鳥の唐揚げ。これもまずまず。その気になればできるじゃないか()。しかし、今日は朝も昼もダメ。
特に何もない一日。
頭痛対策で、ディスプレイを見る時間を制限しようと思う。
看護師さんとの会話
 看護師さんと話をして元気が出ているが、彼女達も患者と話をして元気になると言われた。私はギャグを言い、世間話をすることもあるが、時には多少は役だっているのかもしれない()。安心しておしゃべりをしようと思う。
 一昨日はある看護師さんに「少しは世話をさせてください」と言われた。「模範患者」なので、確かに手間はかからないと思う()。コンビニには毎日のように買い物に行ってもらっているが・・・。
 今日は、新人さんとの話の中から高校講座地理の話題になり第2回目を紹介。
 開口一番、「めっちゃ髪あるじゃないですか!」()。彼女達が入ってきた4月にはもう無かったから、ふさふさ時代を知らないでした。これから楽しみですと言ってくれました()。
ナースコール 押して深夜の ランデブー
 もちろん、妄想というかフィクションです。新人看護師さんは、「ランデブー」は何となく分かりますとのこと。アベックは?と尋ねたら全くお手上げでした。
7月10日 30日目
今日でちょうど1か月。昨日と同じ。「前夜19時半頃就寝。いつも通り何回も起きるが回数は少し減った。例の頭痛は少々」。ただし、夜中に38.4度。38度線を越えた。ただし、瞬間的だったようで、朝は36.8度。128、64.9㎏。
採血。結果は、白血球が倍増!しかし、最低の100が200になっただけ(^_^;)。前途洋々、いや多難。月曜日がどの程度増えているか。
昼前後赤血球輸血。初めて血を暖めてもらう。
日中37.5度程度の微熱の時あり。今期の特徴。
回診時に、白血球を増やす皮下注射をしない理由を尋ねる。私の場合、それにより悪い細胞を元気づける可能性があるとか(正確な表現ではないが)。一応納得。高濃度ビタミンC点滴療法に関わるサプリメントについて、薬剤師さんを交えて意見を聞く。標準医療で使うものではないので、先生方も詳しい情報はないようだ。
夕方血小板輸血。
食事は3食とも基本的にダメ。点滴の話もあったが、コンビニの「補食」でも良いので自分で食べることにする。後数日の辛抱と思いたい。
ふるさと納税
 うなぎを食べたいという話から、ある看護師さんが、ふるさと納税で各地のうなぎをゲットしていることを知りました。ブームになっている(今もかな)ふるさと納税ですが、自分で行おうと思ったことはありませんでした。しかし、うなちゃんが安く手に入るなら考えてもよいですね()。近いところでは7月21日が土用の丑の日。病院食でウナギが出るでしょうか。絶対出ないね。一時退院中かどうか微妙な日ではあります。
ウナギ食べ 思い出すのは うなのこと
2005年11月10日 もらってきて最初に撮った写真(多分)
7月11日 31日
前夜19時半過ぎに就寝。夜中の起床は3回程度か。変な夢を見る。履いてきた靴が見つからずあちこち探し回る。
6時過ぎ 検温36.6度、128、65.0㎏。
顎の1カ所が押すと痛い。おできができ、押すと痛い感じに似ている。ピンポイントである。口内炎の影響?
回診時に担当医とジェネレーションギャップの話題で盛り上がる。
しかし、全体としては不調。眼精疲労的頭痛がまた生じ、何もせずひたすら時間が経つのを待つ。ある意味贅沢な時間?(^_^;)。
病院食、ますますピンチ。コンビニ様々だ。月曜日に栄養士さんに話をしようと思う。
夜勤は16時間勤務
 ツイッターでこれから夜勤16時間です、がんばりますという看護師さんの投稿がありました。16時間は長いのではないかと思ってウチの看護師さんに確認したら、間違いありませんでした。日勤との引き継ぎがあるので、夕方には出勤、そして翌朝の引き継ぎまで考えると確かに16時間にはなりますね。ますます頭が下がります。私は大丈夫なので見に来なくていいですよ、と言うのですが、ちゃんと来てくれています()。
楽しみの はずの食事は 苦痛だけ
 病院食改善の #KuToo を始めようかしら。
 #KuToo(クートゥー)は、日本の多くの病院食がまずく、3度の食事を苦痛に感じる患者が始めた、病院食改善の運動である。「MeTooをもじって「靴」と「苦痛」を掛け合わせた造語」(ウィキペディア)をそのまま使っているので元々無理があるが、せめてもの鬱憤晴らしである。
 これに対して、「#EaToo”がいいかも、口からしっかり食べることが大切ですし、食べる喜びも大切です」というコメントがありました。とてもイート思いますと返事をしました(^_^)。
7月12日 32日
前夜22時半過ぎに就寝。夜中の起床は3回程度か。起床時にはようやく回復しつつある感じになる。今まで何回かだまされてきたが。
6時20分 36.5度 128 64.6㎏。体温、血圧は終日安定。口腔内若干違和感。
昼前足湯。
「投影法警察」が出動しなければならない事案が発生し、時間を取られる。
夕方20分部屋の中を往復する(リハビリ)。
白血球回復状況
 明日劇的に増えると良いのですが、それでも退院はよくて週半ばでしょうね。

 今までの状況を表にしました。
看護師さん 4文字で形容 思案中
 癒やしの○○さん、元気な(の)△△さんのように、特徴を示す言葉を探しています。言語感覚を養うのに良いですね()。
7月13日 33日
速報!
白血球1000に増加
今日血小板の輸血をして、水曜日あたりには退院か。
今日で入院33日目。今までの中で最長。毎日更新していくことになるので、確かにそろそろ下山時ですね。

