| 世界測地系 西 木 正 明 (作 家) (「文藝春秋」2004年3月号) |
| もともと怠惰な性格であることに加えて、このところ多少仕事がたて込んだこともあって、運動不足が甚だしい。そこで年が改まったのを契機に、若い時に熱中していた登山を再開することにした。 しかし今は冬。酒席で後輩たちを相手に、「日本の冬山はなあ、場合によってはヒマラヤよりも難しいぞ」と、ホラを吹くことぐらいは出来る。しかし実際は冬山に立ち向かう気力も体力もあるはずがなく、もっとも安楽な方法、すなわち雪国の郷里の裏山からはじめることにした。 正月あけの一時、ひさしぷりに大雪となった日の朝、実家の軒下でカンジキを履いて、二キロほど東の裏山を日ぎした。念のためということで、数年前からアラスカの荒野で川下りする時や、サハラ砂漠を旅する時に使っているGPSを持参した。いうまでもなく、GPSはアメリカ国防総省によって運用されている、人工衛星を利用しての位置測定システムの端末である。実家の裏山にGPSを持ち込むなどいかにも大げさだが、山菜採りの季節には地元の人が過去何人も行方不明になった、複雑に入りくんだ山容を持つ薮山である。いちがいに筆者の臆病と嗤わないでいただきたい。 さて、午前中は珍しく晴朗だった天気が、午後になっていっきに崩れ、吹雪になった。気温も下がってきたので帰ることにし、踏跡を頼りに下りはじめた。 しかしその踏跡はほんの四、五十メートル下ったところで、吹きだまりの中に消えてしまっていた。 こういう時こそGPSだとばかりに、自らの用意周到ぶりにひそかな自己満足を覚えながら、位置測定を行った。そして、表示された緯度経度を、持参した五万分の一地形図にあてはめて愕然とした。 なんと、自分が考えていた現在地とは尾根ひとつ違う所にいる。そんな馬鹿なと思いつつ、もう一度測定した。しかし、結果は同じであった。こうなったらしかたがない。それならそれで、それに対応した進み方をすればいい。自分の山カンを頼りに、そろそろと下りはじめた。 しかし、どうも…様子がおかしい。そのうちに、見慣れたブナの木の下にたどり着いた。つい数時間前、一服して魔法瓶のお茶ならぬおチャケ、すなわちホットウイスキーをすすったところである。良く見るとかすかな踏跡もある。吹雪が消し残した自分の踏跡だ。 −−−いったいこれは、どういうことだ。 またGPSを取り出して、位置測定を行った。そして、再度愕然とした。そのブナの木は、今自分が下っているはずの尾根と、沢ひとつへだてた尾根の、しかも標高にして五十メートル近く上にあることになっている。 −−−− この野郎! 思わずお里が知れる悪態を口にして考え込んだ。しかしどう考えても、GPSがおかしい。そう結論づけていっきに下った。 無事実家にたどりつき、温かいストープの脇で熱爛をちぴちびやりながら、GPSと地図を交互に手に取って、また考えた −−−−砂漠やツンドラの中では実に頼りがいのあるヤツだった。それがどうして−−− ? なにげなく地図を見つめていて、思わず声が出た。国土地理院発行の地形図をもとに、ある地図会社が発売したその地図の袖に、こう記されていた。 《この地図に掲載の経度経度数値は世界測地系を採用しております。》 そういうことか。おかしさと共に、自分の愚かさかげんに対して、猛烈な怒りがこみ上げてきた。ちょっとした不注意で、あろうことか地元の裏山で遭難するところだった。 二十世妃の終り頃まで−−−といっても、ほんの数年前の事だが−−−− 日本で発行されていた地図は、航空地図など一部の地図を除き、すべて日本測地系を採用していた。グローバル・スタンダードという和製英語がある。こんな言葉がもてはやされる日本なのに、国土の位置と形を示す重要な指標である測地系は、なぜかそのらち外におかれていたのだ。世界測地系と日本測地系の間には、緯度経度共に五百メートル前後の誤差がある。 わたしが使っているGPSは旧型の物で、日本国内で使用する時は、自動的に日本測地系対応になってしまう。いっぼう持参した地図は、一年ほど前に購入した世界測地系準拠の物であった。GPSが示す緯度経度と地図上のそれとの間には、四〜五百メートルの誤差が生じてあたりまえなのだ。 国土地理院などは、日本測地系から世界測地系への移行をPRしてきたらしいが、中にはそれを知っていながら、わたしのようにヘマをやる者もいる。中高年登山者が激増している昨今、国土地理院には、今一度の周知徹底をお願いしたい。 |