入院最長記録更新。過去1、3回目は32日。2回目は27日。ということで今期はこれから毎日記録更新ということになる。
前夜21時半頃就寝。夜中の起床は3回程。
5時半採血。月曜日は腕から。いつも右だったが血管も疲れてきたようで、先週から左から取るようになった。結果は、速報で書いたように1000!お祝いに雪見だいふくを食べる()。水曜日にどの程度増えるかで下山が決まる。目標は水曜日の午後1時に一時退院! 下着の替えが無くなってきたので、ということも理由にして、明日の回診時にアドバルーンを上げておこう()。
総蛋白も6.3に。着実に上がってはいる。
6時10分検温 35.8度(低い!)118、64.5㎏。
栄養士さんに相談など。次期入院時に、確実に食べられない期間に病院食をやめることができないかを尋ねる。食品ロスの観点からも心理的にも、明らかに残すと分かっているものを出してもらうのは気が引けるので。通常の病院食をとることが治療の上で好ましくない場合を除き、できないとのこと。気持ちはわかるが、何か食べられるものを一つでもとってくれれば結構ですと言われる。では今まで通りの対応をしよう。
14時~16時半血小板輸血。今日は早い。
その後20分自主的リハビリ。ただ歩くだけだが、マスクをしているせいもあり、良い運動になる。
口腔内の痛みは歯なのか、口内炎の影響か。
ベッド
 毎日、毎晩お世話なっているベッド。メーカーはパラマウント。CMでも見かけますね。
なかなか快適です。
日中はほとんど起こしています。
白血球 倍増すれば バイバイだ。
7月14日 34日目
夜は3回程度起きる。ここ2、3日最初に起きるのは翌日になってきた。回復の傾向か。
6時10分検温 36.2度、114、64.9㎏。
「せん妄」が話題になった裁判の高裁判決で、医師が逆転有罪判決(13日)。即日上告。
目、頭の痛みはほとんど気にならない。
昼食はカレーうどん。ほぼ完食。夜はダメ。コンビニのチーズバーガーを食べる。
午後シーツ交換。
17時からの20分間リハビリは完全に習慣化。
特に何もしなくても、1日は過ぎる(もちろん、何かはしているが())。
●登山継続!
 諸事情で、登山を継続することになりました! 現在第3回目の地固め(通算4回目)。一時退院して最後の地固め(通算5回目の入院)になる予定でしたが、その一時退院をせず、縦走を続けるのです。ただ、2泊3日の外泊(帰宅)は可能。食事を除けば良好な環境ではあります。暑さ、寒さ知らずで、魅力的な看護師さんにも囲まれています()。今のところ、大部屋を1人で使えているし。
輸血などに使うCVカテーテルをどうするかが問題です。1日1回洗浄しなければなりません(ヘパリンロック)。2泊3日だと一旦抜くことになります。そして治療を始める前に再度装着の手術。噂ではその手術が集中しており、予約がとりにくいとか(同じ病院なのに)。そうすると治療開始が遅れる可能性があります。それは困ります。CVカテーテルをつけたまま、1泊2日の外泊を繰り返すという便法もありそうです。朝洗浄してもらい、翌日の夕方戻ったところで、また洗浄してもらうということです。明日以降、担当医に相談しようと思います。
あれ変だ 髪の再生 止まってる
 いずれご報告します。
7月15日 35日目
夜中起きるのは3回。
5時20分採血。予想通り、白血球は1500に増えた!但し即退院というわけにはいかない・・・。体温36.2 118 65.0㎏
担当医より7時45分の回診で入院継続の確認があったが、その後、状況が変わったとかで、従来通りの一時退院になるかもしれないとのこと。病院の事情だそうだ。私としては体調は回復してきているので(人間の勘はすごいと思う。ここ数日確実によくなってきているのを実感する)、一日も早く下山したいのみ。家人は必ずしもそうではないようだ(^_^;)。金曜日の採血で確認することになった。私は金曜日が下山日と決めている!
看護師さんと強盗キャンペーン(Go To キャンペーン)や森友問題、医療従事者への酷い対応、ツーブロック(髪型)の事などを話す。血圧を上げてごめんなさいと言われるが(^_^;)、若い世代が今の政治に怒っていることがよくわかる。変革を求める人たち、出番はありますよ。
防衛白書がウェブで公開されているので、地図のチェックのための資料作りに励む。おっといけない、まだ病人だったのだ。
昼食は焼きそば、デザートはスイカ。完食!やればできるじゃないか(これは私に対してではない)。
髪の再生は足踏みか
 昨日書きましたが、1週間近く前(若干曖昧)、枕に短い髪の毛がついていました。一時伸びて(生えて)きたように思っていた髪の毛がストップしているような気がします。
写真は今日撮影。抗がん剤が効いていればやはり髪の毛にもダメージは続くのでしょうね。
耐えて頑張って欲しい!
 都立高校でツーブロックを禁止している理由を、事故や事件に遭う可能性があるからと都教委が答えて笑われているが、再生したらツーブロックにしようと思う。
下山して 何を食べよう やはりウナギ
7月16日 36日目
夜中起きるのは3回。但し、今日は2時以降あまり寝られなかった。一時退院(後)のことをあれこれ考えていたからか。
6時半検温 36.6度 118 65.0㎏ 今回は体重の変化が少ない。
9時カテーテルを抜く。本来は明日の血液検査の結果を待ってからだが、担当医が明日は来ない日なので、今日お願いする(実際の施術は研修医の先生)。痛くなくさっと抜けるのがいつも不思議。
1か月近く一緒にいたので愛着がわく。看護師さんは前回と同じ方。記念写真は別な看護師さんがいいですか、と気を遣ってくれた。もちろん、そうしてくださいとは言わない(^_^)。
ある看護師さんが見えたら是非言いたいということがあった。今日が担当だったので真っ先にそのことをに伝えたら、彼女も同じ案件を私に話したかったとのこと。そういうこともあるのだ。
10時前後今期最後の足湯。今回は石けんで洗ってもらう(^_^)。
プロの技からの連想
 採血がしにくくなっています。腕からとるのですが、血管が隠れてしまってなかなか見えません。通常右腕ですが、最近は左腕になりました。ベテランの看護師さんが、なでたりトントンとたたくような動作をすると、血管が浮き上がってきました。採血時にチクッとしますよ、と言われましたが、ほとんど感じませんでした。さすがプロの技! こうなるまでには苦労もあったのではないでしょうか。
 それを極めるまでに、方向転換する人もいるでしょうね。私は教員を天職とは思いませんでしたが、教員になった年には結婚していたので、転職を考えることはありませんでした。それでも、教育実習を行った学校(今のtf)と、最初に赴任した学校はかなり違っていたので、これで良かったのかなと思うことはありました。分会の夏合宿(学校の組合で独自にそのような活動を行っていました)で、先輩の教員から、もし他にやりたいことがあるなら(大学院に行き研究者の道を選ぶなど)早く決断した方がよい、と言われました。一生懸命頑張っていた積もりですが、第3者からは迷いがあるように見えたのでしょうか。
 道は一つだけではありません。希望して、期待をもってその道を選んだとしても、学生時代にはわからなかったその場の環境、そして自分の適性などを考え、方向転換はありだと思います。踏みとどまってがんばって欲しい、でも頑張りすぎないように。
後ろ髪 引かれたくても 髪が無い
7月17日 37日目 一時退院!
今期入院最終日(の予定)だからか、夜中に何回も起きる。
5時半採血。結果は白血球2200!文句無しである。但し赤血球は伸び悩み。レバーを食べればよいのか?()。
6時半検温 36.5度 132 64.9㎏
10時過ぎ主治医から退院を告げられる。実は9時過ぎに看護師さんから退院手続きを始めたという報告を受けていたので、着替えを始めていた(^_^;)。
10時半、外来でお世話になる登山愛好家の担当医に今期入院で始めてお目にかかる。副院長なので全体の業務もあり、病棟には来ることが難しい。最終の入院について、入院したらすぐに治療が始められるように日程の確認を要望する。もちろん了解してもらえる。7月一杯は自宅待機になるようだ。
最後の昼食。コンビニの補食はなし()。
アームバンドを切ってもらう。もちろん持ち帰る。メルカリには出さない。
13時ぴったりに病室を出る。証拠としてexifデータを載せる。
一時退院を一時に、というしょうも無い趣味のために、看護師さんはあちこちに連絡してくれたようだ(会計や薬の手配など色々仕事がある)。最後まで感謝である。
Go To 我が家 へ直行。今までは帰宅してしばらくふらつくことがあったが、今回は平常に近い。それだけしっかり回復しているということか。

撮影時刻 13時00分!
新聞投稿ボツ原稿 7月4日 
病室は個室であるべき
 長期入院している。思うことが色々あるが、一番は、病室は個室であるべき、ということである。もちろん差額ベッド代を払えば個室、特別室に入ることはできるが、保険適用での個室ということである。現在は6床ある大部屋にいる。カーテンで仕切ってあるが、患者の生活音や病院スタッフとの会話は筒抜けである。プライバシーは無いに等しい。見えないが故に余計音には敏感になる。
 何より困るのはトイレである。同病者の集まりなので、お互い譲り合ってトラブルになることはないが、それでも落ち着いて用を足せないのは辛い。たまたま退院者が続き、大部屋を一人で使えるようになったことがある。まさに別世界、天国である。
コロナの関係でソーシャルディスタンスが言われるようになった。それが一番徹底されなければならないのは病院だろう。衛生面の配慮、そして患者の人としての権利を保障するためにも病室は個室を基本とすべきだと強く思う。兵器を爆買いするお金があるなら、こうした医療施設の改善・充実に使うべきである。
ずっと「個室」 嘔吐の後は 「大」問題
 今期入院の特徴です。綺麗に決めることができず申し訳ありません(^_^;)
一時退院
7月18日 
 調子は悪くない。終日パソコンに向かう(^_^;)。
 歯が痛く、十分に噛めない。歯科は人気の先生なので予約が取りづらく、来週水曜日に行く予定。
7月19日
 夜中に起きるのは2回程度。今朝は早く起きてそのままPCに向かう(^_^;)。歯はまだ痛いが収まりつつある。久しぶりにゆっくりお風呂に浸かる(昨日はCVカテーテルを抜いた後だったのでシャワーだけにしていた)。
7月20日
 朝4時前に一度起きただけ。歯が落ち着けばよいのだが。地図投影法関連のまとめをする。
7月21日
 今日は沢山の方が召し上がっていると思いますが、自宅でもようやく鰻でした(^_^))。ウナ様、美味しかったよ()。飲み物は梅酒です。病院ではどんな食事が出たでしょうね(^_^;)。
7月22日
 最寄り駅の近くの歯科に行きました。退院前から咬むと痛い状態が続いていたのと、定期検診の案内を貰っていたからです。
咬むと痛い状態はほとんど治まっていたのですが、入院中、十分に歯磨きができておらず来週、次の入院前にクリーニングをして貰うことになりました。衛生士さんはカメラが好きなようで、「歯をレンズと思って下さい。ごしごし磨きませんね。柔らかいブラシで丁寧に磨いてあげてください」という分かりやすい説明をしてくれました()。
 歯科への往復は徒歩で40分程度。疲れました(^_^;)。そのためか、早く休み、翌朝まで途中一度も起きませんでした。
7月23日
 夜中に起きなくなりました(^_^)。
 歯は、歯茎に痛みがあるようです。
 富士山ココのデータ作成終了。後は担当者にお任せです。
7月24日
 夜中に起きません(^_^)。
 歯は同様です。まだ歯茎に痛みがあります。
 次の入院時に持参するパソコンデータを準備!
7月25日
 リハビリで1時間半程度最寄り駅周辺を歩きました。話題になっている富士山柄のビールをゲット。その後、まだ少し早いかと思いましたが、追分市民の森でひまわりを観賞。よい運動になりました。
7月26日
 歯は多少はよく成ってきたかなという感じです。
7月27日
 耳鼻科に行きました。スッキリしました(^_^)。耳垢が随分たまっていたようです・・・(^_^;)。
7月28日
 外来で血液検査をしました。
 好中球(https://www.kango-roo.com/word/20808)の回復が今一つで、次の地固め(入院)まではもう少し時間がかかりそうです。病院で「停滞」することがあったので、それよりは良いでしょうね。
 今日は、科を異動した看護師さんに会いたいと思っていたのですが、何と廊下でばったり()。こういう偶然もあるのですね。すっかり元気になりました。それは血液検査の結果には反映していませんでしたが(^_^;)。
 同じ病院なので、来月お目にかかることもあるでしょう。
 FBでは上記に対して、こういうコメントもありました(^_^)。
 会うとすっかり元気になるなんて、よほど素敵な看護師さんなんですね。頑張る先生への神様のご褒美かも?
7月29日
 歯科に行き、上側をクリーニングして貰いました。上下両方をお願いする積もりでしたが、入院が延び、来週も通うことができることになったので、片側だけにしました。かなり汚れていたので、両方だと疲れたと思います(^_^;)。おかげでスッキリしました。入院先は総合病院ですが、歯科はないので(出張で来てもらうことは可能)、今の内にしっかり診ておいてもらおうと思います。
 3日連続通院でした。
7月30日
 4回目の地固め入院について
 急性骨髄性白血病の治療(薬物療法)は、寛解導入療法と地固め療法の2段階あります。
 寛解導入療法は、抗がん剤を投与し、骨髄および血液中に白血病細胞がほとんどなくなり血液細胞が正常な値に戻ることを目指します。
 その後、まだ残っている白血病細胞を更に減少させ再発を防ぐための治療を行います(抗がん剤を投与)。これが「地固め療法」で、経験的に4回行っています。
 人によっては、3回で済む場合もあり、4回では終わらない場合があります。私の場合、もしかしたらもう3回で終わっているのでは無いのか、そのことは骨髄検査からわからないのか、担当の先生に尋ねてみました(寛解になっているのはもちろんですが、完治しているのではないかということです)。できれば副作用のきつい抗がん剤治療はもうしたくないからです。看護師さんに会えないのは寂しいですが・・・(^_^;)。
 結論的には判断は大変難しいようです。
 骨髄検査では、白血病細胞が残っているかどうかを正確に判定することは困難だそうです。肉眼で見たり、細胞表面形質を見たり、染色体検査を見たりするそうですが、それでわかるのは数百個から数千個に一個の白血病細胞が残っているかを検出できる程度だそうです。何万個、何十万個に一個の白血病細胞が残っているかどうかまでは判定できません。私の場合、検査でわかるは範囲では白血病細胞は検出できまていないそうですが(寛解の段階にはある)、本当に無くなっているか(完治しているか)は不明です。
 また、初診時に白血球数や遺伝子検査で再発しやすいか、再発しにくいかを判定することができ、私の場合は再発しやすい要素はなかったそうです。従って、悪い状況ではないようですが(そもそも自覚症状は全く無かったのですから)、再発防止のためには、特に治療をやめなければならない事情がないなら、4回目の地固療法を行った方がよいということでした。
 第4回目は少し強い薬も使うようなので、体力が十分回復していないといけません。そのためもあって、入院はちょっと先になるようです。


 なお、寛解と完治は別物です。以下はリウマチについての説明ですが、分かりやすいので参考になさってください。
 寛解と完治の違い
 こちらも参考なります。
 
7月31日
 今日も「巣ごもり」。山行記録でホームページにアップしていないものを整理。次の入院時にも行う予定。
8月1日
 関東地方もようやく梅雨明けのようです。
 コンビニに買い物に行きましたが、基本的に自宅にいます。好中球の回復状況を高度な緊張感をもって注視しています。つまり何もしていないということです(^_^;)。あれれ、コロナに対するどこかの対応と同じだ。
8月2日
 今日もあっという間に1日が終わりました。3度の食事が楽しみ、というのが病院との違いです(^_^;)。
 夜中にトイレに起きることは全くなくなりました。
8月3日
 今日もあっという間でした。娘からもみじ饅頭などが届きました。生なので病院には持って行けません。
 一日遅れで、鰻。中国産だったので大きくて安い。しかし・・・。残してしまいました。これからは高くても国産にしましょう。決して国産品愛用主義者ではないのですが、こればかりは別でした。
8月4日
 今朝は珍しく4時過ぎにトイレ。おかげで満月を見ることができました。
信州大学教育学部の地理の問題に疑義があり、問合せ。「弁明書」を送って貰うことになりました。
8月5日
 歯科へ。スッキリしました。これで入院も大丈夫・・・?(^_^)。
 頻尿はおさまっていますが、NHKのガッテンの再放送を見ました。サイトはこちら。足上げはやってみました。
8月6日
 ヒロシマ原爆の日。いつも通りの1日でした。足上げ2日目。
8月7日
 猛暑も、外に出ず室内でエアコンをつけているので、あまり感じません(^_^;)。夕方コンビニまで買い物。明らかに運動不足だが仕方ないですね。足上げ3日目。ブレーカーが落ちてパソコンの復旧に苦労しました。
8月8日
 今日も外出せず。足上げ4日目。知人より富士山関係の本・資料が沢山届きました。
 未整理の山の写真整理に時間を費やしました。
8月9日
 昨日と同様の一日。足上げ5日目。図法のチェックに時間を費やしました。夜久しぶりにビール。但し、ノンアルコール。
8月10日
 珍しく3時に起きました。足上げ6日目。基本的Iは昨日と同様。昼にようやくピザを食べました。これで当分は大丈夫(^_^)。
 夕方「さし旅「富士山マニアと巡るフジヤマLOVEツアー」」の再々放送?あり。知人から連絡があるまで知りませんでした。
8月11日
 外来で、血液検査、骨髄穿刺など。血液検査の結果、白血球も血小板も通常に回復。赤血球がだけ今一つでL(ロー)の記号がついていました。でも、問題なく治療に入れるでしょうとのこと。でもあまり急がないようで、入院は18日になりました。カテーテル装着が19日、治療開始は20日の予定です。
 尚、尿酸値が大幅に上がっていました。前回退院前の7月13日は4.8、今日は8.7!
 今朝は富士山が実に綺麗でした(^_^)。
8月12日
 朝も夕も富士山が見えました。足上げ忘れる!購入したUSBハブが不調で、パソコンが不調になりその対応に追われていました。購入元に連絡したら初期不良のようなので、交換か返金のどちらかで対応しますとのこと。入院のことを考え返金にしました。対応は親切ですが、確実な商品を提供して欲しいと思います。
 一時退院から4週間弱。体重が5㎏増えました。知人に熊が冬眠前に沢山食べるようですね、と言われました。病院食になったら一気に痩せるので、今の内に食べて体力をつけておかなくては(^_^;)。
8月13日
 朝一番で郵便局へ。良い運動になりました。日傘があると楽ですね。
 入試問題に疑義がある大学へ確認の問合せをしたら、お盆休みで8月17日まで休みとのこと。10日近く前に最初の問合せをしていたのにそのままなので電話をしたのですが、のんびりしていますね。入院になってしまう。心証を害したので、厳しい対応をすることになると思います(^_^;)。
8月14日
 今日は富士山見えず。山行記録の整理。夕方、涼しくなってから瞬間散歩。
 入院前の貴重な時間ですが、あっという間に一日が過ぎていきます。
8月15日
 再び「再生」の兆し。但し、来週からは抗がん剤治療が始まるので、またダメージを受けるでしょう(^_^;)。 
 「富士山ココ」の100名山のデータ整理。
 台所の一角の、30年以上手つかずだった埃の山を清掃。
8月16日
 「富士山ココ」のデータ整理終了。
 武蔵野市立吉祥寺美術館で開催中の岡田紅陽の写真展に関して、撮影位置の不明な写真があり、それに関して作業を行いました。先に調べてくれた人がいて、おかげでカシミール3Dもうまく利用でき解明できました
 相変わらずこんなことをして1日が過ぎました。
 夕方、コンビニまで「散歩」。17時半を過ぎると、多少は涼しくなります(多少は、ですが)。
8月17日
 一時退院最後の日。いつも通りの生活。
 明日昼からの「病院食」を考えると憂鬱ですが仕方ありませんん。看護師(助手)さんにお願いして「補食」で命を繋ぐことにしましょう(^_^;)。
 夜中に起きることもなくなりましたが、病院ではまた2時間おきに起きるのでしょうか。これまたここで考えても仕方ないですね。
 1か月の一時退院、それなりの日々でした。
第5回入院 地固め療法第4回 8月18日~
寛解した後も体内に残っている白血病細胞を減少させ、限りなくゼロに近づけて白血病の再発を防ぐ薬物治療。通常4回に行う。その4回目、つまり最終回!
8月18日 1日目
 入院初日。最初にPCR検査、レントゲン撮影を行う。結果が出て病棟に行くまで3時間半かかった。
 今まで知らなかったが(^_^)、地下1階の職員食堂の隣に、待機室が設けられていた。ある時間以降は談話室のような扱いになっている。
 「最後の入院」という表現が少し気になる。「最期」を連想させるからだろうか?他に適当な言い方はあるだろうか。気にしすぎ?(^_^;)。
 503号室。6人部屋で私を入れて5人!前回とあまりに違う。山小屋より「密」ではないか。明日は2人退院するそうなので、それに期待したい。どんどん退院して欲しい(^_^)。
 テレビが勝手につく。リモコンは皆同じだろうから、隣の人が入れたのに反応するのだろうか。その都度消しているが。キーボードをたたく音も気をつけないといけないかも。
 いろいろな病気の人が入っているようだ。5日で退院するという人も(明日の2人とは別)。久しぶりに他の患者さんと看護師さんの会話が耳に入る。
 昼はコンビニでカツ丼。従って病院食は夕食から。見事に9割残した(^_^;)。匂いがダメ。写真を見るともっともな食事のようだが・・・。メインは牛肉だが、室内の電気が暗い蛍光灯ということもあって、見た目もアウト。間違いなくすぐに痩せるだろう。
8月19日  2日目
前夜9時半就寝。3時半にうるさくて起きる。その後また寝る。6時5分。
70.3㎏。1㎏減少。36.3度。130。
まだ「病人」ではないので、コンビニに買い物にいく。
11時過ぎCVカテーテル装着の「手術」。本日の最大のイベント。たくましくなった新人看護師さんに付き添ってもらう。今回は少々時間がかかり1時間近く。最後に、カテーテルが外れないように縫い付ける。それが少し痛かった(もちろん、麻酔はしているが)。帰りは車椅子で戻る。視線が少し低い位置になるので、景色が新鮮(^_^)。
昼食はスパゲティ。完食。スパゲティに外れはない。
2人退院。もう1人は土曜日に退院とのこと(話は100%聞こえる(^_^;))。そうすれば窓側の「定位置」に移動できるだろう。
8月20日  3日目
前夜8時半就寝。しかし寝たのは9時半過ぎ。1時半、4時半にトイレに起きる。6時10分起床。69.9㎏。36.7度、142(少し高い)。
部屋が暑い。看護師さん達も皆そう言う。ドアは開けてあり、廊下に直結だからだろうか。避暑の積もりで入院してくださいと言われたがとんでもなかった。

今日から治療が始まると思っていたが、昨晩看護師さんに何も予定を無いようですと言われ焦る。今朝の回診時に、今日から治療ですよね、と言ったら、いえ、明日からですと言われる。その理由の説明があったが、理由にならないようなな気がする。CVカテーテルがちゃんと入っているかを確認したいと言うのがその一つ。今の時期特有の理由もあるようではある。入院や退院に関して、患者は1日でも大きな意味を持つ。病院側の理由・事情もあるのだろうが、患者のそうした気持ちをしっかり考えて欲しいと思う。病院側にすべて任せてはいけないというのが教訓か。いつから治療が始まるのか、どうなれば退院になるのか、患者がしっかり認識し、医師に伝えなければいけないのか。患者がそこまでしないといけないというのは「面倒」ではあるが、自らを守るためには不可欠のことなのだろう。

昼過ぎ、ベッドの窓側への移動について、師長さんへ「上申書」を渡す。その結果は明日。
8月21日  4日目  (治療開始1日目)
前夜21時半消灯就寝。しかし1時間以上は寝られない。夜中2度起きる。6時3分起床。69.1㎏。36.4度、140。昨晩は152あった。
8時30分室温30度。
一難去らずまた一難。昨夕の入院者が猛烈ないびき主。かなり疲れているのか、夜でなくてもいつもいびきが聞こえてくる。耳栓は必須。「生活音大」氏がかわいらしく思える。
9時30分治療準備始まる。地固め4回目はA-TripleVというらしい。Aで始まる薬とVで始まる3つの薬を使うから。でもカタカナの薬剤名をみると、シタラビン、エトポシド、ビンクリスチン、ビンデシン。まるで判じ物だ。「商品名」と「一般名」の違いということだろうか(https://www.min-iren.gr.jp/?p=7547)。
10時室温32°
10時40分 エトポシド投与開始(医薬品名でベプシドとも)
 エトポシドは「細胞障害薬という種類の薬です。その種類の中で「トポイソメラーゼ阻害薬」と呼ばれるグループに属します。DNAの合成に関わる酵素の働きを妨げ、がん細胞の増殖を抑えます」
https://ganjoho.jp/public/dia_tre/treatment/drug_therapy/anticancer_agents/data/etoposide01.html
12時10分、24時間継続のシタラビン投与開始。
ベッドの移動について、昨日書いたように「上申書」を師長(看護師のトップ)さんに出した。
師長様
2020年8月20日
                              田代博
お世話になります。
ベッドの移動の件です。
○○さん経由でお話がいってるかと思いますが、窓側が空いていれば移動させていただきたいと思います。窓側は原則として、入院の順番でと伺っています。現在私は3番目ですが、現時点では窓側2床が空いた状態です。先に入っている2人が移動なさらないなら、私が移動することは可能でしょうか。503にはあと7日程度はいることになると思いますので、よろしくお願いいたします。
 何とこの「上申書」を出して2、3時間後に窓側に新規入院患者が入ったのだ(それがいびき主)。私は決して自分勝手なことを言っているのではない。ルールがあるのでそれを適用して欲しいということだけである。何か事情があるなら説明してくれれば済む話である。
 幸い趣旨は通じたようで、午後、窓側に移動することができた。今までとは反対側なので、厳密には定位置ではないが(^_^;)。やはり窓が見えると良い(^_^)。
 第5回目の闘病記は、何かと愚痴が多くなりそうで、ご覧になる方も愉快ではないかもしれないが、率直な思いを記したく、これからも書き連ねると思う(副作用でダウンしなければ)。ご容赦願いたい。
8月22日  5日目
70.6㎏。36.5度。132。
抗がん剤治療2日目。副作用は大丈夫かと思っていたら、昼食が運ばれてきてすぐに嘔吐。あまりに急で、「ガーグルベースン」が間に合わなかった。前回も治療開始2日目に吐いているが、今回は予兆らしい予兆はなくいきなりだった。しかも水がほとんどで看護師さんも驚くほど大量だった。計3回。後で、第5回入院では最悪の日だった、となるのではないだろうか。
8月23日 6日目

体重69.6㎏。37.2度。110。
吐き気は治まったが、倦怠感で終日寝ている。
熱があったので、検査(夜中にCTなど)。
食事はほとんど摂れず(摂らず)。点滴の影響で体重は変わらない。

8月24日 7日目

夜中に起きるのは1回だけ。6時15分起床。69.7㎏。36.7度。120。
またPCR検査。
午後から新たに入院2名→計4名。1人は白内障。もう1人は腎臓関連。今いる部屋は血液内科専用ではない。

ベッドが窓側にくっついている。私が窓側を要求したから少しでもそうしてくれたのかと思ったが、隣の患者との間隔をあけるためとのこと。そのため、右側鎖骨下にカテーテルを装着しているので、点滴棒は右側にくればよいのだがそれができず反対側におかれるている。その分管が長くなり、少々不便(わかりにくいと思います。スルーしてください)。

大学の入試問題解答ミスの件、動きあり。
頭は不調ではないので、新聞社に返事をする。実を結ぶことを期待したい。

午後リポDを飲んだからか、少し元気になって来た気がする。
夕食は、コンビニで買った(買ってきてもらった)ミックスサンドとジュース。食欲自体が全くないわけではない。
8月25日 8日目
夜中に3回起きる。6時15分起床。69.7㎏。36.7度。130。
むかつきはほとんどないが、倦怠感。着替えも前は6時に起きてすぐ行っていたが、今日は9過ぎに。
病院食はもちろん、食欲自体が無くなる。昼食はカレーだったが、口をつける気がしなかった。
午後カテーテルの絆創膏を貼り替えてもらう。
白内障の手術をした人が戻ってきて少々ぼやいていた。手術自体はうまくいったそうだが、最初の執刀医が今回初めての手術だったとのこと。初心者ということがわかるような動作だったそうだ。熟練した医師もはじめは初心者なので、誰かが「実験台」になるのはやむを得ないが、患者当人にとっては、勘弁して欲しいというのが正直なところだろう。私も「随注」では、「実験台」になったが・・・。その人は明日の午後には退院。その点はうらやましい。
いびき主さんに治療の説明に来た先生は、やや早口だったが、最後に「何か質問はありますか」と言っていた。これは大事。以前5月17日に『一流患者と三流患者』を紹介したが、その本の中にも書いてあったことだ。授業や講演でもそうだろう(講演は種類により少々異なるが)。
▼再生状況
8月26日 9日目
吉田の火祭りの日。どんな気象条件でも実施していたのに、さすがに今年は中止。残念。
夜中3回起きる。5時半過ぎ採血あり、その後7時半まで寝ている。倦怠感。
68.9㎏ 37.5度  126
朝食は持参の水ようかん。昼焼きそば数本(^_^)。本当に食欲なし。
白内障の手術で入院した人は2泊3日で退院。いびき主さんも土曜日。みんないいなあ。
今日メインの抗生剤投与終了!シタラビン、さようなら。
看護師さんと話をし、リポDを飲んだら絶不調は少しだけ回復してきた。そんな中であれこれ対応するのだから(職場のイベントの企画の準備など)、我ながらエライね(^_^;)。
何カ所かかゆいところがあるので、オイラックスを出してもらう。

ビッグニュース
その1.クリーンルームが空になった。明日には入れるのではないだろうか。
その2.夕食のご飯をおにぎりにしてもらう。3つの内、1つと3/4食べた(おかずは、持参していたかつやの大根漬け)。匂いが結構強いので焦る。私は音は出さないが匂いには気をつけよう(^_^;)。
8月27日 10日目
早くも10日経った。
夜中3回起きる。3時頃からは寝られない。目をつむっていれば(いなくても)いずれ朝はくる。
6時起床。67.6㎏、36.4度 132
朝食は牛乳のみ。体重が減り始める。太ももが中ももになっている。このままだと細ももになるだろう。そういえば今年はももをあまり食べていないような。病院食のデザートで出ることは120%ないだろう(^_^;)。
9時PCR検査。これで、PCR検査は3回。抗原検査1回。
11時 久しぶりに足湯。快適()。
昼前、隣に腎臓病の人が入院(私より3歳上)。教育入院とのこと。色々大変そうだ。
昼食 酢豚。昼には重い。一口だけ。コンビニのロースカツサンドを一つ。こちらは食べられる。
14時部屋移動の連絡。しかし暗転! 
クリーンルームに移動。しかし、以前の部屋(502)ではなくその隣(501)で、すでに先客が2名。つまり窓側ではないということ!今また一人入ったので4人満室(コロナ対策で6人部屋は4人までとする)。笑いたくなるほど。ここは同病者の集まりなので、入院期間も長い。おそらく退院までここだろう。やれやれ。
イビキ主から解放されたのを良しとすべきか。最近は寝言、うわごとも加わっていたので。
人生、期待をもってはいけません。
夕方、新幹線に乗っている娘とラインで富士山川柳。気が紛れる。
Y:最初、上の右が富士山だと思ってて構えてたら、まさかの左だった   雪がないと分かりにくい
H:この書き込み、使える!
Y:使える?🤣
本気で右の山?を見てカメラ構えてて、雲に隠れて無理かなーと思ったら、あっ、左にいた🗻って
白くないから分からなかった笑
H:まさしく、それ!
Y:すっぴんと、メイク後の私くらい違う
H:(スタンプは省略。以降も)
Y:夏の富士 雪がないので 気づかれず
Y:夏の富士 雪なく地味目 私並み
H:夏の富士 メイクなくても 美しい
Y:雪化粧 富士も私も 美しく
お粗末様でした!
メディア関連で良い情報も入ったがそれはまだ内緒。
お休みなさい(半分ふて寝)。
8月28日 11日目
6時起床。夜中は2時間おき(おきにおき)。
67.7㎏。36.4°。148
色々あり疲れる。職場の仕事(複数)。信州大学の入試問題のミスの件などなど(30日を参照)
病人なのに、常人なみの仕事をして、病による疲れではないので、ご安心ください。
富士山は見えないが、娘が富士山川柳を。
朝の富士
メイクまだだと
照れ隠れ
8月29日 12日目
6時5分起床。夜中は2時間おき。さすがに起床後も疲れがある。67.3㎏。36.4°。140
今日も足湯()。
娘が着替えや「生きる糧」()を届けてくれる(もちろん、面会不可)。
1週間ほど前から上腕や首の下などがかゆい。オイラックスでは効かず、もう少し強い薬をだしてもらう。感心したのは看護師さんが、塗った薬をどう拭き取るかを実際に「指導」してくれたこと。今までは時間が経って、適当に上塗りをしていた。ホコリもつくだろうし、その上に塗っても皮膚にしみこんでいかないだろう。拭き取り方も含めて(高度な技術が必要なわけではないが())丁寧に教えてくれた。今まで色々な皮膚科に通ってきたが、拭き取り方の説明はなかったと思う。
もっとも、日常生活では毎日お風呂に入るかシャワーを浴びるだろうから、気にすることはないのかもしれないが。

頭が痛いと血圧が高くなることがわかった!(今更だが)
夕富士が綺麗に見えた(娘撮影)。
8月30日 13日目
夜、特に日付けが変わって眠れないのは最近の傾向。お腹が緩くなったので、大の回数が多い、量は少ないが頻繁。頻尿ならぬ頻便(^_^;)。冒頭から恐縮です。
6時5分起床。66.7㎏ 36.6度 130(午後148になった時も)
昼前、抗がん剤「ヴィンデシン」(商品名 フィルデシン)の投与。時間は短時間15分。
「細胞分裂に重要な微小管の働きを止めることにより、がん細胞の増殖を抑えます」。
これで投与は全て終わり!
あとは薬が効き、悪い細胞をやっつけ、同時に良い細胞もダメージを受けるので、適宜輸血をしながら、回復を待つ、ということになる。
前回の経験からすれば最低2週間はかかるだろうからさらにもう1週間?しかし、かなり先だが、ゴールが見えてきた感じではある。

センターの仕事を2件、信州大学の入試問題の間違いの資料作成。
疲れた。今日はリポDもあまり効かない(^_^;)。
クリーンルームは静かだが(4人)、一人、電話お爺さんがいてびっくり。気にせず普通の声で奥さんとやりとりをしている。ただ、トイレに行く時に看護師さんを呼んでいるので、室外の指定の場所で、とは誰も言わない。そもそも明日退院(転院)なので我慢はあと僅か。なお、奥さんとのやりとりがすごい。いつも「おい、何やってんだよ」という調子。ウチでは絶対に言えない。もしそんなことを言ったらどうなるだろうか(娘さん、どう?(^_^;)→ラインで「とてもここでは書けません」という返事)。それでも時には笑っている時もあるので、円満かドルマンかニクマンではあるのだろう(最後は意味不明)。今日はこれにて。
8月31日 14日目
2週間経過。今日で8月も終わる。2月からここまでよくやってきたものだ(^_^)。
夜中小片野は2回だけ。久しぶりに目覚めが悪くない(すっきりとまではいかないが)。
半沢直樹を見たせいかもしれない。観ている患者は多いそうだ。
5時半採血。 →白血球ついに100!
6時分起床。66.3㎏ 36.7度 128
看護助手さんに、「今日申し訳な」と言ったところで、「OK」と言われる。何ともありがたい。以心伝心というか(^_^)。「今日申し訳ないのですが、コンビニで買い物のお願いをできますか」という積もりだった。普段からいかにお願いしているかということである(^_^;)。
9時 洗面中、立ちくらみ。思わず座り込む。
10時55分 窓際族に!
11時15分 赤血球輸血
18時 血小板輸血

食事は3食とも病院食はほとんど食べず。看護師さんの記録には「持ち込み食」と書いてあるようだ。

かゆみは収まる方向に、しかし、口の中が少々ざわついてきた。口内炎の前兆か。
9月1日 15日目
いよいよ9月。早いもので入院も半月過ぎた。教科書的にはあと2日で発熱期になるが、今回はどうだろうか。
昨晩は余り眠れず。
6時起床 66.2㎏、36.6度、128(但し午後160を超えることがあった。仕事に関するやりとりをした直後だったからかもしれない))。
口の中が少し痛い。口内炎というより全体が少し赤くなっているようだ。扁桃腺が腫れた時様の症状(「時用の症状」は「時のような症状」と読む)。
CVカテーテルをとめる絆創膏の張り替え。

食事は相変わらずダメ。ツイッターに以下の書き込みをした。
恐怖で立ちすくむという事があります。未経験ですが本当に足が動かなくなるのでしょうね。私は病院食がイヤで、箸がとまってしまいます。おかずを取ることができません。何とかクリアし口に持って行こうとすると、もう手が動きません。本当に。これが「箸すくむ」という事でしょうか。

●ビッグニュース
今日から1週間ほど、看護門学校の1年生が実習にくることになった。世間話から、私が高校で教えた生徒が教員になり勤務している高校を卒業したことがわかった。○○先生をご存じですか、と尋ねたらハイ! いやあびっくり。実習生は4人で、たまたまその学生が私のところに来たのだが、人生こういうこともあるのだ。
お知らせ 9月4日
振り返ってみれば、あそこが最後の難所だった、と言うことになる場所を通過しています。もうしばらく更新できません。悪しからず。無事です。ご安心ください。
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